長かった一日
理美は結局手術する事となり、熱も気になるところだが、今は緊急時、まずは止血された部分を再度確認し改めて縫い直す。
今回執刀したのは総一で、貫通している分、心配だった神経は無事、ただ気になるのは雑多に縫われているが縫われていたであろう糸も無ければ誰がこの状態に持って行ったのかと言う疑問だ。
しかし、そんな悠長な考えも時間が掛かれば掛かるほど、患者の負担になる。
輸血の心配もあったが、止血が思ったより早かったのもあって、そこまで必要なく無事に終わった。
総一は手術室から出て、看護師達が集中治療室へと理美を運ぶ中、ディダとアダムに睨みを効かせる。
「無事に終わりました。後、ちゃんと来てくださいね」
ディダはもう謝るしか出来ずにいた。
「す、すいません」
「あぁ、本当にすまない……」
実際、大ごとなのは分かっているが、隠そうとするのが気に入らないと言った所だ。
「警察沙汰にしたくないのはなんとなく分かるし、場合によってはニュース沙汰にもなりますからね。ただ、子供が撃たれたんですから、隠そうとしないでください!」
アダムは何も言い返せず、たまたま管理者の中にもそう言った系列の人間が居たのだろう、あまり口外できない分、そっち側に話を持って行き、表では密猟者によるものとして、実際に起きたのは管理者の中にそういう系統に強い人物で行われる事となった。
「それについては、知り合いが入る事となった。大袈裟にはしないと約束してくれたが、何せこの状況だ。致し方がない……」
話を聞いた総一としては身内同士程、何かあった時に助かりもするがもっといざこざを起こす原因にもなりうるのを1番知っており、きちんと忠告する。
「本当に知り合い多いですけども、あまり身内で固めすぎて、ボロ出た時が1番怖いんですから、気をつけて」
「大丈夫と言いたいが、もう何度かやっている。今はそれなりにちゃんとお互い距離を取るよう励んでいるよ。それで、理美の怪我も具合は?」
「雑多に縫われているような感じは否めないですが、お陰で輸血を入れずに済みましたよ。本来なら余裕思ってやりたかったですが、何分珍しい血でまだ報告例も極端に少ないです」
「そうか……」
「これ以上は何も言いません。それに突っ込んだところで躱されるのは分かりましたから、後熱の方もまだ下がっていないので、暫くは状態が安定したら集中治療室から個室ですね」
個室も状況によってだが、基本は個室は保険の対象外だ。
「オーノー」
流石に経費が嵩むと頭が痛い。
「その辺は私が出すから心配するな、それと冬美也君は本当に翼園で大丈夫なんですか? あんな事もあったし……」
「冬美也がそうしたいと言っている以上は無碍に出来ません。ただ、今まで理美ちゃんが居たから平静な状態だったのが今居ない状態になるので、少々気がかりですが」
「うむ、一度我々も戻るか」
「そうだね、起きるまで待ってはいたいけど――」
ディダとしては自分が居たのにも関わらず、理美にあの怪我を負わせた身、やはり落ち着くまでは待っていたい。
確かに保護者的な立場としていて貰いたいが、総一は同時に医師である立場として話す。
「勿論居てもらってもと言いたいけど、集中治療室は基本長い時間居ては駄目だから、何かあったら連絡します」
「はい、とりあえず入院用の荷物取りに行って戻ってきます」
「その頃には一度目を覚ますと思います」
こうして理美は暫く入院する事となった。
ディダとアダムが帰って来ると、すぐさま来たのは坂本だ。
「漸く帰ってきた! で、どうだった? 無事だった?」
「手術は成功だよ、でも熱が下がらないし、麻酔も抜けてないから集中治療室に今はいるよ。目を覚ましたら個室になるそうだし、冬美也君と子供達は?」
坂本は現状をありのまま伝えた。
