君に届け!幻のタカネコーン〜木曽馬とともに生きる少年が出会ったハーフの少女は儚く消えてしまう淡い初恋
高山市高根町。
昼と夜の寒暖差が生み出す“幻のとうもろこし”タカネコーンと、悠久の自然に育まれた木曽馬たち。
この物語は、そんな大地の中で出会い、すれ違い、再び巡り合った少年と少女、そして一頭の木曽馬の、静かで温かな奇跡の記録です。
少年・真琴と、イギリス帰りの帰国子女・詩音。
二人をつないだのは、同い年の木曽馬・タカネでした。
短くも忘れられない時間を経て、別々の道を歩むことになった彼ら。
それでも、想いは、いつだって変わらず心の中で息づいていました。
飛騨高山から世界へ──
このボイスドラマは、番組『ヒダテン!Hit’s Me Up!』公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Appleなど各種Podcastプラットフォームで配信中です。
「ヒダテン」または「高山市」で、ぜひ検索してみてください。
あなたもきっと、彼らの物語に、そっと心を重ねていただけるはずです。
【ペルソナ】
・真琴=マコト(4歳/17歳/27歳)=自分と同じ年の木曽馬と一緒に育つ/父はタカネコーン栽培農家
・詩音=シオン(5歳/18歳/28歳)=イギリスからの帰国子女でハーフ/獣医の娘/幼少期真琴を「マコト」と呼べず「メイズ=Meize」と呼ぶ
・タカネ=真琴とともに育った木曽馬(木曽馬の平均寿命は一般的に20〜25歳)
【資料/タカネコーン】
https://www.takayama-gh.com/tabaru/article/takane-corn/
【資料/馬の供養塔】
https://hiwadakogen-sekibutsu.com/tomenohara.html
[シーン1:4歳のマコト/5歳のシオン/病気のタカネを往診する獣医】
◾️SE:木曽馬の苦しそうな嘶き
「タカネ、しっかりしろ!」「がんばれ!」
タカネが苦しそうないななきをあげる。
ボクはつい両手の握り拳に力が入る。
タカネは、ボクと同じ年に生まれた木曽馬。
まだ4歳の若い牝馬だ。
普段は燕麦もニンジンもリンゴもいっぱい食べる。
なのに今朝、牧場へいったらグッタリしてたんだ。
何にも食べないし、呼びかけても答えない。
父さんは慌てて獣医さんを呼んだけど
ボクはもう心配でどうしたらいいかわからないよ・・・
獣医さんはタカネに注射をして、
”これでたぶん落ち着くだろう”と言った。
疝痛という病気なんだって。
しばらくは、激しい運動はだめみたい。
かけっこはお休みかな。
しょうがない。
タカネは、ボクの大事な家族なんだから。
父さんは獣医さんの言葉を聞いたら、安心して町へ出かけちゃった。
そういえば今日、タカネコーンの品評会だって言ってたっけ。
そう。うちは、タカネコーンの農家でもあるんだ。
ボクは父さんの代わりに、獣医さんから何か紙を渡された。
え?サイン?
ローマ字?名前を?
いいよ!オッケー!
ボク、ローマ字だって書けるんだから!
フツーはローマ字習うのって8歳になってからだろ。
だけど父さんが、覚えておきなさいって。
MAKOTO、マ、コ、ト。
『メイズ?』
それを見て、横から女の子がボクの前に顔をだした。
だれ?
獣医さんのこども?
帰国子女?ハーフ?
なにそれ?
わかんない。
キレイな青い瞳。
背はボクより高い。
ボクよりお姉さんかな。
『Hello,Maize』
メイズ?
メイズってなんだ?
