再会と別れ
急遽決まった事もあり、会わずに午前中に帰ろうと思っていたが、才斗のたっての願いもあり、何より娘の美空も近い年齢の子がいない状態だとつまらないのと、翼園に来る可能性もあり、結局待つこととなった。
部屋にて、冬美也がすぐに理美に聞く。
「理美、もしかしてその才斗さんって君の実のお兄さんなの?」
「……そう、お兄ちゃんなの、あっちは覚えていないだろうし気にしないようにしたいけど、年齢も大分離れて私子供だし、別に良いんだけどさ」
「でも辛いなら」
「うん、別の人って思いたかったけど、瞳の色で理解出来たから、ただね、無駄に逃げても追いかけて来られても困るから1度だけ会って、我慢すれば……でもそれは相手に悪いこと、どうすれば良いんだろう」
正直に話して終われば良いのだろうが、誰も今の話を信じる者なんて居ないだろう。
冬美也を除いては――。
しかしどうしたものか、確かに我慢をするのも逃げるのも相手に悪い気がする。
そこである提案をした。
「ねぇ、ならぼくも一緒なら良いんじゃない?」
「えっ……でも、冬美也だって家族と」
確かこの後、家族と一緒に総一の住んでいる単身赴任用の部屋に行くとの話だ。
だが、才斗の話で盛り上がっていた為、一目会いたいと総一が言い、それならと友吉も了承していたので、それ位なら許されるだろう。
今の理美には誰か居ないと心が持ちそうもない。
「ぼくは良いよ、それに今の理美が心配だから」
「ありがとう」
そこへ晴菜が扉を開けてやって来た。
「理美ちゃん、才斗さんが来たけど、冬美也君はどうする?」
「ぼくも一緒に良いですか? 理美なんか緊張しちゃっててぼくとなら大丈夫って言ってたので」
流石に今の理美の状況を鑑みて晴菜も同意し、ここではなくゲストルームで待っていて欲しいと伝える。
「分かったわ、理美ちゃんの人見知り激しいってもう1度伝えとかなきゃ……ゲストルームで待っててくれる?」
「分かりました、行こう理美」
「うん、分かった」
ゲストルームで待機となった。
玄関先にファミリーカーだろうか、人気は大きな車が止まり、誰かが出て来た。
眼鏡を掛け、短髪、堅いが凄いかと言えばそうでも無いのが不思議な男性だ。
友吉が車椅子に座ったままやって来るのに気付き、一礼する。
「社長、ご無沙汰です」
「才斗君本当に疲れているんだからまたで良かったんだぞ?」
全然疲れている様子も無く笑顔を絶やさない。
「いえ、善は急げ、いや思い立ったら吉日と言いますでしょう?」
本当に休んで欲しかった当人の方が苦笑いだ。
「まぁ、それはそうだが……」
後ろの扉が開くと同時に理美とは違い茶色のウェーブの掛かった女の子が出て来た。
「こんにちは! 友吉さんお久しぶりです!」
「おぉ、本当にわざわざすまないね、こんな何も無いところに」
「ううん、ここのお屋敷が1番美味しいの出てくるから」
慌てて自身の娘の口を塞ぐも、友吉は笑って許す。
「わぁぁぁ! 美空そういうこと言わない!」
「はっはっは! 良い、良い、さあ中に入りなさい序でではあるが、皆に他のお客様も居るので、挨拶してくれないか」
友吉がまず彼らを連れて来たのは食堂だ。
本来ならゲストルームだろうが、今回は食堂でそのまま話す事にした。
「この方々は?」
「私の恩人である医師の神崎夫妻だ。そして次男の優紀君で、長男の冬美也君は今理美と一緒に居る」
総一もなんか我儘言ってしまって申し訳ないと恥ずかしそうにも大人の対応で普段と変わらずの態度で自然と手を伸ばす。
「先程紹介された総一神崎と妻の衣鶴と優紀です」
才斗はきっと柔道の選手として有名な為、多少知っていれば会いたくなるのも必然的になるものと分かって握手する。
「初めまして、第一秘書の嘉村才斗です。と娘の美空です」
美空は普段からそういう場を経験しているのか、常に明るく笑顔だ。
「こんにちは!」
「こんにちは、美空ちゃん、今日は疲れただろう? 少し休んでも良いよ」
