とある輸入代理店の営業マンの憂鬱
県立医科大学のロビー。
輸入商社『極東メディテック』の営業マン・高村(30代)は、ため息交じりにコーヒーを飲んでいた。
彼が扱っているのは、世界シェアを独占する米国製の手術支援ロボット『レオナルド』だ。
性能はいい。
確かに患者の負担は減る。
だが、そのビジネスモデルはあまりに殿様商売だった。
(……本体価格3億円。毎年のメンテナンス契約で数千万円。鉗子(アームの先)は10回使ったら強制ロックがかかり、1本10万円で買い替え。)
(……まるで、プリンターのインク商法だ。)
高村の仕事は、日本の病院からその莫大な金を回収し、本国へ送金すること。
現場の医師からは「高すぎる」「維持費で病院が潰れる」と文句を言われ、それでも「嫌なら使うな」という本国の強気な姿勢に従うしかない。
(……俺は、日本の医療を食い物にする手先かよ。)
日本の技術力なら、もっと安くて良いものが作れるはずなのに。
そんな愛国心と、生活のための仕事の間で、高村は常に悶々としていた。
◇
「おい、高村。」
背後から、野太い声がかかった。
消化器外科の毒島教授だ。
高村にとっては、最も口うるさく、しかし腕は確かな最重要顧客である。
「あ、おはようございます教授! 『レオナルド』の定期点検ですが……」
「そんなもん後だ。……ちょっとこっちへ来い。」
毒島はニヤリと笑い、高村を手招きした。
連れて行かれたのは、地下にあるシミュレーションセンターの一室。
「……教授、ここは?」
「俺たちの新しいおもちゃ置き場だ。」
部屋の中には、見慣れた『レオナルド』の横に、一回りコンパクトで、しかし洗練されたデザインの見知らぬロボットが鎮座していた。
アームの数は4本。
しかし、関節の自由度が異常に高そうだ。
「こいつの名は『阿修羅』。」
毒島は愛おしそうにアームを撫でた。
「高村。お前、元々は工学部出身だったな? 『レオナルド』の操作感も知ってるはずだ。」
「ええ、まあ……研修で何度も触ってますが。」
「なら、こいつのコンソール(操作席)に座ってみろ。」
「え? でもこれ、どこのメーカーのですか?」
「いいから座れ。」
高村は言われるままに、『阿修羅』のコックピットに座った。
モニターを覗き込み、マスタコントローラ(操縦桿)を握る。
「……動かしてみろ。」
高村が指を動かした瞬間。
ビクッ!!
彼の体に電撃が走った。
「……なっ!? い、今、何かに当たりました!?」
指先に、コツンという硬い感触と、プニッという柔らかい弾力が伝わってきたのだ。
「……『触覚』!?」
高村は叫んだ。
『レオナルド』には触覚がない。視覚情報だけで距離を測るしかないのが最大の欠点だった。
それを、この無名のアームは完璧にフィードバックしている。
「それだけじゃねぇぞ。」 毒島がモニターを指差した。
画面上に、赤いラインと緑のエリアが表示される。
『 Warning : 血管近接(2mm) 』
『 Guide : 切開ライン推奨ルート 』
「……な、なんですかこれ……AI?」
「ああ。8歳のガキが作ったナビゲーションシステムだ。」
アームが、吸い付くように動く。
手ぶれが完全に消え、自分の意思がそのまま鉗子に伝わる感覚。
さらに、AIが「次はここを切ると安全です」と、神のような視点で誘導してくれる。
「……どうだ、高村。『レオナルド』と比べて。」
毒島が意地悪く聞いた。
高村は、コントローラを握りしめたまま、震える声で答えた。
「……勝負になりません。」
「『レオナルド』がラジコンなら、こっちは……自分の体そのものです。」
「……教授、これ、国産ですか?」
「ああ。東都工業大学と、うちの大学との共同開発だ。」
高村の中で、何かが弾けた。
彼はコンソールから飛び降りると、毒島に頭を下げた。
「教授! ……電話を貸してください! いや、ここで電話させてください!」
「おう、構わんぞ。」
高村は、スマホを取り出し、震える指で発信した。
相手は、日本の精密機器メーカー『大和精機』の北陸支店にいる、大学時代の同期・佐藤だ。
大和精機は高い技術力を持ちながら、医療ロボット参入に二の足を踏んでいる老舗メーカーだった。
『 もしもし、高村か? 土曜の朝からなんだよ。 』
「佐藤! 今すぐ技術トップと支店長を連れて、県立医大に来い!」
『 はぁ? ゴルフの練習中だぞ、何言って…… 』
「いいから来いッ!!」
高村は、普段の温厚な彼からは想像もできない大声で怒鳴った。
「『黒船』が沈むぞ!」
「今ここに来ないと、お前の会社は100年後悔する! 日本の製造業の夜明けが、今ここにあるんだよッ!!」
高村の鬼気迫る剣幕に、佐藤は事の重大さを悟った。
「……分かった。すぐ行く。」
1時間後。 大和精機の支店長と技術部長が、作業着のままタクシーで駆けつけた。
さらに、彼らは『阿修羅』の実機と、毒島によるデモプレイを見た瞬間、その場で本社にホットラインを繋いだ。
「社長! 役員全員招集してください! 試作中の自社ロボットは全部廃棄です!」
「今すぐヘリでも新幹線でも使って来てください! ここに『正解』があります!」
その日の夕方。 県立医大の駐車場には、大和精機の本社から急行した黒塗りのハイヤーがズラリと並んだ。
社長、専務、開発本部長。
日本のものづくりを支える重鎮たちが、狭いシミュレーション室にひしめき合い、『阿修羅』を囲んでいた。
「……美しい。」
「この剛性、この制御……そしてこのAI。」
「勝てる……これなら世界で勝てるぞ!」
社長が、毒島の手を握りしめて涙ぐむ。
そこに、帝都メディカル(販売・ソフト担当)の神宮寺社長も合流し、その場で「製造・量産は大和精機」「販売・ソフトは帝都メディカル」という、和製ドリームチームの原案が爆速で形成されていった。
騒ぎの輪の外で、高村は缶コーヒーを飲んでいた。
彼の会社(輸入代理店)にとっては、これは商売上がったりになる最悪の事態だ。
おそらく、数年以内に『レオナルド』は駆逐されるだろう。
しかし、高村の顔は晴れやかだった。
「……高村。お前、自分の首を絞めたな。」
毒島が声をかけると、高村は笑った。
「いいえ。……次は、こいつ(阿修羅)を世界に売る商社に転職しますよ。」
「もう、高いだけの外国製を、頭を下げて売るのは御免です。」
「これからは、日本の技術で、世界から外貨を稼ぐ番です。」
夕日に照らされた『阿修羅』のアームが、まるで勝利の拳を突き上げているように見えた。
名もなき営業マンの反乱が、日本の医療産業史を大きく変えた一日だった。
モチベーションの維持のため評価だけでも。
できれば感想を頂ければ幸いです。
よろしくお願いいたします。
次回は今日の21時ごろ投稿予定です。




