元龍族
理美は怪我の具合や体温等を確認し、3日も過ぎて体温は安定、それだけではない。
思いの外怪我の具合も普通ならまだ治るには程遠い患者もいる中、理美は治りが早いのだ。
診察に来た総一も驚く。
「本当に治りが早い子だねぇ。子供だから? いやぁ、理美ちゃんは治りが早いタイプだよ本当」
実際怪我の治り具合の平均等ものは無い。
でも、こういう職業柄からすれば総一の中で断トツで治りが早いとみた。
「そんなに私って治るの早いの?」
「うん、経験上ではね。これなら前に話した様に来週までには退院して完治するまで通院で良いでしょう」
近くで立っていたディダもホッとした。
「良かったぁ、熱も下がって怪我も治り早くて、それなら――」
熱が下がったからといって、まだ何か残っている可能性もあり、保険適用の大部屋に移す事は許されなかった。
「いや、このままで」
「そうですか」
それでも、もう大丈夫なのも事実で普通に他の人も会えるようにしてくれていたのだからまだマシだろう。
万が一何かに感染していてもおかしくなかった状況で、誰にも移さずに済みそうだ。
ディダはあの時の判断で傷口を刀で刺したが、熱が引かず本当は心配でならなかった。
だが、こうして元気に戻って本当に安心している。
『一応切って置いたから、大丈夫だとは思っていたけど、良かった元気になって』
理美は嬉しそうに言う。
「じゃあ、来週退院出来るんだ! そしたら冬美也に会ってちゃんと謝るんだ」
記憶が曖昧なのだろう、見舞いに来たのを覚えていないようだ。
総一はずっと気になっていた事を口にした。
「ところで一体どうして喧嘩しちゃったの? 冬美也に聞いても自分のせいだからとしか……」
この瞬間、これは不味い。
理美以外は口裏を合わせてあるので、このままだとあの時の事まで話してしまうとディダは慌てて間に入る。
「まぁ、とりあえず理美ちゃんもまだ本調子じゃないし、まずは――」
しかし意外と理美は喧嘩の理由を話してしまう。
「前に冬美也と家族になりたいって言ったのに、晴菜さんのお家の子になるって話をして怒らせた」
これに対して総一はもっと深掘りするべきと判断して聞き取ろうとした為、ディダが再度間に入るが、総一もそこは譲らない。
「あーなるほど、それで……でも理美ちゃんは冬美也とどういう関係が良かったのかな?」
「そこ聞く? お父さんが?」
「一応ね、ほらいつも一緒だったのに喧嘩するってよっぽどだったから」
理美は総一にもちゃんと伝えるべきと踏まえて、小声だがしっかりとした自分の意思を伝えた。
「別の形が良かったから……」
きっと怒っているだろうと理美は怖がっているのが総一にも伝わっている。
だからこそ、それ以上の追求はしない。
「そっか、分かったよ。まずは助けてくれてありがとう、でも今後は止めてね。心臓に悪すぎるから」
「分かった」
なんとなく恋愛として考えるようになって来たのが後からだったのがそもそもの原因なのだろうし、冬美也もまだ恋愛とまで行っていなかったのもすれ違いの原因だろうと悟りついでに、ディダに言う。
「ぼくだって大人なのでそこまで追求しませんよディダ神父」
「ご、ごめん」
どっちが上か良く分かる構図が出来た。
「それじゃぼくは他の患者さんの回診あるからね、じゃ何かあったらナースコールを押してくださいね」
そう言って総一は個室から出て行った。
理美とディダだけとなり、とりあえず行ったのを見計らってディダから話し出す。
「理美ちゃん」
今度はディダから言われる番と分かり、理美はまた縮こまってしまう。
分かってやってしまった行為だが、こればかりはどうしようもない。
「はい」
「総一さんあぁは言ってるけど、凄く心配してた1人なんだよ」
ディダの諭す声は一段と低い。
これは静かに怒っている証拠だ。
理美もどうしてそうしたのかと言い訳になってしまうが、一応訳を話す事にした。
「うん……信じてもらえるか分からないけど」
「んっ?」
「あの時、そのままだと冬美也連れ去られちゃうの見えたから突き飛ばすしかなかったの」
信じてもらえないだろうし、仮に信じたとしてあまり良い印象が無い。
実際、その見えたのが変わったのだから、信じられないだろうと思っての事だ。
だがディダはその時を思い出していた。
『そうか……あの瞬間どうして動けたのか理解出来た、予知能力があるのかこの子には?』