「警戒はしているけど、そうねぇ、フィリアって子だけは捜索願い出ていたから暫くしたら一の経由で帰れるように手配してくれるけど、他がねぇ……」
どうやら、フィリアと言う少女以外は捜索願いが出ておらず、まさかとは思うが、直接売られたのではと疑った。
「捜索願い出てないの?」
「そうなの、一応全世界での子供限定で行方不明者リスト手当たり次第見てはいるけど、他の子も3分の1は載っていなかった。でも、そういう子を受け入れる施設もあるからそっちにとは思ってはいるから安心して、流石に子供限界でしょうよ」
ディダも流石に翼園の今の現状で更に纏めて数人は少々無謀であり、困難だ。
状況がはっきりと分かっている冬美也や理美はともかく、下手すれば本当に国際問題に直面しそうな現状を他の人に、しかもそう言った専門の人に見てもらえれば非常に助かると言うものだ。
ディダはお願いしようとした。
「ごめん、そうしてもらうと――」
「俺絶対ヤダね!」
だが、ゼフォウだけは断って逃げした。
驚く大人達は呆然だ。
あの様子は本気で大人に対して毛嫌いしている様に思えた。
「仕方がない、彼は翼園で見るしかないね。それともし志願者が居ればだけど、暫くこっちで面倒見るよ」
「まじで⁉︎ なら助かるけど、でもあの子達皆ちょっと特殊だから気を付けてね。喧嘩とかして変な異能とか発動したら大変だし」
「そうだね、とりあえず今日は泊まって行って、君も疲れたでしょ? 客部屋はまだあるし、それと冬美也君の事なんだけど……」
どう説明すれば良いのやら、彼の体質を見てから多分全員同じ、いや個々に何らかの異能がある為、下手な事も出来ない。
だが、冬美也より他の子達の方が異能の扱いが上手い分、感情的な喧嘩さえ無ければ思いの外大丈夫だろう。
冬美也は1番厄介とも言えた。
坂本はこれに関しては琴に任せる事にした。
「それなら、琴が見てくれてるし、金属系に愛されし者だから感情の起伏があっても」
それなら安心とも言いたいが、琴の性格を理解しているディダにとって些か不安だし、そもそも仕事をしていたのではと疑問に思ったが、悲しい現実を教えてもらう。
「大丈夫? 物腰柔らかいけど、かなり厳しいしと言うか仕事は?」
「雇い主が怒ってたった今クビになって暇だから、理美ちゃんが退院するまでにはその辺の癖を直すって」
半分、八つ当たり入っていなかと不安となり、ディダは冬美也が無事生き抜いて貰いたいと願うしかなかった。
「生きて冬美也君……!」
ディダが理美の入院用荷物をまとめる為、冬美也のいる部屋に入る。
「入るよ、冬美也君、大丈夫かい?」
冬美也を見れば着替えもし、この程度ならとここで手当てもされていた。
大分落ち着きを取り戻しているが、やはり一気に色々起き過ぎて、まだ安心が出来ない。
何処か魂が抜けている様にも見え、心配だ。
ずっと付き添いで琴が言った。
「今の所は落ち着いてますが、やっぱり心配なんでしょうね」
「そうだよね、ところでさぁさっき聞いたんだけど、クビって本当?」
ディダが恐る恐る聞くも、琴は何時もの事だとばかり、呆れながら笑っていたが、目が笑っていない。
「はい、ついさっき、まだ有給残っているのに、戻れないと分かるとクビだと……まぁいつもの事です。どうせまた泣きついてきます。それと何か用で来たんでしょう?」
怖いがいつもの事と、そのままにして入院に必要な衣類等々の準備を始めつつ、ディダは話す。
「そうそう、理美ちゃんの入院用荷物をね。アリスにでも頼むべきだったんだけど、子供とお客さんが増えちゃったから」
アリスにお願いする前に連れて行く事になって、荷物等々をお願いし忘れてしまったのだ。
勿論、アリスなら言わずとも準備はしただろうが、急にやって来た子供達の世話に客となる坂本と琴の面倒までしているのだから、後回しになっていた。
