「変態」という名の求道者たち
8月下旬、お盆明け。
夏休みも残りわずかとなった登校日。
職員室で、担任の稲垣は、環から手渡された自由研究のレポートを受け取り、戦慄していた。
『 研究タイトル:トマトは痛いと言うのか? ~植物間通信の可視化~ 』
表紙は、小学生らしいクレヨン風のフォントで可愛らしく作られている。 しかし、ページをめくると……地獄だった。
•序論: 揮発性有機化合物(VOC)の基礎解説(※引用文献が英語論文)。
•実験: 100均の検知管を用いた簡易実験だが、データのサンプル数(N数)が異常に多い。標準偏差、t検定による有意差判定まで完璧に行われている。
•結論: 「トマトは隣人にSOSを発信し、防御態勢を取らせる。植物は孤独ではない。」
「……おい、桜庭。」
稲垣は冷や汗を拭った。
「これ、結論は感動的だが……中身のデータ分析がガチすぎて、審査員のお爺ちゃんたちが心筋梗塞を起こさないか?」
「……大丈夫。専門用語は『においの魔法』とかに書き換えた。」
「……付録(別冊)として、生データ100ページを添付しただけ。」
「(それが一番怖いんだよ……)」
稲垣は、このレポートが少なくとも県知事賞(図書カード)を確実にかっさらう未来を確信し、震える手で受理した。
◇
さて、宿題というタスクから解放された環だが、問題が発生していた。
農業技術センターには週1回通っているが、現在のフェーズは「生育待ち」だ。
ラズパイによる環境制御も、遺伝子マーカーによる選抜も、セットしてしまえばあとは植物が育つのを待つしかない。
「……暇。」
センターのベンチで、環は足をぶらつかせていた。
「……植物のクロック周波数(成長速度)は遅すぎる。」
「……私のCPU稼働率、まだ5%。」
そんな環の視界に、敷地内の案内板が入った。
この県の研究エリアは、農業だけでなく、隣接して「畜産試験場」と「水産試験場」が集まっている。
「……動物。魚類。」
「……動くものなら、データ収集も速いはず。」
環は、ふらりとベンチを立った。
「……視察に行く。」
◇
畜産試験場・牛舎。
ここでは、ブランド牛の飼育試験が行われていた。
研究員たちが、牛の餌の配合比率について議論している最中、麦わら帽子の少女が現れた。
「……あの、お嬢ちゃん? ここは入っちゃダメだよ。」
「……長谷川さんの知り合い(嘘ではない)。見学したい。」
環は、牛舎を一巡りすると、のんびりと草を食む牛を指差して言った。
「……この牛、ストレス値が限界突破してる。」
「……換気扇の低周波ノイズが、牛の可聴域と共振してる。これじゃ肉質等級(サシの入り方)が2ランク落ちる。」
「は、はぁ!? 何を言って……」
さらに環は、餌の成分表を覗き込んだ。
「……カロリー計算が雑。第一胃の微生物発酵効率を無視してる。」
「……トウモロコシの比率を3%下げて、ビタミンAの投与タイミングを2週間遅らせるべき。……そうすれば、飼料代を15%カットしてA5ランクが作れる。」
その指摘は、研究員たちが数年悩んでいた課題の核心を、針の穴を通すように突き刺すものだった。
「な、なんだこのガキは……!?」
「ぐうの音も出ねぇ……!」
◇
水産試験場・養殖プール。
環の進撃は止まらない。
次は養殖研究施設だ。
「……水流制御が甘い。」
環は、プールの水面を見て言い放った。
「……酸素供給の泡が大きすぎて、溶存酸素効率が悪い。」
「……魚群の遊泳パターンを解析して、餌やりのタイミングをミリ秒単位で同期させれば、食べ残し(ロス)ゼロで成長速度1.2倍。」
「そ、そんなこと言われても、予算が……」
と言い訳する職員に、環は冷徹に告げた。
「……予算がないなら、知恵を使え。」
「……ホームセンターで塩ビパイプ買ってきて。私が流体力学に基づいた最適なノズル設計図を書いてあげる。」
◇
その日の夕方。
農業技術センターの長谷川の元に、各所から内線電話の嵐が吹き荒れた。
プルルルル!!
