06 スマホ
「それじゃあ、行ってくるわね」
「美晴さん、少しの間息子を頼むわね」
「はい、任せてください」
少しずつ日が落ち始めて外が赤く染まり始めた頃、遥香や両親が遥輝の入院の支度をする為一度病院を去って行った。
ということはつまり、美晴と2人きりになってしまうわけで。
(どーすんだよこの状況!?流石に初対面で2人きりはしんどいって!!)
遥輝は美晴のことを知っていたし逆もそうであるのだが、2人は一度も会話を交わしたことはない。
先程までは家族がいたのでなんとか調子を保てていたのだが、流石に2人きりとなると話は変わってくる。
(人気モデルと密室で2人きりって…!!色々ヤバいだろぉ!!)
でも幸い、相手は年上である。
それが遥輝にとっての唯一の救いであり、それだけが生命線であった。
(マジで年下だったらヤバかった…絶対好きになってた絶対…!!)
年上なら好きになるなんてことはまずないだろう。
極度の年下好きだし。
だがそれでもこれほどの美貌を前にしてはドキドキせずにはいられない。
肌は雪のように白く、髪は黄金色に輝いている。
目は綺麗な青色で吸い込まれそうな透明感がある。
手脚は長くて身体の起伏も大きく、やはりモデルなのだと再認識させられる。
そして何より上品でかつ明るい立ち振る舞いには、思わず好きになってしまいそうになる。
いや、健全な男子高校生なら間違いなく好きになっている。
健全な男子高校生なら。
(いや〜年下好きでよかったですわぁ)
そう、遥輝は全く健全ではないので美晴のことを好きになっていないのだ!!!
そんなロリコンの遥輝は天井を眺めながら自分に年下好きであることを言い聞かせる。
(俺は年下好き俺は年下好き俺は年下好__)
「ねぇ、遥輝くん…」
重たい空気を切り裂くように、美晴が声をかけてくる。
「はい?」
「あ、今更だけど名前呼びでいい…?」
「ええ、構いませんけど…」
美晴は少しだけ顔を赤くしながら軽く拳を握って小声で「やった」と呟いた。
そしてその一挙一動を見ていた遥輝は、一瞬心が大きく跳ねた。
(は、え…?なんだ今の…)
ただの知り合い程度の人間に名前呼びで喜ばれただけなのに。
(俺…こんなにも単純なのか…?)
まさかまだ自分にこんな純粋な心が残っていようとは思わず、遥輝は胸の中で笑みを浮かべた。
(まあ、悪いことではないか。これでより一層年下のことを好きになれそうだし)
遥輝は全く意味不明な解釈をしつつ、身体を起こして美晴の方を向いた。
「そういえば、今日はお仕事無いんですか?」
「あ」
「あ?」
美晴はポカンと固まり、そして2秒後に動き始めた。
「忘れてたっ!!!今日ミーティングだっ!!!」
美晴はすぐに自分のスマートフォンをカバンからから取り出し…
「………」
「どうしました?」
「…いの」
「はい?」
「…かないの」
「えっと、なんですk__」
「スマホがつかないのっ!!!」
「え、えぇぇぇぇっ!?」
美晴はバキバキに割れたスマートフォンを取り出し、何度も電源ボタンをポチポチするが全く反応はない。
「どどどどうしよう!?これじゃあ連絡も…」
焦って部屋中をウロチョロする美晴に対し、遥輝は一旦心を落ち着けて冷静に対処する。
「えと、とりあえず病院にある電話機から連絡したらどうですか?それなら連絡が取れると思いますが」
「っ!?それだ!!」
美晴は遥輝に指をさしてそう叫んだ後、ダッシュで病室を出て行った。
そして誰もいなくなって静かになった病室で遥輝は引き攣った表情を浮かべていた。
(慌ただしい人だな…)
もう少し落ち着いていてどちらかといえばクールな人だと思っていたが、実際は違っていてとても明るくて天真爛漫で感性豊かで。
そして天然で(笑)。
遥輝はそんな彼女の一面を知れたことに少し喜びを感じつつ、窓の外を眺めた。
その瞬間、一気に足音が迫ってくるのを感じで扉の方を向いた。
そして足音が扉の前につくとそのままの勢いで扉が開かれ、慌ただしく美晴がこちらにやってきた。
「ごめん遥輝くん!今すぐ行かないといけなくって、えと、その…」
「いいですよ。行ってください」
「で、でも私がお世話するって言ったし…」
「いいんですよ。お世話するのは仕事が終わってからでいいですから。優先順位が大切ですからね」
そうやって優しい言葉をかけると美晴は思いきり笑みを浮かべて。
「ありがとうっ!!」
そう言って手を握ってきた。
だがその手はすぐに離され、美晴は早足で病室から出て行った。
自分の胸の鼓動が早くなっているとも知らずに。