緊急処置
どんどん植物が大きな木となって雲まで突き破るのではないかとなった所で、成長は止まった。
「理美、理美! しっかりして、お願い! ごめん、1人にしないで!」
必死になって、再度変形した金属の手は理美の撃たれた左肩に止血を行っているが、あの弾丸のせいだろう。
止血も上手くいかず、高熱も出て血管まで浮き出ていた。
「ふ……みや?」
「理美、大丈夫! ぼくが止血して――!」
「大丈夫、だよ……私……は大丈夫……うぐっ! はぁはぁ……大丈夫、だから、なか、ないで……」
そう言って理美は意識が遠退く。
ぐったりと動かなくなってしまった。
「やだ、やだ、嫌だよ! しっかりして‼︎」
パニックになりそうになった時、理美のアースが出て来て冬美也に言う。
「しっかりして、大丈夫! こう見えてウィルスも許容範囲よ、ただ、これは共存は不可能、追い出すか殺さない」
この時初めて何を打たれていたのか知ってしまったのだ。
薬品ではなく、ウィルスをずっと打たれ続けていたなんて誰が想像するだろうか。
「う、ウィルス? えっ……ウィルスだったの? あれ全部?」
アースは続けて話す。
「ずっと動物達の変って、どう言う意味か漸く理解したわ、あなた達は全員そのウィルスと共存している。ウィルスを殺せば多分元には戻るけど、ここまで行ってしまったら、戻すのも不可能に近い」
元に戻らない、化け物のままだ。
突きつけられた現実に絶望しかない。
「そ、そんな、ぼくらは、化け物の、まま」
絶望し己を化け物としてしか見れなくなった冬美也に対して、アースはそうではない、化け物では無いと告げる。
「違うわ、使い方さえちゃんと己で制御出来れば、あなたの為に使ってくれるパートナーになる。実際使いこなせた子いたんじゃないの? 覚えてる?」
「……あっ」
記憶を取り戻しているのを察し、アースは冬美也に力の使いこなすよう促した。
「思い出してるみたいね。だから、自分達を化け物にしてはいけない。あなたは心がある、ちゃんとした人であり子供よ。その為にも、己の力を使いこなしなさい。きっと、止血しなければいけない部分が違うのかも」
「う、うん、やってみる」
冬美也は促されるまま、無理矢理感情的に塞いでいたのを辞め、今度はもっともっと細く尖らせ、理美の傷口に入れ、処置に入る。
「私には操る事は出来ない。理美だけ出来る。でも、今理美は気を失っている。あなたは金属の手に何か感じるものはある?」
アースの問いに、今までのトラウマになってもおかしくないあの環境を思い出す。
神経がある程度あったからこその激痛だ。
そして切り離しても自分の一部なら再生出来る。
「神経がある」
「なら、もっと神経を研ぎ澄まして、何処かに血管が切れた部分を繋ぎ合わせて、最初は雑で良い、後で診てもらって縫い直してもらうから」
「は……ぃ」
ゆっくり神経で見るように弾丸で千切れた部分を縫い合わせるように一本一本丁寧に仕上げて行くが、どれも歪だ。
それでも、どういう訳か、どの部分が動脈で元々の静脈の部分が触れば触るほど良く分かるのが不思議だった。
違うのを掴めば違うと何故か囁かれている気もした。
とにかく繋ぎ合わせて続け、自身の金属を切り落とし、理美の止血はなんとか出来たが、やはりまだ内部に入ったウィルスを除去しなければいけない。
何時間もこの中にいる感覚にはなるが、上を見ても植物達が邪魔だ。
その時、植物達に何かが当たり、揺れてとても危険だった。
「今度は何っ⁉︎」
「きっと、あなたを連れ去ろうとした奴らよ。ここは理美を守ろうとして出来てしまった植物の集合体の木だけど、あまり持ちそうもない、理美が目を覚ましてくれれば良いけど、多分体がウィルスを追い出したいのもあって目を覚さない」
「まだアイツらが……?」
