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誕生日[後編]

 少しだけ遡り、理美が大人しく部屋のベッドにいた時だ。

 雨音に混じって猫の声が聞こえてきる。

 理美は少しだけのつもりで廊下に出て、声の主を探すと空き部屋の窓の外から聞こえて来た。

 窓の外の下を見るとずぶ濡れになった猫が居た。

「どうしたの? 今誰も居ないからおいで」

「なっ! ニンゲン⁉︎」

「大丈夫だよ、ここに今いるの私だけだよ」

「もしや、はなせるのですか?」

「うん、おいで、止むまでで良いから」

「おことばにあまえて、ほらあなたたちも」

 子猫達が一斉に上がり込んで、ありがとうと鳴きながら濡れた体を振るった。

 そうして止むまでのつもりで招き入れてた。

 マルスか総一が来てからでも話そうと思ってた時だ。

 母猫からある事を尋ねられた。

「すみません、じつは、もうひとりいたのですが、ちかくでクサカリをしているニンゲンにオドロいてどこかへはしってニゲたのですが、そのさいにハグれてしまい、ここにいるとおもったのですが……」

 どうやら、この近辺で草刈りをしていた住民に驚いて皆逃げてしまい、その際どうしても1匹だけ見つからなくて困っていた。

 理美も流石にここから出ていない上、今日の事なのかすら分からず、この辺で初めて猫を見たのも今だ。

 正直に話す事にした。

「だから必死に探していたんだね、子供。ごめんね、見てないし、ここから出てないから分からない」

 落ち込む母猫だったが、踏ん切りを付け、ある事を言った。

「でもシカタがないです。どんなにダイジでもウンメイです。あきらめます」

「諦めるって⁉︎」

「イキルはタイヘンなのですよ。どんなにダイジにそだてても、ビョウキ、テンテキ、そのほかモロモロあってこうしてオトナになれるコはとてもスクない。このこたちだけでもひとりだちするまでがんばります」

 昔クマ達から動物達の話を聞いたのと一緒だ。

 動物達も病気とか怪我した時は人間の言う病院は無く、親から教わった知識や少しでも得られた情報を駆使して治したり、ジッとする事で回復するが、どうしても治せないモノに関しては運命を諭し死ぬと言っていた。

 特に子供の内に天敵に襲われれば全力で守るも隙をつかれれば、もう不可能だ。

 それに時間が経てば経つ程に生きているか分からず、下手に動き回れば他の子供の命も脅かす。

 だから見切りを付ける必要があると言われた。

 理美も十分に分かっていたが、どうしても母猫の落ち込む姿は見ていられなかった。

「なら、私が見つけてあげる!」

「えっ⁉︎ ダメですよ、それにネコだけじゃない、ドウブツのコドモはケイカイシンがつよいのです。それに、あなたもコドモ、オトナをシンパイさせてはいけない」

 母猫が流石に子供の理美に対して必死に諭そうとするも、理美は話す。

「大丈夫だよ、その子だって誰も居なくて辛いと思うし、私にも痛いほど分かるから、運命とかで諦めないで」

「ですが……わかりました、あのコはホカのコとちがいまっしろなコです、どうかおねがいします」

 悩んだ末、理美に頼む事にした。

「任せて」

 そう言って、出ようとしたが、アースに止められた。

「ダメよ、理美。あなたが出たら皆が心配する。私も心配してるの。ずっとあの時から」

 ずっとずっと心配してくれていたのだと理解したが、理美には埋めれない溝が深く、悩んでいた。

「だからだよ。私、いまだに居場所無いんだ。お母さんにお兄ちゃんにまで忘れられて、回りにも忘れられて、漸く理解してくれる人が現れても、時間がズレてて皆について行けなくて、自分が気味悪くって、凄く息苦しい」

