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記憶が無い少年

 理美はまた少年がひたすら走り続ける夢を見た。

「だ……だ……」

 しかし今回は目を覚ますどころか、つい言ってしまったのだ。

「なんて言いたいのか、分からないよ? 教えてくれる?」

 その瞬間、総一と同じ瞳の色でまっすぐこちらを見て言った。

「だれ、誰か、助けて……お願い……誰か助けて!」

 初めて何を伝えたかったのか理解した直後、目を覚ます。

 深夜3時、誰も起きていない時間にカリカリと誰かが窓を掻く音に驚き、部屋の窓を見るとタヌがいた。

「驚かせないでよ、てか何してるの?」

 そっと窓を開け、タヌに聞くと何やら頼み事があって人里から降りてきたみたいだ。

「いやぁ、リミにおねがいありまして」

「なんの?」

「なんか、ここのトチにすむドウブツたちがへんなのがきたってさわいでて、リミのチカラがあるのをどこでしったのか、おねがいされて」

 変なのとはこれ如何にと、言いたくなるが、理美には分からない。

 とりあえず取り除けば良いのだろうと思ったが、やはり心配や怒られるのが嫌で行きたくなかった。

「別にいいけど、心配させたくないし怒られたくないしなぁ」

「はなしてもいいけど、ムサクイにでいだとかはナシですよ」

  最初でいだとは何だと考えたが、ディダかと納得した。

 今は夜中の3時、早く戻れれば良いだろうと安易に考え承諾した。

「でいだ? あぁ、ディダね、分かったよ。話しても朝とか言い出しそうだし……今回だけだよ並べく早くね、準備するから待って」

 理美はとりあえず騒がれる前に書き置きをし、玄関から靴を持って戻り、カーディガンを羽織って窓から出た。


 山の中を少し進んだら、クマが待っていた。

「よう、ごめんね、こんなマヨナカにヨびだして」

 理美はあまり気にしておらず、偶然起きたら居たと言った感じだ。

「良いよ、あのカリカリ音では起きなかったよ、たまたま起きたら居たんだもん」

 タヌ的には鳴いた方が早いものの、ディダだけは別扱いした。

「ナくキではあったんすけど、でいだとかミミイイから」

「あぁ……」

 その辺は理美も理解出来た。

 クマは早く終わらせる為、理美に背に乗るよう促した。

「さあ、のって、ここからトオいからネてな」

「はぁーい」

「それではしゅっぱーつ!」

 理美も揺られながらいつの間にか眠ってしまった。


 かれこれ、1時間は過ぎただろう。

「リミ、おきて、ついたよ」

 クマに起こされ、欠伸をしながら背伸びをし、さて変なのはと思って理美は辺りを見渡すも居なかった。

「あれ? その変なのは?」

「そのオクです!」

「怖くて行けないと」

 クマとタヌは頷き、呆れ返ってしまうが、とにかく変なのを見るまでには帰れないので、叢を掻き分け向かった。

 誰かが倒れている、月夜がそこだけを照らす。

 理美が夢で見た銀髪の少年だ。

 慌て駆け寄り、少年を抱き上げるも、かなり汚れており、素足で泥まみれで、見た目には傷はない。

 だが、どうしてクマとタヌや他の動物達が例える変なのなのか分からなかった。

 とにかく少年を運ばなくてはいけず、クマを呼んだ。

「クマ! ちょっと来て!!」

 理美に何かあったのかと、クマがすっ飛んで来た。

「どうしたんだい!? まさかやられた!!」

 少々野生の熊で出てきたので怯えてしまうも、すぐ気を戻し言った。

「違う違う! この子運びたいから手伝って」

 その言葉に安堵したと共にクマは理美が運ぶにしたって片道1時間は掛かるのだからそれはそうだろう。

「なんだい……そうか、そうなるよね」

「ごめん、なんか」

 理美は気を取り直して、少年を運ぶ際に明け方近くになると夏でも寒くなってしまうのでカーディガンを掛けさせ、クマに乗せて翼園へと戻って行った。


 まだ5時半、大人達は既に起き、仕事始めの際見回って理美が居ない事に気付く。

 すぐさまマルスは置き手紙を持って、慌てて事務室に入ってきた。

「大変です! また理美ちゃんが消えました! 置き手紙はあったんですが、外へ行きます、すぐ戻りますとしか書いてなくって」

 アリスは能天気に最近勝手に飛び出したり抜け出したりしていないので、油断してしまった。

「うわぁ、あれ以来あまり外出ないから油断した」

「悠長にしているな! とりあえず、外へ出て行ったんだな?」

 アダムからすれば、漸くある程度馴染んで来てホッとしていたのに言わず置き手紙だけで消えるなんてと慌てもしたが、再度置き手紙の内容を確認した。

「そのようです」

「とりあえず、外に――」

 また外の捜索をしなくてはと思っていた矢先、理美の声が外から聞こえて来た。

「アダム神父ー! ディダー!」

 その声に皆、外へ出て小さいながらのグラウンドに出ると、柵の向こうに理美が熊に乗ってやって来たのだ。

 全員熊を見て驚いた。

「熊ー‼︎」

 寧ろ大声で言われた熊の方が驚き、毛が逆だった。

 理美は慌て、事情を話している最中に、少年が落ちそうになり、引っ張り直そうとするも自分も落ちそうになった。

「待って待って! クマ達、変なの連れて行ってって頼まれ――助けてー!!」

 ディダとマルスは急いで柵を越えて、理美達を助けた。

「この子が変なの?」

「うん、クマ達が言ってた」

 ディダが少年を抱え、見てもそこまで違和感なんてなく、強いて言うなら銀髪位だ。

 ふと、何かに気付いたアダムはクマに近付き言った。

「あの時の熊か、そうか、君と理美は友だったのか。あの時は悪い事をした、すまなかった。しかし、急に連れ出さないでくれ、心臓に悪い」

 クマは理美お陰か人語を理解して、頷き立ち去った。

「ありがとねー」

 理美はクマに手を振っている最中、ディダが真顔で呼ぶ。

「理美ちゃん」

 流石に不味い事をしたと背筋が凍る。

「はいっ……!」

 恐る恐る振り向くと怒鳴る事は無くとも、かなりご立腹の様子だ。

「事情は分かったけど、心臓持たないから、今度から言って」

「ごめんなさい」

 理美は相談が大事と深く理解した。


 皆が起きる前もあって、殆ど騒ぎにもならず、そのまま朝の準備と朝食を済ませ、大半の学校組は登校していった。

 理美はと言えば、まだ戸籍も製作中で、申請するにも学力的にはまだ足りていない部分もあり、今は園で勉強する形となっているが、それは晴菜に見てもらっているので、基本自由だ。

 そして、治療室へと足を運ぶ。

 丁度そこから盥を持ったアリスが出て来た。

「アリス、あの子起きた?」

「理美ちゃん、いんや、まだよ。相当走り続けてたんでしょうね。足が酷く汚れてたわ。でも、傷とかは無いし、若干痩せてるのはちょっとねぇ。それと、マルスが診療所に連絡したら、総一さんもう少ししたら来るって」

