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翼園

 緩やかな棚田に生い茂る木々、山々に囲まれた田園風景だ。

 そこの小さな丘の上にある古びた木造建築があった。

 古びた門には真新しい看板が掛けられ、児童養護施設翼園と書かれていた。

 近くには大分くたびれている遊具だが、手直しやペンキで塗り直し、何度も使われているようで、小さな子供達も見受けられた。

 外掃除をしながら少々変わった髪型をしており、どんな髪型をしているのかと言うと、金の短髪に見えるが、頭の中央から腰辺りまで伸びていおり頭部の方で布を四つ程使って止め、丸いサングラスを掛けた男性がその光景を見ながら言った。

「今日も穏やかだなぁ」

 その言葉に反応して、建物の窓を思い切り開けて怒る女性が居た。

 女性は目つきは凛々しいが、怒っている為か怖さが勝っていた。

「何処がじゃぁ!」

 ディダは女性が何故そんなにも怒っているのか聞いた。

「あれ? アリス、そんな怒ってどうしたの?」

「どうしたのじゃない! 今日アダム神父が来るの知ってて、そう呑気になるんじゃない!」

 その問いにアリスは答え、どうやらアダムはとても厳しいようだ。

 ただし、ディダはそう思っていなかった。

「でも、1日か2日位でしょ? そんな気構えてもしょうがないよ」

 長い期間居座る事は今までなかったので、通過儀礼程度であり、何か言われてもそこはある程度躱す気でいる様だ。

 木造建築の屋根の上で18歳位の赤毛で後ろ髪だけ伸ばし束ねた男性がディダに向かって声を上げた。

「ディダ神父、アダム神父が見えましたけど?」

「ありがとうマルス、君は屋根の修理頑張って!」

 マルスに言って、そのまま掃除を続行した。

 気の抜けたディダに腹を立てて、アリスは外まで出てきて言い続けた。

「あんたね、そんな悠長なままで居られるの本当に困るのよ! 逐一言われ続け疲弊した日を忘れたとは言わせないわよ!」

「なんの話をしているんだね?」

 誰かの声にアリスは答え、姿を見て驚いた。

「アダム神父のチェックが厳しいから身を引き締め……ぎゃぁぁ‼︎」

 煩かったのか耳を押さえディダは、アダムに挨拶した。

「アダム神父御無沙汰です」

 相も変わらずと言った気持ちでアダムも返しつつ、誰かを探した。

「うむ、久しいなディダにアリス、それに――」

「お久しぶりです! アダム神父!」

 マルスが屋根上から覗いた。

「そう、マルス久しいな、屋根の修理か?」

「はい、そうです!」

「マルスなら大丈夫だと思うが、気を付けるんだぞ!」

「ありがとうございます!」

 マルスはすぐさま戻って行った。

 小声で、アリスは愚痴り、ディダが宥めた。

「あいつ、何処の辺で見てたのよ……!」

「まぁまぁ、ところでアダム神父」

「どうした?」

「その子は一体?」

 ずっと気にはなっていたアダム神父が抱き抱えている少女についてディダが尋ねた。

「おぉ! そうだった、この子は理美だ。訳あってこちらで預かって連れて来たんだが、詳細を話す前にアリスすまんが、理美を洗ってくれ」

 預かって気付く酷く汚れた姿に驚いてしまった。

「良いですけどって、何処にいたんですか⁉︎」

「それも後で話すから洗ってやってくれ」

「分かりましたよ。と言うか替えの服用意してもらわないと」

 これは洗いがいはありそうだと考え、絶対洗ってやると言う信念に火が付き、理美が怯えているのに気付いていなかった。


 風呂場にて、丁度お湯を張っていたのだろう湯気が立ち込める中、アリスはこれでもかとボディーソープを泡立て、理美の頭やら体やらをとにかく洗うも、力強い為か理美が嫌がった。

