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Reboot(再起動)エピソード"ゼロ"  作者: いきし
小学生後編(農業編)
33/38

農業技術センターへの殴り込み

6月。


医大への出勤が週1回に減った反動か、環は毎日、放課後の学校菜園に通いつめていた。


「……14時35分。気温24度。南西の風、風速2メートル。」


「……蒸散速度の上昇を確認。給水ポンプ(ジョウロ)、稼働。」


環は、自作のセンサー(100均の温度計などを改造)をプランターに突き刺し、ブツブツとデータを記録していた。


その姿は、一見すると「理科好きな真面目な小学生」だが、やっていることは「植物生理学のフィールドワーク」だ。


担任の稲垣は、職員室の窓からその姿を見て、目を細めていた。


(……あいつ、本当に毎日来てるな。)

(図書室で難しい本ばかり読んでる「頭でっかち」かと思ったが……意外と「現場」が好きなのかもな。)


彼は、環が裏で日本の医療を変えたり、サイバーテロを壊滅させたりしていることなど、夢にも思っていない。

彼に見えているのは、「不器用な手つきで、一生懸命トマトの世話をする、少し変わった教え子」だけだ。



稲垣は、ジャージ姿で菜園に降りていった。


「よう、桜庭。今日も精が出るな。」


「……先生。トマトの第3果房、肥大率が予測より5%低い。……リン酸肥料の追肥を提案する。」


「はは、細かいな! まあ、やってみろ。」


稲垣は笑いながら、環の隣にしゃがみ込んだ。


「なぁ、桜庭。……お前、農業アグリに興味ないか?」


「……アグリ?」


「ああ。お前みたいな分析力と、観察眼がある奴は、研究者に向いてる。」


「農業は泥臭いイメージがあるかもしれないが、これからはデータの時代だ。……お前の才能、活かせると思うぞ。」


環は、泥のついた軍手を見つめた。 医学は「個体」の修理だが、農業は「環境」と「生命」の制御だ。

変数が多く、複雑系で、カオスだ。

だからこそ、天才の知的好奇心を刺激する。


「……嫌いじゃない。」


環は静かに答えた。


「……太陽エネルギーを、有機物に変換するシステム。……合理的で、美しい。」


「そうか! 嫌いじゃないか!」


稲垣は我が意を得たりとばかりに膝を叩いた。


(よし、この才能を学校のプランターだけで終わらせるのは惜しい。)

(もっと広い世界を見せてやれば、こいつは化けるぞ。)


その日の夕方。

稲垣は職員室のパソコンを開き、大学時代の同期・長谷川にメールを打った。

長谷川は現在、県の「農業技術センター」で、品種改良の最前線にいる研究員だ。



【 件名:面白い生徒がいるんだ 】

長谷川、久しぶり。元気か? 実は今、受け持っているクラスに、とんでもなく面白い子がいてな。

小学5年生なんだが、知識量が半端ない。

大学院生レベルの論文を読みこなして、トマトと会話してるような奴だ。

将来、ウチの業界(農学)を背負って立つ逸材かもしれない。

今度、そっちのセンターを見学させてもらえないか? 少し変わってるが、刺激になると思うぞ。



送信ボタンをポチッ。



稲垣は、満足げにコーヒーを啜った。


「……ふふ。長谷川の奴、驚くだろうな。」

「小学生の天才だって言っても、どうせ『博士ちゃん』みたいなもんだと思うだろうけど……。」


しかし、稲垣は知らなかった。

彼が送り込もうとしているのは、ただの「詳しい小学生」ではない。


その少女は、県の研究機関そのものを乗っ取りかねない「黒船」であることを。

何も知らない稲垣の善意によって、鳴和の農業界にもまた、環という名の台風が上陸しようとしていた。


________________________________________


7月上旬。 夏休みを前に、理科準備室は「作戦司令室」と化していた。


稲垣は黒板に大きく三つのキーワードを書いた。


1.単純(Simple) 2.明快(Clear) 3.痛快(Thrilling)


「審査員のお爺ちゃん先生たちは、難しい数式を見せられると老眼鏡を拭き始める。……彼らが求めているのは、『身近な不思議』が『予想外の方法』で解き明かされるカタルシスだ。」


