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死にたがりの生きたがり

作者: 紺野智夏

私は広大な、広大な砂漠の真ん中に、1人で佇んでいた。

蜃気楼で陸と空が混じり合い、緑と水はどこにもなかった。


空を見上げた。


そこには太陽がなかった。月もなかった。星もなかった。


自然と暗くはなかった。明るすぎるほど、世界は開けて見えた。

だけど、何もなかった。蜃気楼に歪む地平線と、どこまでも続いている空と、大地。

それと、


私?



あぁ、水が欲しい。



だけど、私には何もなかった。

私はこの広い世界に、1人きりだった。

そもそも私もいなかった。

この世界には何もないのかもしれない。







サイアク、だ。



酷い悪夢を見ていた気がする。

寝汗でシャツが背中にくっついて、気持ちが悪い。

まだ少し視界がぐらぐらする。

全然働かない頭を振りしぼって、次の行動を考える。そうだ、シャワー、浴びなきゃ、学校遅刻しちゃうな。



そこで、はた、と気がついた。



此処は、・・・・どこ?




「起きた?」


突然、障子が空いた。

障子?

そんなものは私の1DKのアパートにはない。

そもそも、私の寝床はベッドのはずなのに、私は布団に横になっていた。どうみても3畳一間、そんな感じ。


「えっと・・誰、ですか?」


声の主は、20歳後半だろうか。羨ましいくらいに綺麗な人だった。

声から判断するに、男の人だと思う。しかし、女だと言われても違和感がないほど、中世的な顔立ちをしていた。


「そのまえに、君、名前は言えますか?」

「え、あ、はい。たかぎふみ、です。」

「ふみ、良い名前ですね。字は?」

「高い木に、歴史の史」

「高木、史、か。どうやら記憶に問題はないようだ」

「えっと・・私はどうして此処に?」

「覚えてないのかい?昨日の夜のこと」


ズキ。

頭の奥が割れる用に痛い。声が響く。


「あの・・えっと・・」


最初に思い出したのは、眩しすぎるほどのテールランプの光。

それから、すぐに記憶は呼びもどされた。

朦朧とした頭で街を1人歩いたこと、歩道橋を駆けあがったこと、その歩道橋から身を乗り出したこと、そして・・


「・・・ここ、天国じゃないですよね?」

「うん」

「・・・地獄?」

「大丈夫、君は死んでませんよ。」

「・・・」


そっか。

また生き残ってしまったんだ。

それを理解した瞬間、猛烈な吐き気が襲ってきた。

口を押さえる間もなく、嗚咽とともに吐き出される熱いもの。涙。


「だ、大丈夫!?」

「っ・・どうして・・助けたんですかっ」

「水、と、タオル、あとっ・・」

「どうしてっ・・」


苦しかった。苦しくて苦しくて、終わりにしてしまいたかった。

私は首に手をかけた。このまま手に力を入れたら、死んでしまえないだろうか。消えてしまえないだろうか。

だけど手は震えた。怖かった。怖い。


「生きるのをやめるな」


声が振ってきた。タオルと袋を渡される。落ち着いたら、と水を横に置いてくれた。優しいな。この人は、痛いほど優しい・・。



それから、10分ほどたっただろうか。

男は、私に「ようじ」と告げた。用事?どこかへ出かけるのだろうか。

首をかしげる私に、男は続けた。


「太陽の陽に、司る、ってかいて、陽司。」

「あ・・名前」

「うん。昨日のこと、思い出しちゃったのかな。ごめんね、思い出したくないことだったみたいだ」

「・・・」


押し黙る私の手から、コップをとって、新しい水を汲んで来た。


「ゆっくりでいいです。ゆっくりでいいから、ついでに、心の中のものも吐き出してしまいませんか」


じっと、私の目を見つめて、そう言った。温かな声は、私の何かを溶かしてゆく。

だけど、私の口から最初に出た言葉は、まるでそれを拒むかのように冷たい。


「どうして助けたんですか」

「目の前で倒れていたから」

「死にたかったのに・・」

「死にたがりさんですか」

「っ・・私なんか、生きててもしょうがない」

「ほんとはそんなこと、思ってないでしょう?」

「思ってる!ずっと、もうずっと思ってる。私が死ねばよかったんだ。私が消えればよかった。死ぬんだ、死んで、死ねばきっと、私も・・」


陽司さんの右手が、私の両手をそっと包む。

それは温かくて、逃れようのないくらいに温かくて、どうしたって涙があふれてきて。


「死にたい人が、どうしてそんな顔をして、そんな声を出すんです」

「・・・」

「本当はそうじゃない。そうじゃないから泣いている。違いますか?」


違く、なんて、ない。

違うわけがない。


「・・・生きたい」

「うん」

「生きたいよ・・死ぬなんて怖い、怖いし、やだよ。生きたい、生きたい、私、を、見て欲しい。・・ぼ、くを・・見て、欲しい。死にたくない、死にたく、ないよ・・・」


涙があふれて止まらなかった。

死にたくなんてなかった。

"僕"は生きていたかったのに、生きることが出来なかった。

死んだあの子の変わりに、"僕"が死んだから。


「俺は、君を知ってます」

「・・?」

「君たちを、と言った方がいいでしょうか」

「・・お姉ちゃんを、知ってるの?」

「俺が中学生のころから、あの歩道橋を歩いて学校へ通う君たちを、知ってました。俺の部屋から、ちょうど見えるんです」

「・・・」

「俺はあまり、学校へ行っていません。高校も途中でやめてしまいました。何故だと思いますか?」

「・・反抗期?」

「そうですね、親不孝って意味なら、一緒かもしれない」


陽司さんは、ぽつり、ぽつりと話しだした。

ずいぶんと年老いてから出来た1人息子だったこと。

だから存分に愛情を受けて育ったこと。

母親が幼いころになくなってしまったこと。

父が男手ひとつで育ててくれたこと。

だけど、病に伏せてしまったこと。

ずっと父の看病をしていたこと。

その父親も、去年なくなってしまったこと。


「俺は、父は・・俺に学校に行って欲しかったと思うんです。だけど、何も言わなかった。言えなかったんじゃないかな。俺は父と、少しでも長く一緒にいたかったから、学校はほんとどいかず、ずっとそばにいました。一度だけ、一度だけ父は、俺に言いました。」


