瞬速の農業経営コンサルタント
12月。 鳴和県農業技術センター。
冬の鉛色の空の下、研究員の長谷川は、死んだ魚のような目でコーヒーを啜っていた。
「……やっと、静かになった。」
夏から秋にかけて、環(と加賀見教授)が巻き起こした「農業革命」の嵐。
論文発表、コンクール、他部署からの苦情処理、そして西園寺学長からの無言の圧力。
これら全てをワンオペで捌ききった長谷川は、真っ白な灰になっていた。
(……年末くらい、ゆっくり事務処理させてくれ。)
そんな彼の願いを打ち砕くように、受付から内線が入った。
『長谷川さーん。北長閑町の農家の剛田さんがお見えです。』
「……げっ。」
やってきたのは、県内でも有数の大規模農家を経営する剛田、50代。
日に焼けた肌、鋭い眼光。そして公務員を親の敵のように嫌っていることで有名な男だ。
「おい、長谷川。」
剛田は、開口一番、ドカッと椅子に座った。
「頼んでた土壌分析の結果、まだか? 遅ぇんだよ。」
「す、すみません。今、印刷します……。」
剛田は鼻を鳴らした。
「ケッ。これだから役人は。税金で暖房の効いた部屋でぬくぬくしやがって。」
「俺たちは雪の中でもハウスの雪下ろしだ。……気楽なもんだな、『先生』方は。」
長谷川は反論しなかった。何を言っても火に油だ。
「……こちらになります。ハウスまで案内します。」
◇
二人は、雪の積もる敷地内を歩いた。
剛田は歩きながらも愚痴(という名の現状報告)をこぼす。
「……キツイわ。今年もバアさんたちが二人、腰痛で辞めちまった。」
「今は近所の年寄りかき集めてなんとか回してるが、もう限界だ。」
「組合からは『外国人技能実習生を入れろ』と言われるが……言葉の壁もあるし、手続きも面倒だ。何より、技術を教える暇がねぇ。」
深刻な人手不足。
それが、日本の農業のリアルだった。
その時。 剛田の足が止まった。
「……おい。なんだあの音は。」
二人の目の前にある『第3試験ハウス(立入禁止)』から、農業施設にあるまじき音が漏れていた。
ウィーン、ガシャッ。プシュー。
まるで自動車工場のような駆動音だ。
「あ、いや、あれはちょっと実験中で……。」
長谷川が隠そうとしたが、剛田はズカズカとハウスに近づき、結露した窓を袖で拭って中を覗き込んだ。
「……な、なんだありゃあ!?」
剛田の目が釘付けになった。
ハウスの中には、人間が一人もいない。
代わりに、無骨なアームロボットが、レールの上を走り回りながら、目にも止まらぬ速さでトマトを収穫している。
地面には掃除ロボットが徘徊し、枯れ葉を回収している。
「……おい、長谷川。」
剛田の声色が、蔑みから真剣なものに変わった。
「……あのロボット。……今の収穫スピード、1個あたり何秒だ?」
「え? あー……確か、画像認識含めて0.4秒です。」
「……0.4秒。」
剛田の脳内で、電卓が高速で弾かれた。
熟練のパートさんでも、選別して収穫するのに3秒はかかる。
ロボットは疲れを知らない。
24時間稼働できる。
単純計算で、人間70人分の働きだ。
「……選別精度は?」
「AI判定で99.8%です。傷ものも見逃しません。」
「……稼働コストは?」
「電気代と、たまに交換する部品代だけです。文句も言わないし、腰も痛めません。」
剛田は、窓に顔を押し付けたまま、しばらく動かなかった。
その背中から、「公務員嫌いの農家」の雰囲気は消え失せ、「冷徹な経営者」のオーラが立ち昇っていた。
ガバッ!