耳の良いディダですら一体何処から弾丸が飛んできたのか分からなかったのに、瞬時にあの瞬間で未来を塗り替えたのだ。
改めて頭に乗せたままジッと透明となっていたメリュウに対して、ディダが言う。
「総一さん来ちゃったけど、ちゃんと隠れて居たし偉いね、メリュウ君は」
ふわっと飛び上がり意気揚々とメリュウは自身の特性の1つを言った。
「オレ様は元龍族だが、水晶に入って居なくてもちゃんと姿を消せるのだ」
「元、何?」
理美はあの時の夢ではコンシェルジュが何を言っていたのか、いやそれ以上に余計な話をベラベラ話している記憶しかないので、ディダが分かっているのであれば正直助かる。
ディダもこれまでの経験上あまり遭遇してはおらず、ただ話す機会があったのだろう、あっさりではあるがなんとなく理解出来る内容だ。
「元龍族、前世に何があったか分からないけど、こういう魂の片割れと言うべき存在のドラゴン、彼らは元龍族と言うんだよ。理美ちゃんみたいにいつの間にか持っている人も居て、魂が欠けちゃったのが何らかの理由で戻って来たらしいんだけど」
「前世? 欠けた? 何?」
「前世って言うと難しいから簡単に言っちゃうと理美ちゃんの生まれる前にあったとされる人生を前世」
理美は一切理解が追いつかなかった。
「ふへぇ……よく分からないけどそうなんだ」
理解なんて出来たら凄いことだが、実際言葉にすると結構難しいなとディダは感じるが、ふと元龍族ならば必ず宝石というか結晶がるのを思い出して見せてもらう事にした。
「分からなくて当然だよ。非常に稀だし、たまに見つけたりするけど、大体は結晶無い? クリスタルみたいな」
「あるよ」
理美はそれを見せるとディダがそれを受け取り、色んな角度で確認した。
綺麗な菱形の水晶だが何か生き物がいるような気配がある。
「青いって言うより、半透明と言うか……メリュウ君はどんなドラゴンなの? わりかし幼いけど?」
「幼いながらも凄いドラゴンなんだぜ! 俺様は武器に変身できるんだ!」
多分、まだ理美には不可能だ。
一度きっちり教え込まないとこれは扱うのは難しいが、それより何もついていない状態だと無くしそうで危険と判断した。
「へぇ、珍しい、そうだ! このままだと無くしそうだから、明日何か首に掛けれるようなのを見繕ってくるから、とりあえず今日は戻るけど大丈夫?」
ディダは結晶を返した。
「うん、メリュウ居るし」
「そう、分かった、後は春菜さん達が午後から見舞いに来るから、メリュウ君はさっきみたいに隠れててね」
「おうよ! 俺様はそれくらい朝飯前だぜ!」
鼻息荒く唸らせるメリュウを見ながらディダは言わずに人生経験とばかりに放っておく事にした。
『絆さんも東洋龍の麒麟だから見えちゃうけど、まぁこの際人生経験積ませるか』
そうして午後と言うか、お昼過ぎ――。
理美は昼食を取っていると、戸が開く。
「理美ちゃん急に開けてごめんなさいね。熱も下がって面会可能になったから来たんだけど?」
晴菜が入ってきた。
どうやら今回は家族全員ではなく、晴菜と絆だけのようだ。
「うん、ご飯食べてるけど大丈夫だよ」
「本当は皆で行こうとしたんだけど……」
「流石にあの人数は難しいでしょう、一気に押し寄せたら他の方に迷惑です」
「と言うことで、今回は私と絆ちゃんで来ました」
色々どう話せば良いのか分からないが、そういえば絆にも迷惑掛けたのを思い出す。
「成る程……あの絆さん」
「別に問題ないですよ。もうある方片付きましたし、もう逮捕されてますので、これ以上は、ね?」
絆の笑みはとても怖いのに気づいた理美はちょっと抜けていてもこれだけは理解出来る。
『これは余計な事を話してはいけないやつだ』
それに気づいていない晴菜はそっと近付き、こう言った。
「本当にごめんなさい、こっちが引っ掻き回してしまった形で」
春菜にとっては今後も踏まえ、養子縁組を結びたかったが、あらぬ方向に向かってしまい、怪我までしてしまったのだ。
しかし理美は自分が蒔いた種だと分かっての謝罪をした。
「ううん、違うの。こっちが言葉足らずだったのがいけなかったの、ごめんなさい」
その言葉にそういえば、麗奈が言っていたアレを思い出す絆は実際好きと言う概念があったのは理美だけで、冬美也自身その自覚が一切無かった。
思い返せばどうしてそうなったのか不思議でたまらない。
「ですが、当の本人は全然気付いておりませんでしたが?」
