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誕生日[前編]

 その日の夜、子供達は夕飯、お風呂の時間も過ぎ、消灯となり、皆はディダ達に挨拶して部屋へと戻って行く。

 今日は寝るだけだ。

 だが、理美は20年以上振りのベッドでしかも今回は見知らぬ人達と寝る。

 それだけで緊張してしまうのに、お風呂の時間ですら、午前中に入った時はアリスと理美だけでとても広く静かだったのに、とてつもなく騒がしく狭くすら感じた。

 皆に見られていないかと心配になるも、他の子達の面倒に上の子供達が手を焼きながら世話をしており、自分はどうすれば良いのかと途方に暮れてしまうほどで、とにかく終わらせて湯船に浸からず上がろうとしたが、そこは加奈子がそれとなく誘導して一緒に入った。

 質問してくる子達も居たが、全て加奈子が代わりに返答した為、それ以上の質問も無く、お風呂から上がる頃には皆、既に興味を無くしたのかそれぞれ会話が弾んでいた。

 そして今は皆ベッドに入り、理美は下のベッドで加奈子はその逆だ。

 加奈子はベッドに入る前に、電気を消す。

「ほら、消すよ」

「はーい、おやすみなさい」

「加奈子お姉ちゃんおやすみ」

「はいおやすみ」

「……おやすみなさい」

 電気が消え、月明かりが入る。

 加奈子は気に掛けてくれて、理美に声を掛けた。

「理美ちゃん、真っ暗大丈夫?」

「大丈夫」

「うん、じゃまた明日おやすみ」

「はい」

 そうして今日1日が終わる――。


 と、思っていたのだが、20年以上振りの寝床、今まではクマや他の動物達と寝ていたのと、ずっと他の動物に襲撃されない為に浅い眠りだったのもあり、中々寝付けないでいた。

