お泊まり《前編》
ゼフォウがセェロに連れて行かれてから数日が経った。
その後の対応で坂本の率いる部隊が見回りをすると言う形を取り、回りにはとりあえず別の施設へと移った事になったが、少々無理矢理過ぎるかも知れないものの絆にも手伝ってもらい徐々に落ち着きを取り戻す。
勿論侵入者のせいで不安があった子供達だったが、ケアをきっちり行い、少しずつ落ち着きを取り戻し、今では普段通りと言った感じだ。
ただ、少々冬美也の様子が変なのである。
「冬美也? どうしたの?」
「ううん、なんでもない、ゼフォウが何言っていたのか気になって」
冬美也は明らかにゼフォウが言っていたのは理解出来ての言葉だろうが、理美としては気持ちは変わらないと言いたかったが、やはり分かっていない。
「あれ? あぁ……驚いちゃったけど、大丈夫だよ!」
「大丈夫って?」
どう言う意味なのか聞く冬美也にどう答えれば良いのか、もうここで告白すべきなのだろうかと顔に火がつき全身まで赤くなってしまう理美をたまたま見かけたアリスが突っ込んだ。
「あんたも鈍感なのか疎いのかどっちかにして、そうそう、晴菜さんがあんたらを屋敷に招待したいんだって言っていたわよ」
「またなんで?」
「折角総一さんご家族も来たのに、何もしないのもってあるのと養子縁組も書類も一通り出来て、後家裁に提出するだけだからって、通ったら嘉村さんの家で暮らすんだから少しでも慣れさせたいそうよ」
色々なゴタゴタによって、理美はもう朧げにしか覚えていなかった。
「そういえばそうだったね」
「他人事にしない、普段からここに暮らし慣れちゃった分、まぁ久しぶりに家族団欒過ごして欲しいって事よ」
晴菜としては折角神崎家族が揃っているのに、いつも単身赴任の部屋へと帰るのを見て、たまには1日夜も過ごして貰いたいとの願いだ。
「ぼくは……」
話をしようとしたが、上手く声が出ない。
アリスからすれば、こればかりは記憶が無い為の喉から声が出ないのだろうと思い、慰めになるかは分からないが、これから少しずつ家族として慣れていかねばと思って言う。
「記憶無くったって家族は家族だし、少しは慣れておかないとね、今日も衣鶴さん達が来るのと、まだ日程は決まっていないけど近い内にお泊まりになるからね」
「はーい」
「分かった」
それだけ伝えてアリスは立ち去る。
また2人きりになり、冬美也が塞ぎ込んでしまう。
あまり乗り気ではないのが理美でもよく分かる。
どうすれば冬美也が元気になるのか考えるも、自身の事を聞いて諭してくれる冬美也の様な気の利いた言葉が上手く出せない。
そこで理美はある事を思いつく。
「ねぇ、これから少し違う所に行かない?」
「えっ? 良いけど? 外に行くなら――」
ディダ達に話をしないとと思っていたが、理美が行きたい場所はステンドグラスのある部屋だ。
「ううん、外じゃないよ、隠し部屋に行こう」
「隠し部屋ってあのステンドグラスの?」
理美は冬美也の手を握った。
「そうだよ、一緒に行こう」
「うん、良いよ」
久しぶりのステンドグラスの部屋、それでも誰かが定期的に掃除をしているのか、埃があまりない。
「ここね、実は最初眠れなくって、真夜中に見つけてここだけ光が入って綺麗だったんだよ。今も明るくて綺麗なんだけど夜は格別なんだって冬美也もここ見つけてたから分かるか」
「うん……」
前とは違う暗く辛そうな冬美也を見て、やはり友達が居なくなって寂しいのかと思って聞くと何か思い詰めた様な表情で訳を話そうとするもそこから先が出てこず泣きそうになっていた。
「最近暗いけど、ゼフォウが居なくなって寂しい?」
「それもあるけど……ぼく、実は……」