「ただ、あそこまでやられたなら、もう腹いせの程度よ。今度はきちんとやってくれる筈だわ」
一体誰に対してやってくれるのかとアースの言葉に冬美也は疑問視した。
一方、アダムとジルはコンテナが幾つもある基地として使われていた場所で退治をしていたが、ここでとんでもない事が起きていたのだ。
「あぁもう! なんで特殊部隊っぽいのがいるんだよここ!」
「仕方がないだろう! あの時から居たのなら、こういう不測の事態になった以上、用意するのは普通だ!」
それなりに基地として作られた場所に、潜入して万が一子供がいた時にと思って侵入したものの、結局あちらも分かって防護服ではなく迷彩服の男達がマシンガン等、多彩な武器で応戦してきた。
これでは埒も空かない、もういっそ、幻覚を見せて早々に立ち退いて貰おうかとアダムが思った時だ。
急に寒気がし、慌ててアヌビスが言う。
「逃げて! ここ一帯にいると死んじゃう!」
「なぁ⁉︎」
ジルも驚き、アダムはこれは不味いと走り出す。
「相当お怒りになってしまった様だ、一旦引くぞ!」
それを見ていた迷彩服の男達は笑う。
「おいおい、逃げてくぞ!」
「結局、武装が多いこっちが有利だろ!」
だが、別の1人がこの異常に気付き、退避を指示。
「全員、退避‼︎」
慌てて走るが、寒気と息苦しさで倒れ、次々動けず、マシンガンの引き金を引いたまま倒れた者もおり、更に被害が増す。
そのお陰で、基地から出たジルとアダムは振り返れば、もう火災も起きて手も出せない状態となってしまった。
コンテナの1つに黒い馬の様なしかし鱗を纏い、立て髪がなびき、1本のツノが生えた生き物が立っている。
「絆! 待て私達だ! 落ち着け」
アダムの声と共に人の姿に戻ったのは、なんと絆だ。
「安心してください、祠を壊した奴らに祟っただけですし、それにあまりよろしくない物を持って来ていたので、燃やしておきました」
「いやいやいや、燃やしたら証拠無くなっちゃうんじゃね⁉︎」
「そうでしょうね」
「そうでしょうねって!」
「もし真実が表に出れば、保護された子供達がどうなりますか?」
「……そういう」
「後は裏の方で真実を突きつけ、滅していただければ良いのです。それがあなたがたの仕事の一つでしょうに、後で片付けは手伝いますので、遺体はそちらでお願いします」
コンテナから降りて、ふと空を見上げる絆の目にはあまり良くないものが飛んでいるのに気付いた。
丁度日向が到着する。
「すまん、遅れ……もう終わったのか?」
「終わったの通り越して、祟られ現場見たわ」
「そうか、お前なら見慣れてるだろう? ゾンビとか?」
「どあほ! 祟られた遺体なんて誰が触りたんじゃ!」
「そんな事より、何か異物が飛んでいる方向が少々気掛かりです、私はそちらに向かいので、簡単で良いので、この不法地帯片付けてもらっても良いですか?」
絆はそう言いながら、先程の姿へと変わる。
この様子だとまだ一波乱がありそうだと日向は思うも、あえて片付けに入る事にした。
「なら、自分とジルがこの一帯を片付ける、主に遺体はお前な」
「ですよねぇ、序でに聞いておきますか。死体の方が嘘付けないから」
ジルも死体に愛されし者としてある程度仕事がまだ残ってるのに少々疲れてしまうが、これも少しでも有力な情報を手に入れる為だと踏ん張る。
ここに埋める事は決して許されないので、遺体処理もしなくては行けないが、スマホを確認した日向は少しホッとしてしまう。
「坂本のしばき隊が遺体処理用のダンプ持って来てくれるらしいから、それまでにかたそう」
「なら、早く済まそうぜ、これ若い子も駆り出したって坂本言ってたし」
ジルと日向とは違い、アダムは絆と共に行く事にした。
「なら、私は絆が言っていた場所へと向かおう、どうせアイツらが何かと応戦中だろう」
