07 やめてください
事故から数日後。
遥輝はいつものようにベッドに寝そべり、テレビを見ながらお菓子を貪っていた。
すると扉からノックの音が響き、そして聞き覚えのある声がこちらに届く。
「遥輝くん、入っていいかな?」
「誰ですか?」
「…美晴だよっ」
「ああ…しらはるさんですk__」
その瞬間、美晴が勢いよく扉を開けてダッシュでこちらまでやってきた。
「だだだからその呼び方はやめてって!!」
「そうですね、白雪先輩」
「その呼び方もやめてって」
「じゃあなんと呼べば?」
遥輝がそう問いかけると、美晴は顔を赤くしてモジモジしながら小声で話し始めた。
「ふ、普通に名前で…」
「名前ってなんでしたっけ?」
絶対知っているのにとぼける遥輝に対し、美晴は少し涙を流しながら口を尖らせた。
「…いじわる」
「あ、なんか…ごめんなさい。名前で呼ぶんで泣くのはやめてください」
「!!!」
その瞬間美晴の表情は一変し、パァっと明るい顔で顔を近づけてきた。
そして期待の眼差しをこちらに向けてくる。
まるで餌を待つペットのように…!
遥輝の目からは尻尾がフリフリと揺れているのが見えた。
(やっぱこの人可愛いな。あ、恋愛的な意味では無くて、ペット的な意味で)
遥輝は直感的に美晴のことを可愛いと思うが、自分が年下好きであるというプライドを守るためにしっかり訂正をしておいた。
誰も聞いていないというのに。
遥輝は美晴のことをペットのように見ていることをしっかりと隠しつつ、心の準備を整える。
そして少しずつ近づいてきている美晴に向けて名前を呼ぶ。
「み、美晴、さん…」
「っ!!〜〜♡」
美晴は喜びを顔に出すかと思ったが、予想に反して恥ずかしそうに顔を下に向けた。
そして顔を両手で隠し、そのまま何も話すことなく数十秒の時が流れた。
流石に気まずさを感じ取った遥輝は適当に話題を逸らそうと声をかけた。
「きょ、今日はお仕事無いんですか?」
「あ、う、うん…今日はお休みなの」
「そうなんですね」
「だからその…今日はずっと一緒にいれるねっ」
「っ!?」
美晴は顔を赤く染めたまま満面の笑みを向けてくる。
そんな破壊力抜群の笑顔に、遥輝は心を撃ち抜かれた。
(いやなにドキドキしてんだ…!相手は年上だぞ!いくらモデルで美人だとはいえ…流石に年上はない!!)
あまり回っていない脳内で自分にそう言い聞かせつつ、思い切り顔を横に振った。
「ずっとって、流石に暗くなる前には帰った方がいいのでは?美晴さん、美人なんですから」
「ふふっ、遥輝くんは私のこと美人って思ってくれてたの?」
恥ずかしがるかと思えば、美晴は想像に反して少しニヤニヤとした笑みを浮かべてきた。
それに対してまたしても心臓の鼓動を早くしつつ、それを何とか制御しながら話し続ける。
「ええまあ。みんなそう思ってますしね」
「みんなじゃなくて、遥輝くんはどう思ってるの?」
美晴は突然顔を近づけてきて耳元でそう囁いてくる。
それには流石の遥輝も驚き、何とかベッドの端まで逃げて距離を取った。
すると美晴はさらにニヤニヤを深めながらこちらを見つめてきた。
「遥輝くんは、美男というより可愛い系の男の子だね」
「っ!?」
「でも私は可愛い系の方がタイプかな〜?♡」
「っ…!?な、何言って…」
美晴はベッドに手をついて遥輝を追い詰めるように距離を詰める。
遥輝は当然逃げようとするが、もうベッドの端に到達したので逃げ場はなく。
とうとう美晴に捕まり、至近距離まで顔を近づけられる。
「私ね、年下の男の子を甘やかしたいの。いっぱいよしよししてあげて、私がいないと生きていけないっていう感じにしたいの♡」
「へ、へぇ〜…そうなんすね…」
遥輝はせめて目を合わせないようにし、とぼけるようにそう言ったのだが、それは無駄だった。
美晴は目がこちらに向かないのをいいことに顔をさらに近づけてくる。
そして気づけば美晴の唇が遥輝の頬に当たっていた。
「っ!?」
「うふふっ、か〜わい♡」
美晴に悪戯な笑みを向けられ、遥輝は頭の中が真っ白になる。
そして美晴が離れた頃には遥輝の脳内は美晴のことで完全に埋め尽くされた。