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10/17

新たなる道場破り

加賀見が東京へ行った直後の3月末。

父・博は通勤途中の駅前で、派手なポスターに足を止めた。



『県内最大手・煌竜こうりゅう進学セミナー』


『春の無料体験実施中!』


『成績優秀者は授業料全額免除(特待生制度あり)!』



「……全額免除、か。」 博の目が輝いた。


環の頭が良いのは分かっている。

小学校の授業がつまらないのも知っている。


なら、もっと難しいことをやらせてあげたいが、家計に余裕はない。

もし「特待生」になれれば、タダで英才教育が受けられるのではないか?


「ま、全額免除なんて、県で一番とか二番の子だけの話だろうけど……。」

「今の環なら、ひょっとしたら狙えるかもしれないぞ?」


博は淡い期待を抱き、パンフレットを持ち帰った。


両親はまだ知らなかった。


娘の才能が「県内レベル」ではなく「人類史レベル」であることを。



週末。

博に連れられて、環は隣町にある「煌竜セミナー」を訪れた。

そこは、小学校とは空気が違った。


•クラス分け: Sクラス(最難関)、Aクラス(難関)、Bクラス(標準)……と、偏差値で厳格に隔離。

•ランキング: 廊下には、前回の模試の上位者の名前が張り出されている。

•入替制度: 月に一度のテストで、容赦なくクラスが入れ替わる。


「……なるほど。ヒエラルキー構造。」


環は、壁に貼られたランキング表を見上げた。


「数字ですべてが決まる世界。……学校よりは公平でいい。」


環にとっては、教師の好感度(協調性)で評価される小学校より、点数という絶対指標で殴り合える塾の方が、遥かに居心地が良さそうに見えた。



「では、新3年生用の入塾テストを始めます。制限時間は30分です。」

講師がストップウォッチを押す。


環の目の前には、簡単な計算と漢字のプリント。 ( 15 + 8 = □ ) ( 次の文を読んで答えなさい…… )

環は、鉛筆を持った右手を高速駆動させた。



シュババババババッ!!



思考時間のロスはゼロ。

問題文を見た瞬間に答えが出力される。

ボトルネックは「書く速度」だけ。


「……はい、おわり。」


「えっ?」


開始から2分。

講師が慌てて採点する。当然の満点。

その後、体験授業として配られた「春期講習用ワーク(一冊分)」も、講師が説明している間に、パラパラとページをめくりながら全て埋めてしまった。


「……あー、手が痛い。」


環は手首を振った。


「内容は簡単すぎる。……ただの筆記運動。」



講師陣がざわつき始めた。


「あの子、何者だ? 処理速度が異常だぞ。」

「飛び級させますか? 4年生のテキストを?」

「いや、試しに……『アレ』をやらせてみよう。」


塾長が出てきて、環に分厚い問題冊子を差し出した。

それは、「最難関中学受験・公開模試(6年生用)」の過去問だった。

新小3の環には、漢字も計算も、まだ習っていない範囲だらけのはずだ。


「お嬢ちゃん、これは難しいよ? クイズだと思ってやってごらん。」


塾長は「これで少しは鼻をへし折ってやろう」という腹積もりだった。



環はページを開いた。

そこには、小学校のドリルにはない「思考力」を問う問題が並んでいた。


•鶴亀算の応用: 合計の足の数から個体を割り出す連立方程式の原型。

•旅人算: 相対速度の概念。

•平面図形の求積: 補助線を引かないと解けないパズル。


環の目が、キラリと光った。


(……単純な演算じゃない。論理パズル。)


彼女にとって、これらは「未習の難問」ではなく、「少しひねりのある面白いミニゲーム」だった。


方程式(代数)を使えば一瞬だが、あえて「算数」のルール縛りで解くのも一興。



カリッ……カリカリッ。



環は楽しそうに鉛筆を走らせた。

補助線を引く。

比率レシオを書き込む。

論理の道筋が見えると、あとは計算するだけ。


「……ふふ。この図形、回転させると対称になる。」

「……A君とB君が出会う時間は、距離を相対速度で割るだけ。」



1時間後。

採点を終えた塾長の手が震えていた。


•算数: 100点(満点)

•理科: 98点(知識問題で1問ミス)