「痛い! 自分で洗えるよ!」

「バカ言うんじゃない! ここまで行ったら後数回洗い流さないと汚れが浮くから駄目!」

 そう言って全て洗い流すも再度洗い出した。


 事務室の応接席にて、風呂場から離れてはいるが木造建築でしかも古い為かかなり響いた。

「結構響くな」

 申し訳ない程度で笑って誤魔化しつつもディダは先程アダムから理美について聞かされ、返事を答えた。

「あはは、で先程の話なんですが――」

「理美の事頼めるか?」

 アダム神父もいきなり来て預けようとしているのだ。

 無理を承知なのも分かり、駄目な場合は別の伝手で探すしかないとも考えていた。

「勿論、ただ理美ちゃんが何処まで対応出来るかにもよりますが預かります」

 まずは慣れるかにもよるが理美を預かる事を承諾した。

 そしてアダムは理美が眠っている間に御神木のアースに聞かされた話をディダに言った。

「皆に忘れ去られ、20年以上経ったのにあの姿のままだ。しかも、御神木によれば、そのままの姿で時が止まった状態とも言っていた。対応出来ればきっと育つだろうと」

 意外とディダは嫌がったり気味悪がったりせずありのまま受け入れ、慣れさせるのも時間を掛ければ如何とでもなると経験上で言った。

「僕は全然、気にしませんしゆっくり慣れさせますよ」

「助かる、しかし今の所自分しか懐いていない状態で他の者に頼むのも失礼だ。暫く私もここに住む」

 最後、ディダは何かとんでもない事を聞いた気がした。

『……んっ⁉︎』

 しかし耳を疑って聞こえないフリをしたかったが、現実逃避も出来ず、再度聞き直すしかなかった。

「なんて言いました?」

「だから、理美がここに適用出来るか分からんから暫く住む。信用して付いてくれたのに捨てて行く様な無礼なん出来んからな」

 理由は理解出来たが、理美を心配してくれるのも分かるも、居座るのはまた別ではとも思った。

 確かに先の話からして、最初に見つけ保護したのも連れて来たのもアダムだ。

 理美を無下にしない為の発言だろうが、ディダ的には予想外であった。

「えぇと、寝室空いてたかなぁ?」

 本来、1日、2日だけ居るのが毎回の恒例だったのだろう。

 このままでは予定が狂ってしまうとばかり、やんわり断ろうと考えるも、色々準備してしまっている為、すぐに怪しまれた。

「普通に有るだろう? 前もって連絡したんだから、さてはお前ら私を置いておく気が無いな!」

「そう言う訳じゃないですよ。いたらいたで煩いから」

「今聞こえたぞ! 害悪老人扱いしおってからに!」

「誰もそう言ってません! どっちかと言えば姑系ですよ!」

「似たようなもんじゃないか!」

 丁度そこへ屋根修理を終えたマルスが入って来た。

「何、急に喧嘩し始めたんです? と言うか、窓際にある古いぬいぐるみハイター付けてて大丈夫です?」

 小さな冷蔵庫から何かを取り出そうと近づいた時、あの熊のぬいぐるみがタライの中で匂いはしないがハイターか何かにつけ込まれているのに気付いた。

 ディダはその経緯を話す。

「ハイターじゃないよ、アリスが一応洗い方知ってるから一回やってくれたんだけど、暫く野晒し状態でもあったからもう一回汚れ浮いてから再度やる為に付けてるの」

 理美を風呂場に連れて行く前に、ぬいぐるみに気付くやいなやすぐさま洗剤で洗われた。

 マルスは冷やしていた麦茶を取り出し、2人に聞いた。

「成る程、そうだ。麦茶入りません? 用意しますよ」

「ありがとうマルス」

「頂こう」

 すぐさま、棚からグラスを3つ取り出して、麦茶を注ぎお盆に乗せ、2人に置いた。

 1つは勿論自分で飲んだ。

「マルス、理美ちゃん暫くここで預かる事になったから」

「いいんじゃないですか? 俺は詳細聞いてないですが、ディダ神父が了承したんだし」

 ディダはマルスの耳元でアダムも暫く住む事を言った。

「後、アダム神父も暫くここに居ます」

 全てを察したマルスは全てを受け入れた。

「……成る程、仕方ないんじゃないですか? だって、連れて来た時点で察しましょうよ?」

「うぉ! 思ったよりドライ!」

「長年の付き合いからですよ。自分だって昔は拾ってた人が何言ってるんですか?」

「そういう事言う⁉︎」

「ディダよりもマルスの方が要領いいな」

 アダムがディダを如何しようもない奴と冷めた目で麦茶を飲んでいると、アリスが理美を連れて来た。

「はい、漸く汚れを全て落として、乾かして来ましたよ」

 相当汚れていて顔も汚れて見えていなかったが、改めて普通の女の子だと理解出来た。

 髪もとかし、綺麗になり赤紫の瞳がより一層際立った。

 あまり見られるのが嫌なのか、目線を合わせようとせず、窓際に目をやると、自身のぬいぐるみが洗剤漬けとなりタライに浮いていた。

「くまさん!」

 今にも泣きそうな理美に対して冷静にアリスが伝えた。

「大丈夫よ、もう1回洗って乾かすから明日には返すわ。でも本当なら1回ワタと布を分けて洗った方が形も整うんだけど……駄目っぽそうね」

 途中で熊のぬいぐるみを殺すのかと言う位に怯えられた為、今回は諦める事にした。

 ディダはアリスにも同じ事を伝えた。

「仕方がないよ、この子の唯一の品だからね。アリス、マルスにも言ったけど、理美ちゃん暫くここで預かる事にしたから、後アダム神父もここに暫く住むよ」

 流石にマルスみたいに寛容とは行かず、アリスは再度聞き直しを要求した。

「そう……ごめん、最後聞き取れなかった」

「お前もかアリス!」

 丁度そこへ割烹着を着た年配の女性がやって来た。

「あんたら、もうすぐお昼だけど子供らと食べるかい? まだ仕事終わらないなら、また冷蔵庫に入れとくけど? ってアダム神父、もう来てたんですか? と言うかこの子は?」