環は、腕組みをして頷いた。


「……ターゲットのインサイト(心理)を突く。……了解。」


二人が練り上げたテーマは、こうだ。



『 トマトは痛いと言うのか? ~匂いで会話する植物たちのSOS ~ 』


•仮説: 虫に食われたトマトは、隣のトマトに「匂い」で危険を知らせるはずだ。


•実験: 100均の密閉容器と、検知管(これは少し専門的だがギリセーフ)を使い、傷ついたトマトが出すガスを可視化する。

さらに、そのガスを浴びた健康なトマトが、体内で防御物質タンニンなどを作り出すかを、リトマス試験紙やヨウ素液の変色で証明する。


•結論: 植物は静かだが、激しくお喋りしている。



「……これなら、設備はチープでも、結論はドラマチック。」


環はニヤリとした。


「……8万円の価値はある。」


「そうだ! これこそが受賞への最短ルートだ!」


稲垣も拳を握りしめた。



その日の夕方。 県農業技術センターの研究室。 長谷川はせがわ24歳は、スマホを耳に当てて眉間を揉んでいた。


『 頼むよ長谷川! 本当に面白い子なんだ! 』

『 一度、本物の研究現場を見せてやりたいんだよ! 』


電話の主は、大学時代の同期・稲垣だ。

学生時代から、人が良すぎて損をするタイプだった男。


「……稲垣なぁ。俺たちも暇じゃないんだ。」

「今は夏秋かしゅうトマトの新品種試験で、猫の手も借りたい時期なんだよ。」


『 邪魔はさせない! 見学だけでいいから! 』

『 その子の目が輝くところが見たいんだ! 頼む! 』


長谷川は、大きなため息をついた。 こいつの「熱血教師」ぶりには勝てない。

断っても、どうせまた電話してくるだろう。


「……分かったよ。来週の土曜な。」

「ただし、俺は案内できないぞ。パートのおばちゃんに案内させるから、勝手に見て帰れって言っとけ。」


『 ありがとう! 恩に着るよ! 』


通話を切った長谷川は、スマホを放り投げた。


「……やれやれ。小学生の社会科見学かよ。」

「どうせ、『わー、トマトがいっぱい!』とか言って終わりだろ。」


彼は、その「小学生」が、自分の研究人生を揺るがす怪獣だとは露知らず、再び顕微鏡に向かった。



翌週の土曜日。

環は一人、リュックサックを背負ってローカル線に揺られていた。


カタゴト、カタゴトと、のどかな田園風景の中を進むディーゼル列車。


(……移動時間60分。宮沢賢治『春と修羅』を読了するには十分。)


環は、文庫本を開いていた。 今日の彼女の装備は、完全に「田舎の文学少女」だ。 白いワンピースに、麦わら帽子。

リュックの中には、筆記用具とカメラ、そして分析用の自作センサー(隠しアイテム)が入っている。


駅に降り立ち、そこからさらに循環バスに乗り継ぐ。

バスの窓から見える景色は、一面の田んぼ。

最先端医療やサイバー空間で戦う彼女にとって、このアナログな風景は逆に新鮮だった。


(……光合成の効率最大化。水利システムのデザイン。……農業もまた、巨大なエンジニアリング。)


バス停「農業センター前」。

降り立った環の目の前に、ビニールハウス群と、無機質なコンクリートの研究棟が現れた。


「……到着。」


環は麦わら帽子を被り直し、入り口の守衛所に向かった。

その小さな背中からは、「見学」ではなく「視察(あるいは査察)」のオーラが漂っていたが、大人たちの目には「お使いに来た迷子」にしか見えなかった。


「……すみません。稲垣先生の紹介で来た、桜庭です。」


「……長谷川さん、いますか?」


守衛のおじいさんは、のんびりと内線電話をかけた。


「あー、長谷川先生? なんか、可愛らしいお嬢ちゃんが来とるよー。」


研究室の奥で、長谷川は舌打ちをした。


「……チッ、本当に来やがった。」

「適当にハウスの方へ行かせてください! 俺は忙しいんで!」


ガチャ切りされた電話。


しかし、それが長谷川の運の尽きだった。

野放しにされた環は、誰の監視も受けることなく、最先端の品種改良が行われている「聖域ハウス」へと足を踏み入れることになる。


(……さて。プロのお手並み拝見。)


