始まりと終わりの瞬間
「ここは死者と対話するために作られた場所なんだ」
「死んだ人とお話をする、、、?」
人が避けて通ることが出来ない事実。死。人はこの世に生まれ堕ちてから生涯を終えるまでの間、様々な経験をするだろう。
泣き、笑い、怒り、苦しむ。人によって感情の起伏は様々だけれど、いつかは必ずお別れの時を迎える。長いお別れの瞬間を。
「キミはひょんなことからここへ来てしまった。いや、呼び寄せられたといってもいいのかもしれない」
嗣朗はコーヒーに口をつける。
マグカップをソーサーと一緒に持ち上げる際に金属と金属が重なるカチという音が聞こえる。
喫茶ファミリア。
田舎に出来た喫茶店。そこにはこの世に居ない者たちが夜な夜な集まる。
もうこの世に存在していない者たちが。
「キミはここへ来るはずじゃなかった。」
嗣朗曰く、喫茶ファミリアは亡くなってしまった人、あの世に行ってしまって、この世に戻ってくることが出来ない人たちが訪れる場所だという。
本当にそんなことがありうるのだろうか。
「心ここにあらずて感じだね。キミは神様を信じるかい?」
急に何を言い出すんだろう。咲が眉間にしわを寄せていると
「まあまあ、考えてみてよ」
「神様、、。正直分かんない。もし居たなら面白そうな気がする。」
咲は神様なんてこれまでの人生で当然会ったことなんてない。
だから、会ったこともない人物についてどうと聞かれても正直分からない。
「面白そうか、、。キミらしいね、、。」
好奇心が旺盛な咲らしい回答に嗣朗は満足そうに頷いた。
「神様が言ったんだ。キミをここではない。元の場所に戻してくれてね。だから僕はここにいるんだよ」
「神様が私を?どうして?私はもう死んじゃってるんでしょう?」
嗣朗の話が本当だとするのなら、、。
「正確に言うと、死んでいるけれど死んでいないんだ。狭間にキミはいる」
「狭間?」
人の魂は死んだらあの世ではない黄泉の国へ運ばれる。そこでは時間の感覚は存在しない。
過去も未来も。
ただ、永遠に続くと思われる今が存在するだけ。
連続の羅列。
人々はあの世を極楽浄土という。
「極楽浄土では魂が振るいに掛けられるんだ。悪いことをしてきた人間の魂は問答無用で地獄に落とされる。地獄は恐ろしいところだ。永遠に続くと思われる苦しみを味わい続けることになる」
咲は肩唾を呑み込む。
「いつもと同じ風景だった。黄泉の国で神たちは各々、やるべきことをこなしていた。
それが神たちの存在義務だったから。そこで、魂を仕分ける神の元へ一つの魂が運ばれてきた。神は驚いた。女の子はまだ17歳だった。彼女には多くの残された未来が転がっておりかけがえのない時間があった。」
お互いカプチーノとコーヒーを飲み切っていた。
嗣朗は咲に向けておかわりはいる?と尋ねた。
咲は首を横に振った。
「神は別に神に相談を持ち掛けたんだ。通常、この世の中に絶対は存在しない。物事は輪廻転生を繰り返し、全てが移り替わっていく。
だからこそ、女の子を下界へ。元の場所へ戻してあげられないかと」
長い年月がかかった。多くの神は女の子への同情の気持ちを見せた。
女の子は本人の意思とは無関係に命を絶たれた。
彼女にはまだまだやりたいことがあった。行ってみたい場所もあったのだろう。
「だから、神は渋々決断を下すことにしたんだ。女の子を元の世界へ戻す決断をね。」
ただ、いきなり元ある世界に女の子を戻すわけには行かない」
便宜上仕方がないことなのだ。
どんなに優秀な経歴を持っていても、一度面接をしなければならないのと同じように。
「女の子の意思を確認する必要があったんだ。所詮神たちが寄ってたかって意見を言い合ったところで、肝心の女の子に話を聞いてみなければ物事はすすまないだろう?」
一呼吸置くと嗣朗は咲に向かって尋ねる。
「本来、死んでしまった人達が集まる場所。もう二度と現世へ戻ることが出来ない人たちが憩いの場として過去を懐かしむ場所にキミは呼ばれてきたんだ。」
「特例でね」
これまでの事とこれからの事について。
長い沈黙が二人を支配していた。
さて、嗣朗が口を開く。
物事は終わりを迎えようとしている。
それは同時に始まりの瞬間でもある。
「さて、キミはどうしたい?」