「理美、それでもあなたに何かあったら」

 アースが理美の腕を掴むも、理美は笑ってその手を優しく解く。

「うん、でもね、猫さんはちゃんと自分の子供覚えてるんだよ。きっと迷子の子猫も覚えてる。だからせめて会わせたいんだ。ごめんね」

 そうして理美は雨の中、裸足で飛び出した。

 本来なら長靴を履くべきなのだが、とりあえずとお下がりの靴以外はまだ貰っておらず、何より長靴を履いているのを見られれば大人達に止められるのを分かってのことだ。

 それに山の方へは行っていないだろうと思ってすぐに戻るつもりだった。


 こうして現在に至る――。

 丁度、田んぼ道を歩きながら子猫を探すも、雨のせいで視界と音が遮られ、よく分からなかった。

 そんな時、マルスの声が聞こえ、驚いて下り坂になった側溝の方へ隠れてしまった。

「理美ちゃん! 何処だ⁉︎ この辺じゃないのかな? おーい‼︎」

 雨のせいで隠れたのに気づいていないようで、そのまま走り去っていく。

 側溝はもっと下にあり、草叢に入ったので見つかりはしなかった。

 申し訳なさはあるが、ここで捕まればきっと戻され結局子猫は見つからず終わってしまう。

 とにかく早く行こうとした時、下の方から何かが出て来た。

「うぉ⁉︎ リミじゃん! ここにいたんおどろいた!」

 狸が理美を見つけて驚き、理美も驚いた。

「おぉぉ! タヌだ!」

 先程の声で気付かれたかと思って、登って確認するも、もう既に誰もいなかった。

「リミ。クマにきいたぞ、ニンゲンのサトにいるって、でもなんでこんなトコロに?」

「実は――」

 今までの事を全て話す。

 タヌは全て聞き終え、子猫について思い出した。

「――はぁぁぁ、コネコねぇ。あっ! そういえばあっちのヤマのナカにまっしろなコネコみたわ」

「どこ!」

「あっちですけど」

 タヌは前足を上げそっちの方と教えてくれて、理美は礼を述べてすぐさま山の中へと入ってしまった。

「ありがと!」

「ちょっと! まって、いまじぶんもいきますから!」

 さすがにこれはやばいと感じたタヌは一緒についていく事にし、必死に追いかけた。


 翼園にて、総一が到着早々に理美が行方不明になった事を聞かされ、驚愕した。

「な、なんだって⁉︎ なら自分も探しに――!」

 すぐさま出ようとしたが、アリスに止められる。

「大丈夫です、寧ろここにいて下さい。あの人らなら見つけて来ますんで、無事に戻って来たら理美ちゃん見て欲しいんでお願いします」

「ですが、万が一……」

「あなたまで行方不明になると1番困るのは、あなたのご家族でしょうが!」

「は、はい、そうだ。あのぬいぐるみって直しました? あの千切れ具合なら少し補強が必要かなって、ここに寄る前に、雑貨店で布買って来たんです」

 アリスに説得され、冷静に戻った総一は持っていた紙袋から熊のぬいぐるみの色と同じ系統を何枚か買って来てくれたのだ。

 これにはアリスも喜んでおり、本当は使わなくなった服や切れ端等を探していたのだが、コレといって丁度いい感じなのが無かった。

 だが、同時に今大変な事になっていたのを思い出す。

「おぉ! 丁度良いの無かったんで助かりま、しまった! 今、晴菜さんが持ってたんだった!」

 そう、晴菜が持っているのだ。

 最初は直してるのなら別にと思って総一が言い掛けるのをアリスが阻止した。

「えっ? 直してくれてるんなら――」

「違う、あの人、凄い仕事出来るけど、それ以外ガチで駄目な不器用人間なの!」

 晴菜の不器用は料理だけでは無かったのだ。

 今までの事を思い出し総一もつい声が漏れる。

「……あっ」


 聖堂にて、ここは住民も通う場所となっており、小さいながらも広い作りになっていて、十字架も飾られ細長いステンドグラスもある。

 皆が座る長椅子の一つに晴菜が座っていた。

 しかし、何かがおかしい。

 必死に何かを頑張っているものの、動作が明らかに大袈裟でもあり、ぎこちないのだ。

 そして晴菜は自身の不出来に悲鳴をあげた。

「きゃあぁぁっぁ‼︎」

 悲鳴を聞きつけたアリスと総一が聖堂へ入った。

 総一が晴菜に聞く。