「冬美也、どこか痛いの?」
理美に心配され、それがなんだか申し訳なく、意を決して冬美也は記憶が戻ったのを伝えると理美から意外な言葉が返ってくる。
「ううん、違うんだ。実はもう記憶戻っているんだ。でも言ったら多分理美と離れちゃうんじゃないかって、ただ父さんも母さんもいつも辛そうで、どうすれば良いのか分からなくって」
「知ってたよ」
「えっ……?」
まさか理美が気付いていたのかと思って、驚くと理美自身は何処となく分かっていたが、それを口にして良いものかも分からないし、下手に言ったら傷付けてしまう。
そう思って黙っていたが返って傷付けてしまったようで、謝罪した。
「なんとなく、あの時冬美也を助けた時、ゼフォウを見た冬美也の顔なんだか知っている風だったし、それにここに戻って来てからもなんだか記憶があるような感じ皆と遊んでいたから……ごめんね、言ってあげればこうはならなかったのに……ごめん」
理美としてはどう言えば良かったのか、本来ならそのまま誤魔化してしまえば良いのか、或いは怒っても良かったのか分からない。
ただ分かるのはそのせいで苦しめてしまった。
冬美也もまた、最初から思い出した事を言っていればここまで苦しく無かった上、何より前の記憶を取り戻せば今の記憶が無くなってしまう恐怖に、どんどん先に進んで行き、理美がどっかに行ってしまうのではという焦りもあった為にこうなってしまったのだと後悔している。
「ううん、こっちこそごめん、ぼくが悪いんだ。あの時だって思い出したら忘れるんじゃないかとか、理美がどっか行っちゃうんじゃないかとか、そればっかで」
当の本人である理美にとってはどういう意味なのかさっぱりだ。
「どっかって?」
「あっ、えっと嘉村さんの所へ養子入るのとかで、自分を置いて行っちゃうんじゃないかって」
「行かないよ? なんで?」
ここで漸く自分がどうしてこんなに苦しいのか理解した。
そうか、友であるジャンを亡くし、ただただ寂しくて苦しかっただけなのだ。
理美にその話をすべきかと考えたが、今は止めておこう。
彼女に同情や悲しみを植え付けたくはない。
もっとお互い大きくなってから、改めて話そう。
だからどこかへ行くのは、帰るべき場所に行くのは自分だ。
「……ううん、そうだよね、理美はここに居るのに、変だね。むしろぼくが帰っちゃうのにね」
ここで改めて理美は帰ってしまうのだと分かり、少し寂しいが、本人の気持ちを尊重しなくてはいけないと思ってどうしたいのか聞いた。
「そっか、冬美也はどうしたいの? まだここに居たい? それとも総一さん達と居たい?」
不思議と話してスッキリしたはずなのにまだここに居たいのだ。
しかもまだ話すのを躊躇ってしまう。
「今はまだここに居たい。なんでだろうね? 少しスッキリしたのにこのまま話せばいいのは分かっているのに」
理美は冬美也が親と話すまで黙っておくことにした。
「冬美也がまだ話したくないのなら、私も黙ってる」
「うん、ありがとう」
「それじゃ、まずご飯食べよ、もうお昼だし眞子さんも食事の準備終わってるだろから」
お互い立ち上がって、部屋を出て食堂に着けばもう食事が出来ており、回りも集まっている。
こうして一緒に食べているといつもホッとし、ずっとこのままで居たいと願わずにはいられない。
でもいつかは自分は帰らないと行けない物悲しさもあった。
なんだろうか、この気持ちは――。
その午後の事、晴菜と衣鶴が翼園で会って、応接室を借りて話し合いをしていた。
勿論、お泊り会についての話で、優紀は現在ディダが見ている状態だ。
一通りの内容を伝え、一緒に家族で泊まってほしいと伝えると衣鶴もそろそろ翼園ではなく自分達の元へ暮らすべきと考えていた。