剛田が振り返り、長谷川の胸倉を掴まんばかりに詰め寄った。
「……おい。」
「は、はい!?」
「……なんぼだ?」
「え?」
「あのシステムだ! 導入コストはいくらだ!? 償却期間は何年だ!?」
剛田の目が血走っている。
人手不足に悩み、外国人労働者の受け入れに躊躇し、それでも規模拡大を狙う彼にとって、目の前の光景は「福音」であり「金のなる木」だった。
「い、いや、あれは小学生が作った試作品で、売り物じゃ……!」
「小学生だぁ!? 舐めてんのか!」
剛田は怒鳴った。
「あんな完璧な動線設計、ガキにできるわけねぇだろ! どうせお前らが裏でメーカーと開発したんだろ!?」
「隠すな! 俺には分かる! あれは『現場を知ってる奴』の設計だ!」
(……ある意味、合ってます。現場の声を聞ける小学生なんで……。)
長谷川は心の中で泣いた。
「長谷川さんよぉ。」
剛田は、ニタリと笑った。
それは獲物を見つけた熊の笑みだった。
「……俺は金にはシビアだ。無駄な税金には腹が立つ。」
「だがな、『稼げる道具』には、糸目はつけねぇ。」
剛田は、ポケットから分厚い財布(領収書でパンパン)を取り出し、叩いた。
「……開発者を紹介しろ。小学生でも宇宙人でも構わん。」
「……ウチの農場で実証実験させてやる。データもやる。金も出す。」
「……その代わり、この技術、ウチが一番乗りで使わせろ。」
長谷川は、天を仰いだ。
やっと環が冬眠(冬休み)に入って静かになると思ったのに。
今度は、金と欲望に忠実な「大人のプロ農家」が、パトロンに名乗りを上げてしまった。
「……確認してみます。でも、開発者は気難しいですよ……?」
「構わん。頑固な職人を口説くのは慣れてる。」
こうして、環の「暇つぶしの工作」は、鳴和の農業界を牛耳る実力者に見つかり、実用化へ向けた「ガチのビジネスコース」に乗せられてしまうのだった。
長谷川の安息の日々は、当分訪れそうになかった。
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12月某日。
冬休みに入った環は、リュックにドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を詰め込み、のんびりと農業技術センターへ向かった。
(……最近、平和。)
(……医大の連中は勝手にロケットを作ってるし、ここのトマトも順調。)
(……今日はログを確認したら、温室で読書三昧。)
環は、自動販売機で温かいココアを買い、いつものベンチに向かった。
しかし、そこには先客がいた。
「……おう。来たな、妖怪・小学生エンジニア。」
作業着姿の剛田が、仁王立ちで待ち構えていた。
その横で、長谷川が「逃げて……」という顔で震えている。
「……誰?」
環は警戒モードに入った。
「……公務員を虐めるのが趣味のクレーマーなら、通報する。」
剛田はニヤリと笑った。
「クレーマーじゃねぇ。客だ。」
「単刀直入に聞くぞ。……あの第3ハウスのシステム。イニシャルコスト(導入費)とランニングコスト(維持費)はいくらだ?」
環は、ココアを一口飲み、瞬時に相手を「話の通じる相手」と認定した。
挨拶も自己紹介も不要。数字こそが共通言語だ。
「……ハードウェア構成は、ラズパイと廃材利用で1ユニット約5万円。」
「……電気代は月3000円増。ただし、歩留まり向上による利益増で相殺可能。」
「……減価償却期間は、試算で0.8年。」
「……0.8年だと!?」
剛田が目を見開いた。 通常、農業機械の償却は5年~7年が相場だ。
1年未満で元が取れるなど、錬金術に近い。
