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Reboot(再起動)エピソード"ゼロ"  作者: いきし
小学生中編(医大・工大編)
14/21

歴史的な医工連携

秋。


いつものように学校を1限目で早退した環は、大学に重役出勤し医大の解剖学第一講座・教授室で、チョコパイを頬張っていた。


そこへ、白衣がヨレヨレの、死人のような顔をした男が入ってきた。

隣の講座である病理学教室の内海うつみ准教授だ。


「……鬼頭先生。もう限界です。」


内海はソファに倒れ込むように座った。


「どうした内海。また人が辞めたか?」


鬼頭がコーヒーを出すと、内海はうめき声を上げた。


「ええ。若手が二人、臨床に戻りました。……残ったのは私と教授だけ。」


「毎日、何百枚ものプレパラート(生体組織の顕微鏡標本)を目視でチェックして、癌細胞を探す……。目が潰れそうです。」


病理医は「医者のための医者ドクターズ・ドクター」と呼ばれ、手術方針を決める最終診断を下す重要な仕事だ。


しかし、一日中顕微鏡を覗き続ける過酷な労働環境ゆえに、なり手が圧倒的に不足していた。


「診断ミスも怖い。……ダブルチェックする相手もいない。このままじゃ医療崩壊ですよ。」



深刻な愚痴が続く中、横でチョコパイの箱を空にした環が、指についたチョコを舐めながら口を挟んだ。


「……単純作業。」


「え?」


内海が顔を上げた。


「癌細胞の特定なんて、ただのパターン認識。」


環は、内海が持っていたプレパラートの画像を指差した。


「核の肥大、クロマチンの増量、構造異型。……特徴量は明確。」


「なんで人間の目だけでやってるの? 非効率で、エラー率が高い。」


内海は苦笑した。


「お嬢ちゃん、それが難しいんだよ。細胞の形は千差万別でね、コンピューターには判別できないんだ。」


「……できるよ。」


環は即答した。



「GPU(画像処理装置)積んだハイスペックマシン、10台用意して。」

「過去10年分の病理画像データ、全部ちょうだい。」

「私が『教師あり学習』で、癌判定アルゴリズムを組む。」



「……おい、環。」


鬼頭の目が、鋭く光った。 彼はコンピューター的な詳細は分からないが、「金」と「権力」の匂いには敏感だった。


「その『マシン10台』があれば、内海の代わりができるのか?」


「内海先生100人分の速度で、24時間365日、文句も言わずに診断できる。」

「精度は、学習データが増えるほど上がり続ける。……疲れを知らない診断医。」



鬼頭の脳内で、電卓が弾かれた。



•医師不足の解消。


•診断精度の向上。


•特許。


•巨額のライセンス料。



「……カカッ!」


鬼頭は、獰猛な笑みを浮かべて受話器を取った。



「出入り業者はどこだ! 今すぐ最新のワークステーションを10台持ってこさせろ!」

「予算? 知らん! 今年の研究費を全部突っ込め! 足りなきゃ俺の自腹でいい!」


「えっ、き、鬼頭先生!? 正気ですか!?」


内海が慌てるが、鬼頭は止まらない。



「内海! お前はすぐに過去の症例画像をHDDに詰め込め! ……ここが金脈の掘削現場になるぞ!」




数日後。

教授室の一角は、唸りを上げる黒いタワー型PCの群れによって占拠されていた。


この当時、まだ「ディープラーニング(深層学習)」という言葉が一般に広まる直前。


環は、世界最先端の波に乗っていた。



カタカタカタカタ……ッターン!



