医師たちの歪んだ需要
手術支援ロボット『阿修羅』の販売台数は、右肩上がりどころか垂直発射のような勢いで伸びていた。
大和精機の工場は24時間フル稼働、帝都メディカルの株価は成層圏を突破中。
そして、開発に携わった鬼頭教授と毒島教授のもとにも、恩恵は届いていた。
「……ほう。」
鬼頭は、通帳記帳をしてニヤリとした。
『阿修羅』には、オプション機能として『毒島&鬼頭・指導モード(ボイス付き)』が搭載されている。
これを使用するたびに、1回数十円のライセンス料が彼ら個人に入る契約だ。
単価は安いが、日本中で毎日数千件の手術が行われているのだ。
「今月だけで、高級焼肉が何回も食える額か……。」
「毒島の野郎も『飲み代が浮いた』と喜んでたな。」
金だけではない。
名誉もついてきた。
学会に行けば、面識のない若手医師から握手を求められる。
「鬼頭先生! 先生のガイド音声、最高です!」
「手術中に解剖の知識が耳から入ってくるので、迷いが消えました!」
「学生時代に戻ったような緊張感……罵倒されるのが逆に集中できます!」
鬼頭は満更でもなかった。
(フン、今の若いのも捨てたもんじゃないな。俺の解剖学(愛)が伝わっているようだ。)
しかし。
ここ数週間、鬼頭の元に届く感想メールの中に、理解不能な単語が混ざり始めた。
『 先生の冷徹な指摘、ゾクゾクします! 』
『 まさに医療界の女王様! 一生ついていきます! 』
『 厳しいけど、たまに見せるデレ(褒め言葉)が最高に萌えます! 』
「…………は?」
鬼頭は、洗面所の鏡を見た。
そこにあるのは、髭面で強面の、熊のような中年男の顔だ。
どこをどう切り取っても「萌え」も「女王様」も存在しない。
「……どういうことだ? 毒島の声と間違えてるのか?」
「いや、あいつも『ゴリラ』とは言われても『女王』とは呼ばれんぞ……。」
鬼頭の中に、嫌な予感が走った。
このシステムの根幹を握っているのは、誰だ?
金にがめつく、人を食ったような態度を取る、あの8歳児だ。
鬼頭は、血相を変えて大学のシミュレーションセンターへ向かった。
そこでは、環がタブレットを操作しながら、何やらニヤニヤしていた。
「おい、環。」
「……あ、おじさん。お疲れ。」
環の手元の画面には、海外の銀行口座の残高が表示されていた。
鬼頭の通帳など比ではない、桁違いの数字が並んでいる。
「……貴様、何をした?」
鬼頭は、届いたメール(「萌え」「女王様」)を突きつけた。
「あー……。」
環は悪びれもせず、ペロリと舌を出した。
「……おじさんたちのモード、評判いいけど……『もっと高度で』『もっと精密な』指導を求める層 (ヘビーユーザー)がいたから。」
「……需要があったから、供給しただけ。」
「まさか……。」
環は、シミュレーターを起動した。
メニュー画面の隅にある、目立たないアイコンを長押しする。
『 Secret Mode Unlocked : TAMA-CHAN 』
『 Price : 3,000 JPY / ope (課金制) 』
「……これ。」
デモ画面が始まる。
聞こえてきたのは、鬼頭の野太い声でも、毒島の怒鳴り声でもない。
冷徹で、少し生意気な、少女の声だった。
『 ……遅い。あと0.5秒早く結紮して。 』
『 ……そこ、迷走神経の分枝がある。切ったら殺すよ? 』
『 ……はぁ(溜息)。視野が汚い。私の言う通りに展開して。 』
その指示内容は、毒島の手技(外科)と鬼頭の知識(解剖)を完璧に融合させ、さらに環のAI予測を加えた、完全無欠の神ガイドだった。
しかも、口調が絶妙に「上から目線」だ。
『 ……よくできたね。今の処置は、偏差値60点。 』
「……なんだこれは。」
鬼頭は絶句した。
「……私が、全データを学習して吹き込んだ、統合指導モード。」
「……毒島先生より上手くて、おじさんより詳しい。」
「……おじさんたちのモードは『無料版』。こっちは『有料版』。」
「……殺すよ? ……だと?」
「……生意気なガキに手術を指図されて、喜ぶ医者がいるのか!?」
環は、淡々とデータを提示した。
「……リピート率95%。」
「……激務で疲れた医師たちは、おじさんの怒鳴り声より、少女の冷たい罵倒と完璧なナビゲートに癒やしを感じている。」
「……結果として、手術成功率も有意に上昇。」
事実、現場ではこの「たまちゃんモード」が、一種のステータスとなっていた。
別料金を払ってでも「天才少女のガイド」を降臨させる。
罵倒されながら完璧な手術を完遂し、最後に「よくできたね」と言われることに、至上の喜びを感じる変態……もとい、熱心な医師が急増していたのだ。
「……私の口座には、1回につき2000円が入る仕組み。」
「……残り1000円は、システムの維持費。」
「お前……ちゃっかりしすぎだろ!!」
鬼頭は頭を抱えた。
「萌え」とか「女王様」とか言われていたのは、自分ではなく、この姪っ子(のような存在)だったのだ。
「……まあ、いいじゃない。」
環は、増え続ける残高を見て微笑んだ。
「……これでまた、新しい研究機材が買える。」
「……日本の医療レベルも上がる。Win-Win。」
鬼頭は、ため息をつきつつも、その圧倒的な完成度にぐうの音も出なかった。
「……俺の解剖講義より分かりやすいのが、一番腹立つわ!!」
こうして、『阿修羅』の普及と共に、日本の外科医たちの間には「謎の少女の声に支配される」という新たな文化が定着していくのだった。
モチベーションの維持のため評価だけでも。
できれば感想を頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
次回は本日23時ごろ投稿予定です。




