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Reboot(再起動)エピソード"ゼロ"  作者: いきし
小学生後編(農業編)
31/38

驚愕の知識量と絶望的な不器用さ

4月。


5年生になった環のクラスに、新任の男性教諭・稲垣いながき24歳がやってきた。

彼は教育学部ではなく、国立大学の農学部を出て教員になったという、異色の経歴の持ち主だ。


職員室での引き継ぎ初日。

稲垣は、前任者から渡された分厚いファイルを見て首を傾げていた。


『 最重要機密:桜庭環マニュアル(改訂版) 』

•第1条: 彼女が図書室にいても、決して連れ戻してはならない。

•第5条: 彼女の言葉が理解できなくても、否定してはならない。それは大抵、教員側の知識不足である。


「……なんすかこれ? 猛獣か何かの飼育マニュアルですか?」


稲垣は、日焼けした顔で笑った。


「まあ、面白そうな子ですね。僕の専攻は『品種改良』なんで、変わったタネほど育てがいがあるってもんです。」


彼はマニュアルをポンと机に置き、独自の観察を始めることにした。



数日後。


昼休み。

図書室の定位置で、環はフランス語の医学書(カバーは『赤毛のアン』)を読んでいた。


「よお、桜庭さん。」


稲垣が、ズカズカと入ってきた。

他の教師なら遠巻きにするところだが、この男には妙な愛嬌と図太さがあった。


「……何? 授業なら出ない。」


「いやいや。……ちょっと、野菜育ててみないか?」


「……野菜?」


環は本から目を離した。


「俺、理科準備室の裏庭で個人的に菜園やってるんだけどさ。一人じゃ手が足りなくて。」


「君、暇そうだし(失礼)、観察眼は鋭そうだから。」


環は考えた。


(……植物バイオテクノロジー。遺伝子組み換えや光合成効率の研究は、将来の食糧問題解決に必須。) (……基礎データの収集としては悪くない。)


「……いいよ。手伝う。」


環は本を閉じた。



理科室の裏手。

そこには、稲垣が持ち込んだ大量のプランターと、本格的な土袋が積まれていた。


「今日はトマトの苗を植えるぞ。……桜庭さん、この土、触ってみてどう思う?」


稲垣は、軽い気持ちで聞いた。 「ふかふかしてる」とか「汚い」とか、そんな答えを予想していた。

しかし、環は土を一つまみ手に取り、指ですり潰し、匂いを嗅いだ。


「……団粒構造が良好。腐葉土と赤玉土の配合比は6:4と推測。」

「……ただ、少し酸性に傾いているかも。トマトの最適pHは6.0~6.5。……石灰をあと50グラム追加すべき。」


「……は?」


稲垣の手が止まった。


環は止まらない。


「……この苗、品種は『桃太郎』? いや、葉の形状からしてミニトマトの『アイコ』。」


「……第一花房が着生している。定植(植え付け)のタイミングとしてはベストだけど、根鉢が少し回りすぎている。……根巻き(ルーピング)のリスクあり。」


「ちょ、ちょっと待て!」


稲垣はスコップを取り落とした。


「お前、なんでそんなこと知ってんの!? 農大生でもそこまで詳しくねぇぞ!」


環は無表情で答えた。


「……以前、鳴和大で、農学の専門書を数冊スキャン(読書)した。」


「……理論セオリーは完璧。」


稲垣は絶句した。


(この子……マニュアルに書いてあった「天才」って、こういうことか……!)


「す、すげぇな……。じゃあ、知識は十分だ。」

「実際に植えてみよう。……苗をポットから出して、優しく土に入れてくれ。」


「……ラジャ。」


環は、自信満々で苗を手に取った。

理論は完璧だ。茎を人差し指と中指で挟み、逆さにしてポットを抜く。



グシャッ。



「あああっ! 茎! 茎を握りつぶしてる!!」


稲垣が悲鳴を上げた。


「……あ、あれ? 力加減の制御ゲインが……。」


環は慌てて修正しようとしたが、今度は苗を落としそうになり、空中でキャッチしようとして、土ごとぶち撒けた。



バサァッ!!



「……重力加速度の計算ミス。」


環は泥だらけになりながら、言い訳をした。


さらに、支柱を立てて紐で結ぶ作業(誘引)。


「……8の字結び。摩擦係数を考慮して……。」


環の指は、複雑なパズルを解くように動き……結果、苗ではなく自分の親指を支柱に縛り付けた。


「……先生。取れない。」




「ブッ……クククッ……!」



稲垣は、腹を抱えて笑い出した。


「あーっハハハ! お前、頭の中は博士なのに、手先は1年生以下だな!」


「自分の指を縛る奴、初めて見たぞ!」


環は、泥だらけの顔でムッとした。


「……笑わないで。ハードウェアの連携エラー。」

「……手術ロボットなら、ミクロン単位で動かせるのに。」


「はいはい、ロボットはすごいな。でも、お前の手はポンコツだ!」


稲垣は涙を拭いながら、環の指を解いてやった。


「いいか、植物は計算通りにいかねぇんだ。……こうやって、優しく、適当にやるんだよ。」


稲垣の手は、大きくてゴツゴツしていたが、苗を扱う手つきは魔法のように繊細だった。

あっという間に植え付けを完了させる。


「……悔しい。」


環は、きれいに植えられたトマトを見て呟いた。


「はは、悔しかったら通ってこい。……頭でっかちの天才少女に、俺が『手仕事』を教えてやるよ。」


その日以来、環の「図書室登校」の一部が、「菜園登校」に変わった。

最先端のAIを作る少女が、泥んこになりながらトマトと格闘し、農学部出身の先生にゲラゲラ笑われる。


それは、環にとって、デジタルな世界では得られない「生のデータ」と「人間らしい失敗」を学べる、貴重な時間となった。

モチベーションの維持のため評価だけでも。

できれば感想を頂ければ幸いです。


よろしくお願いいたします。


次回は明日19時ごろ投稿予定です。

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