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理美の気持ち

 朝、総一ではない中年の男性だろうか中太りで茶髪に無精髭の医師がやって来た。

「おはようございます、安藤です」

 ディダは玄関先に出て驚くも、長年の知り合いか、そこまで驚かず、寧ろ何しに来たかと尋ねてしまう程だ。

「あれ? 安藤さん? 何しに来たの?」

「ほら、嘉村理美さんって子のワクチン接種ですよ」

「と言うか、総一さんは?」

 そう昨日の話では総一自身すると言っていたのだが、どうやら急患で総一が来れなくなった。

「急患来ちゃって、その対応終わったらこっち来ますよ。それに9月入る前には総一さん契約終わってアメリカ帰るし、少しでも私に慣れてもらわないとって事で、今日から私がやります」

 そう、もうすぐ総一は契約が切れ、そのままアメリカに帰る予定だ。

 なので、慣れている人が帰った後でも気心知れていれば、警戒はされないはず。

 しかし、ディダにはある事が気がかりだった。

「確かに慣れてもらわないと困るし、安藤の方が上手いけど、ドジ率高いからなぁ……」

「看護師連れて来てます、安心して下さい」

 そうは言っても、違う人を受け入れてくれるかはまた別だ。

「とりあえず、空き部屋へ治療室は今使ってますから」

「分かっています。総一さんの息子さんでしょ?」

 安藤も総一から聞いていたので、その辺もしっかり把握していた。

「そうですよ。まだ寝ている筈ですよ。理美ちゃんに気付かれると暫く隠れるんでまだギリギリまで話してません」

「猫や犬みたいな扱いなのどうなの?」

 流石にそこは突っ込みたくなった。

 そんな時、冬美也が起きてやって来た。

 昨日よりは随分体調が良いみたいだ。

 ただ、初めて会った安藤を警戒して、ぎこちない。

「おはようございます、あの、この人誰ですか?」

「安藤さん、総一さんと一緒でお医者様、ちょっと総一さん遅れるから部屋で待っていようね。安藤さんは応接間にいて下さいね」

 安藤は入ろうとした時だ。

「はい、では……ぁぁぁ!」

 ドジは本当らしく上げた足がほんの数㎝上がっておらず、壮大にずっこけた。

 看護師ですら頭を抱えながら言う。

「先生! またですか⁉︎ 神崎先生に見てもらったけど、どこにも悪いところが無いのが奇跡ですよ!」

「酷い言われようだよ」

 ディダですら、庇う気あるのか無いのか、酷い言い方をし出す。

「そのドジが影響してここに流されたんだよねぇ……と言うか、安藤さん、コレは看護師さんに持たせてよ。ワクチン落っこちてるよ」

 挙げ句の果てに鞄に入っていた医療器具やワクチンすら飛び出していた。

 事務室にいたマルスとアリスも出てきた。

「うぉ! これまた壮大にしましたね。安藤さん」

「まぁ、腕は本当に一流なのに、このドジ加減が酷い」

 これまた酷い言われようで、安藤は今にも泣きそうになっていた。

 ディダは安藤を宥めつつも、冬美也を部屋へと戻す為、一緒に行こうとした。

「とりあえず、冬美也君は部屋戻ろう? 冬美也君?」

「どうしましたか?」

 安藤は袋に入っていた空の注射器を手に持っていたのだが、冬美也の顔がとても険しい顔になったまま固まっていたのだ。

「そ、それでまた、打つの?」

「えっ? 打たないよ? それにこれは空だし? 君にワクチン接種は聞いてないし?」

 安藤も看護師にそれとなく聞いたかの合図を送るもこっちも聞いていないと頭を振る。

 これはまずいと感じ取ったディダが屈んで必死に冬美也を宥めるも、既に遅かった。

「冬美也君? 大丈夫だよ? 君に打たないし、とりあえず呼吸が浅いのに荒い。とにかく部屋に戻ろう、一旦離れて……」

「嘘だぁぁぁ‼︎」

 冬美也には防護服の人間達と注射器を持った人間に映っていた。

 このままではまた打たれると恐怖し逃げ出す。

 運が良いのか悪いのか、玄関先ではなく施設内で逃亡した事だ。

 安藤はディダに話しつつ、看護師に指示する。

「何かあったんですか? あの様子だとトラウマか何かじゃないとあぁはならない。とにかく総一さんに一旦連絡、理美さんのワクチン接種もとりあえず延期ですかね?」

「先生、注射器とワクチンはこっちでも持ってますので、冬美也君が見つかってからでも良いんじゃないですか?」

「それもそうか……なら私も探しますか? こっちのせいでトラウマ蘇ったのだし」