友吉的には美空もずっと車に乗せられ疲れているだろうと思っていたが、そうでもなかった。
「ううん、平気です。そういえばお父さんが行きたいって言っていたでしょう? それからその例の子に会いたいなぁ」
よっぽど会って見たかったみたいでウキウキだ。
これならと友吉が動こうとした時、才斗も会いたいと申し出た。
「よし、分かった連れて行こう、だけどあの子はとても人見知りする子だから気を付けて」
「はーい! どんな子かなぁ」
「こらこら、さっき人見知りするって聞いただろ? なら自分も行きます。美空だけ会わせても良いですが、どんな子か知りたいので」
「分かった、名前だけだとどんな子か知らないからな」
そうして友吉がゲストルームまで案内する。
ゲストルームに着き、扉を開けると理美と冬美也が居た。
美空の第一声がこれだ。
「銀髪イケメンがいる!」
「美空、しっ!」
才斗が美空を止めるも、流石に冬美也の方が引いた。
友吉も相変わらずの子だねと笑いつつ、冬美也を紹介する。
「その子は神崎さんの長男の冬美也君だ」
「どうも冬美也です」
「こんにちは美空です……で、理美ちゃんってどこ? さっきまで居た気が……」
先程一緒に居たのは見ていたが、冬美也に気を取られ理美を見失っていた。
友吉はすぐにどこにいるのか分かりつつ半笑いだ。
「多分、冬美也君の後ろだ」
理美は冬美也の背後に隠れながらも顔を覗かせる。
「こ、こんにちは、理美です」
改めて美空見た後に才斗を見た。
既に大人で子供だった頃の雰囲気が無いものの瞳の色が赤紫だ。
どことなく直感的な感覚で兄の面影を感じ再度隠れようとした時、美空がいきなり覗き込み驚いて後ろへと下がった。
「お父さんと同じ色だ、良いなぁ私もその色だったら良かったのに」
「あのなぁ、遺伝子は産まれる前の運試しの1つなんだから、産まれた事自体が奇跡なんだからそういうな、無茶言うな」
確かに遺伝子の影響はあるだろうが、瞳の色だけ父に似た冬美也としては唯一嬉しい部分だ。
だが、美空からすれば母に似たのだろう栗色の瞳はあまり好きではないようで不満気の言葉が飛ぶ。
「えぇぇぇ‼︎ 私もお父さんと変わった瞳が良かったぁ! 綺麗だし、皆羨ましいって言ってたし」
「……あまり良い思い出ない」
才斗もまたそういうので揶揄われでもしたのだろう、あまり良い思い出が無く、目も背けてしまっている。
それでも美空からすれば、綺麗そのもだ。
「良いじゃん、綺麗だよ!」
「一度、我々は別室へ行きますかな?」
この様子だと大丈夫と判断したのか、自分達大人は離れて過ごす事にし、才斗が美空に喧嘩等しないよう注意し、それに対して美空は父、才斗に対しての態度はこれだった。
「喧嘩するなよ絶対」
「分かってますよぉだ」
本当に親子関係が良好なのだろう、一切距離が無い。
大人達はゲストルームから出て早々、理美がそっと顔を出す。
「何して遊ぶの?」
「……うーん、お人形遊びとか?」
そういうと、1人残っていた絆が人形やおもちゃを持って来てくれた。
理美はどう合わせれば良いのか頭の中をぐるぐるさせる。
たまたまそれを見た冬美也が驚いた。
「理美、目が回ってるよ⁉︎」
心配され、理美は今どうすれば合わせられるかと悩んでいたのを打ち明けると、美空が話に入っていく。
「ごめん、久々にお人形遊びするから合わせられるか分からない」
「大丈夫だよ! 大体成り行きだし、と言うか、冬美也君の弟って恭輔と同じ位なの?」
いつの間にか冬美也と美空が楽しそうに会話を始めた。
「さぁ、分からない恭輔って誰?」
「私の弟、今3歳位なの、いるの分かれば連れて来ても良かったかも」
とうとう話の輪に入れなくなってしまい、理美は今にも泣いてしまう顔となった時だ。
窓を叩く音が聞こえ、振り向いた。
――食堂にて、大人達の会話。
貰った紅茶を飲もうとする才斗に晴菜が瞳について言った。