メイズじゃなくて、ボクはマコト。
マコト。
”娘の詩音だよ、まだうまく日本語がしゃべれないんだ”だって。
ふうん。
だけど、どうやったら「マコト」が「メイズ」になるんだ。
シオンは笑いながら、ずっとボクの方を見てる。
やだなあ、恥ずかしいじゃん。
ボクはとっさに、父さんから預かったタカネコーンをあげた。
シオンはちょっとだけ迷って、
でもボクの目を見てまた笑う。
笑いながら小さな口でかぶりつく。
一口ほおばったあとですぐに、
『I love this!』
と言って幸せな顔になった。
そりゃそうだろ。
父さんが作ったタカネコーンだもん。
4歳のボクだってわかる。
高根町は昼と夜の温度差が15度。
それで、タカネコーンはすっごく甘くなるんだって。
メロンと同じくらい甘いんだよ。
よく知ってるでしょ。
うちは、昔からタカネコーンを作ってる農家。
なのに牧場もやってるから父さんは大忙し。
だから、木曽馬タカネの世話はボクの役目。
ボクとタカネはいつだって一緒なんだ。
シオンは、何度もタカネコーンにむしゃぶりつく。
ホントに美味しそうな顔。
みんな、美味しいと笑顔になるんだな。
ボクに向かって親指を立て、ウィンクした。
ドキッ
恥ずかしくて、目をそらす。
そんなボクを見て、シオンはまた笑った。
これが、初めてシオンに会った日のできごと。
この日から、ボクの頭の中にシオンの笑顔がいすわってしまった。
タカネはだんだん元気を取り戻し、ボクはまたお世話をする毎日。
厩舎の掃除、ごはんの準備、ブラッシング、馬具の手入れ。
午後はボクを乗せたタカネが日和田高原を駆けていく。
木曽馬って、見た目がずんぐりしてカッコ悪い、
って言う友達もいるけどそうは思わない。
黒いたてがみと尻尾。
丈夫な脚で、草原を力強く駆け抜ける。
タカネはめっちゃカッコいい!ボクの友だち、いや、家族なんだ。
やがて秋になり、冬がきて、また春がやってくる。
何度も季節を繰り返し、ボクは小学校から中学、高校へ。
あれから一度もシオンの顔を見ることはなかった。
あんなに印象的だった顔も記憶の影から薄れていく。
気がつくと17歳の春を迎えていた。
[シーン2:午後の日和田高原/供養塔に手を合わせる真琴/17歳のマコト/18歳のシオン】
◾️SE:午後のイメージ/高原の風音、鳥のさえずり、草を踏む足音
「タカネがいつまでも元気でいられますように・・・」
高校2年生になったある日。
いつもの日課で、馬頭観音に手を合わせる。
日和田富士から吹き降りてくる新緑の風。
髪の毛がフワリとなびいた。
横にいるタカネはボクと同じ17歳。
木曽馬の17歳は、人間でいうと70歳くらい。
まだまだ元気に走り回ってるけど、いつまでも一緒にいたい。
だから毎日野麦峠の石仏を回る。
ちょっぴり感傷的になっていると、
頬の横をなにか大きな影がすり抜けた。
新聞紙くらいの大きさの画用紙。
風に舞って足元に落ちた1枚の絵だった。
無意識に拾い上げると、それは丁寧に描かれたデッサン。
森へ続く小路にたくさんの馬頭観音が並んでいた。
『sorry!ごめんなさい!』
森の中から現れたのは・・・ボクと同じくらいの年の少女。
ボクより高い身長。
澄んだブルーの瞳。
『石仏をスケッチしてたら、風で絵が飛ばされちゃって』
「シ・・オン・・・?」
『気に入った出来栄えだったから』
「シオン?」
『スケッチブックから切り取ったとたんに・・』
「シオン!」
『え?』
「ボクだよ!マコト!」
『マコト・・?』
「ほら、あんとき、牧場で・・」
『え?』
「ああ〜、もう、メイズ!メイズだって!」
『メ、イズ・・・Oh!メイズ!』
なんでそっちで覚えてるんだよ。
◾️SE:タカネの嘶き
『じゃあ、あなたたち。あの牧場の・・』
「あ、あのときは・・ありがとう」
『この子、すっかり元気ね』
「”この子”って年じゃないけどね」
『そっかぁ。
元気だったの?メイズ。お父さんも』
「うん。いま牧場はボクが切り盛りしてるんだ」
『すごいじゃん』
「シオンはあれから・・・?」
『うん。あのあとすぐママとイギリスへ帰ったんだ。
パパもママも忙しかったから。
で、去年また日本に戻ってきた』
「そっかあ」
『日本に戻ってからしばらくは東京にいたんだけど、
昨日やっと高根のパパに会いに来れたの』
「そうだったんだ・・」
『ねえ、メイズ』
「メイズじゃなくてマコト」
『Sorry、メイズ。
あの日に食べたトウモロコシ。また食べたいなあ』
「タカネコーンかい?」
『あんなに甘くて美味しいトウモロコシ、今でも食べたことない。
イギリスにもなかった』
「そりゃそうさ」
『食べたい』
「タカネコーンは8月と9月の限定販売なんだ」
『へえ〜』
「作ってる農家もそんなに多くないから
”幻のトウモロコシ”って言われてるんだよ」
『そうかぁ』
「ま、父さんもその栽培農家の1人だけど」
『ホント!?』
「8月になったら持ってってあげるよ」
『嬉しい!きっとよ!』
「うん。約束する」
『約束!』
「そうだ、今からうちに来ないか?父さんもきっと喜ぶよ」
『ありがとう。でももうすぐ診療始まっちゃうから帰らなきゃ』
「帰る?」
『うん、パパの病院。
知ってるでしょ?獣医さんだって』
「知ってる。そっか高根町じゃないんだね」
『高山市街地よ』
「えっ。どうやってきたの?」
『車よ。私、もう18なんだから。免許持ってるわよ』