「どうしたんですか⁉︎」

「こ、これ……」

 あまりの酷い熊のぬいぐるみがそこにあった。

 途方に暮れた目で呆れ返るアリスはつい本音を溢す。

「あぁぁ……これは、酷い」

「晴菜さん、ぼくが直すので触らないで」

 優しい顔をした総一ではあるが、少々オーラに般若が見え隠れしており、これには晴菜も反省するしかなかった。

「ごめんなさい」


 改めて裁縫箱に、茶色の糸、先程買った布を組み合わせながら縫い合わせ、着々と元に戻し、総一は晴菜に言った。

「もう、やるならこんな所じゃなく、事務室にしてくださいよ。あそこ応接間あるんですから」

「すいません、でもあそこだといつも子供達が行き来するので、危ないんです。空き部屋に居ても入って来ますし、ここだと何故か子供達来ないんで」

「子供思いなんですね」

「でも、いつも裏目に出ちゃって、あはは」

 晴菜の乾いた笑いが聖堂に響くも、すぐに静まり返り、縫う音も静かだ。

 雨音だけが聞こえる。

 流石に会話が無いと場が持たないと感じた晴菜は、理美の話をした。

「理美ちゃん、初めて見た時、なんか来たての子とはまた違う感じで、しかも絆ちゃんが教えてくれた木苺の群生に居たんです」

「あの子、ちょっと変わってますけど、多分根は良い子なんですよね……ぬいぐるみ壊されて怒りで錯乱してただけで、我に返って今度は混乱し始めて、仕方がないですよ。自分もそれに近い事、上の息子にさせましたから」

「上の息子さんって?」

「現在も行方不明になってる冬美也の方です」

 総一は裁縫しながら息子の話しを始めた。


 数年前、アメリカ――。

 外科医として腕のある総一は総合病院の一つだけでは留まることは無く、依頼があればすぐ飛んで暫く帰って来ないなんてざらで、そして今回は何度目かの日本の大学病院からの依頼で出張となった。

 ほぼ数年契約である為、何かあっても抜ける様な事もあちら側が勝手に辞めさせる事も出来ない規約になっている。

 最初の内は家族で良く話し合ったし、冬美也も最初は良いとも言った。

 しかしその時点で総一は気付くべきだったと反省していた。

 でも決まってしまってからは冬美也を見る事も出来なくて、行く為の準備で忙しく放ってしまった。

 日本に行く前日に、冬美也が言ってほしくないと言い出したのだ。

「お父さん、行っちゃやだ」

 リビングで皆がひと段落ついた時、あとは出発するだけとなっていて、皆休んでいたので、急にどうしたと総一は冬美也に声を掛け、状況を説明しつつ説得する。

「どうした? 行っちゃやだって言っても、話しただろう? あっちにもそれで話通してしまって今更変えられないんだ。長期休み取ったら戻るから、それまで我慢してくれないかい?」

 今まで我慢していた冬美也が不満をぶつけた。

「やだ! なんで、知らない人治しにお父さんがあちこち行かなきゃいけないの! お母さんもなんで動物の事調べるからって何ヶ月も居ないし、ばあちゃんもあまり家にいない、もうやだ……こんなの家族じゃない!」

 ずっと1人にしていたのだと、妻と総一は気付き、なんて言えば良いのか分からず、今は契約を破棄する不可能だ。

 違約金は発生しなくても、信用はされなくなるだろう。

 それどころか、待ってくれている患者を考えれば到底断るなんて出来ない。

「冬美也、今から無理だなんて不可能なんだ。分かってくれ、その仕事が終わったら暫くは――」

「うるさい! どうぜ、僕のことなんかどうでも良いくせに‼︎」

 冬美也は泣きながら走って部屋に閉じこもってしまった。

 あんな風に言う様な子では無かった。

 ただ、冬美也を追い詰めたのは自分だ。

 冬美也からすれば、きっと我慢していれば良い子なんだと思っていたのだろうが、言わないと伝わらないのも理解して、初めての反抗だったに違いない。

 その後、総一は部屋に入ろうとするも一切入れようとせず、唯一入れたのは妻である衣鶴(いづる)だけだった。

 衣鶴に話しを聞いたが、どうやら友達に相談していたようで、このままじゃ駄目だと言われたそうだが、怒りよりも本当に申し訳ない気持ちが大きく、寧ろその友人に感謝しないといけないほどだ。

