美女峠の涙〜あゝ野麦峠の感動を再び!150年前のミネとタツの会話がいま蘇る!
飛騨の山々に囲まれた高山市朝日町と久々野町。
そこに暮らす一回り年の離れた姉妹が、ひと夏の物語を紡ぎます。
妹・りんごは、学校のキャンプ合宿で初めて訪れた美女峠で、姉・よもぎから語られるある少女の話に耳を傾けます。
その昔、過酷な峠道を越えて信州へ働きに出た工女・ミネ。
飛騨の土地に刻まれた“もうひとつの歴史”と、遠い記憶の中で交差していく姉妹の想い――。
『美女峠の涙』は、そんな飛騨の土地と、家族の記憶をめぐる物語です。
この作品は、飛騨高山発・声と物語で旅する番組『Hit’s Me Up!』の公式サイトをはじめ、
Spotify、Amazon Music、Apple Podcastsなど各種プラットフォームでも公開中。
どうぞ「ヒダテン」または「高山市」で検索してみてください。
心をやさしく揺らす、声の旅へ―
【ペルソナと設定】
高山市朝日町と高山市久々野町を舞台にした、27歳の姉、15歳の妹と一回り離れた姉妹の物語。妹が生まれたとき、難産で母は亡くなり、薬科大学をあきらめようとしますが、父に押し切られて進学し、東京の大学で6年間過ごします。その間、薬膳カフェは休業。父は自分の実家のある久々野町へりんごとともに引越しました。大学から戻ったよもぎは町内に一箇所だけあるドラッグストアで働きながら、27歳になった時に朝日町の薬草カフェを復活させてひとりで切り盛りしています。よもぎは朝日町のシェアハウスで一人暮らし。異父兄妹のりんごとの仲は決して悪くないが、母が亡くなったことで父や妹と少し距離を置いていた。この世界観は後編の伏線回収へつながります・・
・姉:よもぎ(27歳)=朝日町の薬草カフェを1人できりもりする
・妹:りんご(15歳)=久々野生まれの高校一年生、虫が嫌い
・兄:たつ(15歳)=貧乏な農家の長男として朝から晩まで働く
・妹:みね(13歳)=農村の口減しのため飛騨から岡谷の製紙工場へ出稼ぎに行き体を壊す
[シーン1:よもぎとりんご/よもぎが運転する車の中で】
◾️SE:朝のイメージ(朝の山鳥)
「やっぱりアタシ、キャンプなんて、行きたくな〜い!」
「なんで?あんなに楽しみにしてたじゃない」
「だって虫がいっぱいいるんだもん!」
「当たり前じゃない、キャンプ場だから」
「美女高原、なんて名前だから虫なんていないと思ってたのに」
「なわけあるかい」
「美女に虫はつきもの、ってこと?」
はあ〜っ。
助手席の妹が眉間に皺を寄せて私を見つめる。
天然ぶりは相変わらず。
ほんとにこんなんでキャンプ場行って大丈夫かしら。
妹の名前はりんご。
私とはひとまわり年の離れた15歳。
まあかわいいんだけど、たまに理解不能な宇宙人になる。
妹は父と2人で久々野町に暮らしてる。
先々代から続いてるりんご農家。
私は、というと
朝日町のシェアハウスで1人暮らし。
町内で小さな薬膳カフェを営業中。
名前は、よもぎ。
漢方薬剤師の資格があるから、ネットでいろんな相談にも乗っている。
町内で一軒だけの薬屋さんとも仲良しだ。
今日は妹の学校が主催するキャンプ合宿。
うらやましい。
美女高原のキャンプ場だって言うから
早朝から車で迎えに行ってあげたのに。
助手席に座ったとたん、この調子。
キャンプ場の合宿について、ディスりっぱなし。
そんなに嫌なら行かなきゃいいのに。
「ねえお姉ちゃん、美女高原まであとどのくらい?」
「もうぶり街道入ったから、あと5分くらいじゃない。」
「集合時間までまだだいぶあるから、先まで行ってみようよ」
「先って?ぶり街道の?」
「うん」
「じゃ美女峠の向こうまで走ってみる?山道あんま得意じゃないけど」
「やった。うれしみの舞」
「いい気なもんね」
「美女峠ってネーミング。峠なのに美女。かわちい〜」
「150年前に工女さんたちが越えてきた道よ」
「なにそれ?」
「あゝ野麦峠じゃない」
「あ!