「しっかし、本当に同じ瞳の色よね才斗君と理美ちゃんって」
驚いて紅茶をこぼし掛けるも笑って返す。
「そうです? 自分はあまり気には留めてなかったので美空に言われて確かにって位でしたよ?」
「実は隠し子とか?」
ここに来て麗奈からの言葉には才斗は壮大に咽た。
「ぶぅっぅぅぅ!! げっほげほ!! ――それはないですよ、愛しているのは妻だけです」
今の反応は怪しいとばかりに総一が妙にノリノリで才斗が怒ろうかと言う態度へと変わる。
「あっ丁度、ぼく知り合いにDNA鑑定出来る人がいるんでしてみます?」
「待って、やめて、冗談でも怒りますよ」
「いや、本気なんで大丈夫です」
それのどこが大丈夫かと言いたいが、衣鶴はある事を思い出す。
「総一君、父親居なかったもんね」
どうやら総一には父親が居なかった。
きっと才斗と理美に何かを感じて万が一もあってはいけないと心配もしていたのだろう。
ただそれ以上に才斗は意外な言葉を言った。
「なんだ自分と一緒じゃないですか」
「そうなんです?」
「自分は幼いころに父が……蒸発しちゃって、母が女1人で育ててくれて」
言葉選びに迷っている、そんな感じに総一は一切気付かず、相手を絞める気の勢いに、才斗の方が困惑を隠し切れずに困惑だ。
「……蒸発? 探し出して殴っても良いんじゃないです? なんならどっかに埋めても?」
『あ、あれぇ? どんどん不穏な事しか言ってこないなぁ彼?』
衣鶴はハッと思い出し、総一の過去を話し出す。
「総一君、父親の方が蒸発どころか、そもそも居ないの」
「なるほど、でも、腹立つのは分かったので、その、殺気隠してくれません?」
友吉なりの気遣いだったが、衣鶴は容赦なく冬美也も含め言う。
「でもそうなると、才斗君も総一さんもよく真っ直ぐになって育ったものですな」
「いやぁ、小さい頃の総一君ひねくれてたからなんとも、冬美也のひねくれ方が諸々総一君にそっくりで」
晴菜はふと、総一の性格はともかく小さい頃と言うのでよく知っていると思っていたが、どうやら子供の頃に衣鶴の亡き父が総一を連れて出会っていた。
「総一さんの事よく知っているんですね」
「知っていると言うか、今は亡き父が総一君の頭の良さに惹かれて、総一君をアメリカの方で学を学ばせて、1人じゃ心細いだろうから総一君のお母様を家政婦として雇う形で労働ビザ申請と諸々してこちらで暮らせるようにして」
「恥ずかしいから言わないで下さい」
総一にもこんな過去がと嘉村家の皆思っていると、話してもらったからにはと才斗もあっさりだが自身の過去を話す。
「自分は結局持ち家だったんですが、税金とか……2人暮らしだとままならない処もあって、結局母の知人が暫くこちらが持つ形で住み込み可能な仕事場へ、その近くに興味が全くなかったんですが、先輩のおじいさんがやっていた柔道を習う事になってそこからですね」
途中何故か喉のつっかえの様な話方をしたので、総一も皆、先程の咽たせいだろうと気にも止めなかった。
総一はよく母親が許可したものだと思い、やっぱり習い事をさせたいとと思っていたがどうやら違うようだ。
「よくお母様が許可を――」
「違う、あまりこき使う先輩だったから腹いせで、投げ飛ばしたら丁度たまたま通りかかったおじいさんが先輩のおじいさんで、筋があるからってほぼタダ同然通わされたんです」
やはり良い話では無かった。
寧ろ良く母親もタダだからと通わせたなとも感じる。
「うわぁ、伝説の始まりがそんな理由で」
それでも才斗はきっかけは何であれ、こうして柔道の道を歩み戦えるのが楽しい。
「だって、先輩は何するか見えてしまう程分かりやすい人だったし、でもお陰で見えない圧のある人達と戦えるのはとても光栄ですよ」
そう話し終え、何かを察したのか後ろを急に見る。
突然、琴が入ってきたのだ。
「すいません、奥様!」
普段からあまり表情を出さない琴が少し焦っているのに晴菜は怪訝な顔になるが次の言葉で分かった。
