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Reboot(再起動)エピソード"ゼロ"  作者: いきし
小学生中編(医大・工大編)
21/36

数十億円の待ち時間

午前11時30分。東都工業大学。


手術ロボット『阿修羅』の開発会議は、午前中でスムーズに完了した。

来週からは、いよいよ帝都メディカルとの具体的な製品化交渉に入る。医学と工学の連携は完璧だった。


「ふぅ……。じゃあ、私は親と遊びに行く。」

環がバッグを手に取ったその時、研究室の内線電話が鳴り響いた。



プルルルル……!



加賀見が受話器を取る。

「はい、加賀見研究室……えっ、学長秘書室!? ……は、はい! おりますが……。」


加賀見は青ざめた顔で受話器を置き、環を見た。



「……環。学長からだ。」



「『さらに興味が湧いた。昼飯を一緒に食いたいから、今すぐ連れてこい』とのことだ。」



環は露骨に嫌な顔をした。


「……嫌だ。おじいちゃんと話すと疲れる。エネルギー効率が悪い。」


「私は一人でコンビニのパスタが食べたい。」



「頼む、環! 行ってくれ!」


「お前が行かないと、俺たちの予算が削られるかもしれんのだ!」



加賀見と氷室は、アイコンタクトを取った。


次の瞬間、二人は左右から環の脇を抱え、ひょいと持ち上げた。



「……離して。これは拉致監禁。」



「すまん! 日本の科学のためだ!」


「我慢してくれ! 後で高いアイス買ってやるから!」



環は、二人の大の大人によって、まるで捕獲された宇宙人のように両足ブラブラの状態で運ばれていった。


廊下ですれ違う学生たちが「あ、宇宙人が捕獲されてる……」と道を開ける中、一行はキャンパス最奥の聖域、「学長室」へと向かった。



重厚な扉が開かれる。

そこには、西園寺学長が満面の笑みで待ち構えていた。


「おお、来たか! 待ちかねたぞ、私の小さな友人!」


加賀見と氷室は、環をソファーに降ろすと、脱兎のごとく逃げ出した。


「では学長! 我々はこれで失礼します!!」



バタン!



取り残された環は、ふくれっ面で学長を睨んだ。


「……強引すぎる。これはパワーハラスメント。」


「すまんすまん! どうしても君と、もっと話がしたくてね。」


西園寺は子供のように手を合わせた。


「詫びと言ってはなんだが、昼飯は私の奢りだ。好きなものを頼んでくれたまえ。」


その言葉を聞いた瞬間、環の表情モードが切り替わった。


「……割り勘じゃなくて?」


「当然だ。学長の経費ポケットマネーを舐めるなよ?」


「……交渉成立。」


環はソファに深く座り直した。


「じゃあ、特上うな重。……肝吸い付きで。」


「カカッ! 遠慮がないな! いいぞ、それでこそだ!」


西園寺は嬉々として、馴染みの老舗うなぎ屋に出前の電話をかけた。



「……さて。うなぎが蒸し上がり届くまで、30分から1時間はかかる。」


電話を置いた西園寺は、机の上にあったペーパーの束を環に手渡した。


「暇つぶしに、これを見てくれんか?」


「……何これ?」


「物質理工学院が今、頭を抱えているデータだ。」


複雑な結晶構造の解析データと、エラーを吐き続けるシミュレーション結果が表示されていた。


「次世代半導体素材の結晶成長なんだが……どうしても、ある温度帯で不純物の混入コンタミネーションが予測値を超える。」

「研究員たちは『実験環境のノイズだ』と言っているが、私はどうも引っかかってね。」


環は、出されたお茶をすすりながら、ペーパーをパラパラ見始めた。

その目は、うなぎを待つ子供の目から、瞬時に「解析者」の目に変わる。


(……格子配列のズレ。温度勾配との相関。)

(……ノイズじゃない。これは……。)


「……おじいちゃん。ペン貸して。」


環はペーパーの上に、直接書き込みを始めた。


「……ここの波形。ノイズとして処理されてるけど、周期性がある。」


「これは不純物の混入じゃない。……結晶格子が、自己組織化して『準結晶』構造を作ろうとしてる前兆サイン。」


「……なっ!?」

西園寺が身を乗り出す。


「従来の結晶理論で解析するからエラーになる。」

「ここを『高次元射影』として捉え直して、5次元の対称性で計算すれば……ほら。」


環が数式を書き換えると、画面上の真っ赤なエラー表示が消え、美しい放物線を描くグラフが現れた。


『 Simulation : Complete (Stable) 』

「……これで、純度99.9999%いけるはず。」

環はペンを置いた。


西園寺は、震える手でペーパーを持った。


「……馬鹿な。これは……『ノイズ』自体が、新しい素材の特性だったというのか?」

「研究員たちが3年かけて解けなかった謎を……君は、うなぎを待つ間に……?」


環は、何食わぬ顔で言った。


「……データが語ってたから、通訳しただけ。」


「それより、お腹すいた。」



コンコン。


「失礼します! 出前でーす!」


タイミングよく、芳ばしい香りと共にうな重が到着した。

西園寺は、呆然としたまま、うな重の蓋を開ける環を見ていた。


(……この子は、化け物だ。)