「分かった、で暫く見てて良い?」

 理美がここに来たのを大体分かっていたので、アリスは了承したが、あくまで医者である総一が来るまでだ。

「良いけど、総一さんが来るまでよ」

「ありがとう」

 礼を述べ、理美は治療室に入った。


 治療室に入ると、最大6人入れる部屋だ。

 全てカーテンは開いた状態であるが、1つだけ半開きがあり、そこで少年が眠っていた。

 相当疲れていたのだろう、未だに眠ったまま起きそうもない。

「起きないかなぁ……」

 理美は少年の頭を撫でた。

「ゔ……うぅ……」

 少年が目を覚まし、こちらを見た。

 瞳の色は夢で見た時と同じ深い緑で、総一と一緒だ。

 少年はゆっくりとボヤけた視界が取れるまでじっとこちらを見て、理美に言った。

「き、君は誰?」

 理美は一瞬動揺をみせるがすぐに思い直す。

『そりゃ知らないよ、初めて会うんだから!』

 改めて理美は自己紹介をした。

「私、理美、嘉村理美って言うの、あなたはなんて名前?」

 少年がベッドから起き上がるも、頭を傾げ無言なままだ。

「?」

「?」

 理美もどういう意味で無言なのか分からない。

 漸く、少年が口を開くも意外な言葉が返ってきた。

「ぼくは……誰?」

「えっ?」

 少年は自身の手を見ながら、本当に自分が誰なのか分からないまま不思議そうにしていた。

「ぼくは、誰なの? 分からない、誰?」

 理美はどうしようと悩み、とにかくディダ達に話そうと思い、立ち上がった時だ。

「どこ行くの?」

 いきなり少年が理美の手を掴んで止めた。

 驚くも、優しく言って離れようとするも、少年は悲し顔になってしまった。

「大人の人呼ぶだけだよ?」

「1人はやだよ」

 本当に困ってしまった理美は途方に暮れてしまう。

 そんな時、廊下から総一達の声が聞こえた。

「本当に何度もすいません。まさか、理美ちゃんが今度は子供拾って来るんだもん」

「あはは、前は猫ちゃんでしたもんね」

 ディダと総一が会話をしていた。

 近くにはマルスも居て、少年を拾った為捜索願い出ているかも確認しなくてはいけないようで、困っていた。

「いやぁ笑い事じゃないですよ、何処の子か分からないので、とりあえず診てもらってからすぐ警察に問い合わせ決定ですよ」

「親がまともな人でありますように」

 昔何かあったのだろう、ディダは相当上の空になっていた。

 総一もよく分からないが、軽く引いた。

「声が棒読みですよ、ディダ神父」

 今から声を出せば、分かってくれると思って理美は声を出した。

「あっ! あの、ディダだけ入ってきて!」

 まずは話を先に聞いてくれそうな人を呼ぶも、まさかの総一が先に入って来てしまった。

 総一は理美の声を聞いた時にはもう扉に手をおいていたらしく、流れで謝りつつ、少年を見た時だ。

「ごめんね。先に入って、どうし、たんだ、い?」

 驚きのあまり瞳孔が小さくなり持っていた荷物を落として、少年に抱きついた。

 少年は急に抱き付かれて、理美の腕を離す。

 慌てて理美は少年が記憶がないのを話そうとした。

「あのね! この子、自分が――」

「冬美也! 冬美也! 無事だったんだな‼︎ 良かった、生きてた、生きてたんだ……良かった……良かった、ところで、どうして日本に? だってお前、アメリカで行方不明になってたのに?」