「――なるほど、お泊りねぇ確かに慣れさせたい頃ではありますしねぇ」
ただ本来なら友達と一緒にとも考えていた晴菜としてはまさか、ゼフォウ達が別施設に移動とは考えても見ていなかったようだ。
「でしょう? でもまさか、ゼフォウ君達が別施設に移動へなるとは思っていなかったわ」
「やっぱりあの密猟者があれだったと言う事では?」
流石に信憑性がある為、ディダもアダム達も入って来れない。
ただ、1人絆はすぐさま否定してくれる。
「違うますよ、マルス院長が風邪ひいたのもあってやっぱり回せないって事で仕方なく転園してもらったのが真相です」
子供達もその辺言われてはいるが、いつもの事として流している部分が大いにあるものの、結果として下手な勘ぐりや要らない人間達がこの辺を闊歩しない分、噓も方便としてしみついている部分があるお陰で今までやって来れているのも実は絆は知っているが、まあいいだろうと思って言わない。
まさにそのお陰で晴菜もマルスが倒れたと聞いて驚き、そのついでとばかりにディダ達だけでは回せないと結論付けて別施設へ移動も納得してくれていた。
「いやぁ、まさかマルス院長倒れちゃって、私達が行ったら風邪うつすから来ないでって言われた時は焦ったわ」
「結局、前に来たボランティアの人が戻って来たんだっけ?」
「その1人を絆ちゃんがスカウトして最近では密猟者狩りしてますので、見つけ次第狩ると意気込んでます」
危うくマフィアの幹部を殺しかけたので、絆が冷静に止めたのを思い出す。
『意気込み過ぎて、こっちが止める羽目になりましたが、まああっちも悪いので良いでしょう』
まさか、気配を消した人間に対し意図も容易く見つけ、斬り付けようとしていた。
琴曰く、経験上の勘も犯罪者として取り締まるべきとのと、多分裁けないだろうと始末しようと考えたそうだ。
だからと言って、無闇に殺ってしまったら角が立つのでと説明し、流石のセェロもあの後すぐに謝罪と説明して場を収め、なんとかなりはしたが、やはり妙な蟠りは生まれてしまった。
この辺を知っているのは、絆だけ。
それを知らない依鶴は引きつつも止めに入る。
「いや、それはダメでしょ! 熊とか出たら対象出来ませんって!」
全く違う方向な為、どう突っ込めば良いのか分からない。
『えぇ……そっちで?』
人は良いんだと言いたかったが、ここはそのままにしておく事にした。
晴菜もその辺はもう良いかと思い、冬美也に関しても一応話しておこうと考えて言うも、そこに関しても何とも言えない返答に困惑する。
「ただ最近また冬美也君何か考えているのか暗いような気もしますし、少し気になっていて」
「あぁ、総一君には聞いてます、それが原因で友達と喧嘩したんでしょう? あの子が友達と喧嘩出来るようになったとは、うんうん成長したなぁ」
『なんだろう』
『ベクトルが違うと申しましょうか……』
これはもう言ってもいいんではと絆もつい目配せし、晴菜はそれに答えるも、どうも昔は総一も含め冬美也も皮肉れ者だったようで、衣鶴からすれば懐かしい扱いだ。
「それはちょっと違うんじゃぁ?」
「えっ? そうですか? あの子、総一君みたいな皮肉れていたから」
『皮肉れてたんだ』
これは意外と思っていた矢先、衣鶴にもある悩みがあった。
「でもまぁ、無事でいてくれて良かった半面、友達とその友達のお父さんが亡くなってしまっているから正直、どう言えば良いかまだ分からないんです」
もし記憶が戻っても、ジャンとレオの状況を把握しているのか分からない。
万が一、目の前で死亡しているのなら尚のこと心のケアも必要だ。