 結局、出発日もろくに話せず、必死にちゃんと戻ると今度は考えてこの近場以外では働かないと言ったが、口を開く事はなく飛行機に乗り込んだ。

 何度か連絡を取るも、段々忙しさが増して1日1回電話出来れば良い方と、時差関係のせいもあったが、ますます距離を感じてきた。

 その2年後、事件が起こった。


「――近所に住む友人のご家族がご厚意で冬美也をキャンプに連れて行ってくれて、その時銃乱射事件が起き、友人のご家族はその犠牲に、ただどう言う訳か冬美也だけがそこに居らず、行方不明のまま、一度戻って探しに行こうとしましたが、事件の調査中もあって入れず、戻るしかなかったんです。ですが、その後にアメリカに居たのに手術ミスをした事にされ、騒動が起き、上の人と一悶着してしまって、契約が切れるまでここに飛ばされたんです」

 総一の話はここで終わりまた雨音だけの空間になり、どう話を返せば良いか分からずにいたが、晴菜は言った。

「だからここへ、でも、皆さん総一さんが来てから相当変わりましたよ。とっても良い意味で、それにもうすぐ期限も終わるんでしょう? 出来る医者が居なくなるととても心配ですが、早く帰ってあげて下さい。きっと息子さんは生きています、多分あなたに会いたがっています」

 励ます為の言葉だったが、総一も半信諦めてもおり、涙が溢れてきた。

「……だと良いんですが、もう1年経ってしまっているんです。もしあれだったとしても、見つけてあげないと」

 せめて、亡骸でも良いから見つけてあげたいそう思っても、決してその言葉だけは選ばずにただ見つけたいのだと言う意思だけを伝え、晴菜もそれ以上言えなかった。

「総一さん……」

 場の空気が重くさせてしまったと気が付き、総一は無理して笑って、縫い場所を見つけ、縫い付けを始めた。

「ほ、ほら、ぬいぐるみちゃんと縫い終わりましたよ。っと良く見たら、ほつれてる場所も幾つかあるんでそこも縫っちゃいましょう。それに今は理美ちゃんが無事であることを祈らなければ」