•国語: 記述問題で「論理的すぎる」として減点されたが、ほぼ満点。


「……小2で、開成・灘レベルの模試を完答だと……?」

「計算などの基礎能力だけでなく、初見の問題への応用力が桁違いです。」

「天才……いや、怪物理事長に報告案件です!」


ロビーで待っていた博と裕子が呼ばれた。


「桜庭さん!!」


塾長が、博の手をガシッと握った。


「娘さんは……『スーパー特待生』としてお迎えします!!」

「授業料、テキスト代、講習費、すべて無料です!!」

「その代わり、当塾の『合格実績』に名前を載せることだけ約束してください!!」


「えっ、あ、はい! 無料ならぜひ!」


博は「やったー! 家計が助かる!」とガッツポーズをした。


彼には「中学受験の難しさ」があまりピンと来ていないため、「うちの子、やっぱり賢いんだなぁ」程度の認識だった。



「環、よかったな! 塾に通えるぞ!」


「……うん。」


環は、もらったテキストの山を見つめた。

加賀見がいなくなる寂しさは消えない。

けれど、この塾には「解きごたえのあるパズル」と、自分の能力を数値化してくれる「公平なシステム」がある。


「……とりあえず、ここのランキング、全部塗り替える。」


環は小さく呟いた。



4月。

新3年生になった環は「全国中学入試模擬テスト(6年生対象)」を受けた。


結果は、もはや事件だった。


•算数・理科: 満点。

•国語・社会: 記述の細かい減点のみ。

•全国順位: 1位(受験者数3万人中)


「……おいおい、3年生だぞ?」


塾の教務課は騒然となった。日本の小学生達の頂点の英才秀才たちが進学する難関校の中学校のどこの判定を出しても「A(合格確実)」しか出ない。


しかし、当の環は不満げだった。


「……飽きた。パターンが見えた。」



「塾長。……クラスを変えたい。」


環は塾長室に直談判に行った。


「中学受験のパズルは楽しかったけど、もう解き尽くした。……中学生のクラス(高校受験コース)に入れて。」


塾長は特例中の特例として、これを許可した。


しかし数日後、環は再び塾長室に現れた。

今度はあからさまに不機嫌だった。


「……つまらない。」


「えっ? 中学数学だよ? 難しいでしょう?」


「難しくない。……退屈。」


環はテキストを机に投げ出した。


「中学受験の算数は、図形とか特殊算とか『発想の転換』が必要なパズルだった。……でも、中学の数学は、ただ公式に数字を代入するだけの『作業』。」

「方程式を使えば誰でも解ける。……クリエイティビティがない。」


環が求めているのは「難易度」ではなく、脳を刺激する「複雑性」だった。

公立中学のカリキュラムに沿った先取り学習は、彼女にとって苦行でしかなかったのだ。



「……私の手に負えません。」

塾長は、ついに本部のトップを頼った。


煌竜セミナー理事長・竜崎りゅうざき剛。

一代で県内最大の塾グループを築き上げ、数多の東大合格者を出してきた、教育界の怪物である。


「面白い。その3年生、私が直接確認してみよう。」


塾長室のソファに座った竜崎は、環の鋭い目つきを見て、直感した。


(……こいつは『お勉強』ができる優等生じゃない。『何か』を知っている目だ。)


「嬢ちゃん。ここに来る前、どこか別の塾に行ってたのか?」


竜崎が尋ねると、環は即答した。


「……ヤレバ教室。」


竜崎はすぐに受話器を取り、ヤレバ教室の本部へ照会を入れた。

教育業界は狭い。トップ同士は繋がっている。


『 ああ、竜崎先生ですか。……え? 桜庭環さん? 』


電話口のヤレバ幹部の声が、あからさまに震えた。


『 ……彼女は別格です。5歳で最終教材まで食い尽くされました。大学教養レベルの数学と英語を完食して、これ以上教えることがないと追い出したんです。……ええ、文字通りの「化け物」ですよ。 』



