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Reboot(再起動)エピソード"ゼロ"  作者: いきし
小学生中編(医大・工大編)
15/22

とある医療機器メーカーの営業マン

国内大手医療機器メーカー『帝都メディカル』の鳴和支店の営業マン・田中(30代)は、死んだ魚のような目で社用車を走らせていた。


(はぁ……。また医大の病理か。)


彼の担当である県立医科大学の病理学教室は、いつ行ってもお通夜のような雰囲気だ。


激務に追われる医師たちは常にイライラしており、最新の高額な顕微鏡を提案しても「見る時間がない」「予算がない」と門前払い。

売れるのは消耗品のスライドガラスと試薬だけ。


「失礼しますー。帝都メディカルですー……。」


田中は、いつものように力なく病理標本室のドアを開けた。


そこには、予想していた「顕微鏡にかじりつく医師たちの背中」はなかった。



「あ、田中さん? ご苦労さま。」



内海准教授が、優雅にコーヒーを飲みながら振り返った。

顔色が異常に良い。

目の下のクマが消えている。


「えっ、内海先生? 今日は……お休みですか?」


「いや? バリバリ診断中だよ。」


田中は、部屋の奥を見て凍りついた。



ウィーン、ガシャン。ウィーン、ガシャン。



そこには、見慣れない無骨な機械装置が鎮座していた。


加賀見(ロボット工学)が設計し、環が制御を組んだ『自動病理切片作成・撮影装置プロトタイプ』だ。



1.切片作成: ロボットアームが、ロウで固められた検体ブロックをミクロン単位で薄くスライスする。


2.染色・封入: 自動で染色液に浸し、ガラスに封入する。


3.スキャン: 出来たてのスライドを高解像度カメラが撮影。



そして、モニターには環のAIが走っていた。



『 Diagnosis: Adenocarcinoma (腺癌) / Confidence: 99.8% 』



画像が次々と切り替わり、一瞬で赤枠が表示される。


病理教授と内海准教授は、モニターに映し出された赤枠を見て、「うん、合ってる」「次」とクリックするだけ。

その速度は、従来の手作業の100倍以上。


「な……なんですか、あれ……?」


田中の声が震えた。


「ああ、これ? うちの講座で作ったんだよ。……便利すぎて、もう前のやり方には戻れんわ。」



田中は、本能的な恐怖を感じた。

これは、ただの機械じゃない。


自社が主力としている「顕微鏡」や「画像診断システム」を、過去の遺物にする破壊的イノベーションだ。



彼は震える手で携帯を取り出し、支店長を呼び出した。


「し、支店長!! 今すぐ医大に来てください!!」


『あぁ? ふざけんな、俺は今ゴルフの練習……』


「いいから来てください!! うちの会社が潰れますよ!!」


30分後。

不機嫌そうに現れた支店長は、稼働するシステムと、AIの爆速診断を見て、その場でへたり込んだ。



「……嘘だろ?」


「自動スライサーの精度……それに、この画像認識……。」


「本社開発部の最新ロードマップでも、実現は10年後だぞ……?」



支店長は、脂汗をダラダラと流しながら、内海に聞いた。


「せ、先生……。これ、どこのメーカーの機械ですか? ドイツ製ですか?」


「いや? ほぼハンドメイドだよ。……作ったのは、工大の先生と、8歳の女の子。」


「はっ……ち、さい……?」



支店長からの緊急連絡コード・レッドを受けた東京本社は、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。