(今、彼女が解いた数式だけで、数十億円の産業価値があるぞ……。)


「……いただきます。」


環は、ふっくらとした鰻を口に運び、幸せそうに頬を緩めた。


「……ん。美味しい。タレの糖度と粘度が絶妙。」


西園寺は、自分のうな重に手をつけるのも忘れ、大笑いした。


「ハハハ! 安いもんだ! うな重一杯で、次世代半導体の道が開けるとはな!」


「環くん! おかわりするか? 特上もう一個頼むか!?」


「……無理。胃のキャパシティオーバー。」



特上うな重の空き箱が積み上げられ、芳醇なタレの香りが漂う室内。


西園寺学長と環は、熱いほうじ茶をすすりながら、満ち足りた吐息を漏らしていた。


「……ふぅ。やはり『野田岩』の鰻は裏切らんな。」


「……同意。焼き加減、蒸しの時間、タレのバランス。完璧な熱力学の結晶。」


西園寺は茶碗を置き、ふと真顔になって環を見た。


「さて、環くん。腹も満たされたところで……君の目には、今の『日本』はどう映っている?」

「教育、科学技術……この国のシステムは、君のような特異点(天才)にとって快適かね?」


試すような問いではない。

同格の知性に対する、真剣な諮問だった。



環は、ナプキンで口元を拭い、即答した。


「……非効率。ボトルネックだらけ。」


「教育は、明治時代に作られた『工場労働者量産モデル』のまま。画一的で、突出した個性をバグとして処理する。」


「科学技術への投資は、財務省の『短期的な成果』というフィルタに阻害され、基礎研究が死にかけている。」


環の言葉は容赦がなかった。

彼女は、日本という巨大なシステムを、ひとつの「プログラム」として診断していた。


「……パッチ(法改正)を当てすぎて、ソースコードがスパゲッティ化してる。」

「バグを取ろうとすると、別の場所でエラーが出る。」


「ほう。では、君ならどうする?」


西園寺が身を乗り出す。


環は、冷徹に言い放った。


「……リファクタリング(整理)じゃ無理。フルスクラッチ(作り直し)が必要。」


「教育基本法、財政法……いや、憲法カーネルから書き換えて、OSを再インストールすべき。」



「ブッ……クククッ!!」


西園寺は肩を震わせ、そして寂しげに笑った。


「憲法から、か。……言うねぇ。」

「だが、その通りだ。今の日本は、ツギハギだらけのポンコツ船だ。」


西園寺は、窓の外に広がる東京の街並みを見下ろした。


「惜しいな……実に惜しい。」

「君が被選挙権(衆議院議員になれる権利)を得る25歳まで、あと15年もかかる。」

「15年……。世界は秒進分歩で進むのに、この国は君というエンジニアを運転席に座らせることができない。」


西園寺は、自分の皺だらけの手を見つめた。


「そして、その頃には……私はもう、この世にいないだろう。」

「骨となって、土に還っているはずだ。」


「……おじいちゃん。」


「環くん。……頼めるか?」


西園寺は、環の目を真っ直ぐに見つめた。



「私が生きている間は、私が防波堤になろう。政治家も官僚も、私が怒鳴りつけてねじ伏せてやる。」


「だが、私がいなくなったら……この国の舵取りは、君たちの世代に委ねられる。」


「……もし気が向いたらでいい。君のその手で、この国のバグを直してやってくれんか?」



それは、ノーベル賞学者からの、遺言にも似た重いバトンだった。


しかし、環は重く受け止めすぎず、あくまで「エンジニア」として答えた。


「……バグ放置は、私の美学に反する。」

「最適化できる権限ポジションが手に入ったら、直してあげる。」


「カカッ! ありがとう。それで十分だ。」

モチベーションの維持のため評価だけでも。

できれば感想を頂ければ幸いです。


よろしくお願いいたします。


次回は明日19時ごろ投稿予定です。

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