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さくら〜戦国時代に生きた女性が桜の精と交わした約束

この物語は、岐阜県荘川に実在する荘川桜をモチーフにしたフィクションです。


戦国の世に生きた一人の母と、その祈りから生まれた“桜の精”。

人の想いは、果たしてどこまで届くのか——


そんな問いを込めて、この物語を書きました。


どうか最後までお楽しみください

【ペルソナ】

・咲耶(19歳/CV:岩波あこ)=400年以上前、戦国時代末期に荘川で生きた女性。村へ逃げてきた落武者の手にかかり、夫と娘・さくらを失う

・さくら(5歳/CV:岩波あこ)=咲耶の娘。落武者の手にかかり命を落とす。咲耶が鎮魂のために光輪寺に植えた桜の精となって再び現れる

・住職(60歳/CV:日比野正裕)=光輪寺の住職。咲耶に桜の植樹を勧める



【プロローグ/寒村の落武者】


■SE/小鳥のさえずりと吹き荒ぶ風の音


「ばかやろう!

侍なんてみんな、この世から消えちまえ〜!」


叫びながら、あとからあとから熱いものが込み上げてくる。


わしの名は咲耶サクヤ


武田の軍勢が飛騨へ攻め込んでくるだのなんだのって。

小さなこの荘川村まで、そんな噂は入ってきていた。


わしは、ここ荘川で生まれ、荘川で育った。


板葺き屋根の粗末な小屋に住み、

庄川しょうがわのほとりで畑を耕す。


祝言を挙げたのは14の春。

娘ももうけて、親子3人、貧しくとも幸せな毎日だった。


贅沢は言わない。

このままソバやヒエ、アワを育ててつましく生きていければ・・

ただ、そう思っていただけなのに・・・


ある日突然、

夫は三木自綱みつき よりつなの家来どもに駆り出された。

こんな貧しい村の百姓まで、戦になると連れていきよるんか。


ソバ蒔きが終わってひと月。

ソバ刈りがすむまで待ってくれろと頼んだけど。

侍なんて、わしらのことは虫ケラやと思うとる。

逆らったら、その場で叩っ斬られるだけや。

黙って従うしかなかった。


結局・・・


戦に出かけた翌日。

帰ってきたのは、傷だらけのむくろ

それも軒先まで運んでくれたのは、ゆいの衆やさ。

夫が倒れていたあたりは、

ソバの白帆しらほが、真っ赤に染まっていたんじゃと。


わしは三日三晩泣き明かした。


信玄とか、信長とか、どうでもいい。

誰が勝とうが、誰が負けようが、そんなもん、知ったことじゃねえ。

戦をやるようなやつはみんなクソじゃ。

侍なんて、みんな、くたばっちまえ。


天に向かって叫ぶわしに、一人娘のさくらが寄り添う。


だが、不幸はそれだけではなかった。


白川郷の内ヶ島に攻め入った三木の侍たち。

返り討ちにあい、

敗れた残党が荘川村に流れてきた。


村は次々に焼かれ、あちこちで悲鳴が上がる。

わしは小屋の中でさくらを抱いて震えていたが・・・


◾️小屋の扉を乱暴に開く音


手負いの侍が、荒々しく扉を開け、土足で踏み込んできた。


わしの腕の中には目を瞑ったさくら。

侍は、さくらの手に握られたヒエとアワを見つけて

手を伸ばしてくる。


さくらがけると、怒った侍は引っ張って引きずり出す。


「いやぁ!」


侍を振りほどこうとするさくら。

侍はさらに怒り、こっちへ逃げようとするさくらを

うしろから斬りつけた。


「さくら!」


さくらの持っていたヒエとアワをひったくると

侍は小屋を出ていった。


わしは、腕の中で動かないさくらの名を呼び続ける。


だが、地獄はこれで終わらない。

侍は小屋に火をつけた。

あっという間に燃え広がっていく。


ああ、もうこれですべて終わるんだな・・・


わしはさくらを抱いたまま、目を閉じた。



【シーン1/光輪寺】


■SE/小鳥のさえずり


「目が覚めたかな」


ここは・・・

彼岸・・じゃない・・・

光輪寺・・・

わしは・・・なんで生きているんだ?


「結の衆がおまえさんを火の中から救い出したんじゃ」


「火の中・・・

はっ!

