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十三番目の剣聖  作者: S i
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第一章 第一話

 がたがたと音がする。

 日が沈んだ戌刻には、あまりに似合わない轟音に、思わず耳を塞いだ。

 地響きのごとく伝わるそれは、まるで何かが崩れる音だった。

 

 音の出どころは北から。

 備え付けられた窓を見てみれば、夕暮れ時のような、淡いオレンジ色が差し込んでいる。

 差し込む光が、窓枠に影を形作っていたが、不思議なことに、それは” 揺れていた "。

 手招くようにゆらゆらと、ゆらめいている。

 吸い込まれるように窓の外を覗いてみれば、あかい炎が暗い夜空を埋め尽くさんとしていた。

 

  「綺麗......」


 橙色に染まった外炎の中、白い芯が煌めく。

 火焔はうねるように、渦巻くように舞い上がり、周りに漂う火の粉は星のごとく、現れては消えていく。どこか神秘的で、果てしなく続くその姿にただ見惚れていた。これまで見たことがない、とても綺麗で幻想的な世界が目の前に広がっていた。


 「きひろ……!!」


 ぼぅーっと見ていたのも束の間。

 恐ろしい形相で、お母さんが部屋に来た。

 「さあ、早く!」と慌てた様子で、荷物を持たせられ、服を着させられた。

 

 「ねぇ、お母さん。外の炎とても綺麗だよ」


 そう聞いてみても、何も答えない。

 唇を嚙みながら、大急ぎで準備をしていた。

 持たされた荷物を見てみれば、被り物や、薬草、近くの川水を入れた水筒に、危ない時に使う御守りのお札が入っていた。

 ……なんでこんなのがいっぱい入っているんだろう。


 「玄関で待ってなさい。いいね?」


 努めて穏やかに、僕に話しかけるお母さんの顔は見たことがないほど怯えていた。

 僕はただうなずくままに、部屋を出て玄関に向かった。

 

 家の中は綺麗な外の世界とは打って変わって、とても暗い。

 囲炉裏や釜戸、風呂場の火が止められていたからだろう、黒いヴェールに包まれた世界は目を覆われながら歩くようで、とても怖かった。

 

 お母さんは、ずっとこわい顔のままだった。

 手に持ったろうそくから見える顔は不安に駆られているようで、部屋から部屋を回って、色んなものをかき集めていた。

 玄関口で待っている間もずっと、険しい顔がとけることはなかった。

 

 ドアの外からは、ぼぅぼぅという微かな音が聞こえる。

 薪から火が燃えているような、そんな音。

 それに加えて、人の叫び声のようなものが聞こえる。

 何かから逃げ回っているような、そんな声。 


 ……ここにきてやっと、何かとても恐ろしいことが起こっていることに気づいた。

 

 「早くしろ、巻き込まれるぞ!」


 居間から今まで聞いたことがないぐらいの大きな声が聞こえた。

 大きな包みを抱えて、お父さんがお母さんを引っ張ってきた。

 その一声で切羽詰まった状況だということが分かった。


 「ごめんなさい。準備に手間取って……」

 「きひろはいるな。避難具も持たせたな?」

 「ええ」

 「よし、ここから逃げるぞ!」


 「きひろ、手を離しちゃだめだからね!」


 悲痛な声で、お母さんはそう言った。


                ◇◇◇◇


 外はまるで別世界だった。

 火が空高く舞い上がり、角のような黒い煙がぶつかり合っている。

 家屋の中から赤黒い火が脱兎のごとく吹き出し、数軒にまたがって燃え移っていく。

 

 肌が焼けるような熱さで視界が波打ち、煤が鼻の中に充満していく。

 周りの人は金切り声を出しながら怖い顔で走っていて、中には地べたに横たわった人たちもいた。

 部屋から見た世界は嘘だったんじゃないかと思うほど、恐ろしい世界に様変わりしていた。

 

 いろんな人にぶつかった。

 ー地面には村の学徒の死体が転がっていた。

 色んな人にぶつかった。

 ー周りの人たちを押し退けて、果物屋のおじさんは誰よりも早く逃げようとしていた。

 いろんな人にぶつかった。

 ー村の消火隊は火を鎮火しようとするも、全身に燃え移って悶え苦しんでいた。


 誰も彼もが、慌てふためき、互いが互いの体を押し付け合いながら、逃げ道を探していた。



「手を離しちゃだめだからね」

 絶叫がひしめく中、何度もお母さんがそう言う。

 その約束を絶対に守った。目いっぱいお母さんの手を握って全力で走った。

 転びそうになっても。

 誰かにぶつかっても。

 後ろから押されても、決して離さない。

 そう誓った。誓ったはずだった。


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