 もうすぐ昼になるのを教えに来て、仕事状況確認の為に来てくれた様だ。

 驚いて理美がアダム神父の後ろに隠れてしまったが、アダム神父は優しく理美を撫でつつ、女性に話をした。

「あぁ、眞子さん久しぶりだな、実はな、理美をここで預かって貰う話と理美が慣れるまでの間暫く私もここに住むよ」

 眞子もどうして喧嘩染みた事をしたのかやっと理解した。

「はいはい、ディダ神父と喧嘩してた理由が分かったよ。で、理美ちゃんは何食べれる? 何か好きな物や食べちゃいけない物、嫌いな物を教えてくれるかい?」

 食べる物を聞かれた理美は戸惑い、俯き言った。

「あっ……食べたくない……ずっと食べてないから……食べたくない」

 初めて理美が今まで口にせず、如何やって過ごして来たのかと疑問視した。

 アダムも朝、食べさせようとしたが決して口にしなかった。

 まだ警戒しての事だろうと考え、その時は諦めた。

 だが連続で食事の拒否は体のどこかが悪いのかと心配になってきた。

 そういえば、あの時、御神木のアースが言っていた対応出来れば育つと言う言葉に、もしこれが本当ならきっと食べずにそのままの姿を維持していたのかもしれない。

 しかし、それは餓死してもおかしくない話だ。

 理美は一体どのように過ごして来たのかは分からないし、まるで人間の姿をした何かにも思えた。

 だが、余計な詮索をすれば少しだけ開いた心がすぐに閉じてしまう。

 これは暫く様子を見てからどうするかを決めていくしか無かった。

 まだ事情を知らない眞子はすぐに諦め、理美の食べたいタイミングに任せつつ、1人にさせる気も無いので、大人達に伝えた。

「仕方がないね、無理強いするなんて私には出来ないから、理美ちゃんの事も心配だし大人達と共に居てもらうか、ディダ神父が皆の食事取りに来てね」

 そう言ってすぐに厨房へ戻って行った。

 ディダは眞子の後を追って、自分達の食事を運ぶ前にマルスにある事を頼んだ。

「んじゃ、僕取りに行ってくるから、皆ここに居ててね。マルスは病院に連絡して、理美ちゃん預かるにしても健康診断を近いうちにしておきたいから」

「分かりました」

 マルスは早速とばかりに受話器を取って近くの診療所に連絡を入れてる時に、理美は採血を嫌がった。

「注射ヤダ!」

 どんな時代でも注射器で刺されるのは嫌なものだろうが、アリスはあまり気にしないタイプであっさり返す。

「ただ血を抜くだけでしょ?」

「大人は……子供にとっては大半は怖いだろう?」

「アダム神父はどうなんです?」

 子供思いな雰囲気があるなとアリスは思っての返しだったが、意外な返答に軽くツッコミを入れたくなった。

「怖い、特に若人の看護師が」

「諦めてください、まだ素人なんですよ」

 年数を極めた看護師と新人の看護師の腕はやはり場数な気がしたが、場数を踏ませてあげて欲しいとアリスは願った。

 そんな時だ。

「先生ー、今日食べないのー?」

「ねぇねぇアリスは今日来ないの?」

 理美よりも幼い子供達が事務室に顔を出して来た。

 アリスは仕方がないと思い、皆に言った。

「私、子供達と食べますので、後お願いしますね。ほら、お客様来てるんだから、おいで」

「アリス? あの子は?」

 理美に気付いた1人の子供に驚いてすぐにアダム神父の後ろに隠れた。

 隠れた理美にアリスが気付き、まだ紹介もしていなかったので、軽めに伝えつつ慣れてないので今日はここで食事をするという程で話した。

「あぁ、理美ちゃん? 理美ちゃん来たてだから今日はアダム神父達とマルス園長に頼むから、ほら行くわよ」

 一度興味を持った子供は中々頑固で、大人を困らせてしまう。

「えぇ! やだ! ここで食べたい!」

「ダメだっつぅの!」

「ほらほら、俺も行くから、ねっ? おいで」

 このままだと埒があかなく、気をそらせる為に、マルスも行こうとした。

 理美はここに来たは良いが、正直息苦しくやって行けるかも不安で動けない。

 回りの大人にまで気を遣っているのも分かる。

 申し訳なく、ただでさえ折角食事について聞いてくれた眞子にすらあの態度で返した。

 息苦しく、このままここで過ごすのも無理な気がして、居づらく逃げたしたい。

「ごめん……なさい……」

 とにかく一度外に出てしまいたいと思ったら、飛び出してしまった。

「うわっ! ちょ……理美ちゃん⁉︎」

 食事を運び中のディダは理美にぶつかる前に避けた為、無事だったがそのまま理美が外へと出てしまう。


 理美は裸足のまま外に出て、近くにあった山に入り、暫く走った後、息を整え塞ぎ込んでしまった。

 もっと上手く人と関われば、こんな思いもあんな事もしなければ、そもそもイジメにも遭わなかったのかも知れないと落ち込むばかり、いっそ誰にも見つけられずにいれば楽なのかもしれない。