「琴さんどうかしたの?」
「実は、今絆様からご連絡があり、理美様達が外へ」
「えっ‼︎ だってあそこ2階だし誰かが――」
そうゲストルームは食堂の真上、普通なら使用人の誰かが気付く筈だ。
ところが今回油断し、皆丁度見回る事の無く、おもちゃを持って戻った絆が1番驚き、すぐに外の見回り中の琴に連絡が入り、この状態では良く無いと判断した琴が来て今に至る。
「その、1階の庭に向かう裏口から出て行かれたようで……流石の絆様も油断してたらしく、動物の羽や毛も落ちている事から動物と共に、これから私も捜索に向かいます、足跡もあるので」
才斗が立ち上がりある言葉に引っ掛かりを感じ問えば、やはりそうだった。
「達って言いましたよね⁉︎ もしや、美空も?」
「はい、一緒です、理美様と共にいれば大丈――」
安心させようとするも、やはり管理者達や他の仲間は理美を知っていれば分かるが内心を知らない大人達からすれば不安が強い。
「ちょっと待って、私も行く、総一君は待機、優紀を見てて」
「分かったけど、でも」
「自分も行きます、場合によっては警察に」
「は、はい」
庭に向かう裏口はとても簡素で、使用人達の行き来もあるが、今回はそれがあまり無かったのが災いしてしまい誰も見ていなかった。
庭を見回し、外へと向かえば動物の足跡が幾つも付いており、良く見れば熊の足跡もある。
衣鶴は血相を変え、琴に聞く。
「狩猟銃ありますか⁉︎」
「ありますけど?」
琴や絆は理美の愛されし者を知っている、だからそこまで深い考えなんて無いし、動物達が用事で理美を連れ出したのだろうと判断がすぐにつく。
しかし今回どうして冬美也だけならまだしも美空までと考えるも、とりあえず無事なのは分かっている。
ただ今回は獣医師学者の衣鶴がいるのだ。
「分かりました、使用人に案内させます」
琴はすぐに近くに居た使用人に伝え、衣鶴が使用人と共に向かう。
その間に琴は足跡を頼りに才斗と共に理美達を追った。
『さて、どうしましょうか、しかし前とは違いもう落ち着いているのに早々連れて行く理由なんてない筈なのに?』
その頃理美達はクマの背中に乗っている。
「きゃぁぁぁ!!」
「理、理美、本当に大丈夫なの!?」
騒ぐ美空に不安がる冬美也の声に対し、理美は最初から2人を乗せる気など無かった。
『だから1人で行くって言ったのに……』
――居なくなる少し前、カヤネズミと鷲が窓を叩くのが見え、理美は驚く事もなく窓を開ける。
「どうしたの? 暫く会えてなかったからって来たの?」
理美の問いに対し、カヤネズミが話す。
「それもアルが、リミオマエいまイケるか?」
「今は……その」
話に夢中だった2人も理美が急に窓を開けたので空気の入れ替えかと思っていたが、流石に誰かと話し出して振り向けば、デカい鷲とその上にカヤネネズミが居れば驚いて当たり前だ。
「わぁっぁあぁ‼︎ り、理美ちゃんそれ動物だよ‼︎ 危ないよ‼︎」
「……私この子達迷っちゃったみたいだから1回逃してくるから待ってて、2人共気にせず遊んでてよ、絆さん来たら、動物が迷い込んだから逃しに行ったって言えば分かるから」
「待って、ぼくも行く」
理美は冬美也と居れば大丈夫だと思っていた。
しかし実際には自分は蚊帳の外、話の馬が合う人同士だとそれはとても盛りあがるが一緒に居てくれると言ってくれた相手にも自分を忘れて話が盛り上がっていれば面白くもない。
こんな自分が嫌になる……。
だから冬美也には敢えて美空を頼み、自分だけ行く事にした。
「大丈夫だよ、冬美也はほら遊んで――」
「ぼくは理美と居たいんだだから一緒に行かせて」
「良いよ、冬美也と美空ちゃん楽しんでてすぐに」
理美が離れようとしたが、冬美也は頑なに拒否をする。
「絶対にやだ! ぼくも絶対に行く!」
「冬美也? 別にこの子達を外へ……」
「理美はこのまま行かせたら居なくなっちゃうから絶対にそうはさせない‼︎ ぼくは……」