それ、キャンプファイアーのときに聞くよ」
「どういうこと?」
「高根町のおばあちゃんがきてくれて、読み聞かせするんだって」
「いいわねえ。
でもりんごって、学校で習わなかったの?あゝ野麦峠」
「授業で映画上映会、やってた気がする」
「じゃ知ってるでしょ」
「多分私、その日学校休んだ」
「なんで?」
「お母さんのお葬式」
「あ・・・そっか、ごめん」
「ううん、いいの。それより聞かせて、その話」
「うん」
車は美女高原キャンプ場へ向かって、峠道へ入っていく。
窓を開けると、新緑の優しい風が初夏の香りを運んできた。
「あゝ野麦峠って実話?」
「そうよ。
このぶり街道をずう〜っと走っていくと、高山の市街地へ抜けていくでしょ」
「うん」
「150年くらい前にね、
女工さんたちが、高山の山口からこっちへ向かって歩いていったの」
「女工さんって?」
「製糸工場で働く女の子」
「セイシ?紙の工場?」
「ううん。糸。絹糸を作る工場のこと」
「へえ〜」
「工場は長野県の諏訪の方にあってね。
高山とか古川とか、この飛騨からもたくさんの女工さんが働きに行ったのよ」
「けっこう遠いんじゃない?」
「そうね。高山から諏訪までは直線距離でも70km以上あるから」
「山越えていくんだ?」
「うん。山口の桜ヶ岡八幡神社から出発したんだって。
親たちに見送られて」
「え?ひとりで行くの?」
「っていうか、たくさんの女の子を、工場の検番さんが連れてくって感じ?」
「そんな・・・こんな険しい山道を・・・」
「美女峠はまだ最初の峠よ。
このあと、いくつもの峠を越えて行くの。
有名なあの野麦峠も越えなきゃいけない」
「信じられない・・」
「その中に、河合村からきた14歳のミネという女の子がいたの」
「アタシより若いよ」
[シーン2:ミネとタツ/美女峠】
◾️SE:吹雪の音
「ミネ、つかれたやろ」
「タツ兄なに言っとるんさ。
まだここオッカ茶屋や。最初の美女峠やさ」
「ほれ。甘酒や。飲め」
「もったいねえ。無駄遣いして」
「検番さんが出してくれたんや。おめえの門出やが」
「タツ兄もう河合へけえってくれ。
次、顔見るのは田植えのときや」
「ええか、ミネ。
無理すんでねえぞ」
「おりゃ平気や。白いまんまも食えるで、楽しみでしょんないわ」
「すまんのう。兄さが甲斐性ねえばっかりに」
「なんも。いまのうそやねえ」
「気いつけてな。元気でな」
「タツ兄もな。とと様と、かか様にも元気でと伝えといてくれ」
◾️SE:吹雪の音が2人の会話をかき消していく
[シーン3:よもぎとりんご/よもぎが運転する車の中で】
◾️SE:車内の走行音
「お兄さんは美女峠までミネさんを見送ってくれたの?」
「そうねえ。よほど心配だったのね」
「そりゃそうだよ」
「仲の良い兄弟だったと思うわ」
「私たちみたいに?」
「あら?そう思ってるの?(笑)」
「あたりまえじゃん」
「あ、このあたりよ。
オッカ茶屋があったのって。
奥へ入ると”餅売り場”って石碑があるはず」
「なんか・・・いま、ミネさんたちとすれ違ったような気がする」
「ふふ、そうかもね。
でも、昔の街道はもっと険しい山の奥よ」
「山ん中!?信じらんない」
「当時この国を支えていたのは女工さんたちだったからね」
「どゆこと?」
「教科書以外の歴史も勉強しなさい」
「教えて」
「女工さんたちの作った生糸が外貨を獲得して、日本が強くなったってこと」
「すごぉい」
「虫が嫌いなんてばかなこと言ってないで、いろんなことに興味もって」
「わかった。
キャンプでおばあちゃんの読み聞かせ、楽しみになってきた」
「いいじゃない。
楽しんで勉強してらっしゃい」
「おけまる」
「もうキャンプ行きたくない、なんて思わないでしょ」
「思わない。早く夜になんないかな。
キャンプファイアーもしたいし、読み聞かせもききたい!」
[シーン4:読みきかせ〜ミネとタツ/美女高原キャンプ場〜野麦峠】
◾️SE:キャンプファイアーの燃える音/高根町のおばあちゃんによる読み聞かせの語り
「製糸工場=キカヤ(※アクセント頭高=機械と同じ)での過酷な仕事で、
ミネはとうとう体を壊してしまいました。
当時は不治の病だった、結核です。
『ミネ ビョウキ ムカエニコイ』
電報を受け取った辰次郎はすぐに