 加奈子に話しかけようとしたが、既にこの時、深夜12時になる。

 既に皆寝息を立てて、熟睡だ。

「ちょっと、位なら、良いよね?」

 仕方がないので、夜の翼園内の探検に出掛けることにした。

 本当に電気の無い廊下を1人歩いても、ずっと外に居たせいもあってか、夜目が利き、そこまで怖くも無く、とりあえず誰も来なさそうな場所へと思い、階段を上がった。

 簡素な中庭が窓から見えるも、外側が見えないので、部屋を探そうと歩くも、この廊下付近に部屋が無く、向こうまで行けばありそうだと、木製の壁に手を置いた時だ。

 いきなり板が外れ、その奥へと理美が倒れてしまった。

 軽く頭を打ち、頭を摩りながら、瞼を開け辺りを見渡し驚いた。

「あいたたた……なんで外れんの? ――わぁぁ!」

 そこは隠し通路だ。

 廊下よりは狭いが、人1人十分通れる通路で、古い木造建築なせいか、若干木の板の隙間から光が入る。

 理美はどっちに行こうかと左右を見ると、左は壁になっているみたいで行けないが、右には何かあるのに気付き、そちらへと進んだ。

 突き当たりまで辿り着くと、階段が数段あり、その上に扉があった。

 好奇心が抑えきれない理美は上がって扉を開けた。

 ステンドグラスのある部屋だ。

 女性だろうか、一体どう言う人なのかと思っていると、アースが出て来て言った。

「聖母マリアね、服からして受胎告知を受けた後かしら?」

「アース」

「理美、どうしたの? こんな夜更けに?」

 アースは座って理美を抱き寄せた。

「皆とても良い人だけど……怖い」

「理美?」

「また忘れられちゃうんじゃないかとか、また失敗して皆に嫌な顔されるんじゃないかとか、嫌われるんじゃないかって、怖くて、怖くて……!」

「大丈夫、皆優しいわ、だからもっと甘えても良いと思う」

「無理だよ、ここは、家じゃない、知らない事ばかりでもう嫌だよ、ああぁぁぁぁぁ‼︎」

 理美にとっては新しい場所がどれほど恐怖だったのかは本人でしか分からない。

 ただ、相当辛かったのだろう、泣き出してしまった。

 扉の向こうではアダムが居た。

 オースがアダムに言った。

「入らねぇの?」

「馬鹿者め」

 アダムは悪態をついてそのまま入らずに隠し通路から出た。

 今入ったところで、理美が安心してくれるとは思えない。

 まずは心の拠り所を早く見つけてあげなくては、きっと何をやっても息苦しくなるとアダムは感じた。

『せめてもっと早い時期に見つけてあげていれば……』

 そう思わずにはいられなかった。


 ――朝になり、起きて早々騒ぎとなった。

 加奈子が事務室に入ってすぐに言った。

「ディダ神父! 理美ちゃんが居ません!」

 仕事始めのミーティング中の出来事だった為、驚いてしまった。

「なんだって⁉︎ マルスは敷地内でアリスは聖堂辺り、僕は流石に行かないとは思うけど、外を見て回る」

 ディダはとりあえず、指示をして下手に昨日みたいな遠い所まで行っていないと信じたいが、下手に行っていたらと考えると非常に困る。

 昨日の夜11時には居たのは覚えているし、もしかしたらもっと過ぎた時間に出たに違いない。

 丁度そこへアダムが事務室にやって来て、それとなく教えた。

「もしかしたら、あそこかもしれんぞ? 上の階の」

 ディダはその言葉に、そのまま勢いで上の階に行くと、既に晶達が集まっていた。

「あっ! ディダ、これ板外れてるから誰か入ったんじゃねって話してて、これから言いに行こうと思ってて」

「うん、分かった、ここ危ないから他の子達入っていない?」

「来てすぐだから入ってないぜ?」

 晶に話を聞き、ディダは中に入って行く前に一言添えて置いた。

「入って来ないでね、危ないから」

「はいはい、分かってます」


 ディダは隠し通路に入って、ステンドグラスの部屋に入ると、理美が眠っていた。

 日に当てられたステンドグラスは理美を包み込む。

「ほっ……良かった居た」

 アダムの言葉通り、本当にそこにいたので、安堵はしたが同時に疑った。

「もしかして、知ってたんじゃ?」

 あのジジイならと苦虫を噛む様な顔になるも、とりあえず理美を抱き上げ、そのまま部屋を出た。

 皆が心配する中、ディダが出て来た。

 マルスはディダに理美が居たかを聞く。

「ディダ神父、理美ちゃん居た?」

「居たよ、マルス。そのままあの部屋で寝ちゃってたみたい。あそこ、たまに掃除してて良かったよ。あのまま放ってたら凄い埃臭くて入れないもん」

 どうやらあそこは皆が知っている場所のようで、掃除までしていたようだ。

「ついこの間掃除したばっかですもんね。でもこのまま出入りされても困るし危険だし、どうします? 修繕工事して隠し通路も使える様にしたら?」

 マルスの言った通り、もういっそ木造建築を修繕してもらって隠し通路を潰すと言うより開通させる案を出す。

「したいのは山々だけど、経費がねぇー」

「あぁ……」

 生々しい経済事情は皆の顔を暗くした。

 未だに来ないディダとマルス、それに子供達を迎えにアリスがやって来た。

「理美ちゃん居たなら、全員朝食に朝の準備! 土曜日だからってダラダラするな、クラブ、部活のある子は急ぎなさい!」

 その大声に皆が大急ぎで下へと降り、朝の準備を始めるも、相当疲れていたのだろう理美はずっと眠っていた。


 10時も過ぎようとした頃、理美が目を覚ます。

「あれっ? ここは……?」

 ステンドグラスの部屋で泣き疲れて寝てしまったのを思い出すも、どうして部屋に戻っているのか不思議でならなかった。

「お部屋だよ、理美ちゃん、朝驚いちゃったよ。居ないんだもん」

 またやってしまったと落ち込む理美は謝るも、喉に何か使える感じで言うも、加奈子はそこまで気にせず、朝食が食べれるか聞いてきた。

「ごめ、んなさい」

「うんうん、朝食食べれる?」

「食べたくない……です」

 ここで食べてみると言えれば、成長したとも言えるだろうがどうしても空腹感も無ければ、何かをしたい欲求もない。

 とにかく迷惑を掛けないようにしたいと思うも、結局食べれないだけで迷惑を掛けてしまったと後悔した。

 加奈子は今日の予定を理美に話した。

「今日、お医者さん来てくれるんだって、本当なら理美ちゃんを連れてって思ってたらしいんだけど、他の子も健康診断受けてないからってわざわざこっちに出向いて――ってどうしたの?」