「じゃ、じいさん気を付けてなぁ」
「ご無理はしないで」
「分かっている」
逆にアダムは胸騒ぎがあり、急いで向かった。
狙撃がかなり遠く、ディダも琴も太刀打ち出来ず、弾丸に撃たれない様隠れるしかなく、ゼフォウが顔を出そうとすると、クマが出てくるなとばかりゼフォウを木の影に隠す。
琴は当たらぬよう、例の大きな木にいる状態でディダに話す。
「どうしますか?」
「いっそ、僕が元の姿で……と行きたいけど、この弾丸下手に触るだけでもアウトでしょ?」
流石のディダも無鉄砲に突っ込んで万が一弾丸を弾いても触ってしまえば、どうなるか分からない。
挙げ句の果てに琴は触らないよう弾丸を浮かばせつつ見ていたが、当たってしまった木が徐々に腐食を始めているのに気付き、このままでは本当に不味いのが伝わる。
「そうですね、一応確認してますが、弾丸がめり込んだ木が腐ってますよ」
「弾丸の雨さえ止めば、一度こっちで綺麗さっぱりにするんだけど、順番としては理美ちゃんにしたい」
見上げるディダはさてどうしたものかと思っていた時だ。
あまりにこの状況では無理があると判断し、琴がスマホで坂本に連絡する。
「坂本さん、まだですか? こっちは動けないんですが!」
「待て待て、今、ゼフォウと冬美也とディダが集中しているな? で、弾丸はどの方向から飛んでいる? あと角度は?」
「大体が南西角度はそうですねぇ50から70ってところですか?」
坂本は一通りの琴の話をトランシーバーに話し掛けた。
「分かったそれだけで良い、古藤院聞こえるな?」
「はい、いつでも撃てます」
その直後だ。
いきなり、凄い勢いのある音が聞こえたかと思えば、何処かへと飛んで行く音へと変わる。
ヘリに居た白髪の男の後ろにでずっと撃ち続ける狙撃者が急に吹っ飛び、逆の壁をふっ飛ばすほどだ。
凄い揺れに対し、白髪の男は冷静な口調で操縦士に聞く。
「狙撃されたか、ヘリは無事か?」
「な、なんとか、しかし、このままでは」
あまりの衝撃で、持っているのが奇跡だ。
渋々白髪の男は退避する事を決めた。
「退避を許可する」
操縦士は急いで逃げようとヘリを反転させるも、もう一発の弾丸とはまた違うミサイル弾が飛んで来た。
そのミサイル弾はヘリに向かってくる中、避ける事は不可能だ。
しかし、白髪の男は冷静に言う。
「プロジェクト、ディユケレブルムの試験運用開始」
一体どこの場所なのか、寧ろ本当にヘリが見えるのかと疑う場所から全身迷彩柄に包んだ男が大きめな機械から望遠鏡を覗く。
「はぁ? 当たらずに逃げやがった……」
トランシーバーから坂本の声がする。
「追撃しろ、面倒だから」
「無理ですね、既に数発撃ってみたんですが、全部ギリギリで落ちました」
「……お前の能力でか? 無効化させる装置か能力を保持してたのかもしれない。どちらにせよ、他のチームと合流せよ。後はあの連中の後片付けを頼む、捕まえた連中等はこっちで尋問を続ける」
「了解、なんでだ? それでも、対無効化対策用精密な追跡ミサイルだぞ?」
どうも腑に落ちないが、坂本の言う通り、それ用の対策機械が積まれていたと考えればまだ呑み込めるものの、古藤院からすれば納得いかないものだった。
弾丸の雨が止む。
「これなら一回この辺を浄化しよう」
ディダが刀を抜き、地面に突き刺した。
急に刀が光、その光と共に浄化されて行くのが見てとれた。
神々と光り輝きの範囲が広がる程に先程の腐った木々も治っていく。
粗方治したのを確認し、後はこの木に入ってしまった理美達を救うだけと言う所で黒き生き物がやって来た。
「貴様! 一体どこで油を売っていた!」
すぐに絆だと気付いたディダは反論するも、かなりの御立腹姿なのも把握し、下手な事が言えないと悟って、結論を言わずにとにかくこの木をなんとかして欲しいと頼んだ。