流石に晴菜の方が止めるも、家族でその話になった時、まだまだ初々しいものとしていた分こうなるとは思っても見なかったのも事実だ。
「絆ちゃん!」
「良いの、多分あっちも気付いてないと思うし」
なんとなく諦め気味な雰囲気を醸し出し、これはやばいと晴菜が言おうとした時、絆が話す。
「こういうのは経験です。その先の話ですし、きっちり会ってから話しましょう」
「でも……」
「こちらも僭越ながらサポートしますよ? ですよね、晴菜様」
「それはもちろんです!」
ふと晴菜と絆が角へと行き、理美には絶対聞こえないような小声で作戦会議をいきなり始めた。
「ところで、どうやって冬美也様をその気にさせます? まだ子供だしそれはそれで良いとは思いますが……?」
「でも、あの子鈍感だったとは、記憶が無いからと思って入るけど、このまま気付かないまま帰られても正直こっちもモヤモヤしてしまうわ」
晴菜の言う通りで、実際総一の奥方がやって来てしまうのだ。
その前に、とは行かないがどうしたらお互い上手く行かなくても、ちゃんと友達として仲良く出来れば……いや晴菜としてはいっそくっ付いてくれた方が嬉しい気もした。
だからこそ、仲直りした後を考え今後どうするかの作戦会議を始め出す。
その様子を理美はじっと見ていたが、どうして奥の角で話しているのか分からず、少々怖くなる雰囲気に透明になって隠れていたメリュウがそろりとその様子を見に行くと、いきなり背後も見ずに絆がメリュウを捕まえる。
「すいません、今ハエみたいなのが飛び回っているような?」
「ひっ……!」
この辺で絆も人では無いと漸く理解する理美だった。
もう怖くて何も言えない。
ちなみにこの言葉は理美ではなくメリュウにだ。
音ではわかるだろうし何処にいたのと晴菜が聞くと絆はコバエと答えながら逃げようとするメリュウの尻尾を離さない。
「ハエ飛んでた?」
「コバエが」
さてどうしたものかと、絆は改めて考える。
捕まえたメリュウをジロリと覗けば、怯えて大人しくなった。
きっとこのメリュウは理美のだと瞬時に気付いた上で、ディダがわざと教えなかったに違いない。
いや、下手に隠れられても困るしこのままできっちり上下関係をわからせた方が良いだろう。
お陰でメリュウも理美も絆に逆らっては生きてはいないと理解する。
メリュウが動きを止めた所で絆はここで解放するとすぐさま理美の背後へと隠れてしまうのを見て、彼女のかと再認識した。
絆が丁度そっちへと向くので、晴菜も向き、理美にある提案を持ち掛ける。
「ねぇ理美ちゃん」
「どうしたの?」
「今度、退院する時パーティーしようと思うの? まだ完治とは行かないけど、漸く皆の元へ戻れるんですものどうかしら?」
まさか入院もだが退院してパーティーなんて初めてだ。
どんなパーティーをするかは分からないが勿論、理美は喜んで言おうとした時、全く知らない声が返事をする。
「やる!」
「誰⁉︎」
まだ3歳位の黒髪の何処となく誰かに似ている子供がはしゃいでいた。
晴菜も絆も一体誰なのかと驚く中、尋ねてみるも流石三歳児一切情報量が入っていない。
「どこから来たのかなボク?」
「ご両親と逸れてしまったのでしょうか? しかし、どことなく誰かに似てませんか?」
「とうくいの! わかんない!」
これは困ったものだ、とにかくナースセンターに保護してもらい、アナウンスを掛けてもらった方が良いと判断した時、急に戸が動く。
「あっ! 居た! コラ優紀! ダメじゃない患者さんの所に行っちゃ!」
黒髪アップの碧眼の女性が優紀と言った子供を抱き寄せると共に総一も仕事そっちのけでやって来た。
「衣鶴さんも大声出さないで」
「総一さんこの方は?」
「自分の妻――」
「衣鶴です。衣鶴・F・神崎です。で、この子は優紀・T・神崎。長男、冬美也と夫の総一君がお世話になりましてありがとうございます」
まさかの総一の妻、衣鶴本人がやって来たのだ。
晴菜と絆の第一印象はこれでした。
『思ったより早い!! そして日本人っぽいけど白人にも近い!!』
あちらが自己紹介したのだからこちらも自己紹介しなければ、晴菜と絆はそれぞれ言う。
「いえぇ、こちらこそお世話になりまして、私は嘉村晴菜で」
「私、メイドの絆です」
お辞儀をする2人に衣鶴は手を差し伸べていた。
「これからしばらくは居ますので、色々とよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