環は眼鏡をクイッと上げ、自動ドアをくぐった。


図書カードのための「現地調査」が、静かに幕を開けた。



県農業技術センターのビニールハウス。


案内役のパート従業員・田中さん(60代)は、孫のような年齢の環に、ニコニコと話しかけていた。


「ほら見て、お嬢ちゃん。ここが新しいトマトのハウスだよ~。」


「みんな愛情込めて育ててるからねぇ。赤くて美味しそうでしょ?」


田中さんは、ゴムホースでジャージャーと水を撒いている。

のどかな光景だ。

しかし、その後ろを歩く環の顔は、蒼白になっていた。


(……信じられない。)


環の目は、ハウス内の惨状(データ的な意味で)をスキャンしていた。



【 環の視点による惨状リスト 】


1.温度管理の崩壊: 「……サーモスタットが旧式のアナログ。誤差プラスマイナス2度。……これでは酵素活性の正確なデータが取れない。」


2.隔離の甘さ: 「……防虫ネットに5ミリの破れ。……ここからアザミウマ(害虫)が侵入すれば、ウイルス病が蔓延する。……隣のハウスとの距離が近すぎる。これでは花粉が飛散して、品種間の意図しない交雑コンタミネーションが起きる。」


3.データの欠落: 「……水やりが『パートさんの勘』頼み。土壌水分量のログが残っていない。……これでは再現性がない。科学じゃない。ただの『家庭菜園の延長』。」


環は、愕然として立ち尽くした。


「……これで、品種改良ブリーディングをやってるの?」

「……遺伝子の変異を特定するなんて、砂漠で針を探すようなもの。」


環は、田中さんに尋ねた。


「……おばさん。あそこの自動換気扇、動いてないけど?」


田中さんは困ったように笑った。


「あ~、あれねぇ。去年の台風で壊れちゃって。修理予算が降りないから、今は手動で開け閉めしてるのよ。」

「人手が足りないから、草むしりも追いつかなくてねぇ。」


(……なるほど。)


環は理解した。

これは研究者の怠慢ではない。圧倒的な「カネ」がないのだ。


日本の地方自治体の研究機関。

予算は削られ、人員は減らされ、現場は疲弊している。

長谷川という研究員も、おそらく優秀なのだろうが、この環境では本来のパフォーマンスの1割も出せていないはずだ。


(……もったいない。)

(……ここには「土地」と「情熱」はあるのに、「システム」が死んでいる。)


環の中で、失望は「怒り」ではなく、エンジニアとしての「使命感」へと変わっていった。



一通りの見学を終え、環は研究棟に戻った。


「ありがとう、おばさん。……あとは、長谷川さんのところに行く。」


「は~い。気をつけてね~。」


環は、無機質な廊下を歩き、『育種第二研究室』のプレートがかかったドアの前に立った。

中からは、キーボードを叩く音と、ため息が聞こえる。


(……目を覚まさせてあげる。)