「誰も売ってないでしょ! と言うか麒麟になって来たって事は……あぁ……すいません、あの事情を今から説明するので先程治したばかりのこの一帯に祟り起こさないでください。そして今からお願いもあります、この木を元に戻してもらえないでしょうか?」
絆も意味の分からない事やこのデカく聳え立った木は一体なんだと思って触れて気がついた。
「はっ? 一体……あぁもう! そういう!」
今度は絆が人の姿となって、手を翳すとまたもや光輝き、木となった植物達はゆっくり元の姿へと戻る。
木の中にいた冬美也が木がゆっくり下がっているのに気が付いた。
「なんか下がってる?」
「きっと、ここの神様が直してくださっているのね。あの子を守ろうとして出来た結界の様なものを」
「でも、理美全然目を覚まさない、痛かっただろうに何も返事もない、このまま目を覚まさなかったら……」
「大丈夫、でも急いだほうが良い、このままだと――!」
その時、上が開いたと思ったら、ディダが飛び降りてきて、いきなり理美の撃たれ貫通した箇所を刀で突き刺した。
一部始終見ていた冬美也は発狂ものだ。
「うわぁぁぁぁ何してるんですか‼︎」
そんなの気にせず、ディダは力を込め、グッタリと動かなかった理美ですら激痛で目を覚まし、もがき苦しみ、刀の刃に触れるも、火傷するかのように湯気が立つ。
「ぐあぁぁぁあ! 痛い! 痛いヤダぁぁ‼︎」
「ごめん! 少し我慢して!」
ディダも刀を抜かせぬよう、がっつり押し込み続け、冬美也が何か言おうとしたが、アースはそれを止めた。
「何してるの! 理美に、死んじゃうよ!」
「冬美也、大丈夫よ。中にいるウィルスが死に始めている」
「それってどういう?」
アースですら驚く品物で、理美がもがき苦しむも、刀の影響か、徐々に滅菌しているのだ。
「きっと、この刀が特別な力があるからだと思う、それにこれに賭けるしかない」
「う……ん……」
理美が苦しむ中、冬美也はとにかく安心させたくて、手を握ってあげれる事しか出来なかった。
そうして、木が完全に元の植物となった所で理美は再度気を失ってしまう。
ディダはそのまま理美を抱き抱え、立ち上がる。
「理美ちゃん、しっかり! とにかくアリスに診てもらおう。下手に医者には診せられない」
冬美也の手はその勢いで理美との手が解けてしまった。
そこへようやくアダムがやってきて何が起きたのかを聞く。
「先程見えた木は一体……理美⁉︎ 一体何があったんだ⁉︎」
先に琴が説明した。
「話せば長くなりますが、冬美也様を狙って撃った弾丸を理美様が庇って受けました。しかもタチが悪い事に薬品か何かが付着した特殊弾丸の影響で、理美様を守ろうと植物が大きな木になってしまいました」
「な、なんだと⁉︎」
続けてディダも刀を片手で鞘に収めながら話す。
「今は止血は冬美也君がしてくれたみたいで、僕はとにかくその薬品か何かを浄化する為に刺した」
絆も流石にこの状況では上着を持っていないので、アダムに頼む。
「まぁその前にアダム神父、上着を理美様に貸してあげてください、ディダが冬美也様に貸してしまったので無いのです」
そのまま、アダムは促されるまま理美に上着を被せ、ディダが巻きながら、更に詳細の説明をアダムにしている中、冬美也は謝罪する。
こんな事なら捕まって実験体のままいた方が理美は撃たれずに済んだのに、回りの大人達に凄い迷惑を掛けた。
謝るしか何も出来ない自分が不甲斐なく、涙が溢れ、どうすれば良かったのか分からない。
「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさい、ぼくのせいだ、全部……ぼくが全部、いけな――」