『地方の医大で、完全自動化された病理診断システムが稼働中。特許出願の形跡なし。開発者は8歳児。繰り返す、8歳児。』



冗談のような報告だが、添付された動画データは本物だった。


開発部長、知財法務部長、そして社長と副社長の専務取締役。


『帝都メディカル』が誇るトップエリートたちが、全ての予定をキャンセルし、新幹線とハイヤーを乗り継いで、いち地方の医大へと急行した。



その日の夕方。 医大の駐車場に、黒塗りのハイヤーが3台、滑り込んだ。

降りてきたのは、仕立ての良いスーツを着た、眼光鋭い男たち。


「……ここか。文明の特異点シンギュラリティがある場所は。」

社長が呟く。


「急ぎましょう。他社に嗅ぎつけられたら終わりだ。」

法務部長が書類カバンを握りしめる。


彼らは、会議室へと向かった。



開発者である8歳の少女・環と、彼女を守るように座る鬼頭、そして東京から駆けつけていた加賀見・氷室の両教授が待ち構えていた。


「失礼いたします。帝都メディカル専務取締役の、神宮寺と申します。」


重厚な男たちが頭を下げる。

部屋の中は、異様な緊張感に包まれていた。


鬼頭は、ふんぞり返ってニヤリと笑った。


「ようこそ、東京のエリートさんたち。……随分と仕事が早いな。」


神宮寺社長は、部屋の隅でジュースを飲んでいる環を一瞥し、そして鬼頭に向き直った。


「単刀直入に申し上げます。」

「そのシステム……および、背後にあるアルゴリズムの独占ライセンス契約を結ばせていただきたい。」


大人の本気の目。

しかし、環はストローを離し、ポツリと言った。


「……売らないよ。」


「え?」


「……これは、内海先生を寝かせるための機械。企業の利益のために作ったんじゃない。」

「それに、まだβ版。……バグ取りも終わってないのに市場に出したら、医療事故が起きる。」


環の冷徹なエンジニアとしての言葉に、開発部長が息を呑む。


「(こ、子供のセリフじゃない……完全に技術責任者(CTO)の視点だ……!)」


鬼頭は楽しそうに笑い、加賀見と氷室も腕を組んで頷く。



帝都メディカルの法務部長は、革張りのアタッシュケースから一枚の書類を取り出し、神宮寺社長に渡す。

神宮寺は一瞥してから、テーブルの上に滑らせた。


「……単刀直入に言いましょう。本システムの独占的実施権、および関連特許の譲渡。」


「契約金として、一括5000万円。……いかがでしょう?」


神宮寺は、余裕の笑みを浮かべていた。

地方の国立大学、それも研究費に困っている医学部にとって、5000万円は大金だ。


しかも開発者は8歳の子供。目の前にお菓子を積めば喜ぶだろうと踏んでいた。


「……それに、今後10年間の共同研究費として、毎年500万円を講座に寄付します。」


「悪い話ではないはずです。……開発費も回収でき、名誉も手に入る。」


鬼頭教授の眉がピクリと動いた。


(5000万か……。顕微鏡を買い替えて、壁の修繕をして、余りで飲みに行けるな……。)



一瞬、その金額に心が揺らぎかけた大人たち。 しかし、部屋の隅から、冷ややかな声が響いた。



「……安い。」



環が、飲んでいたジュースの空き箱をゴミ箱に投げ入れた。


「……おじさんたち、計算できないの?」


環は自分のノートPCをプロジェクターに接続した。

壁に投影されたのは、詳細な『世界病理診断市場の成長予測と、本システム導入によるコスト削減試算』だった。



「現在、世界的な病理医不足により、診断の遅延コストは年間数千億円規模。」


「このシステムは、それを90%削減できる。」


「仮に、世界シェアの30%を取ったとして、初年度の利益だけで100億は固い。」



環は、神宮寺を真っ直ぐに見上げた。


「5000万? ……端数にもならない。」


「私のアルゴリズム(知財)を買い叩くつもりなら、交渉は決裂。」


神宮寺の額に汗が滲んだ。


「し、しかしお嬢ちゃん……これはまだ試作段階で……。」


「……そう。試作だからリスクがあると言うなら、他社に持っていく。」


環は、ポケットから携帯電話を取り出した。

画面には、すでに番号が表示されている。


「……ここ、『外資系最大手・G社』の極東開発拠点の番号。」


「なっ……!?」


神宮寺たちが立ち上がった。

G社といえば、世界シェアを牛耳る医療機器の巨人だ。

もし技術がそちらに渡れば、帝都メディカルは今後100年、病理分野で勝てなくなる。



環が通話ボタンを押そうとした瞬間、神宮寺が叫んだ。



「待ってくれぇぇぇッ!!」



「わ、わかった! 条件を見直そう! 本気で頼む!!」



神宮寺は、プライドをかなぐり捨てて頭を下げた。


そこからは、環の独壇場だった。


彼女は事前に用意していた契約書のドラフトを叩きつけた。



1.契約金: 5000万円 → 5億円(即金)。


2.ロイヤリティ: 製品売上の5%を永続的に大学(および開発者)へ還元。


3.共同研究体制: 帝都メディカルは、県立医大とT工大に対し、最新機材と人員を無制限に提供する。


4.権利関係: 知的財産権は譲渡せず、大学との「共有」とする。



「……これが最低条件。イエスか、ノーか。」



神宮寺は、震える手で電卓を叩いた。


高い。法外に高い。


しかし、G社に取られて会社が潰れるリスクと、将来生み出される数千億の利益を天秤にかければ……。



「……のみましょう。」



神宮寺は、敗北を認めた。


「ただし! 独占販売権だけは我が社にください! それだけは譲れません!」


「……いいよ。日本の企業が頑張るのは、嫌いじゃない。」



こうして、歴史的な契約が結ばれた。


『次世代AI病理診断システム開発プロジェクト』

•医学的知見・データ: 医大(鬼頭・内海)

•理論構築・実装: 工大(加賀見・氷室)

•製品化・販売: 帝都メディカル

•コア開発者: 桜庭環


地方の国立大学としては、前代未聞の巨額契約である。


大学本部は「何が起きたんだ!?」と大騒ぎになり、学長がパジャマ姿で駆けつけるほどの事態となった。



契約書にサインを終え、大人たちが安堵の息を漏らす中、環は鬼頭に向かってVサインをした。


「……おじさん。これで顕微鏡、100台買えるね。」


「バカ野郎! 100台も置いてどうする!」


鬼頭は、環を抱き上げて高らかに笑った。


「よくやった! さすが俺の『共犯者』だ! これで当分、研究費の心配はいらねぇ!」


「……加賀見先生、氷室先生にも、研究費入るようにしたから。」


「ちゃっかりしてるな、お前は……。」


加賀見も呆れつつ、教え子の頼もしさに目を細めた。

モチベーションの維持のため評価だけでも。

できれば感想を頂ければ幸いです。


よろしくお願いいたします。


次回は明日19時ごろ投稿予定です。

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