09 甘えん坊
遥輝の努力の甲斐もあり、すぐに歩けるようになったので予定よりも早く退院することができた。
遥輝は姉の遥香と共に荷物を持って病院を後にし、タクシーを拾って家まで帰った。
「久々の家だなぁ」
遥輝は自宅の空気を思い切り吸い込み、中に入っていく。
そして荷物を軽く片付けた後、遥香が淹れた紅茶を飲みつつこれからのことについて話し合う。
「明日からちゃんと学校に行くわけだけど、お医者さんにも言われた通りあんまり激しい動きはしたらダメよ。特に体育なんかは」
「ああ、わかってるよ。てか、明日から学校行かなきゃなんねーのかぁ…」
今までは学校の厚意でオンラインで授業を受けさせてもらえていたが、もう退院してしまったので学校に行かなくてはならない。
しかし、何でこんなに急いで退院しようとしたんだっけ?
(あ、そういえば…)
そこで毎日病室に通っていた少女のことを思い出した。
(美晴さん、あれから来なくなったんだよなぁ)
美晴の事を考え、無視したあの日。
美晴は拗ねるように帰り、そして来なくなった。
(ま、作戦は成功かな)
やはり現役のモデルがいつまでも男の病室に通うのはよろしくない。
それは美晴にとってもだし、遥輝にとってもだ。
(来なくなってよかったなぁ…マジで好きになってしまいそうだった)
美晴の態度は可愛い年下を揶揄っているだけだ。
それをわかっているが、どう足掻いてもドキドキしてしまうもので。
圧倒的な年下好きである遥輝もこればかりは例外で、後一歩のところで好きになってしまいそうだった。
「まあ、何とかなりそうだな」
「あら、あなたからそんな言葉が出るなんて意外ね」
つい心の声が口から漏れてしまうが、何とか話が繋がっていたのでその波に乗っていく。
「しばらく学校に行ってないと、案外悪くない場所だったんだなって思うようになってな」
「へぇ…で、正直に言うと?」
「1人で授業受けるの、さみちい…」
当然のことだが、授業中は病室内で1人で授業を受けていた。
なので誰かとコソコソと話せることもなく、わからないところを訊くこともできず。
端的に言うと、人肌が恋しいのだ。
それを察したのか、遥香は軽く抱きしめて頭を撫でてきた。
「それはさみちかったわね。でも大丈夫。明日からみんな一緒でちゅからねー」
「ばぶー」
遥輝は赤ん坊になった気持ちで遥香に甘える。
(あまえるのってさいこう…)
遥輝は甘えるのが好きなくせに、年下好きである。
一体何がしたいのかわからない。
おそらく年下に甘えまくりたいのだろうが。
…それでいいのか???
プライドとかないのか???
(いや、あったらまずこんなに甘えてないし)
遥輝は今の自分の状況を客観視し、存在しない誰かにツッコミを入れる。
気づけば遥輝は膝枕をされており、未だに頭を撫で続けられている。
「あ、そこきもちいい」
「はあ…こんな姿美晴が見たらどう思うのかしら」
「!?」
と、そこで遥輝は冷静になる。
そしてもう一度自分のことを客観視し、とても男子高校生がするような行為をしていないということに気づき、サッと身体を起こした。
「…今のは仕方がない。脳がバグってたんだ」
「はいはい、そういうことにしておきましょうか」
遥香はやれやれといった感じで頷き、自分の紅茶に手を伸ばした。
遥輝も紅茶を一口飲んだ後、前々から疑問に思っていたことを口にした。
「そういえば美晴さん途中から来なくなったけど、学校でなんかあった?」
「ああ、それね…」
美晴は斜め上を見ながら答える。
「私も詳しくは知らないけれど、最近様子がおかしくて。何というか、いつも上の空なのよね。普段は真面目な子なのだけれど、たまに授業を全く聞いていなかったりして」
美晴に何があったのだろうか。
(まあ世間から色々言われたりすることもあるだろうし、モデルにも色々あるんだろうな)
遥輝は原因は仕事関連であると考え込み、遥香とともに対処法を考えた。
原因が自分であることに気づきもせず。