全てを背負おうとした時、琴が顔を覗かせ問う。
「理美様はそう言ってましたか?」
「えっ?」
「理美様はずっと心配してましたでしょう? その前の事は知りませんが、ご自身を責めるのはお門違いかと」
「……ごめんなさい」
琴の言葉に冬美也は冷静に戻って、皆に謝ると皆もホッとしたが琴としては、まずは外を出て行った事へと謝るべきと言った。
「うん、まずは戻って外を出て行った事を謝りに行きましょう」
冬美也の事はひと段落したが、まだ理美の治療やこの事態は村にも影響があるだろうと絆は戻るのを提案した。
「とにかく、一旦戻りましょう。きっと先程の騒ぎで村も少々騒いでるでしょうし」
「だね、僕は理美ちゃんをアリスに診せに行くから、アダム神父は冬美也君とそこにいる子をお願いします」
ディダはそう言って、理美を持ったまま凄い速さで走って行った。
クマの速度よりも速い。
アダムはそこにいる子とは、と思い琴に聞くとひょっこりゼフォウとクマが出て来た。
「そこにいる子とは?」
「えぇ、そこにいますよ」
「俺の事だよ」
他にまだいたのかと驚くアダムだったが、未だ見つかっていなかった子供の1人だと分かった。
「そうか、まだ見つかって居なかった子供か……他に居るかい?」
「先程、坂本から他の子供達を保護してます。この子で最後だと言ってました」
「……本当にか? とりあえず我々も一旦戻ろう、この子達の保護も必要だ」
アダムはゼフォウと冬美也を連れて行こうとした時、クマが心配そうにこちらを見ているのが分かり、絆が代わりに話す。
「大丈夫、あんな奴だが、しっかり治療はするし、信用出来る人間に診せるから安心して君も今いるべき所に行きなさい」
その言葉にゆっくり頭を下げ、そのまま立ち去った。
今も不安定な状態の冬美也を抱き抱えて運べるのは自分だけと琴が自分で運ぶと宣言するも、ゼフォウが何故か嫌がってしまい、結局逆となる。
「では、私が冬美也様を持ちますのでそちらの子はアダム神父に……」
「やだ、1人で歩く!」
「ふむ、こちらが冬美也君を預かるから彼を」
「仕方がありませんね」
この時琴がゼフォウを抱き上げたら、余程男性が嫌だったのだろう、小刻みに震えていた。
『苦労してるなぁ』
そう思いながら、琴はアダムと絆と共に翼園へと向かう。
ディダはすぐに到着後、いきなり玄関口には行かず、アリスが居そうな場所へと向かう為、空き部屋の窓から入る。
「アリス、アリスいる?」
こうなると機械音痴が災いし、非常に困ってしまった。
とりあえず、音を立てずにアリスを探す。
丁度、アリスが空き部屋を掃除中だったのか、小声とは珍しいと言う顔で、すぐに来てくれた。
「何? マルスなら今、総一さんにのらりくらりと……って⁉︎ ちょっと、どう言うことよ?」
アリスは理美の状態があまりに芳しく無いのはすぐに分かり、預かろうとした。
「説明は後だ。治療を頼む、それから浄化はしっかりしたから大丈夫だとは思うけど、冬美也君も結構――」
説明中に、誰かの気配気付き、振り向けば手に乗るくらいの黒いふわふわの下ベロを出した子犬がいた。
「おや、おひさしゅうごじゃいましゅ! ディダ殿」
見知った間柄だったのだろう、ディダが1番驚きだ。
「はぁ? なんで? と言うか、君は今何処かの神社にいなかった?」
アリスにとっては初めて会う子犬だが、話している時点で普通では無いが分かるも、普段から慣れてるのだろう、普通に接してしまう。
「えっ? 私の知らない知り合いまだ居たの?」
「それより、早く」
こういう状況では無ければ、普通に思い出話位はするだろうが、ここは一旦理美の治療を優先している為、アリスも納得した上で、理美の状態をディダの上着を軽く外せば相当な血が出たのだろう、かなり悲惨だが止血されている為まだ安堵が出来るものの、まだ山場の最中だ。