琴からすれば、本当に今日までには戻る予定で考えていたのに、相手の機嫌を損ね、今に至るのだが、根を持っているらしく軽く舌打ちしながらちゃんと戻ると言っているのにとまで聞こえたが、かなり琴自身相手の身勝手な都合に御立腹のようだ。
「すいません、本来なら今日終わったら帰る予定で居たのに」
ただ、運が良いとも言えた。
「良いの良いの、寧ろ今冬美也君が何かの拍子であの金属出て来ちゃうと本人も他の人達も……ね?」
アレを見てから、本人も相当参っている様だが、こうして抑えてくれる人間が居るとなんとも力強い。
同時にこれからの冬美也が心配ともなる。
冬美也はディダに近付き、あるお願い事を言う。
「あ、あの……理美に会いたい、ディダ神父お願い理美に会わせて」
流石にこれは困った。
会わせて良いものだろうか。
とりあえず荷物だけ置きに行くだけだし、現状話せるかも分からないのだ。
「手術は無事に終わったけど。どうだろう、会わせてあげたいんだけど、まだ眠っているし、基本保護者或いは代表者だけが面会だからねぇ」
琴は総一が医者なら連れて行っても良いのではと案を出す。
「良いじゃないですか? そもそも総一さん医者ですし、ゴリ押せば」
普通に怒られてしまうのが関の山だろう。
「怒られる様なことまた思いついてー」
ただ、冬美也としてはあの時の事をちゃんと謝れてもなければ、聞いてあげれてなかった後悔が強くまだ抜け殻の様に思えた。
「お願い、ちゃんと謝りたい」
「そうだね、とりあえずお父さんとまずはお礼と一緒にあの時の事、謝ろう」
理美を治してあげた事と総一に傷付けてしまった事をちゃんと伝えるのを条件にそう言うと漸く冬美也から正気が戻って来たみたいだ。
「うん……!」
ふと、冬美也の肩からひょこっとあの時の黒い子犬が顔を出す。
「しょれではつれていきましょうじょ!」
「君、まだ居たの? 総一さんの所に行くから置いていこう」
ディダとしてはあまり居てほしくないようで、黒い子犬はひどく悲しんだ。
「酷い!」
再度、今度は冬美也も連れて黒麟診療所へと着くと、流石に総一も驚いた。
「えっ⁉︎ 冬美也を連れて来たんですか⁉︎」
「この子犬が」
例の黒い子犬を見せながらディダは総一に返そうとするが、総一的には暫く黒い子犬を側に置いておきたかった。
「あぁ、暫く冬美也に付けて」
「やです」
何故かディダが拒否をする。
冬美也はそんな話すら惜しいほど今すぐに会いたかった。
「そんな事より、理美は大丈夫なの?」
「うん、大分安定はしているよ。もうじき目を覚ます筈だし、一応見るか? その代わりずっとは居れないぞ?」
理解した後、冬美也は改めて父、総一に謝罪した。
「うん、父さん、ごめんなさい……あの時もしもの為に大人の皆と話していたのに、勝手に不安になって……」
「いや、冬美也は悪くない、もっとちゃんと冬美也に話してれば良かった」
「それからありがとう、理美を治してくれて」
冬美也からお礼が貰えたのと、はっきりと自分の目を見てくれて嬉しかった総一だったが、同時に不思議な事を伝えた。
「そうでもないよ、でも誰かが治した様な跡があったから輸血するギリギリで抑えられた感じだし、でも一応頼んではみたけど、今回は無かったから本当運の良い子だよ」
この時の話でギクリとなった冬美也だったが、ディダが話をする。
「んじゃ、一応荷物はどうすれば良いですかね? 荷物確か置けないでしょあそこ?」
「そうだった、確か――」
話を逸らしてくれたお陰で、冬美也は余計な事を言わなくてホッとしつつ、改めて入院の話を進めて行く総一とディダを見ていた。
集中治療室にて――。
「明日には出れるとは思うけど、一応ね、貫通して血管ブチ切れて血液もギリギリって言う事も話したし、後は熱もあるからあまりね」