それにどうしてここ日本にいるのかも追求されるのも明白で、連れ帰った時にどう回りが反応するのか正直恐怖でしかなかった。
絆は衣鶴に言う。
「もし思い出していたとしたら、それも含めて愛してやって下さい。今は彼が望んでいるのはそれだけでしょうから」
記憶が蘇って苦労するのは回りではなく冬美也自身だ。
それを含めて愛してあげる事が1番の最善策とも呼べる。
「……出来るかな?」
少し心配する衣鶴に対し、絆は微笑んだ。
「出来ますとも」
気持ちを切り替えて、衣鶴は泊まりの日を再度確認する。
「うん分かった、明後日で良いんですよね?」
晴菜的にはもっと早い段階で決めていたが、色々あって本当に色々あって今に至るのだ。
「勿論です。もうすぐあの子達も夫も戻らなくては行けないし、本当はもっと早い時期を考えてましたが」
それに関して絆も同意する程、色々あった。
「本当ごたごた多かったですもんね」
普通に思い出しながら言葉にすると、お泊り云々言う前からかなり濃厚な日々だったように思えて仕方がない。
「そうそう、話が纏まってからのつもりでいたら理美ちゃん達が喧嘩して、密猟者に撃たれて、即入院して、ゼフォウ君達もやって来てで、短期だったとは言え唐突に別施設へ移動って……かなりハードだったわね」
ふとそういえば、何故かゼフォウは冬美也を知っていたし、なんなら冬美也もゼフォウを知っている。
話的にも、あまり聞こえては来ないが、なんとなく同じ場所に居た仲の様にも見えた。
あっという間に帰ってしまうし、なんとなく回りも隠している何かがあるのは明白だ。
しかしそれ以上に話を振れば良い事はないだろう。
「……冬美也って今まで何処で何をしていたのか、教えてくれれば良いんだけど、難しいわよねぇ」
「難しいは人間同士だからですよ」
「あはは、確かに」
絆の言葉は本当にしっくり来る言葉しか出てこないので返ってホッとした。
――そうして明後日、当日を迎え、翼園で待ち合わせだ。
神崎家族も揃い、冬美也も少しドキドキしながら待つ。
一泊二日のお泊り、久しぶりに嘉村家の屋敷に行けるのと、初めてのお泊りに理美は胸を躍らせる。
いつもの黒い車いや胴が長い黒い車がやって来た。
絆が助手席から出てきて後ろ扉を開けながら言う。
「お待たせしました。どうぞお乗りください」
総一が皆の代表で頭を下げるも、いえいえと絆が笑って言っている最中に、理美は好奇心に負けてすぐに入ってしまう。
「よろしくお願いします」
「長ーい!」
その後を冬美也が追って入る。
「理美待って」
「ぼくもー!」
「はいはい、待ってねぇ」
依鶴も優紀を入れて上げれば、すぐに気付く。
菓子やら飲み物やら色々置いてあるのだ。
総一も見て驚き、絆を見ると凄く申し訳なく言う。
「すいません、止めたのですが……」
実は晴菜も迎えに行きたがっていたが、準備と言う名の暇を押し付けてなんとかやって来たのだが、どうも晴菜としてはおもてなしのつもりで、普段乗せない物を色々な菓子や飲み物を置くという手段にとって出て、本当なら片付けたかったが時間を押していた為諦め今に至る。
流石に絆の言葉数が少なくとも理解出来たしまった。
「あぁ、なるほど」
ずっと傍で見ていたディダが絆に聞く。
「明日の午後だよね? 戻って来るの?」
「その予定です。ただ、近々第一秘書が遊びに来るとお話があり、その際に再度理美様には屋敷に来ていただこうと思っているそうです」
いきなり短期間に予定が詰まるとディダもつぶやく。
「かなりハードになったなぁ」
そのつぶやきを聞き、絆は眉間に皺を寄せるもあの防護服の連中がやって来た辺りからずっとこのペースなのだ無理もない。
「こっちだってそう思ってますが、正直あんな事やこんな事があったらこうはなりますよ」
