第一話
異端とは何だろう
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【資料:地中人養育指針 第三版 抜粋】
地中人は科学都市に仕える者である。
感情は不要であり、記憶は危険である。
番号は秩序であり、名前は混乱である。
地中人は、科学都市民の命令に従うことを最優先とする。
地中人は、科学都市の幸福を妨げてはならない。
地中人は、科学都市の幸福を理解する必要はない。
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地下養育所は、地上都市の下層に広がる網のような施設群の一部だった。 地中人と呼ばれる者たちは、かつて科学都市との戦争に敗れた民族の末裔であり、 今では“魔者”と呼ばれ、番号で管理されていた。
彼らは生まれた瞬間から、名前を持たない。感情を教えられない。記憶を記録されない。 それが、科学都市民による“秩序”だった。
ガルは、その秩序の中で育った。彼の番号は「47-β」。 でも、彼は自分を「ガル」と呼んでいた。ガルは昔から奥底で聞こえる音がした。それは誰かもわからない言葉や思い、会話だ。ガルの妄想かもわからないが。だがその中で妙にはっきりとした言葉がガルという響きだった。その音が、彼の中に残った。だから彼は、自分をガルと呼ぶことにした。どうでもいい理由だ。
「名前をつけて何になるっていうんだ」
誰もいない部屋でぽつりとガルはそう呟いた。
後の革命者の一人、ガル。そんなこと今のガルは知る由はない。
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【資料:科学都市教育文言 第五版 抜粋】
地中人は、科学都市の幸福のために存在する。
地中人は、感情を持つと暴走する。
地中人は、記憶を持つと反乱する
地中人は、番号で管理されることで安定する。
地中人は、科学都市民の命令に従うことで価値を持つ。
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養育所の壁は灰色で、天井は低く、光は人工的だった。 朝と夜の区別は、放送される教育文言の内容で判断するしかなかった。子供たちは、番号で呼ばれ、同じ服を着て、同じ時間に起き、同じ時間に眠った。
でも、ガルは違った。彼は、音の奥にある“何か”を感じていた。それが何なのかは、わからなかった。でも、わからないことが、彼を動かしていた。
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【資料:地中人精神安定指針 第四版 抜粋】
地中人は、感情を持たないように設計されている。
感情の発生は、秩序の崩壊を招く。
感情を持った地中人は、速やかに隔離し、プロトコルか確認する。
感情の兆候には、沈黙・拒絶・反抗・自傷などが含まれる。
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ガルは、死のうとしていた。それは衝動ではなかった。静かで、冷たい決意だった。
自分の中で“何か”が聞こえ始めたのは、数日前だった。それは音ではなく、感情だった。 誰かの怒り。誰かの悲しみ。誰かの絶望。そして、自分自身の——理解できない“何か”。
それが、彼を壊した。
この世界は、何も面白くなかった。考えることも、感じることも、許されていなかった。 記憶は記録されず、名前は与えられず、感情は排除された。
だから、ガルは思った。「なら、終わらせてもいいのではないか」と。
この世界はつまらない
科学都市民はここにいる子供たちに警戒心というものがない。意思がないからだ。命令しないと行動しないのだから。だからドアに鍵はかかっていないし、監視カメラもあるにはあるが、だれもそのカメラを見ていない。ただの見せかけだ。そう、聞こえた。
誰もいない部屋で、くすねた縄に首をかけようとしたとき。
そのとき、ある女が現れた。彼女も同じ状況だった。番号で呼ばれ、感情を教えられず、記憶を持たずに育てられた。
だがガルと同じで意思があった。
でも、彼女は違った。彼女は、考えていた。問い続けていた。希望を持っていた。知識を求めていた。
「ねえ、君って、なんで黙ってるの?」
ケイはそう言った。その言葉に、ガルは答えられなかった。でも、彼の中で何かが“揺れた”。
ケイの目は、何かを見ていた。 それは、世界の構造かもしれない。それは、自分の中の“何か”かもしれない。
それが、ガルにどう映ったか。それは、ガルにしかわからない。
でも、確かに—— その瞬間、ガルは“死ぬこと”をやめた。
彼女は、言葉づかいが中性的で、目が合うと、何かを“見ている”ようだった。その全てが見えているような瞳で見られるとガルは興奮に震える。自分を見ている。誰にも認識されなかった意思を。
「君、名前あるの?」
彼女はそう言った。
「ガル……」
彼は自分自身で付けた名を初めて口にだした。初めて誰かと喋った。
「ガル・・・。うん、ガル。初めまして、ではないけど意思がある状態では、初めまして。私はケイ。なんとなくこの名を付けたよ」