冬美也は本気で理美がいなくなりそうで怖くてたまらなかった。
それに驚く理美だったがやはり美空をこのまま放ったらかしにする訳には行かない。
「ごめ、ごめんね、そんなつもりじゃ、でも美空ちゃんを1人にする訳には」
「じゃあ私も行く! なんか楽しそうだから!」
目がすっごいキラキラだ。
これはあの声は悲鳴じゃなくアレだった。
『あの声は恐怖じゃなくて』
『興奮した声だったのか』
そして今に至るが、クマは何も言わずに乗れとばかりに座り込むばかりでいきなり走り出す。
あの時とは違いずっと自身のペースで走っているので疲れもしないのか、どんどん奥へと進んで行く。
「一体どこまで行くのクマ?」
「……」
「クマ?」
まるでもう話してくれなさそうな雰囲気で、怖くも感じる。
何かとても嫌な気配を感じたが、降りる事も帰る事も出来ない。
それから10分は過ぎただろうか、漸くクマが止まり降りれるように促す。
「リミ、おりていいよ」
「う、うんありがとうクマ……」
理美がクマから降りるとすぐ、ある事をお願いされた。
「わるいが、あのコらにはここにいるようイってくれ」
「良いよ、でもなんで今? 言ってくれるなら、翼園に帰ってからでも」
「おねがいだから」
強く言われ、とりあえず冬美也なら分かってくれるので、彼にだけ話す事にした。
「冬美也、このまま美空ちゃんと待ってて」
「でも!」
「お願いだから、大丈夫だよ、ただお話しするだけだし」
理美のお願いでも聞けないと、冬美也が入ろうとするもクマの威圧で美空が震えている。
本来なら押し退けてでも行きたいが、クマの他の動物達の気配を感じ、なんだかこれはあまり良いものではない気がした。
それでも理美の頼みを聞くしかない。
「分かった、終わったら今度こそ3人で遊ぼう」
「うん!」
理美はそう言って、クマの後を付いて行くとそこまで離れていない開けた場所に出た。
後ろを見ればすぐ近くなのが分かる。
動物達が一斉にぞろぞろ歩き出し、理美の元へと向かう。
その動物達を見た理美が言った。
「皆! 久しぶりだね! 元気だった?」
どうやらこの動物達は理美と共に暮らしていた動物達だ。
最初、久しぶりに会えた喜びで動物達皆嬉しそうに寄り添うも、何か違和感を理美は感じ取る。
誰も話そうとしない。
やはり他の人間の匂いや色々変わったのもあったのだろうと思っていた時、クマの方から話し出す。
「……リミ、よくキいて」
一瞬で、この一瞬で理解した理美は感情的になる。
「えっ……いやだ、聞きたくない!」
優しく寄り添いながらクマは話を続けるも、理美の目から涙が零れていた。
「リミ、そうだねあんたにとってはとてもイヤなコトバだろう。でもこれはいわなくてはサキにススめない」
「それでも嫌だ! だって、それってもう……もう……」
クマは理美の顔を舐めながら、最後に言わなくてはいけない言葉を言う。
「なかないの、もうあんたはヒトとしてセイカツをちゃんとできるようになった。ヒトらしいニオイもしている、あたしらもモトのセイカツにモドルよ。だからオワカレするんだ」
必死に止めようとするも、理美が戻って来てしまうのは分かっての事であえて引き離す選択をする。
「なんで今なの! もっと後じゃダメなの?」
「それだとイヤなことがおきたらあんたはモドってきちゃう。だからオワカレするんだ」
クマは別の方向を見れば、既に絆が立っていた。
お別れの為に場を提供したようにも見える。
木々のせいで見えないが、後ろに座って聞き耳だけ立てているディダの姿もあった。
冬美也も理美の様子を見て、なんとなく別れの挨拶だと察し、声を掛けたいが他の動物達の目が光っている為に動けない。
一切状況の呑み込めない美空からすれば異様な光景にただただ恐怖もあるがそれ以上に冬美也の理美に向ける視線で何となく察する。
『あれ? もしかしてこの子は――?』
他の動物達は次々と声を掛ける中、嫌だと言うも決してそれは許されることではない。