「うっ……確かに!」
普通に思い返せば確かに色々一気に起き過ぎて落ち着いたのが今なのだ。
ため息を吐きつつも、長年の付き合いからか切り直して絆は言った。
「では、理美様と冬美也をお預かりしますので」
「うん、よろしくお願いします」
そう言ったところで、理美が車の窓を開けてディダに言う。
「ディダ、行ってきまーす」
「気を付けてね、冬美也君も家族と一緒に過ごしてね」
「はい、行ってきます」
そうして車は出発した。
屋敷に着き、早々いきなりメイドや使用人達が出迎える。
「ようこそおいでになりました」
驚きのあまり理美どころか全員固まってしまう。
前に行ったと言うか保護された時はそんな大層な出迎えなんて無かったし、ほんの数人が絆の指示に従って空き部屋の用意などしたりしてくれただけだ。
見かねた絆が手を1回叩いてすぐに皆を持ち場に戻させる。
「あぁすいません、ほら皆さん持ち場に戻って」
使用人の数人が神崎夫妻の荷物を持ち、理美はと言えば、どうすれば良いのかと固まってままでいると、晴菜がやって来た。
「理美ちゃんいらっしゃい! 総一さんも衣鶴さんも冬美也君と優紀君も!」
その前に絆が注意をするも、この間は出来なかったのをしたかったと言うが、これはこれでダメだろう。
「奥様、その出迎えも無しと申し上げましたでしょう」
「だって! この前はほら冬美也君が気を失ったのを絆ちゃんが拾ってくれた時で、理美ちゃんも泣きそうだったしで全然だったから、せめてこれくらいは……」
「まだ養子縁組も正式になってないので、行き急ぎです」
絆に言われて不貞腐れ状態の晴菜をよそに友吉達がやって来た。
「ほら、やっぱり使用人達も迷惑がっていたぞ」
「母さん、決まった時にと言うか、一々しなくても」
やはり友吉も颯太もこれだけは言っておかなくてはと口を出すのでますます晴菜の機嫌を損なわせる。
「もう、あなたと颯太まで!」
一切口を出さない麗奈は母、晴菜に対しての感想はこれだ。
『距離感バグっちゃったかぁ』
これだけ言われているので、余計な事は避けて理美の元へ行く。
「いらっしゃい、理美ちゃんに総一さん達も、今から客室にご案内しますので、お願いしますね」
使用人もはいと言って、案内してくれる事になり、総一達は使用人に付いていく。
理美も向かおうとした時だ。
急に晴菜が入って来て言う。
「理美ちゃんは別の部屋を用意しているわ!」
「冬美也は?」
一緒に来ると思っていた冬美也も戸惑っていると晴菜は冬美也にも言うような仕草で言った。
「後でお部屋に案内するから、ねっ?」
「分かった、後でね」
「うん、後で」
冬美也も後でならと納得して総一達と共に別室へと向かい、理美は晴菜と共に別の部屋へと案内を受ける。
2階の1室に着く――。
「ここ?」
「そう、正式に決まれば、ここは理美ちゃんのお部屋として使ってもらいたいから、少しでも慣れてもらいたくて」
晴菜はそう話して、扉をあけるとその部屋は程よく広く、1人用には見えない広い天蓋付きのベッド。
1つだけ出窓付近にはもう1つの部屋のようにソファーと小さなテーブルが置かれていて、とても可愛らしく見えた。
更によく見れば、見たことのない様な棚やら机、複数の扉がある。
一体なんだろうか、理美は尋ねると晴菜が案内してくれた。
「あそこの扉は何?」
「一緒に行きましょう、まずはこっちよ」
開ければそこは衣装部屋なのだろう、まだ空なので本当にただただ広いだけで、これから増えていくのを待っているかのようだ。
反対側の方は、綺麗な洗面台に洋式トイレと狭いがちゃんとしたお風呂が付いている。