さくら、さくらは!?」


住職は申し訳なさそうな顔で、首を横に振った。


「残念なことを」


「そんな!

そんなぁ!」


主殿ぬしどの幼子おさなごのためにも、おまえは生きねばならん」


住職の言葉は、なにも響かなかった。


わしの目の前にはもう、浄土への道しか見えない。

夫とさくらの待つ浄土へ。

もう一度会うために行かないと。



【シーン2/ひこばえ】


■SE/小鳥のさえずり


誰とも会わず、なにも語らぬ日々。


日がな一日、本堂に置かれた小さな木片を眺める。

そこには夫とさくらの名前が書かれてあるらしい。

字が読めぬわしには、墨の汚れにしか見えないが。


そんな姿を見かねて住職がわしに手渡したのは・・・


「桜のひこばえじゃ」


訝しがるわしに・・


「これを境内に植えなさい」


わしが住職に返そうとすると・・


「ひこばえは亡きさくらの依り代」


「え・・・」


「この芽をさくらだと思って、毎日声をかけてやりなさい」


「さくら・・・」


「やがて葉が青々としげるまで。

そのあとも、花がこぼれるほどに咲くまで。

お前がこの木を慈しむことが、一番の供養になるんや。

さくらは、桜の木となってお前をずっと見守っていくんやから」


わしは、住職に言われるまま、小さなひこばえを境内に植えた。


毎日その前に腰を降ろして、一日中声をかける。


「さくら、ごめんよ。

おまえを一人にして」


「さくら、おとうにはもう会えたか。

伝えてくれや。おかあもすぐそっち行くから」


「さくら、寒くないか。

荘川の春は本当に遅いなあ」


「さくら、喉は乾いとらんか。

待っとれよ、井戸から水を汲んでくるで」


住職の言った通り、ひこばえはみるみる背が高くなる。

それはまるで、亡きさくらが成長していくように・・・



【シーン3/さくら】


■SE/小鳥のさえずり(ウグイス)


あれから2年。


気がつけば、桜のひこばえは、

あの日のさくらと同じくらいの背丈になっていた。


わしは、ありし日のさくらを思い出しながら、いつものように声をかける。


「大きくなったなあ、さくら」


そう言って、細い枝を撫で、目を閉じたとき・・・


「おかあ・・」


「え・・」


わしは目を開いた。


そこには・・・


うっすらと、光の中に溶け込むような、淡い桜色のもや。

声だけは確かに・・・


「おかあ」


「さくら!」


そのあとは・・・もう言葉にならない。


震える手をその頬に伸ばす。


だが指先は、ふわりとすり抜ける。

まるで温かな春の風に触れたかのように。


「おかあ、ごめんなさい」


「なんで・・・

悪いのは、全部お母だ」



「ううん」


もやは首を横に振ったように見える。

そこには確かに愛しい娘の笑顔があった。


「お母の顔、毎日見てた。

お母の声、毎日聞いてた。

私を呼んでくれたのは、お母だ」


「ほおか。ほおか」


言葉などなくとも、この手で触れられぬとも、そこにさくらがいるだけでいい。

さくらは、本当に帰ってきてくれたのだ。

ただただ、このまま消えずに、ここにいてほしい。


この逢瀬は、わしとさくらだけの秘密。

迷ったが、住職にも伝えなかった。

心の中で手を合わせ、感謝しながら。


その夜、わしは木の下で眠った。

荘川村にも桜の咲く季節。

(それでも)寒さなど、微塵も感じなかった。



【シーン4/成長】


■SE/小鳥のさえずり


さくらは毎日、淡いもやのまま私の前に現れた。

輪郭は、日に日にはっきりとしてくる。


木の成長とともに、背もどんどん伸びていく。


さらに5年が過ぎ、また遅い春がやってきた。


「お母、私もうすぐ12になる」


「もう立派な大人やなあ」


「今年はお母にいいもん見せられるから」


「いいもん?」


「うん。いくよ」


そう言って、さくらは、桜の枝にそっと息を吹きかける。

すると、固く閉じていた蕾が、一斉にほころび始めた。


「私、きれいでしょ」


「ああ。ああ」


「お母、ありがとう」


淡い薄紅色の花びらが空を埋め尽くす、圧倒的な風景。

同時に花びらははっきりと輪郭を描き、美しい少女の姿になった。


「さくら!」


「お母が私を笑顔にしてくれたから」


「さくらがわしを笑顔にしてくれたんや」


「お母、いつまでも元気でいて。

いつまでも笑っていて」


降り注ぐ花びらの中で、手を取り合うことはできずとも、

魂を深く抱きしめる。

わしの頬を伝うのは、もう悲しみではなかった。



【シーン5/時の流れの中で】


■SE/小鳥のさえずり


さくらの背はいつしか、わしを追い越していった。


傍らに立つさくらは、いまや村の誰よりも美しい。

輝くような乙女の姿。


その髪は庄川の流れのようにしなやか。

纏うころもは花びらを織ったように淡く透き通る。


「お母、無理しないで」


「お寺のご奉公か?