 理美の声を遮る程の声で、総一は泣きながら少年を冬美也と呼んで抱きしつつも、ゆっくり離れて再度、少年の顔を見た。

 しかし少年から残酷な言葉が返ってきた。

「あなたは、誰ですか?」

 必死に総一が自分は少年の父親であると主張するも、少年は本当に分からず、ずっと同じ事を聞く。

「何、言ってるんだ? お前の父さんだよ?」

「分からない……ぼくが誰なの? あなたは誰なの?」

 総一が何も言えずにいた中、理美は必死に訴えた。

「あのね、この子、記憶無いんだよ。だから、その……ディダに一度相談したかったの」

 後から入って来たマルスはそっと理美の背中を押しながら、言った。

「分かってる、今見て俺も理解したから、とりあえず2人だけにしてあげよ」

「う、うん……」

 下手に刺激しない為には、一度2人だけにしておこうとマルスの判断で理美は廊下へと出た。


 総一は自身の感情を押し殺し、色々と家族写真などで説明したが、どうも何一つピンと来ず、よく分かっていなかったが、少年は自身を冬美也として認識し始めた。

「――ごめんなさい、よく分からなくて、ぼくは冬美也で良いの?」

「うん、そうだよ。冬美也だよ。間違いない。一度診察するからディダ神父かマルス園長に話そうね」

 一度呼びに行こうとした時、冬美也は総一を父であっているのかと聞く。

「はい、父さんで良いんですか?」

「父さんだ、そう、冬美也、ぼくは君の父親だよ」

 優しく振る舞うも総一はこれ以上ない程に胸が苦しくなった。

 どういうタイミングか分からないが、ここでディダが申し訳なさそうに入って来た。

「あの……総一さん、理美ちゃんが拾って来た子どうでした?」

 泣きそうな声で笑う総一に対して、あえてこちらも笑い返すディダだったが、総一の息子、冬美也の紹介する姿がとても痛々しく思えた。

「聞こえてたでしょう?」

「何がです?」

「自分の息子、冬美也です。記憶喪失のようで、とりあえず外傷や今の状態を今から診ます」

「分かりました、お願いします」

 その後は数分程度で終わり、外傷も無く、軽い栄養不足な部分は見られるも至って健康だった。

 総一はディダに話す。

「軽い栄養不足なだけで、どこも大丈夫ですけども、すいませんが、暫くここに預けてもらって良いですか?」

 記憶喪失のせいもあるかもしれないが、いち早く記憶を戻すにも、やはり家族といた方が良いとディダは思って返すも、総一にはそれが出来なかった。

「良いですけど、せっかくなんだし」

「今は単身赴任用の空き家借りてるだけだし、何より仕事中結局1人だけにしてしまうんで、どうせならと、それに……」

「それに?」

 総一からとても現実味のある話が返って来た。

「冬美也がここの日本にいるって事は不法入国扱いなんで、色々問題あるんですよね。手続きもしなきゃだし、アメリカ大使館いくべきか?」

 そう、冬美也は何らかの理由で日本にいる上、パスポートなんて持ってもいない。

 どうやって入って来たかも分からないのだ。

 ディダも確かにそっち方面まで思いつかなかったと納得した。

「あぁぁ、そっちもか、なら知り合いに頼みますよ? アダム神父結構顔広いから訳話せばその辺分かってくれますし」

 意外とアダムは顔が広い為、そういう関連にも強い人がいるようだ。

「頼んでいいですか?」

「はい、忙しいですもんね」

 ディダも診療所が如何に忙しくもすぐに対応してくれるので正直有難いのと、申し訳なく感じた。

 冬美也は総一を呼ぶ。

「父さん……」

 かなりか細い声だったが、総一はすぐに気付き聞いた。

「どうした、冬美也?」

「帰っちゃうの?」

 記憶が無い為、どういう状況か分からないものの、帰って欲しくないのが伝わった。

「帰りたくはないけど、今日も忙しいけど、明日絶対に来るよ」

「うん待ってる」

 冬美也は自然とそう言った。

 記憶が無くても生活に支障がないレベルではある。

 まだ幸いと呼ぶべきだろうが、身内からすれば災難と呼ぶべきだろうか。

 総一とディダは冬美也も疲れた筈だから少し休むよう言ってから、治療室を出た。

 出てすぐに総一はディダに言う。

「ディダ神父少しだけ、ここの中散歩と言うかなんて言うか、とにかく歩き回っても良いですか?」

「別に良いですけど、大丈夫ですか? まだ心の整理付いてないし、それにこう言っちゃ何だけど、仕事も溜まってるでしょう?」

「大丈夫ですよ、安藤さん居るし、そういえば理美ちゃんのワクチン接種の件、明日にでも打ちに行きますので」

 どうやら明日は理美のワクチン接種が控えており、それも総一がやるようだ。

 その話を聞いてディダは理美の注射嫌いには相当なモノを感じていた。

「あぁ、あの子注射嫌いだから大丈夫かなぁ?」

「痛くないようにはしますよ。では……」

「総一さん、大丈夫かなぁ。さっきの話も含めてアダム神父に話しておこう」

 本音はあまり1人にさせてはいけないと分かっていたが、1人で考えたり、それと感情を表に出したいのだろうと考え今回は好きなようにさせた。


 理美は上の階を探検していた。

 あの隠し通路以外にもあるらしく探していたのだ。

 今の所、2ヶ所は見つけた。

 他に無いかと探しつつ、そろそろ冬美也の元へ戻ろうとした時だ。

 総一が立っているのに、理美は気付いて話しかけようと近付くといきなり総一が壁を殴り始め驚いた。

「くそぉ!! なんでなんだよ!! なんで、なんで、ようやく会えたのに!! どうして、どうして……あぁぁ!!」

 壁は見た目より頑丈でびくともしない。

 寧ろ、総一の手の甲が赤く滲み、血が出ていた。

 理美は慌て総一を止めに入った。

「総一さん!!」