 急に布団に包まって動かなくなる理美は理由を口にする。

「注射嫌い」

「あぁぁ、採血するもんね健康診断は」

 そう、どんな健康診断でも採血は大体通る道だ。

 よしよしと加奈子が理美を布団越しから撫でていると、ディダがやって来た。

「加奈子ちゃん、理美ちゃん起きた? 総一さんそろそろ来ちゃうからとりあえず準備して貰いたいんだけど」

「やだ、注射嫌い」

「あぁぁ、僕も嫌いだから凄く分かるけど、いっときの苦痛だから我慢して」

 納得しつつも説得しようとしたのだろうが、結局余計に怯えさせてしまい、加奈子に言われた。

「ディダ神父、余計に怯えちゃったよ」

「ごめん」


 理美を着替えさせたり朝の準備を終わらせた頃に、医者達がやって来た。

 マルスがすぐさま玄関先に出て、挨拶とお礼を述べる。

「おはようございます、本当なら理美ちゃんだけのつもりが、集団の場合は1ヶ月以上も前に連絡しなきゃなのに、昨日の今日来てくれるなんてありがとうございます」

 医者である黒髪を肩近くまで伸び、背も高い眼鏡を掛けた男性が挨拶を返す。

「おはようございます。良いんですよ、学校組は殆ど終わってるけど、小さい子達は保育園とか幼稚園なんて行かないしというか、ここ無いしね。それとその女の子は?」

「そうなんですよねぇ、だから一時預かりだけでやったりもしてたんですが、今じゃ皆大きくなって少子化ってやつで今はしなくなっちゃいましたねぇ。後、ディダ神父が理美ちゃんを連れてくる筈です」

 会話中に丁度ディダが理美を抱き抱えて連れて来た。

 震えているので、心配してしまうが、すぐにディダが伝えた。

「ごめんね、採血の話で震えちゃって」

「あぁぁ、今日上手い人来てない諦めて」

 来てくれた看護師達は皆若くて申し訳ないと顔になる。

 それを笑って済ます大人2人にマルスは言った。

「トドメを刺すなそこ」

 ふと、理美を見た医者が何かに気付く。

「この子が理美ちゃんですか?」

「そうです、後昨日から食事を食べてくれなくて、それに関してもお話ししたいんですがよろしいですか?」

 とても健康そうにも見えるも、一度きちんと診ないとなんともならないが、医者は理美に自己紹介をした。

「はい、改めて診察で診ますけど、初めまして理美ちゃん、総一・神崎です」

 理美は総一の名に何か気になってつい聞いた。

「お名前が神崎? 苗字が総一?」

「あー、理美ちゃんはまだ海外系の苗字知らないのか」

 ディダも理美の問いに海外では逆になるのを知らないのに納得してしまう。

 勿論、総一もだが、理美を再度見た時に気が付いた。

「そのようで、総一が名前だよ。あれ? 理美ちゃんの瞳、赤紫なんだね」

「目の色、おかしいよね……?」

 瞳について言われた理美は目を覆い隠した。

 理美には瞳の色にも色々言ってきた者が沢山いた。

 おかしいとまで言われ、あまり好きではなかったが、母からは好きだと言われ、父の瞳の色だからと言ってくれたから嬉しかったしホッともしたが、回りはそれでも煩く言う。

 それから理美は言われるのが嫌でよく前髪で隠そうとする癖が付いた。

 ただ、それだと目が悪くなるからと母が整える日々、忘れ去られるまではずっとこの繰り返しで、総一に言われるまで誰も瞳の色に対して誰も言って来なかったのだ。

 気を遣われたのか、或いは気にしない人達なのか、どちらにせよ、理美にとってあまり嬉しくない。

 しかし、総一は言った。

「おかしくないよ、とっても綺麗だね。それにほらぼくの目見てくれる? 緑なんだよ」

 総一が自身の瞳の色を見せてくれた。

 緑は緑でも明るいより深緑の様な色だ。

「綺麗な緑」

 理美も隠すのをやめ、総一の瞳をじっと見た。

「流石に恥ずかしくなって来たから、そろそろやりましょう」

 恥ずかしくなった総一はすぐに会話をそこそこに、すぐさま、準備に入った。

 昨日の今日なのでとても綺麗なった大部屋で準備して、小さな子供達は順番に並んで大人しく受けていた。

 理美は最後に回し、少し待ってもらった。

 待っている間に理美がアリスにぬいぐるみがどうなったかを聞く。

「アリス、さん」

「良いよ、アリスで」

「アリス、私の、熊のぬいぐるみは?」

 あの時洗った熊のぬいぐるみは夜のうちに洗い終わり、今朝方ドライヤーなので漸く乾いたのを自身の机に置いていたのをアリスは思い出し、すぐにとって来れるので、マルスに頼んで、事務室に向かった。