総一は一通り説明し、冬美也とディダを通す。
本来なら総一と一緒になのだろうが、冬美也が1人で入りたいと言い、仕方がないのでディダに任せた。
ディダとならと冬美也も納得したので、入るとかなり静かで心電図の音だけが聞こえる。
理美のいるベッドに行くと、手術後な為色々付いていたが、あの時のぐったりな状態では無い。
「理美……ごめん……ぼく……」
まだ深い眠りに入っているのだろう。
あまり反応がなかった。
「無理ないよ、あの怪我だし熱もある。今は体を治す事に力を使っているんだ。そろそろ――」
その時だ。
「うぅ……」
理美が目を覚ました。
「理美!」
まだ本当に目を覚ましたのではなく、朧げなまま理美は、冬美也の声をする方を向き、必死に話す。
「ご……めん……ね、ちゃんと、お話、出来なくて」
冬美也も謝ろうと声を出すが、理美は本来言いたかった言葉だけを言った。
「ううん、ぼくが悪いんだ! 最後まで聞くのが怖かったから」
「違う形で、ちゃんと家族になりたかったの……」
「違う形って?」
何を伝えたいのか冬美也には分からなかった。
だが一度アースに言われたのと一緒だ。
ディダは冬美也に言って総一を呼ぼうとした。
「一度先生を呼ぶからちょっと待って!」
声に気付いた理美がディダを止める。
「ディダ……いるの?」
「大丈夫、今先生呼びに行くだけだから」
不安になってしまわない様に言ったが、どうやらそうではなく、自分が何処にいるのか理解しているのか、冬美也の為に伝えて来た。
「冬美也……ね、1人で……寝て、ると、泣いちゃ、うから手、握って、あげて」
その話を聞いた冬美也がどうしていつも自分のベッドにいるのか漸く理解出来た。
記憶が無いままでも悪夢に魘されいたのだろう。
それに対して理美は起こすのではなく、寄り添い安心させる事で安眠出来た。
だが今の理美ではそれが出来ない以上、信用出来る人間に頼むしかない。
「分かった」
「あり、がと……」
そのまま再度眠ってしまった。
「とりあえず、起きた事を話しておこう。冬美也君」
「……はい」
そうして、今日一日が終わった。
筈だったのだが――。
「嫌だ! 俺もここで寝る!」
ゼフォウが冬美也と一緒に寝ると聞かないのだ。
ディダは説得するも、中々思う様にいかない。
「んー、一応君らの部屋も急遽だけど作ってあるし、そっちで」
「やだ‼︎」
ゼフォウの目は一切大人を信用しない目で、かなり手こずりそうだ。
しかし、琴が自分も冬美也の件を聞いて、暫くは一緒に寝たいと申し出た。
「なら、私も寝ますよ? ディダ神父から聞いた内容ですと、あまり良い眠りではないと分かりましたので」
「まぁ琴さんが言うのなら……」
下手に起こしたりすると誤って体が金属になって人を傷付けてしまうより、琴に任せる方が1番無難だ。
「それに、彼、ゼフォウ? 君は色々と抜けている部分が多いので、序でに教育致します」
実際、あの後昼食、夕食共に過ごして分かる周りとの格差。
確かに捜索願いが出ている子供達はある程度の教育が備わっていたが、出ていない子供達はそもそもスプーンやフォークを渡しても訳が分からず、使い方も分かってすらいなかった。
その為、この中で1番酷かったであろうゼフォウにある程度の教育をする事を進んで手を挙げたのだ。
「……ひっ!」
ゼフォウが恐怖で顔が引き攣った。
きっとここでの上下関係をたった今理解出来たとも言える。
琴は一度部屋に置いてきた荷物を取りに戻る事にした。
と言っても、簡易的な物で本当なら今ここで帰っているのが目に見える程の荷物だ。
「それじゃ、最初坂本と一緒の部屋だったので、荷物とって来ます。その間にどうするか決めて貰っても良いですよ。それに明日早いですし」
