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Reboot(再起動)エピソード"ゼロ"  作者: いきし
小学生後編(農業編)
34/38

「変態」という名の求道者たち

8月下旬、お盆明け。


夏休みも残りわずかとなった登校日。


職員室で、担任の稲垣は、環から手渡された自由研究のレポートを受け取り、戦慄していた。



『 研究タイトル:トマトは痛いと言うのか? ~植物間通信の可視化~ 』


表紙は、小学生らしいクレヨン風のフォントで可愛らしく作られている。 しかし、ページをめくると……地獄だった。


•序論: 揮発性有機化合物(VOC)の基礎解説(※引用文献が英語論文)。


•実験: 100均の検知管を用いた簡易実験だが、データのサンプル数(N数)が異常に多い。標準偏差、t検定による有意差判定まで完璧に行われている。


•結論: 「トマトは隣人にSOSを発信し、防御態勢を取らせる。植物は孤独ではない。」



「……おい、桜庭。」


稲垣は冷や汗を拭った。


「これ、結論は感動的だが……中身のデータ分析がガチすぎて、審査員のお爺ちゃんたちが心筋梗塞を起こさないか?」


「……大丈夫。専門用語は『においの魔法』とかに書き換えた。」

「……付録(別冊)として、生データ100ページを添付しただけ。」


「(それが一番怖いんだよ……)」


稲垣は、このレポートが少なくとも県知事賞(図書カード)を確実にかっさらう未来を確信し、震える手で受理した。



さて、宿題というタスクから解放された環だが、問題が発生していた。


農業技術センターには週1回通っているが、現在のフェーズは「生育待ち」だ。


ラズパイによる環境制御も、遺伝子マーカーによる選抜も、セットしてしまえばあとは植物が育つのを待つしかない。


「……暇。」


センターのベンチで、環は足をぶらつかせていた。


「……植物のクロック周波数(成長速度)は遅すぎる。」

「……私のCPU稼働率、まだ5%。」


そんな環の視界に、敷地内の案内板が入った。

この県の研究エリアは、農業だけでなく、隣接して「畜産試験場」と「水産試験場」が集まっている。


「……動物。魚類。」

「……動くものなら、データ収集も速いはず。」


環は、ふらりとベンチを立った。


「……視察に行く。」



畜産試験場・牛舎。

ここでは、ブランド牛の飼育試験が行われていた。

研究員たちが、牛の餌の配合比率について議論している最中、麦わら帽子の少女が現れた。


「……あの、お嬢ちゃん? ここは入っちゃダメだよ。」


「……長谷川さんの知り合い(嘘ではない)。見学したい。」


環は、牛舎を一巡りすると、のんびりと草を食む牛を指差して言った。


「……この牛、ストレス値が限界突破してる。」

「……換気扇の低周波ノイズが、牛の可聴域と共振してる。これじゃ肉質等級(サシの入り方)が2ランク落ちる。」


「は、はぁ!? 何を言って……」


さらに環は、餌の成分表を覗き込んだ。


「……カロリー計算が雑。第一胃ルーメンの微生物発酵効率を無視してる。」

「……トウモロコシの比率を3%下げて、ビタミンAの投与タイミングを2週間遅らせるべき。……そうすれば、飼料代を15%カットしてA5ランクが作れる。」


その指摘は、研究員たちが数年悩んでいた課題の核心を、針の穴を通すように突き刺すものだった。


「な、なんだこのガキは……!?」

「ぐうの音も出ねぇ……!」



水産試験場・養殖プール。


環の進撃は止まらない。

次は養殖研究施設だ。


「……水流制御が甘い。」


環は、プールの水面を見て言い放った。


「……酸素供給エアレーションの泡が大きすぎて、溶存酸素効率が悪い。」

「……魚群の遊泳パターンを解析して、餌やりのタイミングをミリ秒単位で同期させれば、食べ残し(ロス)ゼロで成長速度1.2倍。」


「そ、そんなこと言われても、予算が……」


と言い訳する職員に、環は冷徹に告げた。


「……予算がないなら、知恵を使え。」

「……ホームセンターで塩ビパイプ買ってきて。私が流体力学に基づいた最適なノズル設計図を書いてあげる。」



その日の夕方。

農業技術センターの長谷川の元に、各所から内線電話の嵐が吹き荒れた。


プルルルル!!