 その声に漸く我に返った総一は理美を見ると、涙目になっていた。

「理美ちゃん、ご、ごめん! 驚かせちゃって、あぁやばいアリスさんに完璧に怒られる……!」

 壁を見ると、壊れてはいないが血が付いているので、どのみち怒られてしまうが、笑って誤魔化すも、総一を見て理美が泣きながら言った。

「総一さん、ごめんなさい。私ただ、あの子を助けたかっただけで……」

 理美の言葉に総一は、言わせた事に罪悪感で胸が押し潰される感覚になり、理美を抱きしめ話す。

「違うんだ、違う。天国から地獄に叩き付けられたような感覚なんだと思う。ごめん、冬美也を助けてくれたのにありがとう」

 総一の声は泣いていた。

 理美はその気持ちが痛い程理解できた。

 それでも口にはせず、総一が気が済むまで泣かせてあげた。


 この後、気持ちも落ち着き、総一は帰ることにした際、理美にある事をお願いした。

「理美ちゃん、さっきは驚かしてごめんね」

「良いよ、でももう大丈夫? 手もだけど、顔真っ赤だよ?」

 総一の手は一応自分で応急処置した包帯が巻かれていたが、泣いていた為真っ赤だ。

 流石に総一は笑ってしまう。

「あはは、大丈夫だよ、診療所に戻る頃には落ち着いてるでしょう。それとお願いあるんだけど?」

「何?」

「さっきの子がぼくの息子なのは分かってくれたと思うんだけど、暫くここに預かってもらうことになったから、理美ちゃん、冬美也と友達になってくれるかい?」

「うん! そのつもりだよ!」

「ありがとう、それじゃあね」

 総一は手を振って、理美もそれに返すように大振りで手を振った。

 理美は総一が帰った後、治療室にいる冬美也を見に行くと、ずっと座り込んだまま、寂しそうにしていた。

「どうしたの? やっぱり具合悪いの?」

「……違うよ。ただ、よく分からなかったから、あの人、父さんを困らせたり、周りの人もぼくを見て困っていた気がした」

 冬美也には記憶が無い。

 だが、人の雰囲気や顔色はより敏感のようで、理解しているようだ。

 少し前までは理美もそんな感じであったが、今は逆にそこまで気にならなくなった。

「そうかな?」

「君も、理美にも困らせてる」

 理美は正直困ってはいない。

 寧ろ驚いて、どうすれば良いかと必死に考えての行動だ。

 こうなるとどう話せば良いのかと考えるも、理美はあえて冬美也に聞いてみることにした。

「冬美也はどうしたいの?」

「えっ? それってどう言う意味?」

「何か望みって言うかなんて言うか、せっかくここに来たんだから何したいのかなって? あれ? 記憶無いから該当しないのか?」

 ディダの話を思い出しながら話してみるが、今回は冬美也が記憶喪失な為、これは該当しないのではと今更気がついた。

 そんな事を考えている理美に対して冬美也は理美の手を掴んで言った。

「じゃぁ、理美ここにいて」

「それで良いの?」

「うん、何かしたいとか無いからせめて」

 笑顔で理美は言った。

「良いよ」

 嬉しかったのだろう、今まで寂しい顔や無表情だった冬美也から笑顔が溢れた。

 その時、アリスが入ってきてすぐに言った。

「こらぁ、あんたら、何してんのよ? まだお子ちゃまでしょうが!」

 どう言う意味かさっぱりな理美にはそんな事より何しに来たのか聞く。

「アリス、何しに来たの?」

「寧ろ私が言いたいわ、冬美也君の体調大丈夫そうだし、ここに居ても気が滅入るでしょ? 少し園内歩き回っておいで、理美ちゃんが案内すると変な所まで行きそうだから引率するわ」

 アリスは冬美也の体調を聞いてから、少しでも気晴らしの為、園内を案内兼歩き回らせる事にした。

 だが、理美は最近明るくなって園内で居てくれる事は有り難いが、あの時の隠し通路の件で無闇に入るようなってしまった為、ある意味目が離せないのだ。

「えぇぇぇ」

「何回変な場所見つけてると思っているの」

 ほぼ把握しているアリスでもたまに意味の分からない場所から出てきて驚かされたのもあり、かなり慎重だった。

 この後、一通り見て回る。

 事務室、脱衣場、食堂、遊び部屋、勉強室まである。

 その中で冬美也が興味を示したのは、図書室だった。

 特に難しい本等を手に取って見たり、分からないとアリスに聞いたり等して時間が過ぎて行く。

 理美はこの空間に入れそうにもないと判断して、冬美也に言うおうとしたら、逆に冬美也が理美を誘ってきた。

「この本面白いよ」

「いや、分からん、漢字多いだけでも大変なのに英語分からん」

 必死に断る理美を見て、何故か笑顔で冬美也が教えようとグイグイ来る。

「なら教えてあげる」

「お、おう」

 それを見ながらアリスはこう思っていた。

『この様子だと生活に支障が出るタイプの記憶障害じゃなさそうだし、暫くすれば馴染んでくれそうね』

 冬美也の様子からして自身を覚えていないだけで生活や学力に影響は無いと判断出来た。

 結果としては理美がついて行けずに途方に暮れる羽目になったのだった。


 昼になると、お昼ご飯で小さな子供達も集まってご飯を食べる。

 理美は漸く解放され、眞子に今日のご飯を聞く。

「眞子さん、今日のお昼何?」

「今日はお味噌汁とおにぎりにおかずは卵焼きと漬物だよ」

 そう言いながら眞子は理美にお昼ご飯を渡す。

「何を貰ったの?」

「ご飯、あれ? 朝食べてないっけ?」

 理美は診察後に食べてるとばかり思っていたので意外だった。

「うん」

 眞子は時間帯もあってか、お腹空いていればすぐに出す予定ではあったが、やはり中途半端な時間な為、今になったのを教えつつディダに聞かされている為、アレルギーは大丈夫だろうと分かるが、今理美と同じ食事ではまだ無理だ。