電話を切った竜崎の顔から、営業スマイルが消えた。

彼は塾長に机の引き出しから、封筒を取り出させた。


「……嬢ちゃん。これをやってみな。」


渡されたのは、その年の1月に行われたばかりの『大学入試センター試験(数学・物理・英語)』の実物問題冊子だった。


「制限時間は?」


「本来は60分だが……まあ、好きなだけでいい。」


環は冊子を開いた。

マークシートなど無視し、問題用紙の余白に計算を書き殴る。



サラサラサラ……。



「……簡単。選択肢があるから、逆算ですぐ絞り込める。」

「英語……長文の論理構成が単純。ひっかけ問題も浅い。」


40分後。


「おわり。」


竜崎が解答と照らし合わせる。 ……満点。 3年生が、大学受験の一次試験を、鼻歌交じりでクリアしてしまった。



「……なるほど。ヤレバの話は本当だったか。」


竜崎は立ち上がり、書棚から一冊の分厚い赤い本を取り出した。


『東京大学 理科一類 入試過去問題集(通称:赤本)』


「じゃあ、これはどうだ? 日本で一番難しい大学の、去年の問題だ。」


環はそれを受け取り、数学のページを開いた。

そこには、ただの計算ではない、発想力と論理構築力が問われる難問が並んでいた。

環の目が、カッと見開かれた。 瞳孔が開く。脳内のクロック数が跳ね上がる。


「……面白い。」


環はニヤリと笑った。


「これだよ。……中学受験の『パズル』と、大学数学の『論理』が融合してる。」

「座標平面上の点の移動……複素数平面で考えればショートカットできる。」


環は夢中で鉛筆を走らせた。


時折、「くっ……いい罠だ」「そう来たか」とブツブツ呟きながら。 それはテストを解いている顔ではない。 大

好きなゲームの、最高難易度のボスキャラと戦っているゲーマーの顔だった。


1時間後。


「……解けた。美しい解法で。」


記述式の答案用紙には、大学教授が見ても唸るような、エレガントな証明が書き記されていた。



竜崎は、深く溜息をついた。

そして、環に向かって言った。


「……嬢ちゃん。悪いが、うちの塾に君の席はない。」


「えっ? クビ?」


環がキョトンとすると、竜崎は苦笑して首を横に振った。


「逆だ。……君を入れる箱が小さすぎる。」

「君はここで、偏差値を1上げるためにちまちま勉強するような器じゃない。」

「東大入試を楽しめる君に、高校受験のテクニックを教えるなんて、F1カーで教習所を走らせるようなもんだ。」


竜崎は、一人の教育者として、決断を下した。


「私が、もっと『高みの道』を紹介してやる。」

「受験のためじゃなく、君がその頭脳をフルに使って、世界と戦える場所をな。」



竜崎理事長は、子供用ジュースではなく、高級な玉露を自ら淹れて差し出した。

もはや、環を子供としては扱っていなかった。


「……さて、嬢ちゃん。ヤレバを辞めてから今日まで、2年近く空白期間ブランクがあるな。」

「その間、どこで何を勉強していた? まさか家で寝ていたわけじゃあるまい。」


環は、湯呑みを両手で持ち、フーフーと冷ましながら答えた。


「大学に行ってた。……地元の国立大の、加賀見恭平先生の研究室。」

「そこで、ロボット制御とAIの共同研究をしてた。……先生はもう、東京に行っちゃったけど。」


「ブッッッ!!!」


竜崎は、口に含んだ玉露を盛大に吹き出した。

高級なペルシャ絨毯に緑色の飛沫が飛ぶが、それどころではない。


「か、加賀見恭平だと!? あの、今年最年少でT工大の教授になった、若き天才か!?」


竜崎の脳内で、いくつかの情報が激しくスパークした。



1.業界の噂: 加賀見が発表したロボット工学の革新的な論文。その共著者に「T. Sakuraba」という謎の名前があったこと。


2.卒塾生のゴシップ: 地元の国立大に進学したかつての教え子たちが、帰省した際に言っていた言葉。

 『先生、大学にヤバい小学生が出入りしてるんですよ』

 『俺らの教科書を秒速で読んで、教授とタメ口で喧嘩してるんです』

 『教授の隠し子か、小さな妖怪だって噂です』


「……T. Sakuraba……桜庭、環……。」

「『化け物小学生』の正体は……君だったのか!!」


竜崎はハンカチで口を拭いながら、戦慄した。


目の前にいるのは、ただの「勉強ができる子」ではない。

すでにアカデミアの最前線で実績を残している、本物の「研究者」だ。