環は、チョコを燃料に、猛烈な勢いでコードを記述していく。

Python、C++、CUDA。 ニューラルネットワークの層を重ね、画像の特徴を抽出させる。



「……学習開始ラーニング・スタート。」



10台のマシンが、ファンを全開にして熱を吐き出す。

何万枚もの細胞画像を読み込み、AIが「癌とは何か」を自律的に学習していく。


「お、おい……電気代が跳ね上がるぞ……。」


「うるせぇ、経費で落とせ!」



1週間後。

環は、内海准教授を呼び出した。


「……これ、見て。」


モニターには、内海が診断に迷っていた「グレーゾーン」の細胞画像が表示されていた。


環がエンターキーを押す。


『 判定:悪性(Malignancy) 』

『 確度:98.4% 』

『 該当箇所を赤枠で表示 』


一瞬だった。 AIは、熟練の病理医でも見落とすような微細な核の歪みを検知し、赤くマーキングしていた。


「……う、嘘だろ……?」


内海は震える手で、その画像を顕微鏡で再確認した。


「……本当だ。ここ、わずかに浸潤してる……!」


「……初期モデルでこの精度。データを増やせば、神の目になる。」


環は、満足げにジュースを啜った。



「……化け物め。」


鬼頭は、モニターを見つめながら呟いた。 これは、ただの「便利な道具」ではない。

医療のパラダイムシフトだ。


「環。……これは、俺たちの名前で論文にするぞ。」


「特許も取る。……うちらの研究費は、これで一生分確保できる。」


「……うん。でも、まずは内海先生の残業を減らすのが先。」


環は、呆然としている内海を見た。


「先生。……これで少しは、家に帰って寝られる?」


内海は、涙ぐみながら、少女の手を握りしめた。


「ありがとう……ありがとう、桜庭ちゃん……! これで、病理医は救われるよ……!」


こうして、解剖学第一講座の片隅で、後の医療AI革命の種火プロトタイプが産声を上げた。


________________________________________


1か月後。 解剖学第一講座の教授室は、重苦しい空気に包まれていた。


目の前のモニターでは、環が作ったAIがさらに学習し次々と癌細胞を検出し、叩き出される正答率は99%を超えている。


しかし、鬼頭教授と内海准教授は、頭を抱えていた。


「……なぁ、環。これ、どういう理屈で判定してるんだ?」


鬼頭が尋ねる。


「……特徴量抽出。多層ニューラルネットワークが、画像の局所的なパターンを学習して、重み付けを最適化してる。」


環はチョコパイを食べながら説明するが、医学者二人には宇宙語だった。


「だ、だから! 論文には『AIがなんとなく見つけました』とは書けねぇんだよ!」


内海が悲鳴を上げる。


「ロジックが必要なんだ! なぜそこを癌と判定したのか、数理的な根拠エビデンスが!」


医学の世界は保守的だ。


「中身は分かりませんが、結果は合ってます」というエビデンス無きブラックボックスは、最も忌避される。

しかし、ディープラーニングの内部構造(隠れ層)の挙動を、医学者が理解するのは不可能だった。


「……おじさんたちの脳みそじゃ、解析不能か。」


環はため息をついた。



「……助っ人を呼ぶ。」


環は、教授室の電話を借り、慣れた手付きで東京への長距離電話をかけた。

相手は、日本の理工系大学の最高峰・東都工業大学の教授となった、加賀見恭平だ。


『 ……はい、加賀見研究室。 』


「先生。私。」


『 おお、環か! どうした? 医学部でいじめられてないか? 』


「多分、逆。……医学部をいじめてる。」


環は単刀直入に要件を伝えた。


「病理診断用の畳み込みニューラルネットを組んだけど、こっちの教授たちが『理屈が分からん』って泣いてる。……理論武装を手伝って。」


『 ……はあ? お前、またとんでもないものを……。 』


加賀見は電話口で絶句したが、すぐに苦笑した。


『 悪いが、俺はロボット制御が専門だ。純粋な情報科学や統計的機械学習の最先端となると、専門外だ。……お前がやってるレベルは、たぶん俺でも完全には解説しきれん。 』


「……先生でも無理?」


環が眉をひそめると、加賀見は言った。


『 だが、俺の隣の研究室に、適任がいる。……「情報の魔術師」と呼ばれる、若手の切れ者がな。 』

『 今、代わる。データ転送の準備をしておけ。 』


数分後。

環が指定されたアドレスにソースコードと学習データを送信すると、電話口に別の男が出た。

早口で、神経質そうな、しかし知性に溢れた声。


『 ……もしもし。加賀見先生から聞いたよ。情報工学科の氷室ひむろだ。 』

『 君のコードを見せてもらった。……これ、本当に君が書いたのか? 』


「うん。」


『 ……信じられない。バックプロパゲーション(誤差逆伝播法)の収束速度が異常に速い。勾配消失問題を、独自の活性化関数で回避してる……。 』


電話の向こうで、氷室が興奮して独り言を呟き始めた。


『 美しい……。これは、今の学会レベルを3年は先取りしてる。 』


「……で、これの論文、書ける?」


環が尋ねると、氷室は即答した。


『 書けるどころじゃない。……これは情報科学の歴史を変える。 』


『 待っててくれ。……今すぐそっちへ行く。 』


「え? 今から?」


『 飛行機のチケットを取る。3時間後には着く。……加賀見先生も引きずっていくから、会議室を押さえておいてくれ! 』



ガチャン、ツーツー……。



その日の午後。 地方の医大の会議室に、奇妙な集団が集結していた。



•鳴和県立医科大学: 鬼頭教授(解剖学の権威)、内海准教授(疲労の病理医)。


•東都工業大学: 加賀見教授(ロボット工学の第一人者)、氷室教授(情報科学の天才)。


•中心人物: 桜庭環(ランドセルにお茶とチョコパイ在中)。



「初めまして、桜庭さん。君に会いたかった!」


40代の眼鏡の痩せ型である工大の氷室教授は、鬼頭への挨拶もそこそこに、環の手を握りしめた。


「君のアルゴリズムは完璧だ! 医学的な『教師データ』の質も素晴らしい! これなら、AIのブラックボックス問題も、数理モデルとして証明できる!」


「……氷室、落ち着け。」


加賀見が苦笑しながら、鬼頭に向き直った。


「鬼頭先生、はじめまして。……うちの大学の『頭脳』を連れてきました。」


鬼頭は、ニヤリと笑った。


「ようこそ、工大の諸君。……話は早いほうがいい。」



ここで、歴史的な合意が形成された。



1.医学部(鬼頭・内海): 膨大な症例データと、医学的知見の提供。臨床試験のフィールド確保。


2.工学部(加賀見・氷室): AIの理論構築、システムの最適化、論文の執筆と学会発表。


3.開発総指揮(環): アルゴリズムのコア開発、および両者の通訳。



「これは、単なる病理診断支援システムではない。」


氷室がホワイトボードに書き殴る。


「『医工連携による次世代医療知能』の開発だ。」


「医学の『経験則』と、工学の『論理』を、君という天才が繋いだ。」



「……カカッ! 金になる匂いがプンプンするな!」

鬼頭が悪い顔で笑う。



「……私は、診断が楽になればそれで……。」

内海が安堵の涙を流す。



「……やれやれ、また忙しくなるな。」

加賀見が肩をすくめる。



そして環は、大人たちの熱気を見回して、小さく頷いた。

「……うん。悪くないチーム。」



「じゃあ、世界を変える準備、始めよう。」



こうして後に世界の医療AI市場を席巻することになる、伝説のプロジェクトが静かに幕を開けた。

10歳の少女が書いたコードを中心に、医学と工学の巨塔たちが手を組んだ夜だった。

モチベーションの維持のため評価だけでも。

できれば感想を頂ければ幸いです。


よろしくお願いいたします。


次回は明日19時ごろ投稿予定です。

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