真実に落ちていく瞬間
嗣朗がぽつりぽつりと語り掛ける語句に咲は耳を預けていた。
「冒険にでた女の子は最初こそワクワクしていたけれど、次第に夏の暑さに嫌気がさしてきた。そこで駄菓子屋によってアイスを買い、神社で食べることにしたんだ」
「神社から眺める町の風景が女の子のお気に入りだったから、、?」
おずおずと嗣朗に尋ねる。
嗣朗はゆっくりと首を首肯させる。
神社は町の外れにあった。
女の子は石段を一段ずつ、溶け出しているアイスを頬張りながら本堂があったとされる鳥居まで登る。
ゆっくりと確実に。
女の子は階段を登り切ったところでしばらくその場に座り込み景色を眺める。
いつもと変わらない風景。だけど少し特別に見える風景。
女の子の視界には緑とどこまでも続いているような青が移る。
田んぼと澄んだ空。
そんな特別感のない景色でさえも彼女にかかれば特別な場所に早変わりする。
普段は町の人々は殆ど寄り付かない場所。女の子は胸を躍らせていた。
咲の脳裏にありありと映像がおぼろげながらに浮かんでくる。
女の子の暑さにやられて辟易している表情。
彼女が身を包んでいるワンピースの白さ。
そして、将来に対する期待と差額。
そうだ。女の子はまだ17歳だったんだ。
あれ、、女の子はそのあと、、。
「女の子が町並みを見下ろしていると後ろから声を掛けられる。」
それからの嗣朗の説明はベルトコンベアのように精確だった。
そこには何の感情もこもってはおらず、ただ物事を精確にもれなく咲に伝えるだけ。
「女の子は声がした方を振り返る。その時さ」
「もう、やめて」
嗣朗が言葉を紡ぐ前に咲は制する。
「もう、わかったから。続きは聞きたくない」
そうだ。女の子はとっくに食べ終わったアイスの棒を持って、声のした方を振り返ったんだ。
そこには夏だっていうのに黒いジャンバーを羽織ったおじさんが立っていた。
おじさんは虚ろな目で女の子を見ていて、女の子は怪訝な顔をおじさんに向ける。
その先は、、。その先は、、。
「思い出したみたいだね」
「わたしなんだね。その女の子て。」
去年の夏の日。
辺りは蝉の音で埋め尽くされ、茹だるような季節だった。
何も変わらない日常。
近所のおじさんは新聞のコラムを読んだり、豆腐屋の茂さんはいつものように隣町のパチンコへ行って大負けしていた日。
そんな静止画みたいな。ゆったりとした時間が突然、引き裂かれた。
午後15時を少し過ぎた頃。
一人の女の子が殺害された。
死因は他殺。
神社の鳥居の端の方で首、両肩、両腕、胴体にいたるまですべての関節の節目が刃物で切り刻まれていた。
犯人は近藤剛一。56歳。無職。
本人は取り調べに対して、「神が俺を導いてここまで来た。そして、気が付くと神が
俺の目の前にいたんだ。俺は神に近づきたい。もうすこしで、神に近づくことが出来る。
神が俺を。神が。神が。神が。神。神。神。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。」
などといった取り調べに対してまるで意思疎通がとれない状態。
警察の判断によると精神的に異常をきたしていると考えられる。
「キミを発見したのは散歩が日課だったよしこおばあちゃんだった。」
おばあちゃんが最近足腰を気にして石段を一生懸命登って頂上へついた時。
頭部と目があった。
「最初おばあちゃんは物事を吞み込めずにいたんだ」
おばあちゃんは次第に現実を受け入れ始める。彼女の目の前に転がる死体と切断された部位を。
「警察の発言によるとおばあちゃんは死体を目にした際に思わず意識を失ってしまったそうだ。」
いつまでたってもおばあちゃんがうちに帰ってこないことに心配した家族は近所に声をかけた。
事態は深刻になっていた。
「家族がいくら探してもおばあちゃんはみつからない。そこで、町全体でおばあちゃんを探すことになった」
咲が暮らすのは地域同士の結びつきが非常に強い町。
噂はすぐに広がる。
「そのあとはキミの想像通りさ」
嗣朗はコーヒを入れながら淡々と口にした。
「どうして、、。それじゃ、死んだはずの私がここにいるの?」
時刻は22時半を回ろうとしている。