 責任を感じていた安藤であったが、即座に看護師に怒られた。

「先生は絶対動かないで!」

「はい!」

 ディダは看護師に怒られている安藤に多少同情するも、園の施設内は本当に下手に動かれては困ってしまう。

「なら、応接間で待ってて下さいね。こっちで探しますので、下手な所にいなきゃ良いけど」

 とにかくパニックを起こした冬美也を探さなくてはと、歩き出す。


 理美は朝食も食べ、冬美也の元へ行こうと歩いてた時だ。

「うあぁぁっぁぁ‼︎」

 悲鳴に近い声が近づいて来た。

 誰だと思って立っていると、冬美也が泣きながら走ってきた。

「冬美也⁉︎ どうしたの?」

 理美は冬美也を止めた。

 冬美也の震えは相当で、声も今にも潰れる程荒れている。

 それでも、必死に助けを求めようとしているのだけは理解出来た。

「たす、助けて……もうヤダ! に……げ……ヤダぁぁ‼︎」

 理美はこの時どういう意味か理解はしていない。

「うん、分かった。とりあえず逃げよう」

 ただ、冬美也を落ち着かせたいそれだけのつもりで、この言葉を選んだ。

 驚く冬美也は言った。

「逃げ、良いの?」

「良いよ、とにかく隠れないと」

 笑って返す理美は、冬美也の手を引っ張った。

 眞子が先程の悲鳴を聞きつけやって来たが、理美達が居た場所まで来たのだが、誰も居なかった。

「さっき凄い悲鳴が聞こえたんだけども? 誰もいない?」

 その後からディダがやって来た。

「眞子さん、冬美也君見ませんでした? なんかパニック起こしちゃって!」

 今度は何をしたのかと、眞子は前回の事もあってつい壊したのかと聞いてしまう。

「何か壊したのかい?」

 全否定しながらディダは経緯を端折り話す。

「してない、してない! 寧ろトラウマ蘇ったみたいな?」

「トラウマって……と言うかさっき、理美がそっちに行ったと思うんだけど、理美も消えたっぽいんだけど?」

 そう、ここを通っていた筈の理美が居ないのだ。

「げっ⁉︎ 探すのが大変になった!」

 余計に顔が青ざめた。


 今どこにいるのか、ここは何処なのか、全く分からない場所をひたすら歩き続ける理美と冬美也。

 朝であるにも関わらず、真っ暗な狭い通路を歩き続ける。

 冬美也はつい理美に聞いた。

「理美、ここは大丈夫なの?」

「夜目きくからだいじょうぶ! そこ歩かないでね、穴開くから」

「う、うん、そういえばさ、理美って苦手な物とかないの? ぼくはよく分からないけど、どうしても注射器を見ると怖くて逃げ出したくなるんだ」

 あの時は防護服の人間達やガラス越しに白衣を着た人間達が居たのを話すべきかと、冬美也はつい考えてしまうも、先に理美が話した。

「私も注射嫌いだよ。でも苦手って言うとお化けとか色々あるけど、やっぱり忘れられることかも知れない」

 笑う理美に呆気に取られてしまい、聞き返した時だ。

「……忘れられるって?」

 先程理美に言われた場所を冬美也が誤って、板を踏み外し、落ちそうになった。

「冬美也!」

 理美が冬美也の手を掴んだ。

 探し回っていたディダは不意に上を向くと木の破片が落ちてきて、冬美也の足が出て来た。

「うぉぉ‼︎ そこにいたの⁉︎」

 呆気に取られている間に、冬美也と理美が降って来て、ディダは受け止めようとしたが、2人同時に降ってこられては受け止めきれない。

「久々にコレは痛い……!」

 案の定、下敷きになった。

 理美はディダの胸元で頭を押さえる。

「あたたたた」

「痛い……」

 冬美也はディダの腹部に居た。

 その時、聞き覚えのある声が驚いていた。

「えっ⁉︎ なんで冬美也があんな所から⁉︎」

「父さん? 遅いって言ってなかった?」

 総一は冬美也に驚きながらも事情を話す。

「思ったより早く終われたんだよ。患者さんいつものぎっくり腰の再発だったし、絶対安静って事で帰らせたよ」

 安心したのか冬美也の目から涙が一気に溢れ、総一に抱きついた。

「父さん……父さん!」

「ごめんな、本当に、待っててくれてたのに、遅くなって」

 総一も冬美也に謝りながら抱きしめる。

 それをずっと見ていた理美は少し不満そうな顔をして目を逸らす。

 突然家族に忘れられ、家族が居ない状態の理美にはあまり気持ち的にモヤモヤした。

 ここは良かったねとか、笑ってあげれば良いのに、どうしてそれが出来ないのか分からない。