理美はそれでも言おうとしたが、急に銃声が鳴り響く。
更にもう1発鳴り、先程集まっていた動物達は銃声に怯えると言うよりも別れの合図として走り去る。
「待って!! 置いてかないで!! 1人にしないで」
一瞬、クマがこちらを見た。
これは理美の元へ行って欲しいと訴えた目だ。
慌て走り冬美也は理美を腕を掴む。
「理美!!」
その手を振り払い、理美が走り出そうとするも、冬美也はそれでも再度掴み、今度は抱きしめる。
「嫌だ、嫌だよ!! 行かないで!! うぁぁぁ!!」
「理美、大丈夫だから! ぼくが居るから! 泣かないで」
抵抗はしたが、漸く諦め理美は立ち尽くし冬美也はそのまま理美を抱きしめ続けていると、ライフルを持った依鶴が息を切らしながらやって来た。
「はぁ……はぁ……あんた達無事!? 怪我は!?」
「ぼくは大丈夫、でも理美が」
ずっと泣き続け、息もままならないままただただ声すら出ない理美に対して、衣鶴は優しく語る。
「良いの、人間と野生動物の距離は近すぎず遠すぎず、適切な距離でいなければ、自然の理を壊してしまう」
「うん……」
「難しいかも知れない、でも必ず意味が分かる日は来る、帰ろう」
ずっと見ていた美空も行こうとするが、才斗に止められる。
「お父さん!」
「今は……そっとしておこう、屋敷に先に戻っておこう」
「えっ、う、うん」
才斗に促され、渋々大人しく従う美空だったが、やはり心配と言うか好奇心の様な目で回りを見渡しているようだった。
別の場所にいた絆とディダが話す。
「良かったの? あの動物達を帰して?」
「良いと言ったが、理美様の為と言われ、本来なら今日お前に頼む筈だった」
運悪く才斗が娘の美空と来てしまい、騒ぎ事にするしか無かった。
だがそのお陰か分からないが動物達は無事各々の住処へと帰るきっかけを衣鶴が作ってくれたものの、ちゃんと理美が理解出来れば良いのだが、こればかりは時間を掛ける必要がありそうだ。
「そっか、予定がちょっと狂ったけど、ちゃんと理解出来てれば良いよ」
「私は理美様の元へ向かいますので、ディダは戻りなさい」
「分かった、この様子ならもう1泊するなら一度マルスに電話して」
そう言ってディダは一瞬で消え、絆も理美達の元へと向かった。
――土砂降りの中、無作為に入った山の中理美はもう一歩も歩けず、ただ時を過ぎるのを待つ。
そんな中、とても大きな大きな熊が子連れでやって来た。
あぁ、食べられるのかな、でも探す相手も居なければ助けてくれるヒーローだっていない。
疲れた……。
「だいじょうぶ? どこかいたいのかい?」
急に話しかけられ誰だと辺りを見渡すも熊の親子しかいない。
「……話せ、るの?」
実際母熊も不思議がっていた。
「フシギだねぇ、イラだつこともない、イヤなニオイもあるのに、あんたはとてもフシギだ……いっしょにくるかい?」
「えっ……でも、私……」
戸惑う理美に対し笑う。
「イイよ、コンカイはこのコ、ヒトリなんだおいでめんどうをみてあげる」
「……あ、りが、とう」
話がついたとばかり、母熊は子熊に挨拶をさせる。
「ほらあんたもあいさつしな」
「こんにちわ、あたしクマ!」
「私……理美だよ、よろしくね」
それがクマとの出会い――。
絆は泣き疲れ眠った理美を抱き抱えながら、先へと歩く。
その一方で冬美也は疲れるだろうからと衣鶴がおんぶして後に続いていた。
「母さん、あのね」
「んっ?」
漸く冬美也は自身の記憶が戻ったのを衣鶴に教えるも、知ってたとかどこまでとかではなく、意外な言葉が返って来た。
「ぼく、記憶戻っていたんだ、ごめん」
「そっかぁ、良かった。どこまでとかは聞かない。話したい時に少しずつ教えて」
「ありがとう……母さん……ありがとう」
冬美也も言えずに我慢していた分泣き始める。
心のつっかえが取れたと同時にもうすぐ別れの時がやって来るのをひしひしと感じた。