 アダムに申し訳ない考えだと、自分勝手過ぎて更に落ち込んだところで、近くの草叢が揺れた。

「ひっ!」

 大人達が探しに来てくれたのかもしれないが、正直今誰とも会いたくない。

「リミ、ワタシだよ」

 あの時の大きなツキノワグマだ。

「クマ!」

 友達に会えた喜びか、先程の落ち込みが嘘のようだ。

 余程、心配も含めクマに会いたかったのだろう。

 アースの全ての生物に愛されし者、それがあったからこそ、こうして仲良くなれたとも言えるが、クマはそんなのは知らないし分からないだろう。

 理美に会えたクマは頭を擦り付けながら言った。

「ホントウしんぱいしたよ。ドコにいったかミンナでサガしたよ」

「ありがとう、探しに来てくれて、実はね――」

 今までの事をクマに全て話す。

 全て理解したかは定かではないが、クマはうんうんと頷き、最後の辺りで何となく察した。

「――で、ニげたと、そうだねぇ、あんたちっともこっちでヨウイしたモノタべなかっただろ?」

 理美の言い分はやはり同じで、追加に眠気があるようだ。

「だって、あの時からちっともお腹も空かないし、ずっと眠たかったし……」

「あんた、ほっといたら、エイエンにトウミンしてそうだし、フユだけにしてくれっ、とハナシがそれたが、このチカくに、キのミがあるからタべるれんしゅうをしよう!」

「えっ、やだ」

「やだじゃない、ほらいくよ」

 クマは理美の拒否を無視して、服だけを噛み、連れて行ってしまう。


 山の中を何分、クマは歩いたのだろうか。

 理美にはある気掛かりがあった。

『もう30分過ぎてる、他の人に見られたらクマ撃たれちゃうんじゃ……!』

 下手すれば子供を食う為に連れ去ろうとしている風にしか見えない。

 誰にも見られずにある場所へと辿り着く。

 そこは木苺の木が沢山自生していた。

 季節的には終わりか或いは別種の木苺か、今が旬なのだろう、沢山実をなっており他の動物達も食べに来ていたがクマに驚いて逃げ出す。

 別に食べないのにと顔が言いたげなクマは理美を降ろし言った。

「とりあえず、ココのキイチゴたべてみて、カラダをならすんだ」

「慣らす? なんで?」

 理美の問いにクマは説明した。

「イマのイマまではよかったが、これからヒトのセイカツにモドるれんしゅうをしないと、いつまでもコウサギのままだ。おまえはヒト、まずクチにいれるだけでいいからやってみな」

 クマなりの優しさでもあり、理美を人の生活に戻す第一歩としてまず食べ物を認識し、食べる事を思い出させる事にした。

 最初嫌な顔をする理美だったが、クマの威圧感が凄まじい。

 半分殺気も出ており、このままだと食べられるのではと不安もあれば、今こんな固形物を食べてお腹を壊すものならと恐怖そのものだ。

 とりあえず、口に入れるだけで良いのならと木苺の一つを取り、口に運ぼうとした。

 その時、クマの耳が動き、背筋に沿って毛が逆だった。

「ヒト? アト、ヒトじゃない、なにかがコッチにむかってる? リミ、にげるよ!」

 クマは先程と同じように理美の服を咥えようとしたが、その気配は思う以上に早く、逃げ出すしかなかった。

「クマ⁉︎」

「リミ、かくれな! あいつらはやい!」

 とにかく指示するだけで手一杯で、クマは隠れるしかなく、下手に見られれば熊である以上人に危害を加える又は実際に殺めれば人は殺しに来るのは分かっての事だ。

 理美もすぐに近くの草叢に潜んだ。

 そしてクマが逃げ出し、理美も隠れて数分も経たずに早くも誰かが来た。

 他の女性よりもスラリと背の高く、長い黒髪をアップし、アリスとまた違ったとても凛々しいメイド服の女性だ。

「奥様、もう気配はありませんので、どうぞ……子供?」

 気配を殺して居たのに何故と理美は焦り、慌てて逃げようとしたが、既に女性に捕まってしまった。

「ひっ……!」

 丁度そこへ茶色い髪を束ねた穏やかな女性がやって来て、今にも泣きそうな理美を見た。

「絆ちゃん、ここが例の木苺の多い場所ね。熊とか大丈夫だった……ってあら見かけない子ね? どこから来たの?」

 とても不安そうな理美を絆に渡され、抱っこするも、理美は恐怖で固まってしまっていた時、ディダがやって来た。

「すいません! 晴菜(はるな)さんと絆! 理美ちゃんそっちに居ませんか⁉︎」

 絆は殺意むき出しで、ディダに言った。

「貴様! 何故ここにいる!」

「理美ちゃんを探しに来たの! さっきので察して!」


 流石に理美の心情を考え、ディダは晴菜に理美の詳細はほぼ省いて、アダム神父が連れて来た子供として説明をした。

「――まぁ、アダム神父がこちらにいらしてるんですか?」

「そうなんです、それで理美ちゃんを預かる際に慣れるまでアダム神父も……ね?」

 ディダの最後辺り濁したのを聞いて、絆は呆れ返った。

「相も変わらず面倒臭い連中だな。と言うか、この子裸足だぞ?」

 理美の姿は綺麗であるが、裸足の為足裏は酷い汚れだ。

 そういえば、出会った頃から理美は既に裸足で買うにもここに来るまで靴屋もスーパーも開いてもなければ、翼園に着くまでには時間もいる為寄れなかったともアダムが言っていたのを思い出し、靴が最初からなかったとは言えず、窓から逃げ出していたのものあり、勢いで説明した。