 自分自身不貞腐れているのに気付いていたが、どうすることも出来なかった。

 潰されっぱなしのディダが言う。

「あの、そろそろ降りてくれない理美ちゃん?」

 丁度アリスが通りかかり、理美に言った。

「理美ちゃん、居た! やっぱり冬美也君といた! 今すぐ、ワクチン接種しないと行けないから行くよ!」

 間が開く。

 頭の処理が追いついていない。

 ゆっくり口を開き理美は断末魔を放った。

「い、いやあぁぁっぁっぁっぁっぁぁあぁぁ‼︎」


 理美は打たれたせいで、泣きながら歩く。

 ふと、食堂を覗けば、冬美也と総一が何かのボードゲームで遊んでいた。

 最初何してるのか尋ねようとしたが、なんとなく居心地が悪く感じ、そのまま別の場所へと向かった。

 向かった場所は最初に見つけたステンドグラスの部屋だ。

 1人になれば少しは落ち着くも、すぐにアースが話しかけて来た。

「どうしたの? 最近明るくなったから安心してたけど」

 相談相手がいるだけでも理美には救いだった。

 先の事をそのまま伝えた。

「別に、ただなんかモヤモヤする」

「きっと、冬美也君に親がいるのにヤキモチ妬いているのね」

 アースの言う言葉によく分からず聞き返す。

「ヤキモチ?」

「そう、ここには何らかの事情で親と暮らせない子達しか居ないから、あまり気にはしていなかったのでしょう?」

 確かにそうだ、突然親なしになった理美は、ここに来てあまり気にはならず、割り切れるようになっていた。

 だが、今回は冬美也には総一と言う親の存在が居るからだ。

「う、うん……」

「冬美也君は理美と違って親が居る。だから心の整理がつかない」

「仲良くしてくれって言われたけど、私居なくても良いんじゃないのかなって?」

 正直、自分に自信が無く、いっそこのまま居なくても良いのではと考えてしまう。

 言われなくても仲良くなろうと努力したが、先程の光景が目に焼き付き、どうしても仲良くする意味があるのかと疑問視した。

 アースはすぐに否定する。

「それは間違いよ」

「間違い?」

「友達は友達、親は親として接し方は自然と変わるし、仲良くてもまた違う。今は難しいでしょうけど、理解は出来ると思うわ」

 そう言われても、今の状態で仲良くは出来ない。

 理美は改めて考え、ある提案をした。

「出来るかなぁ……なら、アースがお母さんになってよ!」

 アースが親になれば、少しは落ち着くと思ったからだ。

「無理よ、管理者同士なら見えるけど普通の人や動物には私見えないわよ?」

 普通は見えないと言えば、勿論アレしかない。

「お化け⁉︎」

 理美の苦手な1つだ。

「違うわよ、お化けだって私を見る事は出来ない存在。でも、他に見えるヒトは居るわね」

 すぐ訂正するもアースは他に見えるヒトと意味しげに口にした。

「いるの?」

「えぇ、でも会えるのは稀だし、永遠に会う事も無い時もあるし」

「ふぅん、そんな激レアな人いるんだね」

 そう言った時、理美は大きな欠伸をした。

 アースは自然と理美を自身の膝へと促し横にさせ、頭を撫でながら言った。

「少し眠くなった?」

「朝から色々悲惨な事があったし」

「ワクチン接種は悲惨過ぎて、神父可哀想だったわ」

 ディダの事だろう。

 暫く耳が酷い耳鳴りの状態で苦しんでいたのは理美も謝罪するも聞こえてないように見えた。

「あれは、ごめんなさいしたけど、聞こえてなかったもんね」

 アースはディダに申し訳ないが、あの状況を思い出し、クスッと笑ってしまう。

 また今日も勉強会があるのだから少し寝るよう促した。

「そうね、少し寝たら? 疲れたでしょ? お昼過ぎにはまた晴菜さん来るし」

 理美には分からない事があった。

「最近、あの人やけにかもってくるの何なんだろうね? 他にも良い子いっぱいいるのに……」

 やたら勉強以外にも理美と何かと遊んだり話したりと色々やろうとしているのだ。

 もっと他にも前からいる子達ともっと仲良くすれば良いのにと思ってしまう。

 アースは笑って言った。

「ふふふ、あなたも良い子よ?」

「そん、な事……すぅ……」

 子猫のように理美は眠気に負けて眠ってしまう。


 冬美也は昼になっても理美が居ないのに気付き、探し回り、マルスに尋ねると、多分また隠し部屋にでも行ったのではないかと言い、どうやら暇さえあればその部屋に入り浸るようだ。