「……ははは! 参ったな。こりゃあ、うちの塾ごときで扱える器じゃないわけだ。」


竜崎は愉快そうに笑い飛ばすと、真剣な眼差しで環を見つめた。


「で? 工学ロボットも、数学も、プログラミングも極めた。……次は、何がしたい?」


環は、少し考えてから答えた。


「……もっと、知りたい。」

「物理法則は、美しくて単純。……でも、人間は違う。」

「文学を読んでも、まだ分からない。……『生命』というシステムのソースコードが、どう書かれているのか。」


ロボットを作れば作るほど、環は「生物」の異常な複雑さと精巧さに魅せられていた。

なぜ、タンパク質の塊が思考するのか。

なぜ、DNAというたった4文字の配列が、これほど多様な世界を作るのか。



竜崎の目が、ニヤリと三日月型に歪んだ。


「いい答えだ。……なら、次は『医学・生命科学』なんてどうだ?」


「いがく?」


「ああ。物理学が『神のルール』を探る学問なら、生命科学は『神の最高傑作』を分解する学問だ。」

「そこは、数学通りにはいかないぞ? カオスで、ドロドロしていて、例外だらけだ。……君の自慢の論理ロジックが、どこまで通用するか試してみたくないか?」


環の瞳孔が開いた。

「例外だらけの、複雑系……。」

それは、彼女が最も好む「解きごたえのあるパズル」の匂いがした。


「……やりたい。」


「決まりだ。」

竜崎は、黒電話の受話器を取り上げ、慣れた手付きでダイヤルを回した。

相手は、県内にある県立医科大学。


「……おう、俺だ。竜崎だ。」


『……なんだ、また寄付金の話か? それとも裏口入学の頼みなら断るぞ。』


電話の相手は、医科大学の重鎮・鬼頭きとう教授。

基礎医学・解剖学の権威であり、竜崎とは腐れ縁の仲だ。


「バカ言え。……極上の『素材』が見つかったんでな。」


「100年に一人……いや、人類史上稀に見る天才だ。工学系はもう食い尽くしたらしいから、そっちに回す。」


『……はあ? 大学院生か?』


「いや、小学3年生だ。」


電話の向こうで沈黙が流れた後、『……帰れ』という怒声が聞こえた気がしたが、竜崎は笑って続けた。


「東大数学の過去問を初見で満点取った。加賀見恭平の共同研究者だ。……これでも『帰れ』と言うか?」


再び沈黙。 そして、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。


『……いつでも連れてこい。研究室を開けて待ってる。』



電話を切った竜崎は、環に向かってウインクした。


「話はつけた。県立医科大の鬼頭教授だ。……口は悪いが、腕は確かだ。」

死体ホトケと向き合うことになるが、怖くはないな?」


環は、ランドセルを背負い直して立ち上がった。


「……怖くない。死体は、物質だから。」

「行ってくる。……紹介、ありがとう。」


竜崎は、部屋を出て行く小さな背中を見送った。


(……行け、怪物。生命の神秘すらも、その小さな脳で喰らい尽くしてこい。)



4月某日。 日曜日の午後。

桜庭家の前に、場違いな黒塗りの高級セダンが止まった。

降りてきたのは、煌竜進学セミナーの理事長・竜崎だ。


その手には、桐箱に入った高級マスクメロンが握られている。


「ごめんください。煌竜セミナーの竜崎です。」


玄関を開けた博と裕子は、テレビCMで見る有名な理事長本人が現れたことに仰天し、直立不動になった。


「り、理事長先生!? ど、どうぞお上がりください! 散らかってますけど!」


リビングに通された竜崎は、メロンを差し出し、深々と頭を下げた。


「本日は、お詫びとご提案に参りました。」

「環さんの才能は、我が塾のカリキュラムでは到底カバーしきれません。……正直に申しまして、我々がお教えすることは何もありません。」


「ええっ!?」


博と裕子は顔を見合わせた。

入塾してまだ1ヶ月だ。

何か問題を起こして退塾させられるのかと不安になる。


「そこでですが……彼女の知的好奇心を満たすため、別の場所を紹介させていただきたい。」


竜崎は真剣な眼差しで続けた。


「私の知人がいる、県立医科大学の教授の研究室です。……あそこなら、彼女を受け入れられます。」


その瞬間。



裕子の脳内で、「医科大学」=「大学病院」=「病気」という最悪の連想ゲームが走った。


「い、医大……? 病院……?」



裕子の顔から血の気が引いた。



(環の頭が良すぎるのは、脳に腫瘍があるから? 検査入院? 手術!?)