「ちなみに皆さんどうしてここで?」
「ほら、冬美也を拾ってくれた理美ちゃんが入院してるから」
「密猟者の変態に撃たれったって言う⁉︎」
「総一さん一体何の話を?」
実際現場に居た絆はどうしてそんな内容になったのか全く検討がつかず、ふとそういえばゼフォウの名前の由来で騒ぎがあったとアリスから聞いていたのを思い出し、その辺を考慮した辺りで、あながち間違いでは無いので微妙に否定しづらいなと真顔のまま固まった。
「変態?」
理美の言葉に晴菜と総一が驚いてしまう。
総一はこればかりは忘れて欲しくて話を逸らそうとした。
「何でもないよ! 理美ちゃん! ごめんね! 騒がしくして」
まさか今度は自分が話を逸らそうとするのだから何とも言えない。
そんな中衣鶴が理美の居るベッドへと向かい、屈んで手を伸ばす。
「この子が理美ちゃん? 初めまして冬美也の母、衣鶴ですよろしくね」
「か、嘉村理美です……よろしく」
恐る恐るだが、伸ばされた手を掴むと、しっかりした手でぶんぶん振る。
なんか怖いと思っていると、衣鶴がこんな話をした。
「今日から総一君が住んでいる単身赴任用の家に住むんだけど、冬美也も一緒に住めば良いのに翼園に居るって言っていたし、これから私達冬美也に会いに行こうと思うんだけど」
きっと誘いなのだろうが総一はすぐに無理なのを伝えようとすると衣鶴も分かってはいた。
「理美ちゃんは来週まで入院だから無理でしょう? それにまだ――」
「分かってます、でも今日から毎日顔出してれば思い出すでしょう」
そう言いながら衣鶴は総一を見るも、全然動こうとしない。
「あ、あの」
「大丈夫、大丈夫! いやぁ、あの子が友達作るとは思っても見なかったしさぁ、総一君から連絡来た時驚いちゃったし居ても立っても居られなくてね。そっかぁ無事で良かったよ、二度に渡って助けてくれてありがとうね。もし記憶が戻って偏屈言い出すかもしれないけど仲良くしてね」
何か不思議と衣鶴の握る手は強くもあり震えている気さえした。
自分の知らない事がまだまだあるようで、だからと言って今入ったとしてもきっとまだ教えてもらえる段階ではないはずだ。
多分自分もずっと覚えていられないだろう。
それにそのせいで気を遣い過ぎて関係が拗れてしまっては元も子もない。
今は分からないままでいようと理美はそう思い、あえて聞くことはしなかった。
「はい、これからも友達として仲良くしたいと思っています」
衣鶴以外の大人一同驚いてしまっている。
『凄い他人行儀になってる!? しかも好きなのに押し殺しちゃっている!』
こうなるとどう言えば理解出来るのかと総一は思いながらも追々話すつもりではいるが、衣鶴は笑いながらこう話す。
「あはは! そう緊張しなくて良いよ、なんならもらってやってもいいし!」
「何を?」
『何を?』
本当に何を言っているのか聞きたい最中、優紀がもう飽きてしまい、どこかへ行きたがっていた。
「いこう! ママ、いこう!」
「友達以上になりたいならなおのこと頑張らないとね、それじゃ優紀も駄々こね始めたし行くね総一君」
「うん、分かったから静かにして他の患者さんも居るんだから」
「それから理美ちゃん」
急に話を振って来た衣鶴に驚きつつも反応するとこう返して来た。
「はい? なんですか?」
「あの子は私と一緒の鈍感だから促さないと動かないと思うよ」
そう言って嵐は去っていく。
「何なっだの?」
理美も含め、本当に嵐の様な人と言うべきだろうが、夫である総一は衣鶴の言葉に理解を示す。
「あー……なんとなく理解したけど、今言う話じゃなくない?」
この状態で置いてけぼりの3人は、総一を問い詰めることにした。
「どういう意味ですそれって?」
「あまり言いたくないですが、総一様はどうやってそういう経緯になったのかお話してくださいますよね?」
「鈍感って何?」
「ぼくは仕事がありますので、理美ちゃんはご飯残さず食べてね」
すぐに総一も仕事があるからと逃げ出すも、大人2人は追いかけて行ってしまう。
『大人って忙しいなぁ』
1人きりになった嵐の後の静けさのまま理美は食べかけの昼食を食べ始めた。
メリュウと言えば、もう疲れてしまったのかベッドの片隅で眠ってしまっている。
それを見て猫っぽいと思いながら撫でた。
来週には戻れると嬉しさもあるが、それまで冬美也には会えないのかなと考えてしまう。
もう面会も出来るなら来てくれたらとそう願ってしまうのだった。