 それを聞いて、探し回り漸くその部屋を見つけた。

「理美、ここに居る? ひっ! 誰なの!?」

 金髪の女性がいて、冬美也はもの凄く驚いた。

「あら、珍しい。私が見えるのね」

 そう言われた冬美也は何故か妙に納得してしまう。

「……幽霊ですか? なら、大丈夫か」

「意外と平気なのは流石に驚くわ」

「なんか、よく分からないですが、そういうの平気みたいです」

 あまりにキモの座った子にアースは驚きつつも、どうして来たのか尋ねた。

「そう、ところでどうしたの?」

 冬美也は探しに来たのと同時に、妙に避けられているみたいで悩んでいた。

「もうお昼ご飯の時間なのに来なくって、探してたんだ。それになんか理美急に避けられたような気がして、ぼく何か悪い事したのかな?」

 代わりにアースが謝罪した。

「何もしていないわ。ただ、理美自身が心の整理がついていなかっただけ、気を悪くしたのならごめんなさい」

 冬美也自身あまり気にはしていなかったが、どちらかと言えば、理美が言っていた言葉が気になっていて、アースに聞く。

「ううん、大丈夫、ただ理美は1ヶ月位にここに来て、なんか忘れ去られるのが苦手って言ってたのはどうしてかなって?」

「私の口から話して良いけど、こういうのは直接本人に聞くべきかも知れないわ、それにほら、そろそろ起きるわ」

 アースの言う通り、理美は起き目を擦る間にアースが消えた。

「うぅ……ん、あれ? アースは?」

 冬美也は理美がアースを探していて、そう言えば名を聞くのを忘れていた。

 とりあえず、また会えた時、理美が言っていたアースなのか聞くことにして、まずは誤魔化した方が良いだろうと思い、逆に尋ねた。

「理美どうしたの? まだ眠い?」

 じっと理美は冬美也を見た。

「……」

「……ど、どうしたの?」

 何も悪い事はしていないが、緊張してしまう。

 だが、漸く目が覚めたのだろう、背伸びをしながら欠伸もし、冬美也がどうしてここに居るのか尋ねた。

「いや、なんでもないふぁぁ。というか冬美也こそどうしたの?」

「もうお昼ご飯だよ?」

「そっか、もうお昼なのか、また勉強会かぁ」

 食事そのものは本当に好きなのだろうが、やはりその後の勉強があるという嫌悪感だけはすぐに分かった。

 そこで冬美也は勉強が如何に楽しいかを説いてみた。

「理美は多分理解出来ないから楽しく無いんだよね?」

「まぁ、そうだけど?」

「理解出来たらすっごく楽しいよ!」

「……そういうものなの?」

「そうだよ! そこから新しい発見や未知の遭遇とかもあって楽しいよ! 調べたり並べたり、組み立てたり!」

 あまりの熱意に冬美也が記憶を取り戻したのではと理美は勘繰った。

「もしかして、記憶戻った?」

「戻ってないよ! 本当だよ! 疑わないで!」

 ちょっと泣きそうになるも、ふと理美を見ると何か言いたいが、凄く怖がっているように見えた。

