決断の瞬間
「もし、元の世界に戻れるとするのなら、キミはどうする?」
嗣朗は咲がその先を口にするのを待つ。
今後の人生を存在しなかったものから存在するものへと分岐を図る大きな決断を。
無機物から有機物への昇華の過程。
「
咲は岐路に立たされていた。
「私は、、。私は、、。」
物事が進んでいく速度に追いつけないでいた。
そもそも私が殺されて、それであの世に魂だけ運ばれた?
そして、神様同士で決めて私をあの世から現世の世界に返すと決めた?
そんなおとぎ話みたいな出来事が本当に存在するの、、、?
咲は中学生の頃に近所の公民館で借りて読んだSF小説の内容を思い出していた。
内容は何処にでもあるようなありきたりなものだった。
男の子は突然人類滅の危機が迫っていることを知る。
そこで、男の子は危機が迫っていることを知り合いに言って回る。
だけれど、当然のことながら男の子のいうことを誰も信じてくれない。
それどころか、友達からは夏の暑さにやられて頭がおかしくなったと仲間外れにされてしまう。
ある日、誰にも理解されず孤独に暮れる男の子は一人の女の子と出会う。
彼女曰く、男の子は本来この世の中に存在してはいけない存在。
彼女は男の子に対して「あなたはここにいてはいけないの。あなたが本来居るべき場所に帰りなさい」と警告する。
次第に世界の秘密が明らかになるにつれ、男の子は崩れ去る世界に背を向けて世界からの脱出を図る。
「キミはここに居ちゃいけない。元の場所に帰らないといけないんだ」
いや、と嗣朗は咲に向きなって感情を吐露する。
これまでの定型文的な文字の羅列ではなく、揺り動く見えない力に引っ張られるように。
「このことは一人よがりな感情にすぎないのかもしれない。キミは未だに僕の話を信じてはいないかもしれないけれど。こればっかりは信じてもらうしかないんだ。それに、、。」
言い淀む。
「それに、、?」物事は進んでいく。単純に。その先の複雑性に向けて。
「
チラシをもらっただろう?キミのお母さんらしき人から」
咲は今更ながら思い出した。
彼女はだらしなく縁側に横になって、世の不満をぶつぶつと垂れ流していた。
夏が永遠に続いていくかと思われた瞬間。
何気ない母親、綾子との会話。
綾子は咲の元に一枚のチラシを差し出してきた。
チラシには喫茶ファミリアとシンプルな字体で文字が印刷されていた。
「実をいうとあのチラシは神たちが人間世界を観察したうえで作ったものなんだ。どうすればキミをこの場所に連れてくることができるのか。神さま達は一生懸命頭を捻らせた。そこで一枚のチラシを配ることにした」
咲が存在していた世界。
咲が変わらない日常を過ごしていた世界は神たちによって創り出された風景だった。
世界は平和だった。
季節は夏のまま。物事が繰り返されていくだけ。
争いも憎しみも存在しない安全な世界。
死んだ咲の魂は季節を懲り固めた空間をさまよっていた。
「キミが好奇心旺盛なことはキミの記憶をたどればすぐに分かった。残念ながら、命を落としてしまったのも好奇心が引き金になってしまったけどね」
嗣朗はあいまいに微笑む。
「案の定キミはやってきてくれた。思惑が当たったときは少なからず嬉しいものだね」
さて、、。言葉が響く。
「キミは決めなくてはいけない。ここにとどまり神たちが作った世界で平穏な生活を。永遠の夏を過ごすか。それとも」
その先は。言わずと分かりきっていた。
「ここからバイバイするてことだよね」
嗣朗の告白に耳を傾けていると咲の脳内には数種類の記憶が数珠つなぎのように思い出されていた。
自分が男性に殺された記憶、母親である綾子の記憶。
そして、これまでの記憶。
咲の脳裏にはこれまで過ごしてきた記憶がありありと思い出されていた。
記憶とは不思議なものだ。
記憶を貯蔵している時は重要性に気が付かない。
それでも、記憶が即座に過去へ置き換わったとき、ふとした瞬間に思い出すことがある。
うねるような夏の日。
退屈を通り越してもはや気だるい時間間隔。
案外過ぎてしまえば懐かしい夕日と笑顔。
咲の頭の中には同じ風景が繰り返しフラッシュバックされていた。
そこでは咲は笑っており、同じような映像が使いまわしの映像のように流れ続けるだけ。
ここではない夏に戻る。
「私決めた。」
一人の女の子は決意する。
時刻は23時を過ぎた頃。
もうじき今日が終わる。