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Reboot(再起動)エピソード"ゼロ"  作者: いきし
小学生後編(農業編)
35/38

ラスボスの影

11月。 東京・日本科学未来館。


「小中学生 科学コンテスト」の最終審査会場は、全国から選抜された未来の科学者たちと、その保護者、そしてメディアの熱気に包まいていた。


その一角に、富山県代表・桜庭環のブースがあった。



『 トマトは痛いと言うのか? ~植物のSOSを可視化する~ 』


展示パネルは、稲垣の指導により「小学生らしく」模造紙とマジックで作られている。

しかし、机の上に置かれた「別冊資料(ファイル3冊分)」には、大学院レベルの統計解析と、ラズパイによる環境制御ログがびっしりと詰まっていた。



「……あの子、審査員への受け答えが完璧すぎる……。」


「……質問された瞬間に、図表の34ページを開いて反論したぞ。」


周囲のざわめきを他所に、環は淡々と椅子に座っていた。


(……早く終わって。私の図書カード。)


その時、会場の空気が一変した。 審査員や職員たちを引き連れた一団が現れたのだ。

中心にいるのは、白髪の老紳士。東都工業大学学長・西園寺である。


「おやあ? 元気な子供たちが集まっておるねぇ!」

「君の研究はカブトムシかね? 素晴らしい!」


西園寺は、好々こうこうやの仮面を被り、子供たちと記念撮影に応じている。


だが、その足は迷いなく、環のブースへと向かっていた。


「……ゲッ。タヌキ親父。」


環が小声で毒づく。


西園寺は環の前に立つと、目を細めて笑った。


「やあ、お嬢ちゃん。面白い研究だねぇ!」



「……特に、この『遺伝的透かし(DRM)』の構想……実に『産業的』でよろしい。」

周囲には聞こえない声量で、核心を突く。



環は愛想笑いを貼り付けた。 「……ありがとうございます、先生(棒読み)。」



ブースの端で小さくなっていた引率の二人、担任の稲垣と、農業センターの長谷川に、西園寺の視線が向いた。


「……おや。君たちが指導教官かね?」


西園寺は、にこやかに歩み寄った。 だが、その眼光は、獲物を値踏みする猛禽類のそれだった。


「は、はい! 担任の稲垣です!」


「け、県農業技術センターの長谷川と申します!」


二人は直立不動になった。

相手はノーベル賞学者であり、国の科学技術政策の中枢にいる雲の上の存在だ。


「ほう……。」


西園寺は、二人の名札をじっくりと見た後、低い声で囁いた。


「……見事だ。」


「は?」


「彼女の才能は、暴れ馬だ。並の人間なら扱いきれず、潰してしまうか、あるいは自分が壊れる。」


西園寺は、稲垣の肩に手を置いた。


「君かね? 彼女に『小学生らしい擬態』を教え込んだのは。」


「あ、はい……審査に通るために、少し戦略を……。」


稲垣が脂汗を流しながら答える。


「素晴らしい判断だ。彼女に足りないのは『社会への適合性インターフェース』だ。君がそれを補っている。」


西園寺の手の力が、少し強くなった。


「……今後も、彼女が世間と摩擦を起こさぬよう、その『良識』で守ってやってくれたまえ。……いいね?」


「は、はいぃぃッ!!」



続いて、西園寺は長谷川に向き直った。


「そして、君だ。長谷川くん。」


「は、はい!」


「聞いたよ。君のセンターの第3ハウス……面白いことになっているそうじゃないか。」

「加賀見教授から報告を受けているよ。『予算不足を技術で殴り倒す実験場』だとね。」


長谷川は血の気が引いた。


「す、すみません! 勝手に施設を改造させてしまって……!」


「謝る必要はない。」


西園寺はニヤリと笑った。