「それは、事務室にあるわ。今持って来るから待ってて、はい、マルス理美ちゃん見て」

「うぇ⁉︎ 分かったよ」

 いきなり任されたマルスは変な声を出すも、面倒を任されたので見ることにする。


 事務室にて、アリスは自身の机を見て驚いた。

「あれ? 熊のぬいぐるみ何処行った? ちょっとディダ、あの子の熊のぬいぐるみ見てない?」

 丁度仕事中のディダに問うも、こちらも知らない。

「いや? 朝は見たけど、それからはどうだろう? ほら、あの後理美ちゃん居なくなって、その後ごたついたから」

「そういやそうだった……ちょっと眞子さん知ってるか聞いてくるわ」

 アリスは厨房にいる眞子に聞いてみることにした。

 話的にあまりよろしくないと判断したディダも仕事を中断し、探す事にした。

「じゃあ、僕も探してみるよ、もしかすると勝手に誰かが持ち出したかもだし」

「早めに取り返さないと、あの子の荷物あれだけでしょ? 何も知らない子は悪意無い分タチが悪いからねぇ」

「それで暫く口聞いてくれない子や性格が悪化した子居たからなぁ、真面目にそれだけは避けたいね」

 経験上どんなに言い繕うもやられた側は一生根に持つ事もある。

 アリスとしては、せっかく綺麗にしてあげたのだから喜んでもらいたいのだ。

 2人はそれぞれ厨房と遊び部屋へと向かったが、それを知らぬ存ぜぬ内に、小さな子供がいつの間にか振り回して持っていた。

 どうやって取ったのか、あの時アリスも気付いて無かったが、収まっていない椅子を無意識に収めてしまい、すぐに小さな子供が持って行ったと気付く事が出来なかった。


 そんな状況を知らずに理美は健康診断を受け、総一が問診を行っていた。

「理美ちゃん、心音を聞いてる限りは大丈夫だけど、どうして食事を拒否してるのかな?」

「分からない、でも、お腹空かない」

 理美の問いにも一切疑問を持たずに一度お腹を触ってみても、何かおかしいとも張っているとも言い難い。

「腸の動きもさほどおかしくもないし、まだ食べたく無いなら、そうだなぁどうしても食べないなら、もう少し調べたいのもあるんで、月曜日来てもらって良いですか? 採血の結果は早くて来週なんで、そっちは送りしますね」

