08 最終手段
事故から3ヶ月後。
遥輝の足の怪我は少しずつ治り、いよいよリハビリが始まった。
とにかく早く退院したい為、遥輝は普段全く出さないやる気を出し、キツいリハビリに取り組んでいた。
リハビリ師の人から指示を貰いつつ歩く練習をしていると、当然のように黄色い声援が上がった。
「遥輝くん、がんばれー!」
「……」
声の方を見てみると、明らかに不審な人物がめいいっぱい笑みを向けてきた。
こちらからは全く顔が見えないので笑っているのはよくわからない。
だがまああの人なら笑っているだろうと考えつつ、遥輝は目線を前に戻した。
そして頑張って足を動かして__
「がんばれ!いち、に、いち、に」
「いや子供か」
明らかに高校生にかけるような言葉ではないので遥輝は反射的にツッコミを入れる。
するとまたしてもその不審者は笑った。
「うん、私からしたら可愛い子供みたいなものだよ?」
「何言ってんですか。というか、あなた誰ですか?」
帽子を深々と被ってマスクとサングラスで顔を隠している明らかな不審者に対し、当然の疑問を投げかける。
すると不審者はサングラスを取ってマスクを顎まで下ろした。
「もう、わかっているでしょ?私だよ」
「ああ、しらはr__」
「その呼び方はやめてって!!というか…ここではあまり名前を出さないでほしいの…」
変装をしまくっていた美晴がチラチラと周りを見ながらコソコソと話してくる。
「実はその、私を知っている人に目をつけられてるみたいで…毎日男の子と病室に入っていくモデル。これだけで何となくわかったでしょ?」
「ああ、つまり美晴さんは不審者だということですね」
「……」
美晴は拗ねた顔で頬を膨らませる。
(ったく…普段はお姉さんぶってくるくせにこういう子供っぽいところもあるんだよなぁ)
遥輝は美晴の表情を見つめながらそう考えるが、これを言ったらさらに拗ねられるので黙っておく。
「じゃ、じゃあもう病院に通うのを辞めたらいいんじゃないですかね…?」
「それは無理だね」
折角対処法を提案したというのに、それは一瞬にして踏み躙られる。
「そもそも私には遥輝くんをお世話するっていう約束があるからね」
美晴はさも当然のことを言うかの如くそう言うが、遥輝には納得がいかなかった。
「いや、もう世話なんて必要ないですから。結構歩けるようになったので。美晴さんはモデルですし、これからの為にもここら辺で手を引いた方がいいですって」
美晴は仕事で忙しいはずなのに、毎日病院に来て世話をしてくれた。
それは嬉しいことであるが、逆に申し訳ないと思う気持ちもあった。
美晴は今絶賛売り出し中の人気モデルだ。
間違いなく多忙であるはずなのに、わざわざ毎日時間を作って世話をしてくれる。
それもこれもこの約束があるせいだ。
美晴は優しくて忠実な女性だ。
一度交わした約束は絶対に破らない。
だからこそ、この約束を早く終わらせなければならない。
そのために遥輝は急いでリハビリをし、早く退院して美晴を解放してあげようと考えている。
だがしかし、美晴の考えは違う。
「いいや、私はこれからもずっと遥輝くんのそばにいるよ」
美晴はいつにない真剣な表情で胸に手を当てる。
「私はこれからもずっと遥輝くんの面倒を見るよ」
「いやいや、その約束は退院までで…」
「ううん、これは違うよ。これは、ただの私のエゴ。約束とかじゃなくて、私がそうしたいの」
美晴の強い視線に心を打たれる。
彼女の意図は一切読めない。
だがしかし、強い意志だけは見て取れる。
「そう、なんですか」
遥輝は一旦目を瞑って考える。
(いやどう考えてもおかしいだろ!?別に恩返しなら今まで世話してもらった分で十分返せてるし!!ならなんだ??何が目的なんだ??)
腕を組み、まだ完治していないはずの足だけで立ったまま考えに浸る。
(う〜ん…人気モデルに面倒を見てもらう…?それは俺にもこの人にもリスクが大きすぎないか?)
やはりどう考えても将来的に悪い方向にしかいかないだろう。
遥輝はそのような考えに至るが、美晴の言葉は尊重したい。
そしてまた十秒ほどじっくり考え、何とか結論を導き出した。
「どうかな…?」
「…………」
「ね、ねぇ、遥輝くん?」
「よし、続きしましょうか」
遥輝は美晴の言葉をガン無視した。
(すいません…!これもあなたのためです…!)
嫌われてしまうなら仕方がない。
そのような覚悟でダンマリを決め込む。
だがしかし、胸の内では微かに絶望を感じていた。