「アレレ、そのままの勢いで出たからかなぁ……」

「なんで棒読みになる?」

 余計に勘繰られてしまった。

 それでもディダは気を取り直し、理美を預かろうとした。

「理美ちゃんの保護、本当にありがとうございます。さぁ、帰ろアダム神父も心配してたよ」

 未だに塞ぎ込む理美を見た晴菜は、何を感じ取ったかは分からないが、何となく放っておくのも出来ず、ついて行くことにした。

「なら、一緒に行きません? 実は今日ここの木苺取ってから皆さんの元へ寄ろうと思ってて、ちょっと待っててください、理美ちゃんは木苺好き?」

 理美を降ろし、早速取ってしまおうと思ったが、理美に木苺の事を聞くも、当人はあまり人の目を見ず答える。

「……よく、分からない。お腹、空いてないから」

 ある程度は聞いていたが、人に警戒心を持っているのだろう理美に食べる事を無理強いはせず、寧ろ調理を誘ってみた。

「そっか、なら、一緒に取って一緒に木苺パイ作らない? 作ったらお腹空くかもよ?」

 ここで断って帰るのが良かったのだろう。

 ただ、クマが自分の為に連れて来てくれたのに、何一つせずに帰るのも申し訳もないし、誘ってくれている晴菜にも自分の我が儘を言うのも失礼な気もした。

 せめて取るだけならと、おどおどしながらも理美は言った。

「で、で、でも……取るだけなら良いよ」

 晴菜はとても嬉しそうに言った。

「うん、一緒に取りましょう!」

「裸足のままだと危険なので、足を貸しなさい。貴様の長い黒布破くから寄越しなさい」

 絆の言う通り、確かにそれもそうだと思うが、ディダの服を破る案には本人が賛同するはずもなく、代わりにハンカチを取り出した。

「ダメです、それだけはダメです。とりあえずハンカチとか持ってるんでそれでお願いします」

 そうして、理美に靴の代わりにハンカチなどで代用し、晴菜が持ってきた籠に沢山木苺を入れ、翼園へと帰った。


「ただいま戻りました」

 玄関先からディダの声に、アダム達が出て来た。

「理美は見つかったかね⁉︎」

 相当心配していたのか、声が自然と大きく、絆がスマホを取り、マルスに言う。

「スマホで連絡したと思いますけども? 見ませんでしたか?」

 マルスは絆と晴菜に謝罪しつつ、何故かディダも保護扱いしていた。

「見ましたし、すいません、ディダ神父まで保護して貰って」

「待って、なんて送ったの?」

 アリスはディダを無視して、絆に理美の怪我などを聞いた。

「そんな事より、理美ちゃんの怪我とかは?」

「怪我はしてませんでしたし、足裏結構硬くなってたので、相当歩いてるような感じでした」

 またしてもアリスもディダの保護を口にしつつ、その理由も付け足す。

「皆で探し回ってたけど、すぐに連絡寄越してくれて本当に良かったわぁ、後ディダ神父も保護してくれて助かるわぁ、あの人機械音痴だから、こっちでGPS使って直接迎え行かなくて助かる」

「いや、待ってなんて送ったの?」

 そんな事よりも、理美が心配でたまらなかったアダムは理美に謝罪と共に回りが如何に心配してくれて居たのかを諭せた。

「理美、君がまだ人馴れしていないのに、緊張させてしまってすまなかった。でも、逃げ出すのは本当に勘弁してくれ、皆探し回ったし、何より私は追いかけるにしても、歩くのは良いが走り回るのは勘弁だぁ」

「アダム、さん……ごめんなさい」

 初めてここで自分の名前を言ってくれたのが嬉しく思い、自然と笑顔になった。

「ゆっくりで良いんだ、ゆっくりで、後すまんね、絆君、ディダまで保護してくれて」

 絆は笑顔で返すも、ディダは一体どんな内容で連絡を送ったのか全くの謎で、そのままにされてしまった。

「いえ、当然の事をしたまでです」

「待って、本当になんて送ったの?」

 丁度、眞子も玄関先にやって来て晴菜に言った。

「理美ちゃん見つかったのかい?」

「はい、お陰様で」

 ディダが理美を見せ、無事なのを確かめた後、晴菜から来たメールに付いて聞いた。

「良かったよ、たまに飛び出す子居るからね。それより、晴菜さん。このメール見たけど、木苺取ったからここで作りたいってどういう事だい? お抱えシェフとかと一緒に作れば良いだろう?」