「そうですね、無事に帰って来て欲しいです」

 晴菜はそう祈りながら、外を眺めるも雨がより一層強まっていた。


 理美はタヌと共に山の方へ白い子猫を探し回っていると、何かの視線に気付き、振り向くとクマが立っていた。

「わっぁぁぁぁぁ‼︎ ってクマ!」

 本気で驚き尻餅をついてしまい、タヌと言えば、失神しかけてました。

「ワレ、しんだかとおもうた」

 クマは雨の中、たまたま理美を見つけて来てくれたようだ。

「ごめんて、てか、アブないのになにしてるんだい!」

「白い子猫見ませんでしたか! その子見つけて帰るからちゃんと!」

 こうなると曲げないのを長年の付き合いから分かっていたクマは渋々了承するしかなかった。

「あぁ、こうなるとキかないし、むこうでナいてたよ」

「クマ、ありがとう! それじゃ」

 理美は礼を述べてすぐさま、クマが鼻先で指した向こうへと走った。

 クマも向かおうとするも、木苺の群生の所で感じた気配をひしひしと感じ、やめて逃げるか考える。

「あっ、コラ! あぁもう! やばいケハイもあるのに!」

 結局自分の足の方が人間より速いので理美について行く事にした。

 ものの数十秒で理美に追いつき、理美を咥え背中に乗せた。

「クマ!」

「こんかいだけだよ! まったく」

「ありがとう」

 タヌもこっそりクマの上に乗って思った。

『ほんとうに、クマのアネさんはあまいからなぁ、まいどそれいってるキがする』

 そうして、ある所で微かに聞こえる子猫の声。

 クマはそちらへと向かうと、茂みの中で必死に鳴き続ける白い子猫の姿があった。

「あたしがいくとにげるから、リミあんただけいきな」

「うん」

 理美は子猫が逃げないよう、ゆっくり近付き、声を掛ける。

「子猫ちゃん」

「ひっ! ニンゲン⁉︎」

「大丈夫だよ、お母さん待ってるよ」

「……ほんとう?」

「本当だよ、おいで、一緒に帰ろう」

 理美が白い子猫を抱き抱えた時だ。

 凄まじい揺れを感じた。

「やばい! どしゃくずれだ!」

 クマが走り出し、理美を咥えようとしたが、土砂崩れは思いの外速く、こちらに流れてくる。

 理美は瞼を閉じ、子猫を守ように必死に抱き抱えたまま動こうとしない。

 タヌは見ていられず、隠れてしまう。

 土砂崩れの範囲はかなりのものだった。

 酷い揺れと濁流の様な中、土砂崩れは理美とクマを呑み込んだ。

 だが、あれから飲み込まれた感覚もなく、理美は恐る恐る瞼を開けた。

「うぉ⁉︎ 何コレ⁉︎」

「それはあたしがききたいよ!」

 大量のしかも太く大きな木の根が、幾つも折り重なって、理美とクマを護ったのだ。

 あまりの衝撃的な状態に放心していたが、すぐさま我に戻る。

「理美ちゃん‼︎ 何処だ‼︎」

「この先、土砂崩れが起きている。幸い村までは到達してはいないが、ここに居たら」

「縁起でもない事言わないでよ!」

 ディダと絆の話し声だ。

 急いで出ようにも、木の根が返って邪魔で何とか出ようとしたら、今度は木の根が自分達を上へと上げてくれた。

「凄い……!」

 理美はあまりの凄さに驚いていると、クマが何かを感じ取り理美を咥えようとしたが、一瞬殺気があるのを諭し、上がった直後に逃げて行った。

 逃げ出したクマに声を掛けようとしたが、すぐに影が自身を囲ったのに気付き、上を見たらディダと絆が怒り半分、心配半分の顔でこちらを凝視していた。

 怒られるのは当然と諦め、大人しくディダと絆に謝罪した。

「ごめんなさい」

「流石に今回は肝が冷えたよ」

「ここで叱っても、また土砂崩れが起きるかもしれない、戻りましょう」

「そうだね、理美ちゃん靴履かずに出ないで、下手したら傷口に汚れが入って病気になるから」

「……はい」

 ディダと絆は怒りよりも安堵が増して、とりあえず連れて帰る事にした。

 戻っている道中でマルスとアダムが合流し、アダムは無事だった事に泣き出してしまう程だ。

 改めて、自身がやった行いに反省と後悔するも、どうすれば良かったのかと落ち込むしかなく、結局迷惑しか掛けない存在だと感じた。


「今戻りました」

「理美様も子猫も無事です」

 ディダと絆の声に残っていた大人達が一斉に玄関先へと向かった。

 アリスがバスタオルを持って理美を拭く。

「良かった! 理美ちゃん無事で! てか、子猫もずぶ濡れ、この子の家族はとりあえずゲージに入れてあるから一緒にしてあげるわ」

 理美が抱えている白い子猫を見て、ついでに別の古びたタオルで拭いてあげ、そのままアリスが預かり、母猫や兄弟猫達のいるゲージへと連れて行った。

 本来ならここで礼を述べるべきだったが、何を言ってももう信用はされないと理美はこれ以上話せなかった。

 自分がしでかした事と、理解し叱られるのを待つ。

 後はもう、絶対感情を露わにして皆を迷惑かけない、決して欲を出したり、我儘言ったり、辛くて逃げ出したり、とにかく己自身を出さないと決め、せめて迷惑と感じさせない様に兄みたいに臨機応変は出来ないが、何も望まぬようにしていこう。

 理美には上手く話す力も無ければ、皆を納得させる実力も無い。

 出来るのは前と同じになればいいという事だけだ。

 皆、理美が無事だったのを喜ぶも、やはり心配した分怒りもあった。

 ただ、下手に感情をぶつければ、今の理美なら殻に籠り、出てこないのも容易に想像出来た。

 今はどれだけ危険な行動だったかを理解させる必要があった。

 それをまず理解出来るまで話すしかないと、アダムもディダ達もそう思って口にはしない。

 ところが、晴菜だけは違っていた。

 理美の感情が消え、無に等しい、このままでは同じ様なことを何度も繰り返しかねない、もっと言えば、今まで大人に迷惑をあまりかけて来なかったのでは無いだろうか。

 もっと素直に感情を出して欲しい、どうすれば良いのか、話し合うにしてもきっとまた塞ぎ込んで心を閉じ続け、大人になる頃にはどうすれば良いか分からない人間になってしまう。