 採血が痛かったのだろう、そして長めだった上多めに取られたのを察し、理美は思い出して泣き出した。

「痛かった、多く取られた……!」

「泣かないで、血液型や免疫にアレルギーも調べたいだけだったから」

 結局これで健康診断は終わり、もう昼に差し掛かる。

 廊下を出てもアリスがまだ戻っていなかった。

 少し待ってみるがやはり中々戻ってこないので、マルスは何が起きているか分からない。

 とりあえず理美を事務室にいるアダムに理美を預けてどうなっているのか聞く事にした。

「理美ちゃん、ちょっと俺、アリスのところに行ってみるから、その間アダム神父に元で待っててくれるかな?」

 そう伝えた時だ。

 理美が違う方を見て言った。

「あれ、私の、ぬいぐるみ!」

「えっ?」

 マルスが後ろを振り向く頃には理美が走っていた。


 遊び部屋には、様々な子供のおもちゃが置かれ、絵本系も低い本棚に終われ、床もマットで敷かれていた。

 とても広いとは言い難いが、小さな子供達の遊び場としては十分だろう。

 そこに、先ほどの小さな子供が熊のぬいぐるみを振り回していた。

 丁度、他の小さな女の子がそれを見て自分も遊んでみたくなったようで、子供に話し掛ける。

「それ貸して!」

 だが、先ほど持ってきたばかりのぬいぐるみを取られてたまるかと、拒否をした。

「やぁ‼︎」

 これに対して、諦めるどころかムキになって無理矢理手を伸ばす。

「貸して‼︎」

「やだ!!」

「貸してってば‼︎」

 女の子は胴体を掴むのに成功し、逆に子供の方は頭を必死に掴んだ。

 遊び部屋に丁度辿り着いて、ディダが見つけ、すぐさま取り上げようとした。

「コラッ‼︎ それを放しなさい!」

 驚かせる気は到底ないが、大分古くなっているぬいぐるみだ。

 物によっては簡単に破けてしまう。

 その声は理美にも届いて遊び部屋に入った直後だった。

 異様な破ける音が耳に入ると同時に、ディダの後ろから見ても、小さな子供達がいきなり反対方向へ転んだ。

 両方の手元にあったのは、自身の唯一残されたプレゼントが胴と頭が裂け、千切れていた。

 子供達は転んで痛かったのだろう、千切れた事に気付かずに、泣きながらディダに言い寄る。

「ディダぁぁ!」

「あぁぁぁ‼︎」

 本当は怒った方が良いのだろうが、こうなると言い聞かせたり叱っても効果が無いと経験上分かっていた為、深いため息を吐くも、後ろの気配に振り向き驚く。

「君らねぇ……って! 理美ちゃん!」

 理美はあまりの衝撃に目を見開いたまま動かない。

 たった一つの自身の大事なぬいぐるみが今目の前で消えてしまった。

 自分が早く言っていれば、もっと早くに洗うのを制止してれば、こうはならなかった筈だ。

 どうして、あの時許してしまったのかどうしてあの時もっと早めに言っていれば――。

 ちゃんと正直にいじめに遭っていた事を話し助けを求めていれば、もっともっと早くに言っていれば――。

「ああぁぁぁっぁぁあぁぁぁっぁ‼︎」

 理美は叫び、泣き出し飛び出そうとした。

 その瞬間に、ディダが制止し両腕を掴んだ。

「落ち着いて! ごめん、こっちが早く見つけてあげれなくて! 大丈夫、ちゃんと直せるから! ねっ! 落ち着いて!」

 パニックになった理美を押さえようとするも、すり抜け廊下に飛び出す。

 ディダは慌てて、大声で皆に知らせる。

「誰か! 理美ちゃんを止めて!」

 理美の声に驚いて、片付けを中断して廊下から出た総一に先程と打って変わってパニックを起こす理美に驚くも、今度は総一が理美を取り押さえる。

「どうしたの? まず落ち着こう、何があったか言えるかな?」

 呼吸する息が浅くそして荒い、興奮状態なのはすぐに分かった。

 何があったのかを理美自身からきちんと聞かないと、興奮は取れない。

 しかし、理美には届かなかった。

「うるさい‼︎ どうせ知りもしないのに話しかけないで‼︎」

 理美の言葉に総一は何かと重なってしまい、ただ茫然と固まってしまう。

 総一の絶望したような顔を見た直後、理美が我に戻って顔が真っ青になり、よりにもよってその言葉を出した事に後悔し、余計怯え逃げようとした。

 ここで逃すと本当に戻って来ないのではと、慌てて総一は理美を抱きしめる。

「大丈夫だよ! 大丈夫! 逃げないで」

「やだ、やだぁぁぁ‼︎」

 再度興奮し出す理美は、必死に引き剥がそうとした。


 この時、外では車が到着し晴菜と絆が降りてきた。

「もう! 早く行くって言ったのに!」

 半泣き状態でキレている晴菜に対して絆はとても冷静だ。

「仕方がないですよ。仕事での急用で動けなくなるなんてよくある事です」

 どうやら、もっと早くに行く様に準備していたのを何らかの事情で仕事が入り、この時間まで押してしまった。

 話しながら、翼園の門を通る。

「もう、健康診断終わっちゃったのかなぁ……」

「終わってますよ」

「なら! お昼ご飯作ってあげるべきね!」

