表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ホラァ

山観音()

作者: 雪麻呂






 オカルト板では最近、あるパワースポットの話題が熱い。

 場所は某田舎の山中。山肌というか崖というか、削られた山の一面に走った亀裂が、観音様の顔に見えるのだ。その御尊顔の巨大さと、緻密な線が素晴らしい。通称「山観音」である。

 これが少し変わっていて、それで話題になったのだが、この観音様、いわゆるアルカイックスマイルではなく、とんでもない笑顔を湛えておられるのだ。

 もう至極ご満悦というか愉快で堪らないというか、それこそ幼児に玩具を与えたときのような。口を大きく開け、眼は三日月の形を作り、こてんと首を傾げて。何がそんなに可笑しいのか、今にも爆笑が聞こえてきそうな笑顔なのである。


 珍しいものが好きな俺は、連休を利用して此処を訪れた。

 思ったより観光客が多くて辟易したが、観音様は拝めた。

 まさに噂どおり。コラ画像にでも使えそうなほどの笑顔だった。

 宿へ戻り、一服していると、仲居さんがお茶を持ってきてくれた。


「観音様ですか?」

「えぇ。見事ですね」


 世間話がてら、感想を述べる。


「でもパンフレットが微妙かなぁ。地図だけじゃなくて、もっとこう謂れとか歴史とか、いろいろ書いた方がいいんじゃないですか? 高名な僧が魔物を封じ込めるために彫ったとかなんとか」

「うふふ。でもあれ、天然なんですよ」

「え。というと?」

「彫ったんじゃないんです。山を削ったら出てきたんですよ」


 手空きだったのだろう。

 話好きらしい彼女は、実はと居住まいを正した。






 かつて、この村は何もない過疎地だった。

 それでも残った者たちは信心深く、山神を祀って暮らしていたという。

 そこへ、あるとき唐突に、山の開発計画が持ち上がった。

 村人たちは猛反対した。山には神様が御座す。それを削って太陽光パネルを敷き詰めるなんて、とんでもない話だ。きっと祟がある。呪い殺されるぞ。血相を変えて訴えるも、説明会は無慈悲に終わり、すぐさま工事は着工された。要するに反対はガン無視されたわけだ。

 初めは順調に進んでいた工事だが、異変はすぐに起きた。

 作業員の一人が、重機で山肌を削っていると、断面に妙な模様が現れたのだ。

 人の顔である。

 描かれたり埋まっていたのではない。刻まれた亀裂がそう見えるだけだった。

 だが、あまりにも鮮明で詳細な像に、現場の作業員たちは絶句した。

 それは、山肌いっぱいを使った、巨大な憤怒の形相だったのだ。

 遺跡や芸術作品の類いとは思えない。完全な自然現象だ。慣れた者たちだから、見ればわかる。なにより、その表情。我を忘れて怒り狂った獣か、はたまた地獄の悪鬼か。世にも恐ろしい激情を宿した観音像が、見開いた両眼を以て、彼等を焼き殺さんとばかりに睨み付けていたのだ。

 それを聞いた村人たちは、ほれ見たことかと戦いた。

 山神様がお怒りじゃ!

 しかし、彼等にも納期がある。工事は強引に進んだ。

 ところがその頃から、作業員の怪我が頻発した。倒れた樹の下敷きになったり、ダンプカーに潰されたり、土砂へ生き埋めになったり、通常ありえない事故が後を絶たず、人死にが相次いで、みるみる人数が減っていった。

 そしてどういうわけか、そのたびに、山肌の表情が変わった。

 憤怒から苛立ちへ、無表情へ、微笑へ……。

 一人また一人と死人が出れば、応じて眦が下がり、口角は上がるのだ。

 お祓いなど、なんの効果もなかった。

 とうとう計画が頓挫し、事業主が撤退した頃には、顔は現在のような満面の笑みを湛えていたのだという。






「今はパワースポットでしたっけ? 言い方一つでお客さんが来るようになって、有難いです。結果的に村は潤ったし。これはこれで村興し大成功っていうか。まぁ山神が観音様なんて、そんなわけないですけどねぇ! ぎゃははは!」


 語り終えて、気の良さそうな女性は、笑った。

 その顔は、あの山肌の笑顔に、そっくりだった。
















評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言]  山観音、という言葉の響きがとても好きです。  けれども想像すると滅法怖い。満面の巨大な笑顔というだけでも不気味なのに、そのご機嫌の理由が死者の数に応じてというのがなんとも。  住民も慣れき…
[良い点] メガロフォビアにとっては想像するだけでヒイィィッとなります。 [一言] 実に分かりやすい「山の神様」の意志。眠りを妨げた人間などにいっさい斟酌しない、シンプルで残酷な自然の理を感じます。そ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