わしの魂を救ってくれたお礼じゃ。

こんなもんじゃ足りんわ」


さくらと会わせてくれたことに感謝して

わしは毎日、光輪寺のご奉公に励んだ。


夜明け前から境内の掃除。

灯をたやさぬよう、灯明の管理。

早朝、本堂と廊下の雑巾掛け。

お墓の掃除。

空いた時間は住職に教えてもらいながら、写経をする。


「お母にはいつまでも元気でいてほしい」


「元気やからそんな心配はせんでええ。

それより、さくらの方が心配じゃ。

いつか消えてしまうんじゃないかと」


「心配ないよ。

私は、桜の精だから。

1,000年以上も生きられる」


「桜の精・・・

さくらじゃない・・ってこと?」


「ううん、さくらだよ。

お母の前では、いつまでもさくら」


そうか・・・

さくらはさくらであって、さくらでなく、桜の精・・・


それでもいい。


私にとって、さくらはさくら。

ずうっと変わらず、生き続けてほしい。



【シーン6/感謝】


■SE/小鳥のさえずり


今年もまた、荘川に桜の季節がやってくる。


気がつけば、時は流れ、あれからもう、30年以上が経っていた。


あれから・・・


そう、さくらが亡くなってから。


目の前には、この世のものとは思えぬほど、美しい姿をしたさくら。

少女から、女へ。

この姿が見られただけで、もう十分。


「お母、体を大事にして」


「十分しとるやろ」


庫裏くりからここまで来るだけで、辛いんでしょ」


「ばか言うな。大丈夫やて」


「お母が心配で、花を咲かせられない」


「何を言うとる。

今年も村のみんなにお前の美しい姿を見せてやってくれ」


「わかった。

だからお母も、命を縮めてまで会いにこないで」


さくらのいいたいことはよくわかった。


わしの体もだんだん、動かなくなってきている。

だけど、これ以上は人生に望むものなどなにもない。


「お母、今までありがとう」


「それはこっちの言うことや。

さくら、本当にありがとうなあ」


「お母・・・」


さくらはまだ何か言いたげだったが、

わしはそれを制した。


今夜は、庫裏に敷かれた寝床に戻って、ゆっくり休もう。



【シーン7/別れ、そして荘川さくらの誕生】


■SE/小鳥のさえずり


「お母、ゆっくり休んでね」


お母の魂が、静かに空へ昇っていく。

その横には、小さな少女が手を握っている。


あれは、あのときの姿・・・そのままのさくら。

私とともに、お母を見守ってきた清らかな魂。


お母が逝くことになったから、ここから離れていったのね。


今までありがとう。


お父にもよろしく伝えて。


私はこれから、何年生きようとも、あなたたちのことは絶対に忘れない。


行ってらっしゃい、さくら・・・そして、お母。


2人の魂は、楽しそうに語り合いながら、天を目指す。

やがて、もうひとつの光がそれを迎える。

3つの光は、1つになって静かに空を昇っていった。




その後、咲耶が植えた桜は、幾度もの冬を越え、

ダム水没の危機も乗り越えて、四百年の時を刻みました。


かつて一人の母が流した血と涙は、

今や村を照らす薄紅色の光となり、見る人の心を癒やし続けています。




「おかあ、見て。

今年もきれいに咲いたよ。

荘川桜」

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


この物語は、親子の絆と、祈りの力をテーマに描いた作品です。

命はいつか尽きますが、想いは決して消えることはありません。


そして、この物語はボイスドラマになっています。

『ヒダテン』で検索して公式チャンネルから聴くか、Spotify、apple 、amazon、YouTubeなどのPodcastで『ヒダテン』と検索してください。


ぜひ音声でも、この物語の世界を感じていただけたら嬉しいです。

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