河合村から岡谷に向かいました。
普通は4、5日かかる峠越えを、夜通し歩いて、なんと丸2日で岡谷へ。
物置小屋に放り出されたミネを背負って、辰次郎は故郷に向かいます。
季節は秋。
野麦峠の燃えるような紅葉も、涙でかすんで辰次郎の目には入りませんでした」
【検討中/飛騨弁の読み聞かせ】※朗読なので標準語の方がいいかも
「製糸工場・キカヤ(※アクセント頭高=機械と同じ)での、そりゃあつらい仕事で、
ミネはとうとう体を悪るくしてまったんや。
当時は治らん病気やった、結核っちゅうやつや。
『ミネ ビョウキ ムカエニコイ』
電報をもらった辰次郎は、すぐさま
河合村から岡谷っちゅうとこへ向かったんやと。
普通は四、五日もかかる峠越えを、
一晩中歩いて、なんと二日まるまるかけて
岡谷へ着いたんや。
物置小屋にほうり出されたミネを背負って、
辰次郎は故郷へ帰るだよ。
季節は秋。
野麦峠の燃えるような紅葉も、涙でかすんで
辰次郎の目には入らんかったって」
◾️SE:森の小鳥の音
「兄さ、止まってくれんか」
「ミネ、どした?しんどいか?」
「お地蔵さんに・・」
「地蔵?」
「線香、とって」
「線香?こんなもん持ってたんか」
「かいことりの坊主の服を繕ったり・・
姉さんたちの草履を直して・・
小遣いもらったんや」
「ほうかほうか。もうしゃべらんでええ。
ほれ。背負子に座ったままお参りしとけ」
「兄さ、ありがと」
◾️SE:森の中を歩く音/背負子のミネが咳き込む声
「大丈夫か、ミネ?」
「ああ、なんもねえ」
「病気になるまでこき使って、いざ倒れたらボロ雑巾みたいに扱いやがって」
「兄さ、キカヤのこと悪う言わんといてくれ。
お金いっぱいもらって親孝行させてもらったし。
あったかいままも食わせてもらったやないか」
「ちくしょう・・・」
「おりゃ幸せやった」
「わかった、わかったからもうしゃべるな。
ほら。もうすぐ野麦峠のてっぺんだ」
「見せてくれ・・」
「ああ、待っとれ。
反対側向くで」
「あれが・・」
「おお、そうや。
河合はあの向こうやなあ」
「あゝ見える・・・飛騨が・・・飛騨が見える」
「ああ。ああ。はよ帰ろ。な。
みんな待っとるぞ」
「兄さ、ありがとう」
「ミネ!」
◾️SE:キャンプファイアーの燃える音が重なっていく
[シーン5:よもぎとりんご/帰り道の車の中で】
◾️SE:車の走行音
「どうだった、キャンプは?」
「うん。楽しかった」
「ん?どうしたの、その目?
腫れてるわよ。
虫さされ?・・・なわけないか」
「ねえ、お姉ちゃん」
「なあに?」
「迎えにきてくれてありがとう」
「なによ、急に。気持ち悪い」
「だってぇ。嬉しいんだもん。
迎えにきてくれて」
「よかったわね。いいキャンプだったみたいで」
「お姉ちゃん、今日は忙しいの?」
「え?」
「薬膳カフェ」
「大丈夫よ。
昨日と今日は午後からオープンにしたから」
「じゃあさあ・・・このまま野麦峠いかない?」
「野麦峠?」
「すごく行きたいんだもん」
「わかった。いいよ」
「ほんと?嬉しい!」
「かわいい妹のためだもの」
「お姉ちゃん、愛してる」
「ふふ。そしたら先にお花屋さんに寄っていこうか」
「どうして?」
「お花とお線香買っていきましょ」
「ああ・・・。そっか。
さすが、よもぎお姉ちゃん!」
満面の笑みで妹の顔がほころぶ。
飛騨りんごみたいに、りんごの頬がほんのり赤く色づいていった。
私たちの車は朝日が差し込む野麦峠へ向かう。
後方には、ミネが最期に見た、乗鞍の風景が静かに広がっていた。
「お姉ちゃん、迎えにきてくれてありがとう」
妹・りんごの何気ないひと言が、よもぎの胸にやさしく響きました。
過去を語り継ぐこと。
いまを生きること。
そして、大切な人とつながり続けること。
飛騨の山道に咲く白い花のように、静かで、でも確かな強さを持った姉妹の絆が、
この物語を通じて誰かの心に根づいていきますように。
後編となる『壊れない絆』では、ふたりが霧の中で出会う、もう一つの奇跡が描かれます。
引き続き、ボイスドラマもぜひお聴きください。
本作は『Hit’s Me Up!』公式サイトや、各種Podcastアプリでお楽しみいただけます。
「ヒダテン」または「高山市」で検索を。
ありがとうございました。