 晴菜の家はとても裕福なのだろう、しかし絆の変わった服やシェフとか聞き慣れない言葉に理美は分からず、頭を捻るばかりだ。

 ただ晴菜はあまり大きく言いたくなく小声で返す。

「厨房に入っては行けないって言われて……」

「あんた、一体何したんだい? 仕方がない一緒に作るから、絆も晴菜を見張っててくれるかい?」

 どうやら、晴菜はとても不器用な部類なのだろう、絆にすら頭を抱えさせているようで、しっかりとした口調だった。

「はい、分かりました。絶対に危険な事をさせません」

「酷いっ!」


 かれこれ、2時は過ぎようとした頃、理美は1人で歩き回っていた。

 とは言うものの、必ずマルスが付いており、何か気になったものや分からない物に対して答えたり、他の子供達が一気に集まらないように見張ってくれてた。

「……これは?」

 薄型のパソコンに興味を持ったようだ。

 マウスを使って動かしながら説明しつつ、下の本体に触れないよう伝えつつも、ふとどこまでの時代までが理美の知っている範囲かと思い、逆に聞いてみた。

「パソコンだよ? ココが本体だから触れないでねって、どんな感じのは見てた?」

 理美にはあまり馴染みが無いのかあまり実感が湧かないが、分厚く大きいイメージを伝えた。

「もっと大きかった、テレビとかしか知らないけど」

「そっかぁ」

 今度はマルスや絆がたまに見せていた薄く黒い板に対して興味を持った。

「それと、その板なのはなんなのか分からない」

 無意識にこれかとポケットから取り出し、マルスは理美に見せるも、どこまで知っているのかさっぱりで、とりあえず携帯電話を知っているのか聞いた。

「えっ? あぁ、スマホだよ。携帯って言葉分かる?」

「うん、でもお母さんが使ってたのと違う。もっと厚くてボタンがあった」

「そうそう、それが画面をタッチ、実際に触って動かせるしパソコンの機能にカメラ、色々出来るんだよ」

「なんで、スマホがあるのにパソコンもいるの?」

 パソコンの機能が入っているのならそれだけで良いのではと感じてしまったようだ。

 それに対してもマルスが答えてくれた。

「よくぞ聞いてくれましたって言いたいけど、実際お仕事に使う機能を備えているのはこのパソコンで、こっちは私物、自分用だから連絡する時に使う位だね」

 本当はもっと詳しく言えば良いのだろうが、こちらもそこまで詳しくも言えず、だがやっていけばその内分かってくる何となくがある為、まずは軽く教えてゆっくりどういうのか学べば良いとマルスは思った。

 事務室から出て続いて、子供達の遊び部屋を覗く。

 本来なら入って欲しいマルスだったが、入るにはまだ怖かったのかガラス窓から覗くしか出来なかったようだ。

 そこから見える物を理美は言うも色々変わり過ぎて付いていけない。

 ゲーム機も変わり、ほぼ何なのかすら分からず、テレビですらアレがテレビとは到底思えず、それどころか小さな子達が遊んでいるオモチャですらオモチャとして認識できなかった。

 そこは聞かずに、そのまま去り、今度は図書室へと入る。

 古い本もあれば、今時の本もあり、漫画本もあった。

 見覚えのある漫画もあれば、既に終わった漫画もある。

 知っている本もシリーズ化されて何冊も列を成し、流石に読む気にも慣れない。

 ここでマルスが聞いた。

「どう、見てみたい読んでいみたい物あった?」

 理美は頭を振って答えた。

 実際読むのが苦手で、がっかりさせるのではと怯えていた。

「ううん、あまり読むの、得意じゃない……」

 でもマルスは笑って言った。

「なら、読んであげるよ。好きなの教えて」

「大丈夫」

「まぁ、どこまで理美ちゃんが覚えている範囲かは分かって来たけど、なんとなく触れて使って遊んで、そして読んでみないと好奇心って多過ぎても少な過ぎてもダメだから、一歩なんでも良いからやってみようか?」