「僕も残りの仕事あるから、何かあったら言ってね」
ディダもそう言って、冬美也とゼフォウ2人きりとなった。
「……で、他の大人達が言ってたけど、記憶喪失って本当?」
「……う、うん」
「何処まで覚えてる?」
「君と引き離された時まで」
「えっ? 殆ど覚えてるじゃん」
「あの時、打たれたせいで、記憶が戻ったけど、どうやってここに来たか覚えてないんだ」
その言葉にあの悲惨な状況を覚えていない冬美也に対し、ゼフォウは最初驚くも、これは話していいものかと考え、ただでさえ今日初めて会った理美が冬美也を助ける為にあの大怪我して酷い動揺だったのを思い出し、真実の男が助ける為に死んでしまったのを敢えて伏せる事にした。
「そっか……で、記憶が戻った話すんの? お前の親父さんやさっきの人らに?」
冬美也としてはまだ記憶が戻った事を話したくない。
「いや、まだ言いたくないし、流石にゼフォウ達もあの話したの?」
もし話せば、とても喜ばれるのは分かるが、同時に何処までの記憶があるのか、何をされたかを言わなければならないのだ。
下手すれば皆を巻き込む可能性が出る。
ゼフォウも流石に話そうとは思わないが、既に一緒に逃げた仲間が話している可能性が出た。
「してないけど、あの人らは前に一緒に逃げた連中が話してたっぽいし、何よりアイムが認識した相手を何処までも追える力で俺らを見つけてくれたんだと言ってたし、フィリアも力明かしたらしいから、親元には絶対帰すって約束してるけど、親無し捜索無しはどっかの施設だと……また実験事とかさせられるんかなぁ、お前の力に関してもそれっぽい話してたし」
この話を聞くと、冬美也も安堵は出来ないだろう。
だが、ここの大人達はそれをも受け入れ、どうするかの話し合いもする位だ。
それに琴と言う女性はどう言う訳か冬美也の力を抑える力を持つ人物、あの様子だと暫くここに居るみたいなので、少しだけホッとしていた。
で、ここで思い出す。
「ぼくの場合は、力の制御が……あっ! ぼくまだマルスに謝ってない! 一回会ってくる」
そうなのだ。
今まで記憶が無かった中で、唯一使ってしまったのは、マルスの手を払おうとした時に誤って頬を傷付けた。
本来ならすぐに謝るべきだったのに、色々起き過ぎて心も体も落ち着かず、久しぶりに会った友達と今後について話していて思い出す。
きっと心が落ち着いたから思い出せたのだろうと感じ、冬美也は急いでマルスが居るであろう事務室へと向かった。
「お、おぅ」
ゼフォウは1人残って、ベッドに寝そべった。
「アイツは人じゃないから、信用しても良いけど、他はどうなんだ?」
アイツとはディダの事だろう。
散々人として見ない大人ばかり見ていたゼフォウにとって、自分を人として子供として扱ってくれたのが、意外にも人として外れた者達と思うと乾いた笑いが起きた。
冬美也は事務室に行くと、ディダが驚く。
「どうしたの? もう寝た方が……」
「ううん、マルスに謝らないと!」
その言葉にディダがすぐに気が付いた。
「あっ……そうだね、傷付けちゃったもんね。今日はもう上がらせて自室にいる筈だよ? 2階のほら端っこが自室覚えてるよね?」
今日ほぼ一日空けた状態で任せっきりにさせた分、アリスとマルスは上がらせ、今はアダムとディダだけだ。
因みにジルは日向と捕まえた連中の尋問等に片付けをしている為ここには今はいない。
「ありがとう!」
冬美也は礼を述べ、すぐさまマルスのいる自室に向かった。
再度戻って今度はマルスの自室へと辿り着く。
各自部屋があり、ちゃんと自室用に名札も付いていた。
ここで緊張してしまうも、息を呑み、扉を叩く。
扉の向こうからマルスの声がする。
「はーい、誰? ディダ……じゃないな、音が下からだし」