「むしろ、よくぞ彼女を受け入れた。公務員の立場でありながら、前例のない実験を許容する……その度量、評価に値する。」



そして、西園寺は顔を近づけた。



「……だが、分かっているね? あれは『国家の宝』だ。」


「……彼女のアイデアを、大人の事情で搾取したり、くだらない組織の論理で潰したりしたら……。」



言葉はそこで途切れた。


しかし、その笑顔の奥にある「日本中のアカデミズムから抹殺するぞ」という無言のメッセージは、痛いほど伝わってきた。



「……承知しております!! 命に代えても守ります!!」



長谷川は裏返った声で叫んだ。



「ワハハハ! 頼もしいねぇ!」



西園寺は一転して豪快に笑い、カメラマンを呼んだ。


「さあ、みんなで写真を撮ろうじゃないか! 日本の未来と一緒に!」


フラッシュが焚かれる。


中央で無表情にピースする環。

その横で満面の笑みを浮かべる西園寺。

そして両脇で、魂が抜けたような顔をしている稲垣と長谷川。


撮影が終わると、西園寺は去り際に、二人に名刺を渡した。


「……何か困ったことがあれば(例えば予算とか、圧力がかかったとか)、いつでも連絡したまえ。」

「私は、君たちのような現場の人間を応援しているよ。」


嵐が去った後。

稲垣と長谷川は、その場にへたり込んだ。


「……死ぬかと思った……。」


「……俺たち、とんでもないものを背負わされてるんじゃないか……?」


環は、我関せずといった顔で、二人に言った。


「……先生、長谷川さん。あのおじいさんの名刺、最強の魔除けになる。」

「……大事にしてね。」



こうして、環の自由研究は、最高賞である「文部科学大臣賞」を受賞。

念願の図書カード(副賞)を手に入れた環は、帰りの新幹線で『宮沢賢治全集』の購入計画を練り、大人たちは寿命を削った代償としての「強力なコネ」を手に入れたのだった。


________________________________________


12月。 長閑市の隣町の小学校の校長室。


かつて環の低学年時の教頭だった相良さがらは、新聞記事の切り抜きを凝視していた。


『 全国科学コンクール・文部科学大臣賞:桜庭環さん(5年) 』

『 テーマ:トマトは痛いと言うのか? 』


(……ほう。)


相良は眼鏡の位置を直した。


研究の質が高いのは当然だ。

彼女なら、ノーベル賞級の発見でもやってのけるだろう。


相良が注目したのは、そこではない。


(……この「見せ方」だ。)

(……「痛み」や「会話」という情緒的な言葉選び。手書き風のフォント。……これは環の趣味ではない。)


環は、効率と論理の化身だ。


放っておけば「植物生体電位の周波数解析」といったタイトルをつけるはずだ。


それが、ここまで完璧に「小学生らしいコンクール受けする作品」に擬態している。


(……誰かが、入れ知恵をしたな。)

(……環の周囲に、彼女を制御コントロールし、社会に適合させる「異物」がいる。)


相良の中に、かつてない興味が湧いた。


自分が作った『取扱説明書マニュアル』は、「腫れ物に触るな」という方針だった。

それを無視して、彼女をここまでプロデュースした教師とは、何者だ?



数日後。


相良は「理科教育の視察」という名目で、古巣の小学校を訪れた。


目的は一つ。あの「トマト」と、今の担任を見ることだ。


「……相良校長先生! ようこそお越しくださいました!」


出迎えたのは、ジャージ姿の日に焼けた青年・稲垣だった。


「やあ、稲垣先生。君が桜庭さんの今の担任かね。」


「はい! 相良先生が作られたマニュアル、毎日拝見してます!」


(……人の良さそうな男だ。だが、目は死んでいない。)