「変な時間で起きた訳だし、ディダ神父経由でアレルギーは無いって総一さん言ってたけど、いきなり固形物を取ったら体に悪いし、少しずつならす為お前さんは粥だよ」

 冬美也にはかなり煮込まれ水多めの粥を渡した。

 好きな場所を座って食べる事した。

「いただきまーす」

「……? いただきます」

 理美に釣られてながら言い、冬美也もお粥を口にした時、まるで今まで食べていなかったのか、胃が求めるのを本能のまま受け入れ、口に放り込む。

 流石に理美は自分の時はそこまでならなかったので、冬美也の食べ方に驚いて手が止まって見てしまう。

 しかし、がっつくあまりに気管に入ったのだろう、冬美也は大きく咽せる。

「ゲホッ、ゲホッ‼︎」

「ふ、冬美也だいじょうぶ⁉︎」

 近くで食べていたディダが咽せているのに気付いてやって水を持ってやって来た。

「口に入れ過ぎだよ。ほら、水飲んで。後、そこまで口に入れなくても、無くならないからゆっくり食べて」

 水を貰った冬美也はすぐさま飲み干した。

「うぐっ、うぐっ……プハッ!」

 それからは冬美也もゆっくり食べ、理美も落ち着いて食べ出す。

 ご飯後はまた自由と言いたい所だが、理美の勉強を教える為、晴菜がやって来た。

「ごめんください、晴菜です。理美ちゃんの勉強教えに来ました」

 勉強嫌いの理美はすぐに逃げようとするも、絆も来ていた為捕まった。

「ひっ! 来た!」

「ダメですよ。理美様と……誰ですか?」

 絆は冬美也に気付くも、冬美也の方が理美に隠れてしまう。

 ディダは晴菜に理美が拾って来たと説明しつつ、晴菜の耳元で事情を話す。

「理美ちゃんが拾って来たです。総一さんの行方不明だった息子さん、らしいです」

 晴菜も知ってたので、同じように聞き返した。

「そうなんですか⁉︎ アメリカで行方不明になったんじゃ?」

「えぇ、僕も驚きですが、写真見せてもらいましたけど、本当に生まれ付き銀髪なんですよ」

「苦労してなったんじゃないんですね!」

 まさかの髪色についての会話となった。

 一体何の話をしているのかと絆が呆れてしまう。

「何してるんですか? 晴菜様、今日も理美様のお勉強教えに来たのでしょう?」

「勉強嫌い」

 嫌がる理美に対して晴菜も頑張って勉強の教材を買ってきてくれたらしく、相当優しい算数や国語を持って来てくれたようだ。

「そう言わずに、ほら、今日は簡単なのチョイスしたから、ねっ?」

「うぇぇぇ」

 どうしてもしたくないと訴える理美を見ていた冬美也が言う。

「理美」

「な、何?」

 下手したらこれだと呆れ嫌われてしまうと、今更気付き内心緊張が理美に走るも、意外な言葉が返ってきた。

「ぼくも一緒に勉強するから、やろう?」

「うぇぇぇい」

 もう逃げ場がなくなってしまった。

 こうして勉強会が始まった頃に、ある人物が訪ねてきた。

「頼もー」

 玄関先にディダが出た。

「あれま、珍しいジルじゃん。今日は何しに?」

 そうジルがやって来たのだ。

「ジジイにほれ頼まれてた理美の戸籍通ったてよ。管理者同士の繋がりがってこそ、すんなり出来たようだけどな」

「おぉ、良かったコレで色々出来るようになるよ。特に医療保険とか」

 ディダ的にそっちが1番デカかったようだ。

 ジルとしてはそれは無いから分からず仕舞いだ。

「アメリカじゃそれ無いから知らん。自己で掛けるヤツだし」

「とう言うか、坂本さんが来ると思ってた」

 そう言いながら、中へ通した。

 丁度応接間の方で、仕事をしているアダムがいた。

「なんだ? 坂本じゃないのか⁉︎」

 やはりこう言う反応になるなとジルは思いつつ理美の戸籍等の書類を渡す。

「はいはい、本当は坂本行く予定だったんだけど、なんか不法入国したと思われる子供が保護されたって案件で、捕まった」

 2人は何かを悟った。

「そうか……」

「あの人ならやると」

 ジルが流石にツッコミを入れる。

「そっちじゃねぇよ、調べる側だ。後斎藤も死んだ目になってた」

 その斎藤と言う人物にはアダムでさえ同情した。

「なんで坂本関わるとあの人も捕まるんだ?」

 ディダも知り合いのようでブラック気質な部分につい言ってしまう。

「生真面目が裏目に出過ぎでしょ? 日本人って可哀想」

「別の課じゃないのかアイツ?」

 アダムは知っているのかそう呟くも、ジルがそれについて言った。

「どうやらその子供、ある国の官僚の娘だったって話でニュースに出来ない話で、それに対しての対応してる」

 その話をして良いのかとか色々あるのだろうが、管理者同士のコミュニティあってものだろう自然とそういうのはあまり気にはならないが、寧ろアダムはやってしまったと口にし、ディダも顔を押さえてしまう程だ。