「すごいな」
『メイズも来年とったら?』
「ボクはいらない。クルマより、タカネに乗ってる方がいい」
『あなたたち、ホントに兄弟ね(笑)』
◾️SE:タカネの嘶き
これが、2回目にシオンと会った日の出来事だった。
[シーン3:夕日の日和田高原/17歳のマコト/18歳のシオン】
◾️SE:夕暮れのイメージ/ツクツクボーシの声、高原の風音
8月。ボクは今年最初のタカネコーンを持って高山市街地へ向かった。
木曽馬でなく、バスの「たかね号」に揺られながら。
朝日町で高山バスセンター行きのバスに乗り換える。
目的地はもちろん、シオンの病院。
GPSをたよりに市街地をうろうろする。
さんざん歩き回って
ようやく見つけた獣医さんの看板。
開院前だったけど、ドアを開けて中へ。
ボクを見つけた看護師さんが不思議な顔でボクを見る。
そっか、胸に抱えてるのは、ペットじゃなくてトウモロコシだもん。
「あ、あの・・・シオンは、詩音さんは、いらっしゃいますか?」
看護士さんは少し驚いて、”ちょっと待ってね”と言った。
すぐに診察室の中から出てきたのは・・・シオンのお父さん。
あのときの獣医さんだ。ちょっと年とったけど。
って当たり前か。
お父さんは、診察室の手前にある処置室へ、ボクを招き入れた。
そこで聞いたのは・・・
シオンは1か月前にお母さんのいるイギリスへ帰ったってこと。
そんな・・・
だって、そんなこと聞いてないよ。
タカネコーン渡すって、約束したのに。
悲しそうな顔を隠せないボクに、シオンのお父さんは、
”ああ、そういえば・・”
と言って一枚の紙を渡した。
それは・・
日和田高原の草原を疾走する木曽馬、タカネ。
遠くに見える日和田富士。
その手前に白樺の並木。
そして、どこまでも続く緑の草原。
今にもタカネが飛び出してきそうだった。
キャンバスの裏をめくると、目に入ったのはシオンの文字。
手書きで短い文章が書かれていた。
『メイズ、
黙って帰っちゃってごめんなさい。
13年前、最初に会ったときも
この前、二度目に会ったときも、
本当に楽しかった。
すごく短い時間だったのにね。
幸せって時間の長さじゃないんだ。
私、メイズのこと、絶対に忘れないよ。
元気でね!
メイズも、タカネも!
いつか、タカネコーンを食べさせて!
じゃあね!
See You!』
なんだよ、自分で食べたいって言ってたくせに。
どうやって、食べさせればいいんだよ。
シオンのばかやろー。
[シーン4:夕日の日和田高原/27歳のマコト】
◾️SE:森の中の小鳥たち
”前略。シオンへ。
君がイギリスへ帰ってから今年でもう10年。
ボクの周りはいろんなことが変わってしまった。
なんだかもう時の流れについていけないみたいだ。
昨日、タカネが27年の生涯を閉じたよ。
人間なら大往生ってところだけど。
亡くなる一週間前、野麦峠から日和田富士を一緒に見たんだ。
タカネとボクの思い出の場所だったのに、
思い出すのは君のことばっかり。
きっとタカネも同じだったんじゃないかな。
長生きのご褒美にタカネコーンをあげたら、すごく喜んでた。
君にも食べてもらいたかったなあ。
イギリスって夏でも涼しいんだろ。
高根町と同じだね。
いつか、行ってみたいな。
それじゃ、元気で。
from マコト、じゃなくてメイズ”
◾️SE:夕暮れのイメージ/ヒグラシの鳴く声
出すあてのない手紙を持って、ボクはひとりで野麦峠を歩く。
いつかの馬頭観音のそばに腰をおろす。
カバンから取り出したのは、茹でたタカネコーン。
美味しい空気の中で味わおうと、大きな口をあけたとき。
『私にも食べさせてよ』
え?
『約束したじゃない』
目の前に立っていたのは、懐かしい青い瞳の少女、じゃなくて女性。
28歳のシオンが、あの日と同じ笑顔でボクに微笑んだ。
あの日と同じスケッチブックを持って。
『ただいま・・・メイズ』
ボクは言葉も忘れて、呆然と彼女を見つめていた。
エモーショナルな感情がボクを支配する。
だめだ、ボクは・・・涙もろいんだ・・・
言葉をふり絞ってシオンに伝える。
「お、おかえり、シオン」
ボクたちの人生はこれからもきっと、ここ高根町で続いていくのだろう。
ヒグラシが少し寂しげな声で、ボクたちを祝福していた。
最後までお聴きいただき、ありがとうございました。
人と馬と、そして高根という町の物語。
どれだけ時が流れても、出会いの記憶は心の中に生き続けます。
この物語に登場したタカネコーンも、木曽馬も、そして高根町の自然も──
すべてが、飛騨高山市高根町の本当にある風景と、そこに暮らす人々の温もりを映しています。
もしあなたが、ふと日常の中で、甘いとうもろこしの香りや、風に揺れる草原を思い出したなら──
それはきっと、真琴たちがそっと心に寄り添ってくれている証拠です。
『ヒダテン!Hit’s Me Up!』では、飛騨高山の魅力を、キャラクターたちとともに世界へ発信しています。
次回の物語も、ぜひ楽しみにしていてくださいね。
またお会いしましょう。
この物語はボイスドラマ化されています。
「ヒダテン!Hit’s Me Up!」公式サイトをはじめ、Spotify、Amazon、Apple Podcastなど各種配信サービスで音声をお聴きいただけます。
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