それは彼女も同じだったのだろう。瞳に僅かな興奮が映っていた。
それから、二人は言葉を交わすようになった。
誰もいない部屋で。
解ったことがある。ガルは“聞こえる”。そしてケイは“見える“らしい。ガルは脳内でずっと音が聞こえている。そしてケイは目を閉じると見えるらしい。だがそれは瞬きをするごとに、片目でも見えるらしく、頭が痛くなるそうだ。
そして二人が聞こえ、見ているものは、世界中のだれかが体験しているものだった。
二人は環境が同じだった。そして少し違うかもしれないが、同じような力も持っていた。
二人が依存し合うのも当然のことだろう。
だがそれは、養育所では“狂っている”とされる行為だった。異端だった。
感情を持つこと。名前を持つこと。そして相手を思うこと。
それは、秩序を乱すことだった。でも、二人は止められなかった。
ガルはケイの声を“聞きたかった”。
ケイはガルの目に“映りたかった”。
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【資料:科学都市歴史記録 第七版 抜粋】
科学都市と地中人の戦争は、科学と力の戦いであった。
科学都市は、記録と論理によって勝利した。
地中人は、感情と記憶によって敗北した。
そのため、地中人には記録を与えてはならない。 そのため、地中人には感情を教えてはならない。
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この世界は、記録によって支配されていた。記録されないものは、存在しないとされた。 でも、ガルは“聞いて”いた。ケイは“見て”いた。そして、二人は“感じて”いた。
それはこの秩序の外だった。それはこの狭い世界では収まりきらなかった。
それが、物語の始まった理由だ。
――――――
私は見ていた。聞こえていた。
ガルが首を吊ろうとする時も。
ケイがそのガルにどんな言葉をかけたのかも。
それが何を意味するのかは解らない。
それでも私は見て、聞いていた。
そもそも私は誰なのだろう。
科学都市の人形か。
力の器か。
それとも、ただの“私”か。
どうでもいいことではあった。
だが興味はあった。
矛盾している。それはつまり二つ意思があるということなのか。
いや、それすらどうでもいい。
その興味があるのは私の中にある“何か”か。それとも“私”か。
それも解らない。興味もない。
それでも私は見て、聞く。導かれるままに。
確かに解っていることは一つ。
私は希望だ。
――――――
つまらない。つまらない。つまらない。つまらない。
それがケイの初めて認識した感情だった。
素晴らしい。素晴らしい。
次にケイが認識した感情はそれだった。
今、ケイ自身がいるこの養育所という名の鳥かごはとてもつまらない。学習させることも、なにもかもがつまらなかった。だが、この鳥かごを出たら、未知の世界が広がっているのだ。なんと素晴らしいことか。
それからケイは何度も焼却予定の、もう科学都市民にとっては用済みの資料室に足を運んだ。
そこに書いてあるのは、今のケイでは詳しく見ることできない詳しい情報だった。
面白い。面白い。
それが三つ目の感じた感情だった。
ケイはこの世界をもっと知りたかった。知りたかった。知りたい。
人間は面白い。人間はいつも未知を知りたいという欲がある。それは危機を回避したいためなのか、何なのか個人によるが、全員が持っている欲。なんと素晴らしい生き物か。
何回も何回も、見る、学ぶ。
そんな日々を過ごしていた時、ケイに転機が訪れる。
ガルの認識だ。
ケイは意思がある地中人を初めて認識し、話をした。ガルはどのような世界が見えて、いや聞こえているのか。死のうとしていたのは何故だったのか。ケイの目の前には未知の塊が立っていたのだ。そして、ガルと過ごしていくうちにいろんな感情と出会った。
そして気づいた。ガルは私と同じで意思がある。未知の塊ではない。いや、それは最初に解っていたことだろうと思うかもしれない。違うのだ。ケイはガルをただのいつも通りの観察対象として見ていた。だが、ガルには意思があり、感情がある。私と同じなのだ。
それに気づいたとたん、ケイはガルに独占欲というもの感じた。私から離れないでほしい。私に感情を教えてほしい。私を、私に、普通を、いや、人間にしてほしい。
―――――
私はケイの思いを聞いていた。
ケイは自分を人間ではないと思っている。
ケイはもう感情を持って、意思がある人間なのに。
このケイの願いが、養育所の歪みの教えの象徴ともいえる。
養育所では、感情を、意思を持つことが異端だとされている。
この世界ではケイが、人間であるのに、人間にはなれない。
ケイが人間になりたいということさえ異端の証になってしまう。
それをケイも知ってはいるはず。だけど、解っていない。
解れないのだ。
知っていても解らないことがある。
――――――
ガルはケイに
「私を人間にしていってくれてありがとう」
と言われた。
ガルは困惑した。人間にしていってるとはなんだ。俺たちは人間ではないのか?