「分かったわよ、えっと、うわぁ止血はなってるけどこれまた派手にやったわねぇ、部屋に治療器具あるからそこ……で……総一さん⁉︎」
だが、ここで総一がやって来てしまった。
どうやらこの黒い子犬を連れて来た本人で、絆に用事があり、たまたま運悪くここに来てしまったようだ。
「今、ディダ神父の声が聞こえたのと、コマがそっちに行ってしまって、ほら、この子、前に絆さんに頼まれた神社のお祓いで、昨日、その御礼としてこの子達を頂いたんだけど、絆さんに聞きたかったんだけど、屋敷に居ないし、とりあえず冬美也に……って何があったんですか?」
この状態ではどう言い訳すれば良いか分からない。
「すいません、後でお願いします。急いでるので」
アリスはこのままその場を後にしようとしたが、総一がアリスの腕を掴んで理美を見た。
「待って、理美ちゃんどうしたんですか? それに冬美也は?」
丁度、その時アダム達も戻って来たが、冬美也の状態を知って更に状況を悪化させていく。
「ディダ、どうだ理美の……総一さんどうして?」
総一は何故隠そうとするのか全く分からず、本気で怒って言う中、冬美也がそれを止めた。
「それはこっちのセリフです! 冬美也も何があったんですか⁉︎ 理美ちゃんも容体が酷いし、これは診療所で診た方が良いレベルなのにどうして――」
「父さん、全部ぼくもせいなの、皆を責めないで!」
「冬美也、お前も顔色が……」
アダムから降りて、父、総一に必死に助けを求める姿に、皆が黙ってしまう。
「お願い、ぼくじゃなくて、理美を助けて、ぼくのせいなんだ。ぼくを助けたせいで」
本来ならもっとちゃんと話せる内容なら、すぐさま病院だろうが、やはり得体の知れない物が一度入ってしまっている以上、ここで知識のあるアリスだと皆で決めていた。
ただし冬美也は、自分の父に助けを求めた。
「改めて問います。どうしてなのか話せますか? 話せないなら……」
総一は改めて問うも、信用はもう出来ないだろう。
そんな中で、絆がやって来て話す。
「理美様は冬美也様を庇って大怪我をしたのです。最近野生動物の騒ぎの原因は密猟者が徘徊していたからでした。冬美也様はそれを見てしまい、追いかけられ逃げ回ってこの状態で運良く我々が保護した際、腹いせとばかり狙い撃ちされ、その結果の大怪我なのです。今は止血も済ませてますので下手に騒ぎにならない為にもアリスにと言うことなのです」
本当の話は出来ないが、大筋話が通っており、そう言われてしまえば確かにと頷く程だ。
お陰で総一は納得へと向かっていく。
「密猟者⁉︎」
「はい、ようやく捕まえましたが、まだ他にも仲間がおりその際の腹いせだと思います。ですのでもう暫くは山の中に居ない方が良いです」
ただし先程のディダの様子を疑いがあり総一はそれに関しての意味を込め聞くと、こっそりと教える態度で総一の耳元で絆は言った。
「でもなんでそう言ってくれなかったんですか?」
「理美様、まだ保険証発行前なんですよ……」
「……もっとダメでしょう‼︎ ダメだ! やっぱり連れて行く、診療所に!」
「だそうですので、ディダ、運んであげてください」
「なんで⁉︎ なんでそう言っちゃうの⁉︎」
流石にディダはここで丸く収まらないのかと突っ込んだ。
ずっと見ていたアリスは思った。
『話が逸れて良かったけど逸れてねぇぇぇぇ』
結局、理美は緊急外来で運ばれる事になってしまった。
仕方がないことだ。
今回ばかりは緊急とも言える状態で、理美が庇わなかったらもっと何が起きていたか分からない。
そして、理美はは治る事を専念するしかなかった。
ただ分かることはただ一つ、子供達は無事保護出来、冬美也を無事とは言い難いが助け出せた事だ。