 自信満々で晴菜は言うので、絆は皆を心配し、止めに入った。

「やめて下さい、医者の仕事増やすのは」

「酷い、絆ちゃん!」

 半泣き再びだ。

 玄関に入って、すぐだった。

「理美ちゃん大丈夫!」

「やだぁ! 離して、もうここに居たくない‼︎」

 総一が必死に理美を離さないで逃がさないようにし、他の看護師達も、取り囲みつつ、いつでも動ける状態でずっと構えていた。

 アリスもマルスも、必死に理美に直せる等説得をしているので、何が起きているかさっぱりで、晴菜はとにかく誰かに聞こうとした。

「何をしてるんですか?」

 絆が一歩先に出て、誰かに対して怒って声を出す。

「あいつは! あのど金髪は何している‼︎」

 すぐにその声に気付いたマルスが理由を教えた。

「えっ⁉︎ ディダなら、理美ちゃんのぬいぐるみ壊しちゃった子達をあやすのに精一杯です」

 理由を聞いてただただ呆れ返り、今度は総一に近づいて指示をした。

「はぁ……総一さん、一回離して」

「な、なんで?」

「良いから」

 総一が一瞬緩めると、理美はその瞬間に逃げようとしたが、絆は待っていたかのように、理美の目を見た。

 パニックだった理美が絆の目を一瞬見ただけだったのに、急激に落ち着いただけでなく、気を失ってしまう。

 床に落ちる前に総一が抱き抱える。

 アリスが一部始終見て、つい言った。

「お、お見事」

 しかし、絆がかなりお怒りの様子で、大人でさえ怯えてしまうほどだ。

「あのバカを連れて来い、説教だ。先にあやす順番を間違えてる」

 どうやらディダに対しての怒りで、殺意も見え隠れしていた。

「ひっ……!」

 総一がつい声が引き攣った。

 アリスとマルスに至っては、心の中でこう思っても絶対に口に出さないで、ディダを憐れんだ。

『あぁぁ、ディダ死んだわコレ』

『仕事増えるから喧嘩しないで欲しいんだけど……』


 理美は再度自身のベッドで目を覚ます。

「ここは……」

 隣に居たのはマルスだ。

「良かった起きて、気持ち落ち着いた?」

「ぬいぐるみ、ぬいぐるみが!」

 自分のぬいぐるみが千切れ、壊れた瞬間を思い出し泣き出しそうになるも、もう戻らないのならと半分諦めた様な目をした理美に対して、マルスはすぐに直せる事を話す。

「大丈夫だよ、大丈夫。時間掛かるけど、ちゃんと直せるってディダも言っていたし、ごめんね。俺達も目を離してしまって、今はここで休んでて、すぐに戻るから」

 話している最中に、ディダと絆の喧嘩が聞こえ、マルスはその仲裁する為一度離れる事にした。

「あっ……うん」

 何か言いたげだった理美を見て、気付いたがどうやら言いたい事を我慢してしまうらしいと分かり、聞き出そうにもなんて今かければ良いか分からず、今報告できることだけ伝えてあげた。

「そうだ、総一さん理美ちゃんが心配だからすぐ戻ってくれるから、もう一度診てもらおうね」

「……はい」

 マルスは理美の頭を撫でてから、部屋を出てすぐに、ディダと絆の仲裁に入って行った。

 1人だけになった理美は逃げれば、また迷惑を掛けるし、たった一つしかなかった唯一の物も無くなってしまい、途方に暮れた。

 正直にもう直さなくて良いと言えば良いのだろうが、これは我が儘なのだろうか。

 それともへそ曲がりと言うべきかと、段々落ち込んでいく。

「このまま、消えてしまいたい」

 呟く声も、雨音が消していった。


 その頃、アダムは誰かと電話で話していた。

 どうやら、電話の相手は坂本のようだ。

「えぇぇ! 大丈夫なのそれ⁉︎ 大事なおもちゃ壊されたんでしょ?」

 理美についての件で話していたようで、事の一部始終を話し、坂本が驚いてしまった。

 ただアダムも反省していた。

「こっちも本部からの仕事をしていて、ぬいぐるみを預からなかった自分の落ち度だ。アイツらだけのせいじゃないし、小さな子供からすれば面白そうなのがある、興味が湧いても仕方がない」

 小さな子供ならではの好奇心を大人基準で見てしまったのがそもそもの間違いだ。

 何をするか分からないので、絶対に目を離してはいけないのに、特に理美は来たばかり、近付けない様気を付けていたが、返って最悪な結果となってしまった。

 坂本は話を聞いていて、壊された側からすれば怒っても仕方がないし、子供だから幼いからと許すのも少し疑問を持つも即座に本来の目的を話す。

「そうかなぁ? それはそうと、調べてみたけど行方不明者の中に理美ちゃんがいないのは分かったけど、一応こっち経由で戸籍準備入ってるけど、健康診断の詳細こっちにも送ってね。後は生年月日よねぇ、せめて誕生日を御神木に聞いておけば良かったぁ」

「色々聞きて調べて繰り返したんだ。聞き逃し位ある。こっちも理美に聞くもあまり言いたがっていなかったし、気長にと」

 きっと気は許しても心は許していないのだろうと考え、もう暫くゆっくり心を開いてからと考えていた矢先の先のこれなので、更に時間が掛かるのは目に見えて分かった上で、坂本はアダムに別件もあるのでと早くして欲しかった。