ガルは解らなかった。ガルはケイと違って、あまり頭が回らない。ケイが違うというならそうなのだろうか……。
人間とはなんなのか。なぜ、ケイは感謝しているのか。
ガルの中に新たな問いができた。
――――――
私はそれも聞いていた。
ガルは人間だと思っていたのに、ケイはそう思っていなかった。
ガルはいたって普通の人間だったのに、ケイの発言から異端になった。
言葉の影響力というのは強力だとつくづく思う。
私でさえ今、私は異端だと思う。
私たちの存在はおかしい。異端だ。
ただの、人間になりたい。
――――――
そんな日々も長くは続かない。ガルとケイは感情があることを科学都市に知られてしまった。ことの発端は先日のケイの行動だった。
その日、ケイは頭がぼんやりとしていた。体もいつもより火照っている。
寝床から起き上がることさえ困難だった。これが俗にいう風邪なのか、と変に呑気なことを考えていた。
そして、ケイが起き上がらないことに気づいたほかの地中人たちはケイを無理やり起き上がらせた。そして頬を殴る。秩序を乱したからだ。秩序を乱したものは殴れ。そう彼らは命令されていた。
頬を殴られた衝撃で、また寝床に倒れたケイ。動けない。
そんなケイを地中人はもう一度、容赦なく腹をけった。
「ぁがっ」
その様子をガルはただ見ていた。ここで何もしてはならない。
そうケイの瞳が訴えていた。
ガルは自分の無力さに、苛立った。何もできない。俺は、何も。
噛んだ下唇が切れ、一筋の血が流れた。
それと同時に、ガルはケイの前に立っていた。
・・・・・
「来い。プロトコル」
プロトコル…とはガルとケイのような力を持つもののことを言うらしい。ガルはこの力をあまり使いこなせていない。目の前の人物が考えていることについて、なんて詳細な設定はできないのだ。ケイもそれは同じらしく、相手の考えていることが見えない。
そして、ケイとガルはある四角い部屋に入れられた。鉄で囲まれた、窓もなにもないただの四角の部屋。そこは無機質で、どこか違う世界のようだった。ケイとガルはそこに入るのを拒んだ。ダメだ。ここはダメだ‼そう“何か”が叫んでいた。二人がなかなか入らないのに焦れたのか、青年はケイとガルを強引に押し、扉を閉めた。
「ガル…」
ケイは恐怖に満ちた顔で、ガルを見た。その顔を見て、ガルはきゅっと口元を締めると、ケイの手をぎゅっと握った。
「大丈夫だ。大丈夫」
もちろんそんな根拠はひとかけらもない。ガルも怖かった。何かがずっと叫んでいる。ここから出ろと。じんわりと手のひらに汗が滲んだ。
「あー…。聞こえるかね、プロトコル。初めまして。私はまぁ研究者みたいなものだ」
少ししわがれた初老のような声がスピーカー越しに聞こえる。ケイはガルの手を強く握る。離さないと言わんばかりに。
「君たちは異端だ。地中人でありプロトコルでありながら感情があり意思がある。こちらとしてはとても不愉快であり、非合理だ。君たちは秩序を破ったのだ。その者たちが行く末を知っているな?」
再教育
その字がケイとガルの頭をでた。それは二人にとって、恐怖の象徴だった。カタカタと体が震え、冷たく凍るような汗が大量にでてくる。ガルとケイとてすべてが見え、聞こえてもまだ齢が十四なのだ。
その様子を見て研究者が笑う。とても愉快そうだった。
「まだ私たちへの恐怖は残っているようだな。それは結構。せいぜい役に立ちたまえよ。プロトコル」
その言葉が終わったと同時にガルとケイは崩れ落ちた。
「ぐっ、ぁ」
「い、ゃ、ゔ」
おかしくなりそうなほどの情報量だった。流れ込むのは科学都市の歴史。地中人の罪。プロトコルの使命。
ガルとケイの脳はその情報量に耐え切れず、嘔吐した。情報は知識ではなくもはや毒でだった。がくがくと体が痙攣し、視界の焦点が合わなくなる。目がぼやける。気持ち悪い。気持ち悪い。
普通なら情報を整理しようとして脳は気絶という防衛反応を起こそうとするだろう。だがガルとケイは気絶できなかった。情報が延々と流れ続けているからだ。脳はそれを理解しようとする。それの繰り返しだった。終わらないのだから気絶できない。
「・・・」
そして、その状態から一日がたった。ケイとガルは屍のようだった。がくがくと体を一日中震わせ、そしてよだれや鼻水が垂れ流しだった。
その様子をモニターから見ていた研究員たち。
「ふむ…。やはり死にはしないか。プロトコルなだけあるな。脳のつくりが違う」