「なんでトイレがあるの? お客様の部屋?」
「元々共有トイレはあるんだけどお風呂も、遠くて部屋のほとんどに付いているの」
この辺で元々客部屋だったのを急遽見繕ったと言った印象に変わるが、一応トイレ等もあるにはあるもののそもそもここからだと、遠いのもあって殆どのトイレが付いているとの事だ。
「この部屋1人で使って良いものなの? 一緒とかは?」
「えっ? 勿論1人で使って良いわよ」
今の今まで1人部屋と言うものを貰った事の無い理美にとって初めての1人部屋がまさかのこういう大きな部屋で衣装部屋やら水回りも完備されている部屋なのだから、一気に緊張が走ってしまう。
「ど、どう使えば……!」
「暫くは慣れないでしょうし、私や絆ちゃん達の女性陣で身の回りを見て行くわ」
晴菜達が暫く見てくれるとの事でホッとしてくれると思っていたが、未だぎこちない理美に晴菜は笑ったまま可愛いと思った。
「は、はい、お、お願いします……!」
『凄くぎこちない、可愛い』
丁度、絆が冬美也を連れてやって来る。
「奥様、冬美也様をお連れしました」
冬美也の第一声はやはりこれしかなかった。
「広い……!」
普通の部屋として見れば十分に広いのだが、それでも絆からすればどの部屋も均一そのもの。
「客室とそう変わりませんよ?」
理美はどこに興奮したかと言えば衣装部屋で、冬美也の手を引っ張って衣装部屋へと向かう。
「冬美也、衣装部屋広い! ここ住めるよ! 衣装部屋だけで!」
「住めるって――ってちょっと!」
引っ張られた側は一体何が起きたのかと驚くが、すぐに気付くだろう。
「ねぇ広い!」
「広っ! しかも窓付いてるここ!」
1番驚いて欲しかった場所等よりも、まさかの衣装部屋に晴菜は呆気に取れてしまった。
「まさか衣装部屋に興味を持つなんて」
「仕方がないでしょう奥様、一般の感覚なら衣装部屋なんて有りませんよ」
全く絆の言う通りだ。
一般の人間なら普通にあっても押し入れやクローゼット位で、こんな広い衣装部屋なんて珍しい。
麗奈はここで育ったのと、颯太はそういう環境だったと言えば良いだろう。
かなり新鮮味があった。
ならばと晴菜がここの部屋にある秘密を教える。
「理美ちゃん、実はここの屋敷、翼園と同じで秘密の部屋あったりするわよ」
すぐに理美はその話に食いついた。
「まじで⁉︎ 見たい見たい!」
「今日は少し屋敷の探索をなさってください。秘密の部屋は後日改めて」
絆としてはここで行方不明になられては困るので、今回は表立っての探索をお願いし、後日と言ったのはまた再度お泊りか遊びに来てもらうと言う事だ。
「はーい、分かった! じゃあ冬美也行こ!」
「うん、行こう……あ、あの、その」
理美に付いて行こうとしたが、冬美也は晴菜に対して何か言いたげで、声が詰まった。
晴菜はどうかしたのかと尋ねるとまだ謝っていなかったのを思い出し、改めて謝罪する。
「どうしたのかしら?」
「あ、いや……その」
「んっ?」
「ごめんなさい、まだ言っていなかった気がして」
「ううん、冬美也君は理美ちゃんと離れ離れになりたく無かっただけだったんだよね?」
喧嘩の原因等も既に分かっていた為、晴菜は責める事もない。
それでも理美の傷は自分のせいだと分かっていたからこそ、ちゃんと言わなくてはと思ってのことだ。
「はい……でもそのせいで……」
言葉が詰まりながらも言おうとする冬美也の為にどうして迎えたいのかをそういえばこちらも言っていなかったと晴菜も反省しつつ、その事もそれとなく伝えた。
「大丈夫よ、こちらこそごめんなさい。ただね、その為に迎えたかったですもの、さぁ行きましょう案内するわ」
晴菜はそう言って、扉を開けた。




