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嘘つき《後編》

 次の日、今日も晴天だ。

 庭先なら目に届く範囲なので問題もない、今回はどんな遊びかと言えば、花や植物を見つけて遊ぶと言う何とも風情あると言うべきだろうか、子供ならではの遊びといった感じで、2人で盛り上がっていた。

「これ、よく蜜吸ってたやつ」

「ホトケノザって言う花だね」

「オドリコソウじゃないの?」

「それは春に咲く花だよ、見た目ちっちゃい花だからそう感じてるけど全然違うよ。ほら葉っぱの形状とか――」

「じゃぁ、これは?」

 今度はシロツメグサの花を持って見せる。

「シロツメグサ、クローバーと根本の方繋がってるんだけど詳しく話すと長くなるけど良い?」

「ほう長くなるならいいや……あぁ、これ引っ張ると繋がってるね!」

 思い切り根本を引っ張ったら意外にも繋がっていたのに驚いた。

 冬美也もあまり気にせず話すと理美が、花言葉について話し出す。

「そうそう、そんな感じで繋がっているんだ」

「へぇぇ、そういえば花言葉って知ってる?」

「本にあったやつだよね?」

「うん、これは約束や私を思ってとか、後どういう訳か復讐とか」

 どうして最後、そんな物騒な花言葉なんだと冬美也はつい怖くなるも、先程の花について説明し、夏と言えばと言うことでひまわりも教えた。

「怖い怖い、ホトケノザは調和や仲間と一緒に、ヒメオドリコソウは陽気、愛嬌とかだよ。夏だからひまわりなんか崇拝とかあなただけを見つめるに愛慕、愛慕は深く愛し慕う事って意味だよ」

 愛慕と言う響きに理美は色々口にし、遊び出す。

 昔あったペットロボット等を連想する。

「愛慕、アイボ、aibo?」

「何言ってるの?」

 流石にそこは冬美也も突っ込んだ。

 そんな時、庭先で遊んでいるのが見えたのか翼園に遊びに来ていた晴菜、友吉、麗奈、颯太家族全員でやって来た。

「あら? 今日はお外で遊んでるの?」

 理美は晴菜の声に気付き、挨拶する。

「晴菜さん、こんにちは!」

「こんにちは……」

 相変わらず、冬美也の態度にはどうしたものかと友吉は考えると、麗奈がそっと教えた。

「最初より酷くなって来ているな、どうしたものか……?」

「お父さん、残念なお知らせ、あの子まだ自分自身の感情に気付いてない」

「あーやっぱりかぁ、面倒な子になってしまったな」

 友吉も薄々分かっていたが、当人が気付くしかない感情な為、困り果ててしまう。

 麗奈はもう見守る前提で接するしかなかった。

「優しく見守るしかないねぇ」

 面倒になる前に、冬美也が気付くのを待つしかないと颯太も口にする。

「そうなると、養子縁組の件はあの子が気付くまで見送るしかないかぁ」

「でも最初の頃はそうでも無かったのに、ちょっと理美ちゃんといざこざ起こしてから徐々におかしくなってったのよねぇ……」

 晴菜の疑問もそうだ。

 最初の頃は記憶が無くても素直な子と言った感じがしていたのに、理美が家族に対して拒絶した件以降徐々にヤキモチの様な雰囲気だったのが、今では敵対心みたいな雰囲気でこちらを見ている。

 ただ颯太がある仮説を言った。

「理美の方で、言い方間違えたんじゃないのか?」

 全員あぁと言葉が出る程納得しかない。

 多分、本人もどう言えば良いのか分からずに言った可能性もある。

 こればかりは冬美也に同情すらしてしまう。

 麗奈もつい言葉を溢す。

「あり得そう」

 何の会話をしているのか分からず、理美が近づいて来た。

「何の話をしているの?」

「大したことは話していないけど、あら? シロツメグサとクローバーがいっぱい」

「さっき、冬美也と植物の話してたの」

 満面の笑みで、こちらに見せる理美を見て、晴菜はこれなら話を進めても大丈夫な気がした。

 ディダに再度話をしてみたいと思うも、友吉とも話して理美が自分から言うまではと言われてはいるが、後はディダからの連絡を待つ形まで持って行こうと皆でやって来た。

 ただ先の話のように、今の冬美也はとても不安定で理美がいるからなんとか保っている様な感じ、ここも話す必要もある。

 下手に刺激を与えては行けないが、子供の理美にそんな重荷を背負わせて良いのだろうか。

「そう、私達はこれからディダ神父とアダム神父にお話があって来たの。その後はすぐ帰るわ」

「うん分かった、またね」

「えぇまた」

 理美は軽く手を振って冬美也の元へと戻って行った。


 流石によく、応接室ですぐ聞かれてしまうので、今回は2階で話す事になった。

 ディダは最近寝ずに子供の捜索に明け暮れ眠たそうに生あくびまでしてしまう程だ。

「ふわぁ……すいません、最近寝不足で」

「いえいえ、理美ちゃんについてなんですが、迎えたいのです」

 アダムも最近の理美は1人になろうと一切思ってもいないし、若干距離をずっと保っていたのが嘘のようだ。

 嘉村家の実家に行ってから、徐々に変化したのはその為だろう。

「最近、落ち着いてきているし、きっとあの時、話をしたからじゃないのかな? あの子も心を開く様になったのは」

「それなら、尚のこと話しておいて正解だったよ。きっと自分だけでやらなきゃいけないとか、自分だけしか居ないって思っていたのなら尚更」

「後、理美ちゃんも家族として行きたいと相談されました」

 皆が喜ぶも、同時にある不安があった。

 まさに今アダムが話す内容そのままだ。

「ただ、冬美也君に対して、心配しているようで、ディダから報告を受けていたから知っているが、理美が色々と昔の話をしていたらしく、その為か冬美也君も守らなきゃと強い意思で動いてしまっているようで」