『陽司。おまえは外に出なくてはいけない。おまえの名前は太陽を司るように、明るい子になって欲しい、そう願って母さんがつけた名前なんだよ。私は1人でも平気だから、陽司は自分の人生を生きてくれ』


「だけど俺は、何言ってるんだ、ってまともに取り合いませんでした。父さんが死んだのは、それから三日後です。・・・自殺、でした」


ひっ、と声をあげた。陽司さんは、それはそれは悲しそうな目で、笑った。


「俺はバカです。どうして父の願いをくみ取れなかったんでしょうか。父に先はなかった。子の幸せを願わない親がどこにいるんでしょう。父は間違ってたと思います。絶対に死んではいけなかった。あと少しでも、生きて欲しかった。そして、俺の姿を見て欲しかった。」


私は声をあげてないていた。陽司さんも、少しだけ泣いていた。


ごめんなさい。死のうとして、ごめんなさい。

父さん、母さん、許して下さい。僕まで死んだら、どうなるのか、考えてなかったんだ。


「俺は、ずっと、君たちが、本当に楽しそうに2人でいるのを見ていました。その姿を見るのは、もう日課といってもいいかな?ほんとに、心が和んだんですよ。けど、ある日を境に、君たちはあの歩道橋を通らなくなりましたね。転校したのか、道を変えたのか、それは俺にとってはとても残念なことでした。事故のことは、しばらくしてから近所の人から聞きました。新聞を探して、小さな記事をみつけ、その時はじめて君たちが双子だったと知りました。」


陽司さんは、私の目を真っすぐ見つめた。そらすことが出来ないほど、強く。


「俺は心配で心配で仕方なくなりました。残された"男の子"は、どうしているんだろう。1人で歩いて辛くはないんだろうか。もう、2度とこの道は通らないのだろうか。」


そして、見つけた。夜も更けた12時ごろ、何気なく窓の外をみたら、歩道橋から身を乗り出している私がいた。あわてて走って、私を抱きかかえた。


「そのまま君は気絶してしまいました。」

「薬、飲んで、て」

「そうですか。君は辛かったんですよね、ずっと、ずっと1人で、辛かったんですよね」

「・・僕より、史の方が辛かったよ。痛かったよ。おいてかないでほしかった。僕もつれてって欲しかった。死なないで欲しかったよ。僕のためなら、生きて、欲しかったのに」


なのに、どうして死んでしまったんだ。

死んでしまったらなんにもならないのに。


「だから、女の格好をして、史と名乗って、生きているんですか?」

「・・・」

「お姉さんは死んでないと、思いこんで?」

「そう、だよ」

「・・俺は、お姉さんも、君に生きて欲しいと思っていたと思います」

「だけど・・」

「いえ、絶対です。だから君を守ったんです。君は生きたいんでしょう?君として、生きていたいんでしょ?お姉さんの分まで、しっかり、生きたい。だから、死ねなかった。お姉さんが守ってくれたんですよ。」

「・・・そう、なの、かな」

「そうです。俺が今、父さんの分も生きているように、君も、生きなきゃいけない。人は1人では生きられないんです。寂しくてしょうがないんです。だけど、その寂しさは、決して死んだ人とは埋めることは出来ない。」


そうだ。

ずっと、寂しかった。1人で生きているみたいで、誰の声も響かなくて、助けて欲しいのに助けてと言えなくて、お姉ちゃんだけがきっと、きっと分かってくれるって。でも分かってくれるだけで良かったんだ。あの時の僕にはそれが言えなかった。寂しかった。寂しくて仕方なかった。今もそう。僕は寂しい。誰もいない、僕の世界には、誰1人いない。それが寂しい。


「だから、生きてる人で埋めませんか」


寂しいよ。陽司さん。


「名前を聞いてもいいですか?」


陽司さんは僕に手を差し出した。

この手をとれば、きっと、光のさす温かな場所へ僕を連れて行ってくれるだろう。

だけど、そのために、僕は、置いていかなきゃいけない。史と、さよならしなくちゃいけない。


迷いはなかった。


「つづる。文字を綴るの、綴」

「綴くん。良い名前だ。」


史は許してくれるかな。

だけど僕は、僕を頑張って見ることにする。

死にたくない。生きていたい。史がそうだったように。


「陽司さん、僕を見ていてくれて、ありがとう」


歩きだそう。

広い広い砂漠の、オアシスを探して。


きっと大丈夫。


だって、太陽が僕を、導いてくれるから。


僕は陽司さんの手を取った。

2人が歩き出す未来が、明るいものであるよう、願いながら。




おしまい

突発的に書いたものです。当然プロットもなにもなく、気の赴くままに打ちました。

ホントはこんな話の予定ではなかったのですが、登場人物の2人に操られるようにして、こんな話になりました。


「綴」と「史」については、今後また別のお話で語ろうと思います。

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