「……しまった。余計なことをしてしまった」

 ジルは何も知らず聞くと驚くべきものを聞かされた。

「どうしたんだよ? 2人とも?」

「ちょっと、理美ちゃんが同じような案件で1人拾って来ちゃったんだよねぇ」

「で、その子供が総一さんの息子さんでな、アメリカで行方不明になったのに何故か日本にいて、それに詳しい人をと言う訳で、頼んでしまったんだよ……斎藤に」

「斎藤、死ぬなよ仕事で」

 アダムはジルにその為に来たのでは無いとわかって聞いた。

「で、お前が来たのはそれだけではないのだろう?」

「そうそう、こっちはこっちで仕事案件。国外に逃げ出したヤバい系の犯人が日本に来たって聞いて探してるんだけど、アヌビスが何か気配を感じて……ね?」

 ジルがこっちを見たので、ディダは離れることにした。

「分かりました。ちょっと外回りしてきます」

 ディダが出た後でも気配が消えるまでずっと待ってから、アダムは聞いた。

「で、何があった?」

 ジルは本来の事情を話す。

「理美はともかく、あんたが気付いてないって事はこの土地の加護のせいかもしれないな。“番人”の気配が消えた。探しに行く途中で坂本に頼まれたものを持ってきたんだよ。でどうする? 今日は行っても日が暮れそうだけど今行く?」