 晴菜は思い掛けず、両手で理美の両頬を叩き、本気で叱ったのだ。

「理美ちゃん! どうして皆こんな顔してるか分かる⁉︎ あなたを大事に思っているからよ! あなたに何かあったら怖いの! 動物の命も大事よ、でもそれと同等にあなたの命もとっても大事なの! 愛してるのよ!」

 久しぶりに叱られたのを理解し、理美の目から涙が溢れ出る、本当ならここで謝らなくてはと声を出そうにも、声が出ない。

 それでも、無事で本当に良かったと晴菜は抱きしめた。

 初めて生きていると言う感覚が身体中に巡り、理美は泣き出した。

「……うぐっうぅ、ああぁぁぁ!」

 回りも止めようとも思ったが、気を遣いすぎて理美もどうすれば良かったのか分からなかったのかと、これでもう大丈夫だろうと思った矢先だ。

 理美がいきなり気を失った。

「り、理美ちゃあぁぁぁん‼︎ ごめんなさい! 痛かった⁉︎ 絞めちゃった⁉︎」

 絆は様子を見て判断した。

「落ち着いて下さい、晴菜様、理美様は熱を出してます。きっと気疲れでしょう医者に診せないと」

「そう、医者‼︎」

 ぐったりした理美を振り回すので、マルスも晴菜を止めに入る。

「だから、落ち着いて晴菜さん!」

「まず、放しなさい、理美が余計具合悪くするから!」

 アダムも晴菜から理美を離すも、皆それぞれ慌てふためくもすぐに総一の一言で落ち着きを取り戻す。

「医者のぼくが診ますので全員静かにして下さい!」

 総一の医者の性分だろうか、とてもお怒りの様でした。


 理美はこれで何度目かと目を覚ますと、天井が高い、仕切りカーテンに覆われた場所にいた。

「こ、ここは? ……!」

 隣に眠ってしまっている晴菜の姿があった。

 驚いて、起こさぬようベッドから出ようとした時だ。

 ディダが覗きに来た。

「あっ! 起きたね、良かった。様子的には熱下がっているようだね」

 理美の様子を見て話すも、ここが何処かは分からない。

「ごめ、あの、その」

 ディダは理美が何を言いたいのか分からないが、謝罪したいのだと分かる。

 反省はしているが、未だ伝わらないものが多い。

 ここでゆっくり話し合う事にした。

「そうだね、大人にまず相談だね。君に必要なのは話しを聞く相手だろうし、どうして子猫を?」

「だって、自分と違って忘れ去られてないのに諦められたら嫌だったから」

 アダムの話していた通り、忘れ去られた事によるトラウマがある。

 同時に自分との違いの為に突っ込んで行ったのは正直良いとは思っていない。

「うん、でも大人の僕らに言えなかったのは?」

「きっと反対されるから」

 基本、この場合は明らかな危険行動であるので反対はするのが大人だ。

 ただ、ディダは探す側であると伝えた。

「そうだね、人によって猫の命1匹に命懸けに探すなんてって言うかもしれないけれど、少しでも僕らを信用して欲しいな。絶対は言えないけど探す努力はしたよ?」

「でも、私じゃなきゃ、きっと分からないと思う」

 ここで管理者の力を使ってあそこまで辿り着けたのかとディダは納得もした。

「……全ての生物に愛されし者の力を使えたからこそのあの状況だったんだよね?」

 理美も皆だけでない他の昔からの仲間にも迷惑を掛けたと深く反省し、このままでは余計なことをして皆の迷惑を掛けてしまうと感じ、前から思っていた事を口にする。

「うん、でも、もう出ないから、大丈夫もう勝手に無闇に出ないから」

 決して外に出ない、これしかなかった。

 しかし、ディダはそれに対して否定した。

「ダメダメ、子供は迷惑掛けてなんぼだよ? 喧嘩売られようが罵声浴びようが我儘上等さぁ」

 そう話して笑っているディダにポカンとなった理美は聞き返す。

「えっ、どうして?」

「理美ちゃんはまず迷惑掛けて、我儘言って何処まで良いのか目安が一切分かっていないんだよ? まずは少し我儘言ってみよう。距離空けるのはそこからでも良いじゃない?」

 ディダとしてはまずは理美の我慢や諦めを取り除くには我儘を聞く、可能なものなら叶えて、ダメなものはしっかり理由を付けてあげ、少しずつ自我を持たせる事だと理解しての話だ。