『おい長谷川! お前のところに出入りしてる小学生、あれ何者だ!?』
『ウチの牛舎に来て、教授級のダメ出しをして帰っていったぞ!』
『「昭和の飼育法」って言われた! 泣いてる職員がいるんだぞ!』
『水産のほうじゃ、魚の気持ちを代弁されて、所長が白目剥いてる!』
長谷川は、受話器を両手で持ち替えながら、平謝りしていた。
「す、すみません! すみません!! 」
「悪気はないんです! ただ……性能が高すぎて、非効率なものを見ると蕁麻疹が出る体質で……!」
◇
長谷川がげっそりとして電話を置くと、ドアが開いた。
「……お疲れ、長谷川さん。」
環が、畜産試験場でもらってきた(分捕ってきた)瓶牛乳を飲みながら戻ってきた。
「……畜産の人、最初は怒ってたけど、設計図渡したら感謝してくれた。」
「……牛乳、美味しかった。乳脂肪分4.2%。」
長谷川は、環の肩を掴んで揺さぶった。
「お前なぁ! よその部署を荒らすな!」
「俺がどれだけ頭下げたと思ってるんだ!」
環はキョトンとした。
「……? 業務改善。」 「……日本の食料自給率向上のため。感謝されるべき。」
「そうだけど! 正論は時として暴力なんだよ!」
「……ふーん。大人のメンタル、脆弱性ありすぎ。」
環は牛乳を一気に飲み干し、口元の白い髭を拭った。
「……次は、林業センターに行ってみようかな。」
「やめろぉぉぉ!! 山まで焼く気かぁぁ!!」
長谷川の絶叫が響く。
天才少女の暇つぶしによって、鳴和の第一次産業界は、恐怖と(そして確実な)技術革新の波に飲み込まれていくのだった。
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9月。 鳴和県農業技術センター。
環の「正論暴力」によって、多くの職員はプライドを傷つけられ、彼女を避けるようになっていた。
しかし、研究者の中には一定数、「真理のためならプライドなど不要」という、真正の変人たちがいた。
「……たまき師匠!」
環がセンターのベンチで休憩していると、白衣の裾がボロボロの中年男性が、土下座の勢いで迫ってきた。
「キノコ研究室の粘菌担当です! 先日のご指摘いただいた『粘菌ネットワークによる迷路解決アルゴリズムの最適化』ですが……!」
「ここ! ここの変数が収束しないのです! ご教授を!」
環は、飲んでいた紙パックのジュースを置き、ため息をついた。
「……また来た。変態(褒め言葉)。」
彼らは、環が小学生であることなど気にしていない。
自分たちが生涯をかけて解けなかった謎を、この少女が一瞬で解くことを知ってしまったのだ。
「……パラメータ設定が甘い。粘菌の『飢餓ストレス』をもっと上げて。」
「おおお! なるほど! 虐めればいいのですね! ありがとうございます師匠!」
粘菌おじさんが去ると、次は「害虫フェチ」の女性研究員が寄ってくる。
「タマキちゃん! アザミウマの交尾行動の動画解析、AIで自動化できないかしら!? 1万時間あるの!」
環の周りには、常にこうした「濃すぎる」研究員たちの行列ができるようになっていた。
環は、質問に答える見返りとして、彼らに「作業」を要求した。
「……教える代わりに、私のハウスの改造を手伝って。」
こうして、環が占拠する「育種第3ハウス」は、劇的な変貌を遂げていた。
【 導入されたAI自動化システム 】
1.画像選別アーム: 収穫したトマトをカメラで撮影し、サイズ・色・傷の有無を0.1秒で判定。
産業用ロボットのアーム(廃材利用)が、ヒュンヒュンと音を立ててトマトを箱に仕分けていく。 「……人間が目で見て選ぶなんて、時間の無駄。」
2.自走式・雑草ハンター: ルンバを改造し、草刈りカッターと画像認識AIを搭載したロボットが、通路を巡回。 トマト以外の植物(雑草)を見つけると、無慈悲に刈り取る。
「……ウィーン、ガガガッ(雑草粉砕音)。」
3.ドローン受粉部隊: ハチの代わりに、超小型ドローンが花を認識して振動を与え、受粉を促進する。
担当の長谷川は、変わり果てたハウスを見て頭を抱えた。
「……おい。ここは農業センターだぞ。」
「なんでモーター音と排気ファンの音が響き渡ってるんだよ……。」
「土の匂いより、半田ごての匂いがするじゃねぇか……。」
環は、モニターの壁に囲まれながら答えた。
「……農業と工業の境界線は、曖昧。」
「……ここはもう、『鳴和県農工技術ハイブリッドセンター』。」
◇
ある週末。
この「異様なハウス」の噂を聞きつけ、東都工業大学からあの男がやってきた。
「よう、環! やってるな!」
加賀見教授だ。彼は「面白そうな技術の匂い」には敏感だ。
「……あ、加賀見先生。」
「お前が農業にハマってると聞いて見に来たが……。」
加賀見は、ハウス内を走り回る「雑草ハンター」や、高速で動く「選別アーム」を見て、ニタリと笑った。
「最高じゃないか! 完全にファクトリーオートメーション(FA)だ!」
「農業の連中は『土作り』とか精神論が好きだが、結局は物理と化学だからな。」
長谷川が、すがるような目で加賀見を見た。
「あ、あの……先生からも言ってやってください! もう少し『自然』を大切にしろって!」
しかし、加賀見は火に油を注いだ。
「いや、甘いな環。」
「……え?」
加賀見は、トマトの収穫アームを指差した。
「このアームのサーボモータ、反応速度が遅い。トマトの『ヘタ』を認識してから把持するまで0.5秒かかってる。」
「工大の廃棄倉庫に、高性能なステッピングモータが転がってたはずだ。あれを送ってやる。」
「……本当? ありがとう。」
「あと、このAIの画像処理、GPUが熱を持ちすぎだ。水冷クーラーを導入しろ。」
「農業用水を循環させれば、冷却コストはタダだぞ?」
「……採用。その発想はなかった。」
長谷川の願いも虚しく、加賀見の助言(入れ知恵)によって、ハウスの工業化はさらに加速した。
数週間後。
第3ハウスの入り口には、環の手書きで『立入禁止:バイオハザード兼ロボット実験場』という張り紙がされた。
中では、変態研究員たちが、環と加賀見が構築したシステムに嬉々としてデータを食わせている。
「すごい! 粘菌の動きがデジタル化されていく!」
「害虫の動きを予測して、レーザーで撃ち落とすシステムが完成したわ!」
長谷川は、遠い目でそれを見ていた。
「……俺、何の公務員になったんだっけ?」
しかし、この「工業化」のおかげで、人手不足だった作業効率は数倍に跳ね上がり、センターの研究成果は飛躍的に向上した。
県庁の上層部は「なぜか電気代が倍増しているが、成果が出ているからヨシ!」と黙認。
環の夏休みの暇つぶしは、県の農業施設の一角を、完全に「マッドサイエンティストのアジト」へと変えてしまったのだった。
モチベーションの維持のため評価だけでも。
できれば感想を頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
次回は明日19時ごろ投稿予定です。