 今から探しに行くにしても何時間も掛かる、見つけた所で帰るのも一苦労だろう。

 そう考えるとやはり無理だ。

「いや、明日だ。下手にこの時間で見つけられずにここに戻るのはキツイ」

 ここで、先程の話に戻り、その娘が話しの内容を伝えた。

「明日ね、それと、さっきの話の続き、保護された娘さんが言うには複数の子供らとデカい大男と居たが途中逸れたとか爆発したとか、で多分、真実だ」

「……やはり今行くべきか」

「だから見つけても帰るの遅くなるだろう? あんた一応ジジイなんですよ?」

 悩みもするも、今の歳では不可能と判断し、諦めるも、ジルも下手に動き回る気もないのだろう。

 ここの村には宿泊施設は無い。

「分かっている、全く、で泊まる場所は?」

「めんご! ここに泊めてください!」

 都合良くここを泊めるなんて自分に決断する事は無い。

 アダムは言ってやった。

「……アリスに聞け」

「ひでぇ! アイツ苦手なんですけど!」

「何が苦手なんですか?」

 驚くすぐに泊めてもらおうとジルは言った。

「うおう! 暫く泊めて!」

 アリスはジルに伝える。

「手伝え、働け、働かざるもの食うべからず、働かないものに泊める気は無い」

「は、はい」

 労働無くして食は無し。


 学校組が帰宅して、早々何か居るのに気付く。

 廊下掃除をしているジルを見て晶がアリスに聞いた。

「アリス、あの人誰?」

「アダムの知り合いのジルさん。この辺宿無いから労働しないと泊めないからここ」

「大人に厳しいね、相変わらず」

 ただし、アダムは怖い象徴です。

 加奈子は理美について聞いた。

「そういえば理美ちゃんは勉強してるの?」

「してるわよ、晴菜さんが見てる」

 1人の子が理美が拾って来た冬美也が気になっていた。

「後、あの噂の拾って来たって噂の子供は起きてる? 見たい」

 他の子達も拾って来た話は聞いていたので、知りたいようだ。

 アリスはどこに居るか教えるが、冬美也に記憶が無いので釘を刺しておいた。

「見せ物じゃ無いわよ。今一緒に勉強してるし、後、あの子記憶無いらしいから質問絶対しない事」

「はーい」

 そう言って、荷物を置いて理美が居る場所へと皆こっそり見に行った。


 勉強に集中させる為に時書類しか置いていない勉強部屋を覗けば、晴菜が困り果て、理美に至っては一体何が起きているのか訳が分からず思考が宇宙に行ってしまう。

「ふ、冬美也君。これは算数だからね? 数学じゃないの」

「えっ? どう言う事ですか? こうじゃないんですか?」

『分からない、何がなんだか分からない。冬美也が算数に知らないモノを書きまくってて話が分からない』

 回りも困り果てる晴菜と思考を別の所へやってしまった理美を見て、入るには入れない。

 掃除途中のジルも子供達を見て、覗けばなんとなく事情を察し子供達をかき分け、冬美也が書いたノートを覗いて話に入った。

「あー、これね、記憶無いけど能力は全然衰えてないのね」

「あのあなたは?」

 春菜に名を聞かれ、意気揚々とジルが答えようとした時だ。

「俺? アダムの――」

「ゾンビの人!!」

 怯える理美に春菜に疑いの目で見られ、このままではいけないと判断し、ジルは理美に聞いた。

「理美、誰に聞いた?」

「ディダ」

「よし、後で絞める」

 外回り中のディダはくしゃみをしながら、もう暫く帰らないほうが良いと判断した。

「あ、あの……」

 不安がっている晴菜を見て思い出して説明をするも、未だに怖がられていた。

「すいません、アダムの知り合いのジルです。ちょっと暫くここに泊まらしてもらう事になって、それで手伝いしてます」

「そ、そうなんですか……」

 冬美也は皆の反応に怖がっているので、ジルが言った。