「ふ、冬美也です!」
「冬美也君? ちょっと待って、すぐ開けるよ」
マルスが扉を開けると光が逆光して見えないが、顔に湿布らしきものが付いていた。
「あ、あの……!」
「待って、今ココア淹れたんだけど、飲む?」
冬美也は謝罪に来ただけで、そんな飲み物を貰って申し訳ない上、ゼフォウを待たせっぱなしだ。
「あ、いや、ごめ、その」
慌てて断ろうとしていたが、パニックを起こして色々呂律が回っていない。
それを見てマルスは笑って部屋に入るよう促した。
「良いよ、まず入って」
「……はい」
マルスに促され、部屋に入ると、子供部屋よりも広くも、そこまでの私物も少なく簡易的だ。
電気ケトルでお湯を沸かしたばかりで、用意したマグカップをマルスは更にもう一つ取り出し、ココアの粉末を入れ、よくかき回しながら冬美也に渡す。
「はいどうぞ」
「ありがとう……ごめんなさい、顔……下手したら顔を――」
マルスは冬美也の様子と言葉からしてすぐに察した。
「その事で来たんだね。大丈夫だよ。思ったより綺麗に切れてたから、すぐ治るってアリスが言ってたから」
笑ってマルスはそう言うが、冬美也は違っていた。
「でも、ぼくが傷付けた」
「うん、でもその為に来てくれたんでしょ?」
謝罪しに来てくれただけでも十分だと笑って許すマルスを見て、半分ホッともしたが、逃げてしまった自分を恥いた。
同時に理美の心境にも理解出来る。
どんな形だったにせよ、恐怖が先に来てしまい、逃げ出してしまう。
やってしまった後悔は一生消えないだろう。
「はい、マルスを傷付けて、逃げ出して……理美もこんな感じだったのかな……」
つい、言葉に出してしまい、マルスに聞き返されてしまったが、すぐに話を戻した。
「えっ?」
「ううん! こっちの事、本当にごめんなさい。傷もしかしたら一生このままかもしれない。でもこうなるなんて、ぼくも分からなかった。それでも傷付けたのは変わらないから」
マルスは話を聞き、反省をしているのが分かり、その後の事で心配になり聞いてみるとこれはこれで心配になってしまう。
「反省してくれてれば良いよ。こっちは、でも体大丈夫? 色々大変な事が一気に起きて今は琴さんが居るから大丈夫だろうけど、居なかった時はどうする?」
「分かりません、ただディダ達が言ってたのは自分の力をコントロール出来るまで居るそうです」
「……そうか、頑張って」
何か察しての言葉だったので、それはそれで怖い。
「ちょっと待って、言い方が怖い!」
マルスは謝罪しながらも理美が守ってくれたと聞いたと言うと、一気に冬美也の顔が曇る。
「ごめんごめん、でも良かったよ、無事で理美ちゃんの事は聞いているよ。守ってくれたんだって?」
「はい、結局2人を今日1日で――」
冬美也が言い掛けた時、マルスは諭す。
「それは違うんじゃない?」
「どう言う意味ですか?」
「俺の時は無意識に使ってしまったんでしょ? でも理美ちゃんの場合は自分の意思で君を守って出来た傷だ。だから謝罪も必要だけど会った時には御礼言おうね」
話を聞いた冬美也は涙が溢れ溢れて行く。
「……はい!」
きっとこんな気持ちで理美は嬉しかったのだろう。
そう思うと余計、自分がやってしまった行為を悔やんだ。
ただそれでも、今理解出来て本当に良かったと思った。
「ほら、冷めちゃうから飲もう。飲んだら歯を磨いて寝ようね」
「はい……ありがとうマルス」
「うん、良いよゆっくり飲んで」
結局ゼフォウと琴をそのままにしてしまったが、そのココアはとても美味しく温かった。
今日は本当に色々起きた日だ。
記憶が戻り、要らぬ力までも戻り、そして友と再会した。
残虐な見知らぬ大人達、助けてくれる見知らぬ大人達を見て、世界は狭く広く感じた日だ。
そうして今日が終わる――。