『おい長谷川! お前のところに出入りしてる小学生、あれ何者だ!?』


『ウチの牛舎に来て、教授級のダメ出しをして帰っていったぞ!』


『「昭和の飼育法」って言われた! 泣いてる職員がいるんだぞ!』


『水産のほうじゃ、魚の気持ちを代弁されて、所長が白目剥いてる!』


長谷川は、受話器を両手で持ち替えながら、平謝りしていた。


「す、すみません! すみません!! 」

「悪気はないんです! ただ……性能スペックが高すぎて、非効率なものを見ると蕁麻疹が出る体質で……!」



長谷川がげっそりとして電話を置くと、ドアが開いた。


「……お疲れ、長谷川さん。」


環が、畜産試験場でもらってきた(分捕ってきた)瓶牛乳を飲みながら戻ってきた。


「……畜産の人、最初は怒ってたけど、設計図渡したら感謝してくれた。」

「……牛乳、美味しかった。乳脂肪分4.2%。」


長谷川は、環の肩を掴んで揺さぶった。


「お前なぁ! よその部署シマを荒らすな!」

「俺がどれだけ頭下げたと思ってるんだ!」


環はキョトンとした。


「……? 業務改善コンサル。」 「……日本の食料自給率向上のため。感謝されるべき。」


「そうだけど! 正論は時として暴力なんだよ!」


「……ふーん。大人のメンタル、脆弱性ありすぎ。」


環は牛乳を一気に飲み干し、口元の白い髭を拭った。


「……次は、林業センターに行ってみようかな。」


「やめろぉぉぉ!! 山まで焼く気かぁぁ!!」


長谷川の絶叫が響く。

天才少女の暇つぶしによって、鳴和の第一次産業界は、恐怖と(そして確実な)技術革新の波に飲み込まれていくのだった。


________________________________________


9月。 鳴和県農業技術センター。


環の「正論暴力」によって、多くの職員はプライドを傷つけられ、彼女を避けるようになっていた。


しかし、研究者の中には一定数、「真理のためならプライドなど不要」という、真正の変人マニアたちがいた。


「……たまき師匠マスター!」


環がセンターのベンチで休憩していると、白衣の裾がボロボロの中年男性が、土下座の勢いで迫ってきた。


「キノコ研究室の粘菌担当です! 先日のご指摘いただいた『粘菌ネットワークによる迷路解決アルゴリズムの最適化』ですが……!」


「ここ! ここの変数が収束しないのです! ご教授を!」


環は、飲んでいた紙パックのジュースを置き、ため息をついた。


「……また来た。変態(褒め言葉)。」


彼らは、環が小学生であることなど気にしていない。

自分たちが生涯をかけて解けなかった謎を、この少女が一瞬で解くことを知ってしまったのだ。


「……パラメータ設定が甘い。粘菌の『飢餓ストレス』をもっと上げて。」


「おおお! なるほど! 虐めればいいのですね! ありがとうございます師匠!」


粘菌おじさんが去ると、次は「害虫フェチ」の女性研究員が寄ってくる。


「タマキちゃん! アザミウマの交尾行動の動画解析、AIで自動化できないかしら!? 1万時間あるの!」


環の周りには、常にこうした「濃すぎる」研究員たちの行列ができるようになっていた。


環は、質問に答える見返りとして、彼らに「作業」を要求した。


「……教える代わりに、私のハウスの改造を手伝って。」


こうして、環が占拠する「育種第3ハウス」は、劇的な変貌を遂げていた。



【 導入されたAI自動化システム 】


1.画像選別アーム: 収穫したトマトをカメラで撮影し、サイズ・色・傷の有無を0.1秒で判定。