「ぼくはそんなにおかしいの?」

「おかしくない。寧ろ凄いヤツ、天才って言葉に相応しいって事」

「天才って科学者とか偉い社長とか?」

 理美の言葉には色々言いたい事はあるものの、あながち間違いでも無い。

 とりあえず、ジルは冬美也について話を始めた。

「まぁ確かに分野として見ればあながち間違いじゃない。ただ、冬美也の場合は他の人とは違って頭の桁が違う。ほら、覚えてはないが体が覚えているのかはたまた頭の回転が速いのか、既に高校レベルの数学をし始めている」

 その話を聞いた理美は図書室であった事を思い出す。

「あっ! そういえば、お昼前に図書室で分厚い数字の本とかいっぱい読んで話してくれてた」

「多分それで応用して数学出来たんだろう? 前からコイツ大学生だし」

 その内容に再度理美が自身の思考を宇宙へ飛ばす。

「んっ? んー?」

「理美ちゃんは知らないのかしら、アメリカでは飛び級制度あるから、でもそれも試験とかあるから頭が良くても結局それで通らない事が多いし」

 飛び級制度で飛び級は出来るが簡単では無い。

 やはり色々試験やテストもあり高卒資格みたいなのも取らないといけないが、それすらすんなり受かったのだろう。

「かなり偏差値高い学校もあってもそれ超えてるからな冬美也は」

 しかし何故冬美也を知っているのかとつい晴菜が尋ねた。

「ジルさんは良く冬美也君の事ご存知ですね」

「いやぁ、俺も今はアメリカに住んでるし、州一緒だし噂も入って来るんですよ」

「へぇー」

 すると晶がやって来て早々冬美也にお願いし始めた。

「すんません! 宿題手伝ってください!」

「自分でやんなさい!」

 流石に加奈子がツッコミを入れた。

 結局そこで勉強会もお開きとなり、冬美也をどうするかで話し合いもあったものの、理美とは違い、丁度部屋も空いていない。

 仕方がないので、まだ体調も万全でもないと判断し、今日は治療室で1人、寝ることとなった。

 ディダも冬美也が寝付くまで付いていると理美に伝えた。

「理美ちゃんも色々疲れただろうし、部屋で寝てね」

「えぇー、でも、冬美也1人嫌だって言ってたし」

 確かに1人にするにはなにぶん不安はある。

「大丈夫、僕が冬美也君が寝るまでここで待ってるから、それに毎度どっかに消える君対策で時間帯変えたし」

「申し訳ないです」

「うんうん、ならちゃんと寝てね」

 そう言って、理美を部屋に促した。

「はーい、冬美也」

「な、何?」

「おやすみ」

「う、うんおやすみ……」

 理美は笑って、自室へと戻っていった。

 ディダと2人きりになった冬美也は少し不安そうだ。

「眠れないだろうけど、眠れるまで待ってるし、なんなら何か本とか用意しようか?」

 かなり気を遣ってくれてるのは見て取れる冬美也はつい遠慮した。

「いえ、大丈夫です」

「そっか」

「理美はいつから居るんですか?」

「1ヶ月前からかな? ちょっと色々あってここに居るんだよ。慣れてくれ良かったよ。慣れなかったら、別の候補の児童養護施設に行く所だったし」

 ここで初めて、理美がここに来て浅い事に気付く。

「……?」

 冬美也の怪訝な顔に笑ってディダは話す。

「不思議そうだね。後は友達が出来れば最高だし、運が良ければ新しい家族とかに迎えてくれれば良いんだけど、そこまで欲張らずにとりあえず好きな事見つけてくれれば良いなって思ってる……って寝ちゃったか」

 ふと覗けば眠っていた。

 それもそうだ、記憶が無くとも気を遣って過ごしていたのだ。

「おやすみ、冬美也君」

 ディダはそう言い残し、夜回りを始めた。

 

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