 理美は我儘ではなく、この場所が何処かを尋ねた。

「じゃぁ、ここはどこ?」

 流石にまだ無理かと笑ってしまうが、確かに教えていなかったなとも思ってディダは話しながら、持ってきた粥を差し出した。

「あはは、治療室だよ。感染防止もあるし、総一さんも寝ている理美ちゃんを診て、薬も貰ったけど、まずコレ、食べてみない? 1番必要なのは食べる事、眞子さんがお粥作ってくれたんだ。一口口に含むだけで構わないよ?」

 理美は正直まだ食べたいとも思ってはいなかったが、とりあえず少しだけ粥を掬って口に運んだ。

「はむ……はむ……」

 かなり煮込まれ水も多い粥だったが、今の理美には丁度良く、スルスルと口の中へと入っていくと同時にどういうわけか今まで空腹感が無かったのに、食べ物が胃に入ってから、空腹を感じるようになった。

 全て食べ終わると急に眠気に襲われ、理美はいつの間にか眠ってしまう。

 ディダは理美が眠ったのを確認して、掛け布団を掛け直してから、じっと晴菜を見て言った。

「おやすみ、さて、晴菜さん、何処で起きてたの?」

 ビクッと動き、晴菜は起き出した。

「つい、さっきです」

 その言葉よりもっと早い段階で起きていたのではと考えても面倒なので諦め、話を変えた。

「うーん、まっいっか! そうだ、ぬいぐるみ完璧に直したそうですよ。総一さんが」

「それは良かったです。ならすぐに渡せ――」

 喜ぶ晴菜と違って、ディダは先の話で一切ぬいぐるみの話をしない理美に若干違和感を感じ、何よりマルスが理美と話してた時にも一切それは無かったと言われ、きっともう諦めてしまったのだと分かってしまい、どうしたものかと悩んでいた。

「どうだろう? マルスに聞いたけど、ぬいぐるみを壊されたのはショックは強くもあったけど、あの後、ぬいぐるみがどうなったかと焦ったり、聞き返して来なかったみたいです。きっと直っただけでも喜んでくれるだろうけど、もっとこう、心開ける様な何かがねぇ」

「そうですか……なら、実はあのぬいぐるみの足元解れてた跡、見ました? それで……ごにょごにょ」

 晴菜はディダの耳元で何か案を話し、何か面白そうと思ってディダもその案に乗った。

「成る程、たまにはいっか! それにその日は誰もいないし」


 数日の間、熱は無かったが理美の具合的にはあまり良くないと判断され、治療室で大人しく眠っていた。

 その間は必ず1人見て、決して1人にさせなかった。

 猫親子と言えば、晴菜経由で保護団体に連絡し、引き取ってくれる事になり、1週間後には引き取られ、理美も猫達に手を振って別れを告げた。

 引き取られる前に絆によって。猫じゃらしの刑と表され、ディダが子猫達の餌食に遭い、酷い目にあったのは内緒だ。

 少しずつ理美も食事がマトモに取れる様になって、回りが喜びはするも、未だに近い年齢の子達とは仲良く出来ないままだった。

 とういうより、理美の学力が何処までなのか、年齢にもよっては違う場合もある。

 それでも仲良く出来れば勉強を教えてもらったり、遊ぶ事も出来たのだろうが、理美は引っ込み思案で、アダムの話も含めると友達を作るのが苦手のようだ。

 多分その影響で未だ笑ってくれる事が無かった。

 