 それでも理美は口を開き言った。

「あ、あのさ、嘘くさい話だけど本当の話しても良い?」

「うん、良いけど?」

 この時、アースの言葉を思い出す。

 直接本人に聞いた方が良いと言っていた。

 聞いてみたいのもあったが、昨日会ったばかりの人間に話すなんて早々ありえないと思っていたが、理美からすれば、気心知れた間になれたとも言える。

 ただ、記憶の無い自分が聞いて大丈夫な内容かと心配になるも、理美が話を始めた。

「私ね、家族がいたんだ。お母さんしか居なくて、お父さんが何処行ったか知らなくて、お母さん1人でずっと頑張ってるから、前からイジメられてる事が言えなくて、でもある時、いじめっ子にお父さん貶されて、それで今まで我慢していたのもあってね。そいつ突き飛ばして怪我させたんだ」

「……」

 冬美也は理美の話す内容があまりに重くどうすれば良いか分からずただ立ち尽くす。

 理美はそんな冬美也を見て、話を続けた。

「それでね、怖くなって逃げちゃったんだ。家に帰ってどうすれば良いか訳分からなくなってた時に、そんな事を知らないお母さんが帰って来て、プレゼントって言って渡してくれたのはこの熊のぬいぐるみ。この後、いじめっ子のお母さんから電話来て、一方的に突き飛ばされて怪我させたって言われて、お母さん凄く悲しい顔してて、私がお父さんの悪口言ったからカッとなってやったって話して、結局お母さんに叩かれて、お母さんの事嫌いって言って出て行ったんだ。その後感情も落ち着いて帰った時に、忘れられてた。お母さんだけじゃない、一個上のお兄ちゃんにも、近所の人も学校の皆からも忘れられて、独りぼっちになった」

「それってどういう……」

「そのままの意味、どうすれば良かったのかなってたまに思っていて、どのタイミングで話せば良かったのか、何も言い訳せずにただ謝ってれば良かったのか、本当にどれが正解か分からなくって、ずっとぐるぐる頭の中で考え続けて、そして20年以上月日が経ってて、歳も取らずに成長もせずに、こうして君の前に居る」

「理美は幾つなの?」

「分からない、とりあえず本来迎える筈だった年齢を答えて8歳ってなってるけど、28歳よりは上だと思うよ」

 この時の理美はかなり勇気が必要な程の内容で、嘘だとか笑い飛ばされて終わりだろうと内心思っていた。

 しかし冬美也から違う言葉が返って来た。

「突き飛ばして怪我させるのはとても悪い事だし、ちゃんと謝るべきだ」

 1番キツイ言葉ではあるがもっとも正しい言葉だ。

「うん」

 理美も頷く以外何も出来ず、罵倒される覚悟もあったが、冬美也は続けてこうも話す。

「でもそれ以上にちゃんと相手もそれと同等かもっと酷い傷を負わせてるんだ。理美だけの原因じゃない。我慢しなくて良いと思う。理美はずっと耐えていたんだ。許さなくても良い、でもたとえ許されなくても、理解だけは出来るようになるべきだとぼくは思うよ。それと今、ぼくの目の前に居るのは8歳の理美だ」