「う……ん」

 そうは言われても、正直どこまで踏み込めば良いのか、どこで踏み止まれば良いのか分からず、つい適当な返事をしてしまい、余計な罪悪感が胸の中につかえた。

 マルスは腕時計を見て、今の時間を把握し理美に聞く。

「それそろ、オヤツの時間だけどどうする?」

「……い、いらない」

 もっと良い返事や食べてみたいと言うべきなのだろうと理美は分かっていたが、どうしても喉から出て来ず、出て来るのは拒否だけだ。

 それによって余計落ち込んでしまう。

 あまり誘うと理美のストレスになるのも容易に考えつく為、マルスは理美にどうしたいかを聞いた。

「うん、分かった。部屋で待ってる? もう少しこの辺探索する?」

「部屋、で、待ってる」

 大分理美も疲れているのだろう、瞼が重そうだ。

 マルスは理美の手を掴んであげた。

「分かった。そろそろ学校組の子達も帰って来るだろうし、とりあえず事務室なら落ち着くと思うから一緒に行こう」

「……うん」

 子供達がまだ帰って来てないか、こっちに来てないかを確認しながら廊下へと出て事務室へと戻った。

 事務室に戻ってすぐ玄関先に明るい声が響き渡る。

「ただいまー!」

「神父ただいま!」

「マルス院長、宿題手伝ってぇ!」

 様々な声にディダ神父達が出迎えに行った。

「お帰りなさい、宿題は自分でやんなさい」

 ふと、1人の中学生の女の子が大人の革靴に気が付いた。

「あれ? お客様ですか、ディダ神父?」

「そうだよ、アダム神父が視察に来てるんだよねぇ」

 女の子の隣に同じ中学生の赤毛の男の子が言った。

「アダム神父もこんな田舎によく視察するねぇ」

 毎年恒例なのだろう視察に皆も思って次々言い出すと、いつの間にか絆が仁王立ちで構えていた。

「田舎で悪かったな」

「うわぁぁ! 絆さん居たの⁉︎」

 男の子の方が転けてしまうも、絆はそのまま話し出す。

「奥様が木苺パイ焼く為にここへ、君らの分も焼いていたから、オヤツの時間でもあるので宿題しながら食べなさい」

 女の子が恐る恐る味に対して聞く。

「味は?」

「安心しなさい、私と眞子の監修です」

 皆一斉に助かったと同時に皆それぞれガッツポーズを取った束の間、絆の後ろから笑顔の晴菜が出て来た。

「ちょっと、皆どうして安堵してるのかなぁ?」

「ぎゃぁぁ! ごめんなさい!」

 それぞれの悲鳴はすぐ近くの事務室に響き、応接間で理美が怯えテーブルの下に隠れてしまった。

 丁度、ディダがその中学生の2人を事務室まで来てほしいと伝えた。

「そうだ、ちょっと伝えなきゃいけないのあるから、加奈子(かなこ)(あきら)は一緒に事務室まで来て、他は各自部屋に戻ったら、オヤツと宿題ねぇ!」

 子供達は次々に返事と共に中へと傾れ込むように廊下を走り、アリスが注意する。

「あんたら! 良い加減、廊下走らないの覚えんかい‼︎」

 それでも気にせず子供達はルールを守らずだ。

 ディダはアリスが注意している間に、加奈子と晶を事務室に入れながら言った。

「ごめんねぇ、実はさ、今日ねアダム神父が訳ありの子を連れて来て、ちょっと紹介するにもまだそこまで慣れてない子だから先に、君達だけに紹介するよ。理美ちゃん出ておいで」

 いる筈の本人がテーブルの下に居るので、アダムが代わりに言った。

「先程の悲鳴で隠れたぞ」

 流石に申し訳ないものの、普段の生活の一つだとディダは伝えた。

「いつものです、気にしないでください」

「晴菜さんの料理は危ないのか? 調理中も味も?」

 アダムにとってどうしてそんなに晴菜の料理に対して皆がそういった態度を取るのか不思議でならなかったが、晶の真顔で訴えてくるし、加奈子も何も言わないが圧があったので、謝罪するしかなかった。

「純正な料理一度食べたら分かります」

「お、おぅ、なんか、すまなかった」

 そんな会話中に理美はいつの間にか出て来て、アダムの足にくっ付いており、小声だが必死に自己紹介してくれた。

「初めまして、嘉村理美です……よろしくお願いします」

 少しだけ成長してくれたのかと安堵もすれば、まだすぐに隠れてしまった。

「この子が、アダム神父が連れて来た子ですか?」

「そうだ、酷い人見知りだから徐々に慣れさせるにも、それなりの年上の方が落ち着くだろう」

 加奈子は理美の前に屈んで言った。

「大丈夫だよ。今日はお姉さんの居る部屋で泊まらない?」

 晶がからかい混じりに加奈子に言った。

「泊まるって、あそこ4人部屋じゃん」

「まだ3人よ、それに皆、小学生でも6年生だし、そろそろ部屋替えシーズンも入るから、早いうちに慣れさせないとこの子の為にならないし」

 ムッとはするものの、ここの翼園では部屋替えを行っている為、少しでも早い段階で部屋に慣れてもらおうと考えての事だった。

 いつも1日、2日しかいないアダムもこればかりは初めてのようだ。

「なんだ、部屋替えするのか?」

「だって、そうしないと実際仲の良い子と悪い子だと喧嘩しちゃうしいじめもあるし、定期的に替えてバランス考えるの結構大変なんですマルスが」

 考え方としてはやはり理解は出来るが、それをしているのはマルスだった為、アダムが突っ込んだ。

「おい、最後」

 すぐさま加奈子が話に入る。

「って言っても、仲の良いもの同士はそんなに離れないし、上の子達が主に小さい子の面倒見るのが目的だし、大丈夫だよ」

「そればっかでなく、良い加減受験生になる俺らに1人部屋くれても良いんじゃないでしょうか!」

 いきなり晶が自身の要望を言い出したが、すぐさまディダに却下された。

「残念、それは二学期に入ってからだ。まだ2年生君達には志望校きちんと決めてもらわないと、それは置いておいて、先ずは理美ちゃんの意見が1番優先されるから、無理なら大人のアリスか眞子さん辺りかな?」