初老は煙草の煙を吐いた。満足そうにモニターを見つめている。
「ええ」
そう頷いた青年が、少し目を泳がせた後、口を開いた。
「…どうして今代になって急に感情が発現したのでしょうか」
その言葉に初老の男は青年をじっと見て、しばし思案した後、モニターに映るガルとケイをもう一度見た。
「さぁな。だが、無意識の内に望んでいたのかもしれない。感情が欲しいと。」
「そんなことが…」
「ああ、ありえないかもしれない。だが、そもそも地中人は進化が早い。元々地中に住んでいたからな。それに、感情の中で強いものはある」
青年は首を傾げる。
「物わかりの悪いガキだな。お前は」
「すみません。まだ未熟なもので」
顔を顰めることもせず、青年はただそう肯定した。そして初老は煙草の火を消すと、ポツリとつぶやいた。
「憎しみだよ。私たちへの」
「……」
青年は何も言わなかった。初老はたんたんと続ける。
「人間なんて感情はいらないと排除されたとしても、心の中で燻り続ける。一回学習したことは体をあまり忘れないものだよ。それでいて、憎しみみたいなものはなくならない。一生な」
初老はガルとケイを哀れんだ目で見つめた。
「かわいそうな子たちだ。先代たちの願いがあったために苦しんでいる」
「…そうですね。哀れなものです」
青年はケイとガルを見て、悲しそうに目を伏せた。かわいそうだった。見ていられなかった。まだこんなに小さい、十四歳の子供たちの苦しむ姿を見るのが。
「見ろ」
初老はそう言った。
「見るんだ。見なければならないんだよ。私たちは。目をそむけてはならない」
初老は煙草を一本取り出し、火をつけた。そして、煙を吐く。
「このようにしているのは私たちなのだから」
青年は表情に影を落とした。見なければならない。解っている。それでも、ここまでする必要はあるのだろうかと思ってしまう。
「お前だって加害者だ。反対の言葉も何も言わなかった、偽善者だ」
「……解ってますよ。そんなこと」
「まぁ、それは私もだが」
はっはっは、と初老は笑った。
「科学都市のために生まれ、働き、何もできないなんて素晴らしいクソ人生だな。地中人には同情する立ち位置ではないが同情してしまうよ」
そんな日が何日も続いた。何日も、何日も。一か月がたったころはもうガルとケイを監視するものはもういなかった。時々気が向いたらいろんな者たちが見に来る。それだけ。
ケイは考えていた。ガルもまた考えていた。
どうしてこんな目に合わないといけないのだろうか。
どうしてこんなどうして。どうして。どうして。どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
何故何故何故何故何故‼
ケイには見えた。ガルには聞こえた。その解が。
「力を持ったから」
シンプルかつ二人にはどうしようもできないことだった。
二人は憎んだ。世界を人を。全てを。信じられるのは互いだけ。同じ力を持ち、同じ苦しみを味わった。
生きていたら幸せになれる。そんな戯言は信じちゃいない。そんなことがないって解っている。生きているなんてこと、つらいだけだ。苦しいだけだ。
でも、だから、だからこそ、幸せを探すのだ。そう約束したのだ。
意識が朦朧とするなか二人はしっかりと手を握りしめ合った。離さない。絶対に。死なせない。苦しめさせない。絶対に、絶対に、二人で幸せになるんだ。
――――――
うらやましいとは思わない。
あんなにつらい思いをしたくないから。
でも、憎しみよりも互いの幸福を願う二人はとても美しい。そうは思う。
私はどうなのだろうか。
何を願って二人を見ているのだろうか。
何を望んで二人を聞いているのだろうか。
解らない。
幸せになってほしい?
いや、それはどうにも違う気がする。
ただの好奇心?
それも少し違う。私は好奇心だけでこの者たちの人生を見聞きすることはできない。
解らない。
それでも私は、聞き、見続ける。
希望だから。願いから生まれたから
こんな役目クソくらえだと思う。
放り投げて、どこかへ逃げてしまいたい。
逃げて、逃げて、逃げて、逃げて。でも、逃げて何になるというのだろう。
だから私は放り投げられない。怖いから。
私は模索する。何ができるか。何をすればいいのか。
結局何もできやしないくせに。
――――――
”私”は作者が言いたいこととか、思ってることとかを全般的に書いてることが多めかも。




