第3話:反応
校舎の廊下は、放課後の光に淡く染まっていた。ユウは手にした香りの小瓶を握りしめ、心を落ち着ける。師匠の言葉が頭に響く。
「香りは人の心だけでなく、体に触れるんだ」
初めての調香から数日。今日は、自分の香りを使って他人の感情を感じる実験をする日だった。心臓が少し早く打つ。胸の奥でじんわりと熱が広がり、肩の感覚まで敏感になる。ユウは自分の手のひらを見つめ、掌の微かな汗を感じた。
「……やってみよう」
廊下の隅に立つクラスメイト、無表情な男子・大輝を選んだ。ユウはゆっくりと香りを手首の下に垂らす。微かに香る匂いが、空気を揺らすように漂い、心を通り抜ける。
すると――胸の奥がぎゅっと締めつけられるような感覚が走った。大輝の無表情の裏に隠された、微かな不安や孤独。ユウは息を呑み、手が少し震える。香りが、ただ匂いとしてではなく、心の温度として伝わってくる。
肩に触れる風のような感覚が、体の奥までじんわりと広がる。胸の奥が熱を帯び、呼吸が少し乱れ、掌の感覚まで敏感になる。ユウは無意識に目を閉じ、香りに身を委ねた。心と体が同時に揺さぶられる感覚。これは、言葉では表せない――まるで他人の心の波を肌で感じるような体験だった。
「――すごい……」
思わず小さく呟く。大輝の感情が、香りを通してユウに伝わる。その奥には孤独の影と、誰かに認められたいという小さな願いが混ざっていた。胸の奥が熱くなる。微かに背筋を伝う感覚に、思わず肩を丸める。
その時、背後から軽い声がした。
「ユウくん、何してるの?」
振り返ると、ミオが微笑みながら立っている。銀髪のボブが光を受けて輝き、柔らかな存在感がユウの意識を揺らす。心拍が早まり、胸の奥がざわつく。香りの余韻が体に残り、肩の感覚まで微かに熱を帯びる。
「えっと……大輝くんの、気持ちを、ちょっと……」
言葉が途切れる。ミオの視線が優しく向けられ、胸の奥が温かく、そして甘く揺れる。体の芯がじんわりと反応し、手先に微かな震えが走る。香りはただの匂いではなく、心と体を同時に動かす力を持つのだ。
ミオが小さく笑う。
「ユウくんの香り、触れられるみたい……なんだか、胸の奥まで温かい」
その言葉に、ユウの胸はさらに熱くなる。香りが心に触れ、体も反応する――互いに言葉を交わさなくても、存在を伝え合える力。ユウは初めて、その感覚の強さに心を揺さぶられた。
「――僕、香りで、人の気持ちに触れられるんだ……」
胸の奥で小さな火が灯る。香りは、記憶と感情の交差点を駆け抜け、体の奥までじんわりと熱を伝える。微かなときめきと震えが、胸と肩、指先に残る。これが、僕の力――ユウはそう確信した。
調香室の静寂とは違う、香りが生きた世界の感覚。心も体も、微かに揺れる。胸の奥で熱を帯びるこの感覚こそ、ユウがこれから進む道の証だった。