 本来の話に戻すも、理美に落ち着いて寝てもらう場所を決めるにも信用出来る人間が1番だろうがその辺はやはり考慮しての考えもあった。

 加奈子もせっかくならとアダムと一緒の方が良いのではと考え、口にする。

「それともやっぱり連れて来たアダム神父とかですかね?」

「ディダでも良くね?」

「ダメダメ、たまに神父夜回りするから居なくなって泣いた子居たし」

「そういえば、俺も泣かされたわ」

 幼い頃から居た子供達は一度経験する様だ。

 アダムも流石にディダに任せられないと判断した。

「よし、ディダは無しだ」

 加奈子も晶も納得の頷きに、ディダは困惑した。

「なんで、どうして」

 理美は震えながらも自身の意見を述べた。

「お姉さんと一緒で、良いです」

 あまり迷惑を掛けたくないと言う理由だろう。

 驚いてつい、加奈子が聞き返した。

「本当にお姉さんとで良いの?」

「……うん」

 怖がっているようにも見えるが、一度試すのも悪くないし、それがダメなら次を考えれば良い。

 そう思って、ディダが話しかけようとした時だ。

「ディダ神父とアダム神父に加奈子ちゃんと晶君と理美ちゃん、木苺パイ入りませんか?」

 勢いよく扉を開け、晴菜が入って来た。

 皆一同固まってしまい、誰1人声が掛けれない。

 晴菜の後ろにいた絆が代わりに言ってくれた。

「流石に、会話中に入られると皆固まってしまいますよ奥様」

「はっ! 私のしたことが!」

「後で頂きますので」

「理美はどうだね? 木苺パイ頂くかい?」

「ううん、お腹空いてない……から1人で平気だから、食べて来て」

 精一杯笑って誤魔化す理美に、アダムは自分も残ろうとしたが、晴菜は理美に近付き屈んで言った。

「そう、ならおばさんと一緒にいようか?」

「おばっ?」

 寧ろ、おばさんと言う言葉に目を丸くし固まってしまっている理美を見て、加奈子が絆に話しかけた。

「晴菜さん、まじで若く見られるけど、あの人軽く40半ば行ってますよね?」

「奥様、別に普通の化粧品を使ってますし、生活も普通な筈なんですが……私もよく分からないです」

 相当童顔な様で、メイドの絆ですら困惑する程だ。

 ディダは絆に言ってしまい、絆から悪態をつかれてしまった。

「絆が分からないと皆分からないって」

「お前には言われたくない」


 結局、晴菜が理美を見る形で皆それぞれの仕事や子供達の面倒を見た。

 しかし、夕食になっても結局理美は食べず、皆が心配する中で、晴菜と絆の元へ迎えの車が来て、ディダとマルスが見送りに出た。

「今日もありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」

 絆は理美とはあまり話していないが、食事を全く取らないのを見て心配していた。

「あの来たての子大丈夫なんですか? 見た目は栄養不良とかはなさそうですが?」

 その辺は既に連絡を入れており、医者自ら訪問してくれるようで、そのついでにまだ受けていない小さな子にも受けさせる予定となり、ディダはそのことを伝えた。

「明日、総一君来てくれるから、その辺も診てくれるし、ついでに他の小さな子も健康診断してくれるから大丈夫」

「1番受けるべきなのはお前では?」

「ご親切にどうも、この間受けたばかりだから大丈夫です」

 相変わらずの仲の悪い2人をよそに、晴菜がマルスに聞いた。

「ねぇ、マルス園長。あの子もし馴染めなかったらどうするおつもりで」

「大抵は馴染むまで時間が掛かるだけですが、やっぱり相性が悪いと児童養護施設を転々とする子も実際いるのでなんとも……理美ちゃん次第ですし、アダム神父も暫くは居てくれるのでゆっくりですが慣れさせます」

 今までの経験もあるマルスにとっては来たての子供に対して、寛容で今回はアダムもいる事で少しでも早めに慣れてくれればと思っていた。

 しかし、晴菜は気掛かりな事があってどうしても不安でしかなかった。

「それなら良いんですが、暫く一緒に居たんですけども人と一緒に居るの怖がりなのか全然目を合わせてくれなくて」

「最初に来た子は皆そんな感じです。何かきっかけさえあれば、大抵は心を開いてくれます。それまではこっちが我慢して無理強いしないですよ」

「分かりました、明日も来ても良いですか?」

「……? いつも来てくれるじゃないですか! そんなよそよそしくしなくても、子供達も喜んでますよ」

 ただし晴菜お手製料理は歓迎されていないのは口が裂けても言えない。

 それ以外なら本当に皆に好かれているのは確かだ。

 他にも言いたげな晴菜だったが、時間を押しているらしく、絆が言う。

「奥様、もうそろそろ戻りませんと」

「分かったわ、絆ちゃん。では早い時間にでも来ますね」

 2人が車に乗り込んだ後、ディダとマルスが言った。

「えぇどうぞ、それではまた」

「気をつけて」

 その直後に車は出発し、あっという間に小さくなり、車の灯りだけが見えた。


 車にいる、晴菜は外を眺めていると、運転手が声を掛ける。

「如何でしたか今日は?」

「そりゃもちろん楽しかったわ、屋敷に居てもやる事ないし」

 晴菜の言葉に絆は今日1日を思い出してつい言ってしまった。

「やってるでしょうに色々、朝から……」

「それはそれ、これはこれよ、絆ちゃん! 後、新しい子が入ったらしいの」

「おやっ? この時期に珍しい」

 本当にこの時期には珍しいのか、運転手が驚いている様子に、絆が話す。

「訳ありと聞いていますが、なんとも歯切れの悪い言い方してましたね」

「木苺のなる所絆ちゃんに教えてもらいながら行ったら、その子に会って、どうしてそこに居たのかなぁって逃げ出したにしてもあそこ遠いと思うのよ?」

 あそこが如何に遠いのか、翼園まで大人の足ですら30分以上は超えたのだ。

 子供の足ではもっと時間がいるだろう。

 ふとある事を絆が思い出す。

「熊居ましたよそういえば」

「大丈夫なのそれ⁉︎」

 あの時出会わなかったら、熊に襲われていたのではと背筋が凍るも、絆は平然と言った。

「大丈夫ですよ、もし居たら熊の方がビビって逃げますし」

「絆ちゃんならそうなるわね」

 寧ろ絆の言葉に気が抜けてしまった。

 それからまた外を眺めるも、水がはられた田んぼしかない空間に月が映り込むも雲のせいですぐに消えまた映るを繰り返す。

 きっと自身の気持ちを表しているのだろう、晴菜がそう感じた。

 

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