「無理、早めに作ってしまいたいのと、別件で仕事増えそうなの」

「そうか、別件の仕事ならコチラは動かなくて良いんだな?」

 管理者とは関係ないのなら別に良いかと思っての事だったが、坂本の言葉に対して拒否をした。

「ジルが動きます」

「全力で拒否する」

「はいはい、分かったわよ、でも理美ちゃんは目を離さないでね。あぁ言う子が1番予想外の行動取るんだから」

「分かっている」

「んじゃ、診断書と生年月日はよろしく」

 そう言って坂本は電話を切ってしまった。

「確かに目を離してはおけんし、見に行くか」

 アダムも流石に反省して理美を見に行く事にした。

 廊下に出て、理美の居る部屋へと赴く最中に、先ほどのディダと絆と仲裁に入るマルスがいて、煩いので言った。

「お前ら、一体何してるんだ⁉︎ 仕事はどうした! 後、理美は?」

「すいません、さっき出たばかりだから、部屋にいますよ」

「全く、色々言いたいが、絆さん、晴菜さんの所へ行ってくれないか、なんか不安だ色々と」

「……あぁ、そういえば理美様のぬいぐるみ持って行かれたのを見ました、かなり不安です」

 それはそれで不安案件である。

 すぐさま、絆は晴菜を探しに部屋を出て、今度アダムはディダに指示した。

「なら、行ってくれ、ディダは仕事しろ」

「はい!」

 ディダも流石に大人しく従って、マルスとアダムだけになるもすぐに言った。

「で、理美は1人か?」

「す、すいません!」

 マルスは頭を深々と下げ謝罪するも、アダムもいきなり押しつけた形なのに面倒を見ていなかった事に謝罪をする。

「いや、すまないな、こちらが見ていればこうはならなかったのに、とにかく一度理美を見ておこう」

「そうですね、もう少ししたら総一さん戻ってくるはずですが、雨降ってきてる大丈夫かな?」

 既に雨足が強く、あまり外へ出るのはどんな人間でも危険だろうそう感じた。


「理美ちゃん、ごめんねぇ、もう少し……したらって居ない⁉︎」

「何だって⁉︎」

 部屋にいる筈の理美が忽然と消えていたのだ。

 まさか、ぬいぐるみを引きちぎられて、嫌気が刺して逃げ出してしまったのかと、2人は慌てて探そうとした時、見知らぬずぶ濡れの猫と子猫がいた。

 しかし、理美の姿がない。

 眞子が再度騒がしくなって、様子を見に来た。 

「今日も結構騒がしいけど、今度はどうしたんだい? ちょ⁉︎ なんで猫いるの⁉︎」

 マルスはずぶ濡れの親子猫を見ながらある事に気がついた。

「そういや、眞子さん猫苦手でしたもんね。知らないけれど、この子達、最近翼園の縁の下に住み着いた親子じゃないか……子猫が1匹足りない」

 この時、アダムの前に理美のアースが現れた。

「ごめんなさい! あの子、その子猫を探すって言って、そのまま外へ!」

 見えない2人には何故いきなり怒ったのか分からず、驚いてしまった。

 そんな状況でも理美の話な為、一切気にも留めなかった。

「なんで止めなかったんだ!」

「止めたけど、覚えてくれてるのに可哀想だって、何処にも居場所がない、大切にしてくれているのは分かっているけども、その気遣いが苦しいと」

 アースにもどうする事も出来ず、本人もかなり悩んでいたようだ。

 ただ、ぬいぐるみを壊されての家出ではなく、ここにいる母猫の為に探しに出てたのは優しさからだろう。

 それにアースも現状的に本人も支離滅裂で伝えている。

 最初に話した時はもっと冷静に話していた。

 もしかしたら、理美は昨日今日でどっと心に負荷を感じていて、アースもあの時感じ取ってから強く言えなかったに違いない。

「分かった、アース、今さっき仕事に行かせたがディダに頼もう、後、絆にも彼女の方が立地に詳しい。マルス、私と周辺を探そう。猫を探すにはまず周辺からと言うから」

「はい!」

「じゃ、私が絆にそれとなく言うよ」

 眞子は絆に伝える為、急いで向かった。

 そうして、理美を探す為に雨具を着て男性陣は外へと出た。

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