第2話:最初の一滴
調香室の空気は、静寂と薬草の匂いで満ちていた。白衣姿の香坂トウマが机の向こうで作業する音だけが、微かに響く。ユウは手元の香料瓶をじっと見つめた。
「これを混ぜるんだよ、少しずつ、感覚に任せて」
師匠の言葉に従い、ユウはゆっくりと一滴、液体を垂らした。その瞬間、微かに香りが立ち上がり、胸の奥で何かが震えた。指先が液体の冷たさを伝え、腕に微かに電流が走るような感覚。心拍が少し早まるのを感じ、思わず息を整えた。
液体が混ざるたびに、香りは微妙に変化する。それは単なる匂いではない。胸の奥で甘く絡みつくような温もり、肩にそっと触れる風のような柔らかさ、目を閉じれば肌の感覚までも揺さぶる。ユウは驚きと興奮を覚えた。
「こんな……力が、香りにあったなんて――」
声に出すと、自分の胸の奥がさらに熱くなるのを感じた。香りの一滴が、幼い頃の母の残り香や、ミオの笑顔の記憶を呼び起こす。呼吸が少し乱れ、掌の感覚まで敏感になる。香りが心に触れ、体も反応しているのがわかる。
「そう、感じるままに」
師匠の声が背中から降り注ぐ。ユウは指先で液体を混ぜながら、心を香りに委ねた。混ざる香料の波に身をゆだねるように、胸の奥が熱を帯び、頬がほんのりと赤くなる。意識が香りに溶け込み、時間も空間も淡く揺れる感覚に包まれる。
その時、教室の外から微かな声と笑い声が届く。ユウはハッと我に返るが、香りの余韻がまだ体をくすぐって離れない。胸の奥がざわめき、微かなときめきが指先や肩先にまで広がる。香りは、ただ匂いを伝えるだけではなく、心と体を同時に揺さぶる力を持っているのだ。
「できた……」
小さな瓶に閉じ込めた香りを嗅ぐと、胸の奥でじんわりと熱が広がる。心の奥底に眠る記憶や感情が、微かに震えるように揺れる。師匠は微笑みながら頷いた。
「いいぞ、その感覚を忘れるな。香りは、人の心だけでなく、体に触れるんだ」
ユウは小さく息を吐き、胸のざわめきと共に微笑む。初めて自分の手で作った香りは、記憶と感情の交差点で、微妙に体を揺さぶる。香りが心を震わせるたび、体も反応し、微かなときめきが胸に残る。
調香室の窓から差し込む光が、瓶の中の香りを黄金色に照らす。ユウはその光景を見つめながら、静かに胸の奥で熱を感じた。香りを生み出すこと。それは、人生や感情を映す芸術であり、心と体を同時に揺さぶる力だった。
初めての一滴は、単なる液体ではない。胸の奥に小さな火を灯し、記憶と未来を呼び覚ます魔法のようなものだった――。