剛田は畳み掛けた。
「……耐久性は? 湿気と土埃への対策は?」
「……基板はシリコンコーティング済み。防塵規格IP65相当。」
「……拡張性は? 俺のところはハウスが20棟ある。」
「……メッシュネットワークで連結可能。親機1台で全部制御できる。」
剛田の顔が、紅潮していった。
「(……本物だ。このガキ、経営者の視点で設計してやがる……!)」
剛田は、ズボンのポケットから車のキーを取り出した。
「……合格だ。」
「おい、ガキ。……いや、先生。」
「今からウチの農場に来い。現場を見て、ウチ仕様にカスタマイズしろ。」
環は首を横に振った。
「……パス。今日は読書する予定。」
「……それに、タダ働きはしない主義。」
剛田は、想定内だと言わんばかりに、ニタリと笑った。
「タダとは言わねぇ。」
「ウチはイチゴ、メロン、高級トマト、ブランド米……何でも作ってる。」
剛田は、環の顔(と、少し育ち盛りで食い意地が張ってそうな雰囲気)を覗き込んだ。
「……家族全員、大型ケース一箱分でどうだ?」
「規格外のB級品じゃねぇぞ。百貨店に卸す特A級品を、好きなだけ持って帰れ。」
ピクリ。 環の眼鏡がズレた。
(……食費の削減。)
(……桜庭家のエンゲル係数は、父の晩酌と私の間食で高止まりしている。)
(……特A級品のイチゴ。市場価格1パック1500円相当。)
環の中で、電卓が弾かれた。
技術提供の労力 <<<< 高級食材の生涯供給権。
「……交渉成立。」
環は本をリュックにしまった。
◇
「話が早くて助かるぜ!」
剛田は環の襟首を掴み、軽トラの助手席に放り込んだ。
「ちょ、ちょっと剛田さん!?」
長谷川が慌てて止めに入った。
「それは事案です! 小学生を連れ去るなんて!」
「うるせぇ! お前も来い!」
「へ!?」
剛田は、長谷川も荷台(ではなく後部座席)に押し込んだ。
「お前は県の担当者として、この『実証実験』の証人になれ!」
「公務員なんだろ? 現場視察だ。仕事しろ!」
「そ、そんな無茶苦茶な~!!」
ブロロロロ……!
剛田の軽トラは、雪道を爆走し始めた。
「……揺れる。サスペンションが硬い。」
環は助手席で冷静に文句を言った。
「ガハハ! 文句があるなら、この車の制御も書き換えろ!」
「……検討する。」
こうして、暇を持て余していた天才少女と、巻き込まれた公務員は、鳴和の農業王が支配する「剛田ファーム」へとドナドナされていった。
そこには、古臭い農業の常識を破壊し、莫大な利益を生み出すことになる「魔改造農場」の未来が待っていた。
環のリュックの中では、ドストエフスキーが「人間にはパンが必要だ」と静かに語りかけていた(かもしれない)。
◇
鳴和県 北長閑町。
雪原の中にそびえ立つ巨大なビニールハウス群。
それが県内有数のメガファーム「剛田農場」の本拠地だった。
プレハブ建ての事務所に連行された環と長谷川。
剛田は、ロッカーから大量のファイルを取り出し、ドサドサとテーブルに積み上げた。
「……ほらよ。ウチの過去5年分の決算書、栽培日誌、作付け計画、パートのシフト表、農機具のリース契約書……全部だ。」
剛田は、腕組みをして仁王立ちした。
「俺は隠し事は嫌いだ。……全部見て、ウチの弱点を言ってみろ。」
長谷川は青ざめた。
「ちょ、剛田さん! これだけの量は、専門家でも読み解くのに数日は……!」
「黙ってろ役人! 俺はガキの『性能』を試してんだよ!」
「……分かった。静かにして。」
環は、眼鏡をクイッと上げると、一番上の決算書を手に取った。
そして、パラパラとページをめくり始めた。
パラパラパラパラパラ……ッ!