「あの子……どこか悪いんですかぁぁぁッ!!」



裕子は叫ぶと同時に、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。



ドサッ。



「ゆ、裕子ーーッ!!」


「お母さん!?」


「おいおい、違う! 早とちりするな!」



数分後。

ソファで意識を取り戻した裕子は、冷たいおしぼりを額に乗せながら、竜崎の説明を聞いていた。


「……つまり、患者として行くのではなく、『研究』をしに行くということですか?」


「ええ、そうです。彼女自身が『生命科学ライフサイエンス』を学びたいと希望しましてね。」


竜崎は苦笑しながらお茶を啜った。


「あの子は健康そのものです。ただ、頭の出来が良すぎて、普通の学校や塾では満足できないだけです。」


博はホッと胸を撫で下ろした。


「よかった……。てっきり難病かと……。」


「しかし、8歳で医大に通うなんて、そんなことが許されるんですか?」


「鬼頭教授という、ちょっと変わった男がいましてね。彼なら環さんを面白がってくれるでしょう。」


「もちろん、学費等は一切かかりません。むしろ、将来の医学界への投資です。」


「……環がやりたいなら。」


博と裕子は、顔を見合わせて頷いた。

娘が「楽しそう」にしているのが一番だ。

それがたまたま、公園の砂場ではなく、大学の解剖室だったとしても。



その日の夜。

竜崎からもらった高級メロンをデザートに食べながら、桜庭家はテレビを見ていた。


ニュース番組が、海外の話題を報じている。


『アメリカで12歳の少年が飛び級で大学に入学し、物理学の博士号を目指していることが話題になっています。』

『少年は「学校の勉強は退屈だった」と語り、IQは測定不能……』


画面には、眼鏡をかけたあどけない少年が、ホワイトボードの前で複雑な数式を書いている映像が流れていた。


博は、メロンを頬張りながら呟いた。


「へぇー、世界には凄い子がいるもんだなぁ。12歳で大学だってさ。」


裕子も頷く。


「本当ねぇ。親御さんは大変でしょうねぇ。」


そこで、二人の箸がピタリと止まった。

ゆっくりと顔を見合わせ、そして、黙々とメロンを食べている娘・環を見た。


「……あれ? そういえば。」


博が首を傾げる。


「環も、加賀見先生の大学に通ってたよな? 毎日。」


「ええ。先生のお手伝いって言ってたけど……。」


「で、今度は医大に行くんだよな?」


「……そうね。教授に呼ばれて。」


「…………。」


博と裕子の脳内で、テレビの中の「天才少年」と、目の前の「我が子」が、パズルのピースのようにカチリとハマった。


「もしかして……環も、こういう感じなのか?」


博が恐る恐る聞くと、環は口元のメロン果汁を拭きながら、テレビを一瞥した。


「……その子の論文、ネットで読んだ。」


環は淡々と言った。


「量子力学の解釈は面白いけど、計算のアプローチが古い。……私なら、もっと効率的な式を使う。」



博と裕子は、しばらく口を開けて娘を見ていたが、やがて「ふぅん」と納得して、またテレビに視線を戻した。


「まあ、環は環だしな。」


「そうね。元気ならそれでいいわ。」


これが桜庭家の良さだった。

娘がどれだけ「桁外れ」でも、彼らはそれを「特別なこと」として特別扱いしない。

「足が速い子」や「絵が上手い子」と同じ並びで、「大学で研究ができる子」として受け入れている。


「環、メロンもう一切れ食べるか?」


「うん。……糖度が高い。美味しい。」


天才少女は、最強の理解者(怪物理事長)と、最強の安全基地(鈍感だが愛情深い両親)に守られ、いよいよ医学の道へと進む準備を整えたのだった。

モチベーションの維持のため評価だけでも。

できれば感想を頂ければ幸いです。


よろしくお願いいたします。


次回は明日19時ごろ投稿予定です。

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