環はノックもせず、ドアをガラリと開けた。



部屋の奥。書類の山に埋もれたデスクで、長谷川はカップラーメンをすすりながらPCに向かっていた。


「……あ? お前、さっきの小学生か?」


長谷川は、面倒くさそうに振り返った。


「見学終わったか? 『トマトがいっぱいで凄かった』だろ? 感想文なら家で書いてくれよ。」

「こっちは忙しいんだ。」


彼は、環をただの「子供」として扱い、すぐに視線を画面に戻そうとした。


しかし。 環は部屋に入ると、長谷川のデスクの横に立ち、持っていたメモ帳をバンッ!と叩きつけた。


「……感想文なら、今ここで言う。」


「あ?」


環は、冷徹な瞳で長谷川を見下ろした。


「……環境制御エンバイロメントが最悪。あれじゃ実験データの信頼区間は50%以下。」

「……あなたは、あんなノイズだらけの温室で、何を証明するつもり?」


「……は?」


長谷川の箸が止まった。 口から麺を垂らしたまま、彼は目の前の少女を凝視した。


「……お前、今なんて……?」


「……予算がないのは分かった。でも、工夫ハックが足りない。」


環は、勝手に長谷川のPCのマウスを奪い、画面のグラフを指差した。


「……ほら。この標準偏差のバラつき。……原因は、3号ハウスの南側の隙間風。」

「……予算がない? それは思考停止の言い訳。」


環は、長谷川のデスクにある裏紙に、猛烈な勢いで設計図を描き始めた。


「……壊れた自動換気システム。メーカー修理見積もりは300万円。」

「……でも、制御基板マイコンが死んでるだけ。モーターは生きてる。」


環は、リュックから自分の「おもちゃ」を取り出した。 数千円で買える小型コンピュータと、秋葉原や100円ショップで買い集めたセンサー類のジャンク品だ。


「……これを使う。材料費、総額5000円。」

「……私がプログラムを組めば、300万円の純正品より賢い環境制御システムが作れる。」


長谷川は、カップラーメンを持ったまま呆気に取られた。


「はぁ? おもちゃのマイコンで、業務用のハウスを動かすだと?」


「舐めるなよ小学生。電圧が違うだろ、電圧が。」


「……リレー回路を噛ませて、インバータ制御すればいい。……見てて。」


環は、長谷川のPCのキーボードをジャックした。 パキポキ、と小さな指を鳴らす。


「……構築ビルド、開始。」



カタカタカタカタカタカタッ……!!!


ッターン!!



「……!?」


長谷川の目が点になった。


指が見えない。

画面に流れる文字列コードが、残像のようにスクロールしていく。

映画に出てくるスーパーハッカーなど目ではない。


この少女は、息をするように、ハウス内の温度・湿度・CO2濃度を統合制御するアルゴリズムを書き上げている。


「……AI学習モデルも実装。……過去の気象データから、1時間後の室温変化を予測して、先回りして窓を開閉させる。」

「……できた。所要時間15分。」


長谷川は、冷めたラーメンを啜るのも忘れていた。


「お、お前……何者だ……?」

「このプログラム、業者に発注したら数百万は取られるぞ……。」


環は涼しい顔で言った。


「……ソフトは完成。次はハード(物理的接続)。」



再び、県農業技術センターのビニールハウス。


「……さあ、実装する。」


環は意気揚々と、買ってきた配線コードと、固定用の結束バンド(インシュロック)を手に取った。


理論は完璧だ。

ラズパイのGPIOピンにジャンパー線を繋ぎ、リレーモジュールを介して、配電盤に割り込ませる。

最後に、センサーを支柱に結束バンドで固定すれば終了だ。


環は、自信満々に結束バンドの輪っかに先端を通そうとした。



スカッ。



「……あれ?」


通らない。手元が震える。


「……角度修正。」


もう一度トライする。



プルプルプル……


スカッ。



「……くっ。摩擦係数が……。」


今度は、コードの被膜を剥こうとして、ニッパーで中の銅線ごと切断してしまった。



プチン。



「……あ。」


さらに、ビニールテープを巻こうとして、テープ同士がくっつき、それが指に巻き付き、剥がそうとして髪の毛に張り付いた。


「……先生、助けて。粘着地獄。」


環は、自ら作り出したテープのまゆの中で身動きが取れなくなっていた。



「ブッ……ふふっ、はははは!!」



長谷川は、今日初めて声を上げて笑った。


「なんだそれ! さっきまでのカッコよさはどうした!?」

「マトリックスみたいな動きしてたのに、なんで結束バンド一本で自爆してんだよ!」


長谷川は、笑いすぎて涙目になりながら、環の手からニッパーを取り上げた。


「……貸してみろ。まったく、見てらんねぇな。」


長谷川の手つきは、鮮やかだった。 農業試験場の研究員は、何でも屋だ。

壊れた農機の修理から、パイプの溶接まで、現場仕事はお手の物だ。


彼は環の設計図を一瞥しただけで、手際よく配線を繋ぎ、センサーをガッチリと固定した。


「……ほら、これでいいんだろ?」


「……すごい。プロの犯行。」


環は、きれいに剥かれた配線を見て目を輝かせた。


長谷川は、配電盤の蓋を閉めながら、ニヤリと笑った。


「分かったよ、稲垣の言ってた意味が。」

「お前の頭脳はバケモノだが、手先はポンコツだ。」


「……否定しない。」


「俺が『手』になってやる。その代わり……。」


長谷川は、動き始めた換気扇を見上げた。

静かに、しかし正確に、環のプログラム通りにファンが回り始めている。


「……このボロいセンターを、お前の頭脳で立て直してくれ。」

「予算がなくても、最高の結果が出せるって証明してやりてぇんだ。」


環は、テープの糊でベタベタの手で、眼鏡をクイッと上げた。


「……交渉成立ディール。」

「……ここを、日本一ハイテクな貧乏研究所にしてあげる。」

モチベーションの維持のため評価だけでも。

できれば感想を頂ければ幸いです。


よろしくお願いいたします。


次回は明日19時ごろ投稿予定です。

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