「おい、もっとちゃんと読めよ!」
剛田が怒鳴りかけたが、環の手は止まらない。 1ページあたり0.5秒。 それは「読む」速度ではない。スキャナーが画像を取り込む速度だ。
「……次。」
決算書を放り投げ、次は栽培日誌へ。
「……次。」 シフト表へ。
「……次。」 農場の見取り図へ。
わずか10分後。
テーブルの上の「山」は、すべて環の脳内にインストールされた。
◇
環は、ふぅと息を吐き、目を閉じた。
脳内で、剛田ファームの全ての数字と動き(モノ)が3Dモデル化され、再構築されていく。
(……キャッシュフローは健全だが、減価償却費の計上が雑。)
(……第5ハウスの日照条件と、植えている品種の光飽和点がミスマッチ。)
(……パートの動線。A地点からB地点への移動ロスが、年間500時間に達している。)
カッ!
環が目を開いた。
「……診断完了。」
「……剛田さん。あなたの農場、今のままだと5年後に利益率が8%低下する。」
「なっ!?」
環は、長谷川の持っていたボールペンを奪い、裏紙に猛烈な勢いで数式と図解を書き殴った。
「……まず、肥料の在庫管理がザル。過剰在庫による廃棄損が年間200万円。」
「……次に、このリース契約。金利が高すぎる。地銀に借り換えて一括購入した方が、総支払額は15%浮く。」
「……そして致命的なのが、第2農場の土壌pH。……過去のデータを見る限り、連作障害の予兆が出ている。来年、収量が激減するわよ。」
剛田と長谷川は、口をあんぐりと開けていた。
特に剛田は、背筋に冷や汗が流れるのを感じていた。
(……マジかよ。)
(……肥料のロスも、土の不調も、俺が「なんとなくヤバいな」と思っていた所だ。)
(……それを、紙を見ただけで、具体的な数字で突きつけてきやがった……!)
税理士ですら気づかなかった経営の「穴」を、この小学生は数分で見抜いたのだ。
剛田の膝が、ガクンと震えた。 そして、彼の態度は一変した。
「……あ、あの……。」
剛田は、先ほどまでの荒っぽい口調を変えずに、
しかし腰を低くして擦り寄った。
「……先生。」
「……どうすればいいんでありましょうか?」
長谷川がツッコミを入れる。
「敬語になってる!? しかも変な敬語に!」
環は、書き殴った紙を剛田に渡した。
「……改善案。」
「……肥料は、私が配合計算したリストに基づき、成分単位で発注すること。」
「……第2農場は、来期は休耕して緑肥を入れること。……その間の減収分は、第3ハウスの自動化による増益でカバーできる。」
剛田は、その紙を聖書のように両手で受け取った。
「……は、はいっ! 仰る通りにします!」
「……いやぁ、さすがは先生だ。目の付け所が違うというか、次元が違うというか……ガハハ!」
剛田は豪快に笑っているが、その目は完全に「環を崇拝する信者」のそれになっていた。
金にシビアな男だからこそ分かる。 この少女は「歩く錬金術師」だ。
逆らってはいけない。
崇め奉って、知恵を授かるべき対象だ。
「……さて。」
環は、仕事は終わったと言わんばかりに、ソファに座り直した。
「……契約通り、イチゴを頂く。」
「……あと、帰りの送迎もよろしく。」
剛田は直立不動で敬礼した。
「御意!!」
「おい長谷川! 何ボーっとしてんだ! 先生に最高の『あまおう』をお持ちしろ!」
「一番糖度が高いやつだ! 傷一つあったら承知しねぇぞ!」
長谷川は、完全にパシリ扱いされながら、冷蔵庫へ走った。
「なんで俺が!? 公務員だぞ!?」
「うるせぇ! 先生の糖分補給が最優先だ!」
こうして、鳴和の農業界に、奇妙なヒエラルキーが誕生した。
頂点: 桜庭環(小学生・黒幕)
幹部: 剛田(豪腕社長・実行部隊)
下っ端: 長谷川(県職員・連絡係兼パシリ)
モチベーションの維持のため評価だけでも。
できれば感想を頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
次回は明日19時ごろ投稿予定です。




