狐火岬
「『夕日を望む屋外BBQレストラン。狐火に似たグリルの青い炎が幻想的』へぇ狐火岬にあるんだって。ここ、行きたい!」
夏の海を恋人の澪と満喫した帰り道。
海の余韻に浸りたかった俺たちは、澪がSNSで見つけたその店へと車を走らせた。
荒々しい岩肌を海に高く突きだす狐火岬に着いたとき、道に迷ったこともあり、期待していた夕日は殆ど沈んでいた。
人気店なのか駐車場はほぼ満車だったが、なんとか車を駐めた。
「夕日ギリギリ間に合ったね。一緒に写真撮ろ?」
腕を絡めてきた澪のスマホを受け取って、茜色がわずかに残る海を背景にツーショットを収めた。
「これ待ち受けにしちゃお」
はしゃいでスマホを操作する澪の肩を抱いて、俺は店に入った。
客の有無にかかわらず、テーブルには青い炎が点いていた。店には電灯が一切なくて薄暗く、炎が灯りの役を担っていた。
ずっと奥まで炎は続く。敷地が広いのだろう。
並ぶ青い炎はまるで怪談話の狐火のようだった。
確かに幻想的だ。澪は「きれい」と喜んでいたが、俺はなんだか落ち着かなかった。
こんなにも火が点いているのに、不思議と暑くはない。潮風で熱が流されるからか、青い炎のせいなのか……。
それに満車状態だったのに客もいないし店員も来ない。妙に静かだ。もっとも客は海沿いの席を好むから、そっちで店員も忙しくしているのかもしれないが……。
そんな考えに捉われていると、
「ねえ、向こうの海側の席にしようよ!」
と澪が歩いて行ったのを感じて、我に返った。
けれどもその進行方向に、澪の姿はなかった。
「澪?」
日が完全に落ちて、炎以外、辺りはよく見えない。
風もないのに、炎が煽られたように一斉に瞬き、俺はなぜだか背筋がぞくりとした。
「こっち! もう早くきてよお」
いつもの澪の不満気な甘え声が奥から聞こえたので、俺は胸をなでおろした。頬をぷうと膨らますのが見えるようで、思わず微笑む。
ちろちろと炎の明滅に合わせて、澪の顔が向こうの方でぼんやりと照らされた。
(澪のやつ、ずいぶん遠くの席を取ったんだな)
俺は足を踏みだしながら答えた。
「わかったよ、すぐ行――」
だが、あるはずの地面はそこになかった。
足が空を切り、ぐらりと大きく体が傾く。
突如、青い炎が全て消え失せた。
代わりに俺が見た灯りは、真っ暗な海面に揺れる、撮ったばかりの笑顔の待ち受け画像。
俺の体はそのまま重力に引かれ、
そして――
……ドボン。
(了)
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