 決して理美を貶さずに、全て受け入れ尚且つ理美の事を思っての言葉が溢れていた。

 その言葉にどれだけ救われたか分からず涙が溢れ、理美は冬美也に言った。

「……うん、ありがとね冬美也」


 結局遅めの昼食になってしまったが、前より理美に覇気が感じられるようになり、冬美也とも昨日よりもより仲良くなっていた。

 丁度そこへ勉強の為に来た晴菜が理美を食堂の外から眺めているのに、マルスが気付き聞く。

「どうしたんですか? 理美ちゃん今ご飯中なんですよ、なんか前よりもっと覇気があると言うか気心知れる相手が出来たのか元気になったと言うか」

 晴菜は今一番気になっている事をマルスに言った。

「えぇ、でもやっぱりあの子はこのままどうなりますか?」

「翼園の子になりますね。元々慣れなければ違う施設って話もありましたけど、良かったですよ、こう仲良く出来るようになって――」

 マルスとしては少しずつ理美も慣れてきて、何より冬美也と仲良くなって来ている分、このまま行けば他の子達とも仲良くいける気がしていたが、晴菜は違っていた。

「でも、冬美也君も一時的であるし記憶が戻る戻らない関係なく、総一さんも契約が切れれば一緒にアメリカに帰るのでしょ?」

「まあ、確かにそうなんですが」

 確かに晴菜の言う通りで、冬美也もその内アメリカへと帰る。

 その前に他の子と仲良くなるのは難しいと判断した。

「近い年齢の子も居ても、きっと孤立すると思うんです。それにさっき総一さんと話してたんですが」

 マルスも総一が冬美也に午後の診察は出なくては行けないと言って帰ったのを覚えていた。

「総一さん、午後の診察の為に帰るって言って帰った時にですか?」

「そうです、理美ちゃん家族を見ると嫌な顔していたし、昨日はあれだけ仲良くやっていたのに、急に隠れたらしくって、きっと他の子とはまた違う感じがして」

 流石にマルスはディダから理美について聞いてはいたものの、家族の居ない子供達や急に離れ離れになった子供達を見て来た為、特別視は絶対にしなかった。

「ここにいる他の子とあまり変わらないですよ? きっと家族がいるのにヤキモチ焼いただけで、その感情をぶつけては行けないと理美ちゃんなりの優しさだと思うんです。たまに預かったりしてましたし、その時もちょっと距離感ありましたけど、すぐ打ち解けましたから、人付き合い苦手なだけなんで長い目で見て行こうって話し合いましたし、何より別れも一つの経験として受け入れられるようこちらで頑張るつもりなんでどうか気になさらずに」

 晴菜もそれについては納得はしていたが、どうしてもそれだけでは無かった。

「はい分かってます……でももし、よろしかったら、あの、理美ちゃん、私達の子供として迎えてもよろしいでしょうか?」

 どうやら晴菜は理美を養子に迎えたいと思っていた様だ。

「えっ⁉︎ それは、俺からなんともだし、理美ちゃん来てまだ1ヶ月そこそこなんですし、昔家族居たみたいですから、もう暫くはこのままでって話しているところなんで、それに連れて来たアダム神父も居ないから、よく話し合わないと、それに友吉(ともよし)さんにはそのこと話しました?」

 それもそうだろう、自分だけの判断は出来ないし、無論晴菜の方もだ。

「勿論、とにかく一度会ってみたいと話してましたし、丁度娘と息子も明日辺りに帰ってくると言ってましたので、会ってみたいと言っていたので、今日はその事を話したいと思って」

 お互いまだ会ってからの話し合いの段階に悩んで、マルスはまずは大人だけで話す事に言及した。

「んー、とりあえず今日はアダム神父が戻って来てから話し合いましょう? 友吉さんも近い内に来てくれるんだったら、その打ち合わせもしないと……と言うかディダ神父もアダム神父から連絡あって呼ばれてどっか行っちゃったし……」

 どうやらディダも呼ばれて今は居なかった。

 その話の為、晴菜は真剣に頭を下げ言った。

「よろしくお願いします」

 もっと慎重に考えるべきと分かっていても、この先理美にとってもっと苦しい思いをするのだけは駄目だと本気だからこそ、理美の気持ちを寄り添えるにはまず家族とも仲良くなって貰いたい。

 今は一歩だけ進めればと考えてのことだ。

 たまたま気配を感じ取った理美と冬美也が覗きに来た。

「何してるの?」

「こんにちは晴菜さん」

「とっても大事な話をしてたの、それじゃ早速国語を始めましょう!」

 何の話をしているのかは濁しながら逸らし、嫌な顔をする理美に対し宥める冬美也を見ながら笑う春菜は少しずつどうするかを考え、何をすれば理美が喜ぶか受け入れてくれるかを模索した。

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