 そうして、七月七日七夕の日となり、久々の快晴だ。

 皆が七夕の準備を始めているので、理美は外へ出ずに様子を見ているので、マルスが話し掛けた。

「どうしたの?」

「な、なんでもない、ただ、何してるのかなって?」

「七夕だよ。ほらっディダ神父が近所の人から竹貰って、皆でお願い書いて飾るんだよ。理美ちゃんも書こうよ?」

 短冊を貰って皆お願いを書き、ディダは竹を立てている。

 理美はもう願いも何も無く、もう叶うものも無い。

「ううん、大丈夫」

 自然と断って、熱も具合も治っているので選ばれた部屋へと戻ってしまった。

 無理強いはしないが、ここでマルスはディダ達に言う。

「理美ちゃん誰が見ます? 準備するんでしょ?」

「大丈夫、雨も無い、猫達も動物達も居ないので、こっちも細心の注意をしつつ準備始めましょう。君らももっとイベントあった方が楽しいもんね」

 ディダの言葉に子供達も盛り上がる。

 マルスは呆れつつ、晴菜から連絡あったのだろう、それを伝えた。

「おいおい、晴菜さんも午後からこっち来ますよ」

「了解」


  理美はベッドに潜り込み、アースに話し掛けた。

「アース」

「どうしたの? 理美」

「あの時、ありがとね。 助けてくれたのアースなんだよね?」

 未だにお礼を述べれなかったので、今更でもあるが、言ったのだが、アースは否定した。

「いいえ、あなたに力を貸す事は出来ても、私が力を使う事は出来ないの」

「そうなの? でも植物なんて動かないでしょ? 前にお願いしてみたけど、話す事も出来なかったし」

 理美は一度だけ話してみたいと思ってやってみたが一切それが出来なかった。

 しかし、アースは一歩前進したと言う意味で答えた。

「助けたいと言う気持ちが伝わって助けてくれたのね。きっとこれからも助けてくれると思うし、もう少し使い方さえ覚えれば、植物お話できる様になるわ」

 そうしてゆっくり理美の頭を撫でていると、だんだん眠くなってきた理美は、眠りにつく前に聞いた。

「どうし、たら、仲良く、出来る、かな……」

「後ちょっと頑張れば良いの、間違って踏み込む前に大人の人達が止めてくれる。だから安心して頑張って」

 その言葉が聞こえたかどうか分からず、いつの間にか寝入ってしまった。

 何時間寝ていたのだろうか、気が付けば夜だ。

「……はっ! 夜だ! 7時だ! やばい、何時間寝てたの自分⁉︎」

 本当に何時間寝てしまったのかと驚き、慌てて起き、食堂へと向かった。

 だが、とても静かだ。

 食堂の前に行くと、微かな声が聞こえるも食事を取っている様に見えない。

 怖くて入れないでいる理美の近くにマルスがやって来た。

「あっ、起こしに行こうと思ったけど、起きてくれたんだ」

 どうやら起こす為に来てくれてたが、理美は正直怖くて入れないのを伝えた。

「皆楽しんでるのに、私が入ったら楽しめなくなるから怖くて入れない」

「そんな事がないよ。メインが来なくて始まらないから逆に困っちゃうよ」

「メイン?」

「うん、そうだよ。一歩は皆怖い、俺も怖かった一歩が、でもディダのお陰でこうして今があるんだ。さぁ、お入り俺もついてあげるから」

 そう言って、マルスは理美を促し、扉を開けた。

 いきなりクラッカーの音が鳴り響く、驚く理美に今度は皆一斉に声出す。

「お誕生日、おめでとう! 理美ちゃん!」

「えっ、えっ? なんで? 私、誰にも……誕生日なんて教えて?」

 理美は誰にも教えていない誕生日を祝われて驚いてしまう。

 そこへ晴菜がやって来て屈み、ある物を渡した。

「総一さんが縫い直してくれたんだけど、熊さんの足元見て、これ、刺繍が解けてたけどくっきり跡が残ってて、きっちり直して貰ったら七月七日ってハッキリと分かったから、理美ちゃんのお誕生日もうすぐだって分かったの。神父達と相談してちゃんとお祝いしたいからってサプライズしようってなったの」

 熊のぬいぐるみがしっかりと元の状態になり、壊れた部分すら分からず、それどころか新しくも感じられた。

「ありがとう、ありがとうございます。直してくれて……!」

「うんうん、良いの良いの」

 マルスがツッコミを入れた。

「それ、総一さんが言う言葉だから」

 皆笑ってしまった。

「理美ちゃんは幾つになりましたか?」

 晴菜の問いに初めて笑顔で理美は答えた。

「8歳になります。誕生日祝ってくれてありがとう!」

 理美のずっと動かなかった時がゆっくりと動き出す。


 そうしてもう一つの時も動き出す。

 

 

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