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Reboot(再起動)エピソード"ゼロ"  作者: いきし
小学生中編(医大・工大編)
24/38

とある辞表を懐に抱く研修医

県立医科大学・消化器外科の医局。


入局3年目の女性医師・美月みづき、28歳は、パソコンの前で死んだような目をしていた。


(……帰りたい。いや、もう辞めたい。)


部活の先輩の勧めで、「神の手」毒島教授に憧れて外科に入局した。

しかし、現実は甘くなかった。

朝6時の回診から始まり、夜中の緊急オペまで、労働時間は1日16時間超え。

給料はバイトの時給換算でコンビニ以下。


そして何より辛いのは、「手術させてくれない」ことだ。


毒島教授の執刀の第一助手なんて、雲の上の話。


彼女の仕事といえば、何時間もこう・フックを持って傷口を広げる「鉤引き」や、膨大なサマリー(退院要約)書き、先輩の雑用ばかり。


(……私、なんのために医者になったんだろ。)


(教授の技術を盗む? 無理無理、視野さえ見えない位置に立たされて。)


美月の白衣のポケットには、今朝書いた『退職願』が入っていた。

明日、教授に叩きつけてやるつもりだった。



翌朝。

医局カンファレンスの後、医局長(40代)が美月を手招きした。


「おい、美月。ちょっと地下のシミュレーション室に行ってくれ。」


「はぁ……何か運ぶんですか?」


「いや、新しいロボットのデモがあるんだ。若手代表として、お前が触ってこい。」


美月はげんなりした。また雑用だ。


「……分かりました。何をすれば?」


虫垂炎アッペの手術シミュレーションだ。」


美月のこめかみに青筋が立った。


アッペ?


研修医1年目でもやる基本中の基本だ。

専門医を目指す私に、今さらアッペをやれと?

私の実力なんて、その程度だと思われているのか。


(……上等じゃない。これが最後の仕事ね。)

(パパッと終わらせて、その場で辞表を出してやる。)


美月は怒りを胸に、地下へと向かった。



地下室には、毒島教授と、見知らぬ技術者たちがいた。

部屋の中央には、4本のアームを持つ無骨なロボット『阿修羅』。


「おう、来たか。美月、そこに座れ。」


毒島が顎でしゃくる。


美月は無言でコンソール(操作席)に座った。


以前、研修で外資系ロボット『レオナルド』は触ったことがある。 遠近感が掴みにくく、ゲームのような浮遊感があった記憶だ。


(……はいはい、どうせ似たようなもんでしょ。)


美月は投げやりにマスタコントローラを握った。



ガチッ。



「……え?」



指先に、確かな「重み」を感じた。

画面の中のアームが、組織を把持する。

その「プニッ」とした弾力が、美月の指に直接伝わってきた。


(……嘘、触覚がある? 鉗子の先が自分の指みたい……。)


「おい、ボーッとしてんじゃねぇ。」


毒島が背後で操作パネルを弄った。


『 Tutorial Mode : ACTIVATED 』

『 Instructor : BUSUJIMA & KITO 』


画面上に、強烈なAR(拡張現実)が表示された。 切除すべき虫垂が赤く、傷つけてはいけない血管や神経が青く光る。


そして、ヘッドセットから「声」が聞こえてきた。


『オラァ! どこ持ってんだバカ野郎!』


「ひっ!?」


美月は飛び上がった。 毒島教授の怒鳴り声だ。

いや、本人は後ろで腕を組んでいる。これはAI音声?


『そこは膜が薄い! 破ると出血するぞ! 鉗子の角度を30度起こせ!』(毒島AI)

『解説しよう。その裏には右尿管が走行している。解剖学的には、回盲部を内側に授動してから……』(鬼頭AI)


(……な、なにこれ!?)

(右耳から教授の罵声(指導)、左耳から鬼頭先生の解剖講義!?)


「うるさい! 分かってますよ!」


美月は半泣きになりながら、ペダルを踏んで電気メスを動かした。


すると、信じられないことが起きた。

コントローラが、美月の手の震えを完全に打ち消し、さらに「正解のルート」へと微妙に誘導アシストしてくるのだ。


(……手が、勝手に動く?)

(違う、これが……毒島教授の感覚!?)


まるで、背後から教授に手を重ねられ、一緒に手術をしているような感覚。

迷いがない。組織の剥離層(はがすべき場所)が、光って見える。


出血ゼロ。

完璧な展開。


『いいぞ。そのテンション(引っ張り具合)だ。覚えとけ。』(毒島AI)

『見事だ。美しい術野だ。』(鬼頭AI)


アメとムチ。


罵倒されながらも、正しくできた時は褒められる。

美月の中で、忘れかけていた「手術の快感」が爆発した。


(……楽しい。)

(鉤引きじゃない。私が、切ってる。……しかも、神の技術で。)


「……終了フィニッシュ。」


タイムは15分。

熟練医並みのスピードと精度だった。


美月は、汗だくでコンソールから顔を上げた。

心臓がバクバク言っている。

高揚感で指が震える。


「……どうだ、美月。」


毒島がニヤリと笑った。


「いつもの『レオナルド』とは違うだろ?」


美月は、呼吸を整え、教授を振り返った。


その目には、もう「死んだ魚」の色はなかった。

獲物を狙う、肉食獣の輝きが戻っていた。


「……教授。これ、次の胃がんのケースでも使えますか?」


「ああ? まだ臨床試験前だが……お前が使いこなせるなら、助手くらいさせてやってもいい。」


「やります!! 絶対にやります!!」


美月は立ち上がった拍子に、ポケットの中の封筒(退職願)をクシャクシャに握りつぶした。


辞める? バカなことを。


このロボットがあれば、私は数年分の修業を数ヶ月でショートカットできる。

毒島教授の全盛期の技術データを、私のものにできるんだ。


「……まずは、このロボットの『専属医』になれ。使い倒せ。」


「はいッ!!」


その夜。

美月は医局のゴミ箱に、クシャクシャの紙屑を投げ捨てた。


そして、マニュアルを片手に『阿修羅』のシミュレーターに籠もり、朝まで没頭し続けるのだった。


こうしてまた一人、環のシステムによって「外科の沼」に引き戻された医師が誕生した。

モチベーションの維持のため評価だけでも。

できれば感想を頂ければ幸いです。


よろしくお願いいたします。


次回は明日19時ごろ投稿予定です。

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