産業用ロボットのアーム(廃材利用)が、ヒュンヒュンと音を立ててトマトを箱に仕分けていく。 「……人間が目で見て選ぶなんて、時間の無駄。」


2.自走式・雑草ハンター: ルンバを改造し、草刈りカッターと画像認識AIを搭載したロボットが、通路を巡回。 トマト以外の植物(雑草)を見つけると、無慈悲に刈り取る。

「……ウィーン、ガガガッ(雑草粉砕音)。」


3.ドローン受粉部隊: ハチの代わりに、超小型ドローンが花を認識して振動を与え、受粉を促進する。



担当の長谷川は、変わり果てたハウスを見て頭を抱えた。


「……おい。ここは農業センターだぞ。」

「なんでモーター音と排気ファンの音が響き渡ってるんだよ……。」

「土の匂いより、半田ごての匂いがするじゃねぇか……。」


環は、モニターの壁に囲まれながら答えた。


「……農業アグリカルチャー工業インダストリーの境界線は、曖昧。」

「……ここはもう、『鳴和県農工技術ハイブリッドセンター』。」



ある週末。

この「異様なハウス」の噂を聞きつけ、東都工業大学からあの男がやってきた。


「よう、環! やってるな!」


加賀見教授だ。彼は「面白そうな技術の匂い」には敏感だ。


「……あ、加賀見先生。」


「お前が農業にハマってると聞いて見に来たが……。」


加賀見は、ハウス内を走り回る「雑草ハンター」や、高速で動く「選別アーム」を見て、ニタリと笑った。


「最高じゃないか! 完全にファクトリーオートメーション(FA)だ!」

「農業の連中は『土作り』とか精神論が好きだが、結局は物理と化学だからな。」


長谷川が、すがるような目で加賀見を見た。


「あ、あの……先生からも言ってやってください! もう少し『自然』を大切にしろって!」


しかし、加賀見は火に油を注いだ。


「いや、甘いな環。」


「……え?」


加賀見は、トマトの収穫アームを指差した。


「このアームのサーボモータ、反応速度が遅い。トマトの『ヘタ』を認識してから把持するまで0.5秒かかってる。」


「工大の廃棄倉庫に、高性能なステッピングモータが転がってたはずだ。あれを送ってやる。」


「……本当? ありがとう。」


「あと、このAIの画像処理、GPUが熱を持ちすぎだ。水冷クーラーを導入しろ。」

「農業用水を循環させれば、冷却コストはタダだぞ?」


「……採用。その発想はなかった。」


長谷川の願いも虚しく、加賀見の助言(入れ知恵)によって、ハウスの工業化はさらに加速した。


数週間後。

第3ハウスの入り口には、環の手書きで『立入禁止:バイオハザード兼ロボット実験場』という張り紙がされた。


中では、変態研究員たちが、環と加賀見が構築したシステムに嬉々としてデータを食わせている。


「すごい! 粘菌の動きがデジタル化されていく!」


「害虫の動きを予測して、レーザーで撃ち落とすシステムが完成したわ!」


長谷川は、遠い目でそれを見ていた。


「……俺、何の公務員になったんだっけ?」


しかし、この「工業化」のおかげで、人手不足だった作業効率は数倍に跳ね上がり、センターの研究成果は飛躍的に向上した。


県庁の上層部は「なぜか電気代が倍増しているが、成果が出ているからヨシ!」と黙認。


環の夏休みの暇つぶしは、県の農業施設の一角を、完全に「マッドサイエンティストのアジト」へと変えてしまったのだった。

モチベーションの維持のため評価だけでも。

できれば感想を頂ければ幸いです。


よろしくお願いいたします。


次回は明日19時ごろ投稿予定です。

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