相良は値踏みするように稲垣を見た。


「……話題のトマト、見せてもらえるかな?」



二人は理科準備室裏の菜園へ向かった。

冬の気配が迫る中、そこには綺麗に整えられたうねと、データ収集用のセンサー群があった。


「……なるほど。ラズパイでの環境制御か。」


相良は、配線の処理を見て呟いた。


「はい。桜庭さんの設計です。……ただ、実際に組んだのは、農業センターの長谷川という男と、僕ですが。」


稲垣は照れくさそうに頭をかいた。


「……君は、農学部の出身だったね。」


「ええ。専門は育種学です。」


相良(理学部出身)と稲垣(農学部出身)。

分野は違えど、共に「理系」のバックグラウンドを持つ二人の会話は、すぐに熱を帯びた。


「……この土、団粒構造が見事だ。」


「ありがとうございます! 籾殻燻炭もみがらくんたんを混ぜて、pHを調整しました。」


「……ふむ。環のデータ解析能力を、君の現場力フィールドワークが支えているわけか。」


相良は納得した。


この男は、環を「特別扱い」するのではなく、対等な「研究仲間」として扱っている。

それが、あの偏屈な天才少女の心を開かせたのだ。


一通り見学した後、稲垣は申し訳なさそうに切り出した。


「……あの、相良先生。謝らなければならないことがあります。」


「なんだね?」


「引き継ぎの『マニュアル』……僕、破ってしまいました。」


稲垣は、相良が残したファイルを思い出した。



『 第1条:図書室から連れ出すべからず 』


「……彼女が図書室に籠もっているのを見て、放っておけなかったんです。」

「……こんなに面白い才能タネを、暗い部屋に置いておくのは、農学の徒として我慢できなくて。」 「……無理やり外に連れ出して、土を触らせてしまいました。すみません。」


稲垣は深々と頭を下げた。

前任者の教育方針を否定するような行為だ。

怒られる覚悟だった。


しかし、相良は静かに笑った。


「……いや。謝るのは私の方だ。」


「え?」


「私は彼女の才能を恐れ、周囲との摩擦を避けるために『隔離』を選んだ。」

「……だが君は、泥にまみれながら、彼女を『社会』へと接続インターフェースさせた。」


相良は、稲垣の肩を叩いた。


「……見事な品種改良だ。私が育てられなかった花を、君が咲かせた。」



「い、いえ! そんな!」


稲垣は恐縮しきりだった。


「それに……僕一人の力じゃありません。色々な人に助けられました。」


「ほう?」


「今回のコンクールも……東京の会場で、西園寺先生にお会いしまして。」


相良の動きが止まった。


「……西園寺? ノーベル賞の東都工大の学長か?」


「はい。」


「……たまたま、会場にいたのか?」


「ええ。たまたま……だとは思うんですが。」


稲垣は、思い出すだけで胃が痛くなるような顔をした。


「……すごい圧でした。『彼女は国家の宝だ』『潰したら許さんぞ』と、笑顔で脅されまして……。」

「……名刺まで頂いて、何かあったら連絡しろと……。」


相良の眼鏡がズレた。


「……なっ!?」


常に冷静な相良が、絶句した。

西園寺といえば、日本の科学界のフィクサーだ。

雲の上のさらに上、成層圏の住人だ。

そんな人物が、環を個人的に認知し、一介の小学校教師に直通ライン(コネ)を渡しただと?


「……稲垣先生。」


「は、はい。」


「……君は、とんでもない地雷原を歩いてきたんだな。」


「ええ……心臓が止まるかと思いました。相良先生もご存知かと思ってましたが……。」


「知るわけがないだろう! 私の時は、せいぜい県立医大の教授レベルだ!」


相良は天を仰いだ。


(……環。お前、私が目を離した少しの間に、どこまで勢力を拡大したんだ。)


校舎の窓から、5年生の教室が見える。

そこには、何も知らぬ顔で授業を受けている(ふりをしている)怪物の姿があるはずだ。


「……稲垣先生。これから大変だろうが……頑張りたまえ。」


「……はい。胃薬を飲みながら頑張ります。」


新旧の担任は、冬の寒空の下、固い握手を交わした。

それは、天才少女という「災害」に立ち向かう、戦友としての絆の証だった。

モチベーションの維持のため評価だけでも。

できれば感想を頂ければ幸いです。


よろしくお願いいたします。


次回は明日19時ごろ投稿予定です。

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