 友吉はあの後話たのか或いはその前に自身の話をしたのか分からないが、あれ以降冬美也の様子が徐々に変わっていったのが分かった。

「どんな話かは聞きませんが、信用して話たのは間違いないな」

 どうせならいっそもう好きと言えば事が済むのではと笑いながら颯太は言うも、麗奈がそれに関して返す。

「でも、好きなら好きって言えば良いのに?」

「いやぁそのまま言ったら、固まって宇宙彷徨ってたから多分、気付いていないわよ」

 まだその段階まで到達していなかったみたいだ。

 それ位ならそのままにして成長するのを待つのが普通なのだが、今の冬美也の不安定な状態をそのまま放置する訳にも行かない。

 ディダは理美にこの件について話をふる事にした。

「こうなるともう一度僕の方から、それとなく聞いてみます」

「そうだな、ディダに相談したのだから、再度ディダに頼むとしよう」

 こうして話は終わり、再度理美と冬美也を食堂で食事を取っているのを見ると、いつもと変わらない風景だ。

 やはり大人が関わらない方がいいのだろかと思うも、現状を放置する訳にもいかない為、少しでも進展し、お互い理解して歩み寄れれば良いのだがと皆がそう願うしかなかった。


 その夜、そろそろ一度顔を出すかとディダが夜回り序でに、理美と冬美也のいる部屋に行こうとした時だ。

「ディダ」

 理美が先に顔を出して待っていた。

 内心驚くディダだったが、珍しく眠れないのかと思って聞いてみる。

「あれま、理美ちゃんどうした? 眠れないの?」

「ううん、違うの……その、ちょっと相談があってね」

 どうやら相談したくて起きててくれてたようだ。

 1人になる事が基本ない日中だと、誰が聞いているか分からない。

 きっとこの間の夜のように相談出来ればと思っての事だろう。

 ただ、冬美也がどう反応するか心配するも、流石に理美も分かっての行動でしっかり寝ているのを確認してから来てくれた。

「うん、ここじゃなんだし、と言うか冬美也君は?」

「ちゃんと寝てるの確認してから来た」

「えらい、それじゃあ、とりあえず食堂で話そうか」

「うん」


 食堂も流石に真っ暗で非常灯だけが不気味に光る。

 電気を1つだけ点け、適当な場所に座って話を始めた。

「で、どうしたの? 相談って?」

「私、冬美也にちゃんと嘉村家の家族に行きたいって言いたい」

 どうやら、冬美也に最初に伝えたい様だ。

 しかし、あの様子だと怒って喧嘩になってしまうのは目に見えていた。

「良いと思うけど……ねぇ理美ちゃん、他に実は冬美也君に何か言った?」

 理美ももう隠すのは難しいと判断してディダに言う事にした。

「実は、冬美也に家族になりたいって言った」

「んっ? それってどう言う意味で?」

「それは……」

 真っ赤になった理美を見て察したディダは言う。

「今ので意味は理解したよ。でも、その言い方じゃ、伝わらないだろう?」

「ごめん」

 理美が謝るも、それは本人にと諭すように促すも、どうしてそんな風になったのか知りたくなった。

 揶揄う意味ではなく、純粋に知りたいのと知れば打開策も打てると言うものだ。

「いやいや、僕に言わないで、さてどうしたものか、もう冬美也君に告白すればありっちゃありだけど、それはまだ早いだろうし、どうして好きになったの?」

「お話」

「お話?」

 意外な理由にディダの方が驚いた。

「お話をちゃんと聞いてくれたから」

「えっ?」

「前に居た学校に嫌な子がいて、その子達が揶揄うの」

 その理由に至った経緯を語り始める理美に唖然となった。

 あまり忘れ去られた以前の話をしたら行けないとこちらの方で促さない様にしていたが、まさかここでと人自体が苦手になっていたのにも驚いてしまう。

「……」

「あの子達ばかり先生は話を聞いて、私の話を聞いてくれなくれなくて、だから人自体が苦手で嫌い……」

 今話す言葉を止めては辛かった過去を吐き出せなくなってしまうので、とにかく経緯を聞くと言う建前で促した。

「それから?」

「男子達はいつも虐めてくるし、デマを流した嫌な子のせいで話も聞かない」

「どんなデマ?」

「お父さんが浮気して借金押し付けて出て行ったって、本当はどこに行ったか知らない、ただ誰かと共に行ったのだけは何となく覚えてる」

 よく、そんな昼のドラマみたいな内容をスラスラと子供が言うのかとついディダが頭を捻って考える。

「凄い具体的なデマの内容だね?」

「実際はそのデマ流した子の家で騒動起きた話だから」

 成る程、本人が実際起きた話を自分で無い誰かにあった様に話せば、辻褄合わせも容易なのだろう。

 ただ、担当教師がそんな事鵜呑みにするのだろうかと怪しむも、知っていようが知らないが関係のないタイプの担当教師のようだ。

「えー、それ先生とか知ってるんじゃ?」

「知ってても無視する先生だから嫌い」

 理美の様子が明らかに嫌な過去を思い出して眉間に皺寄せている。

 この様子だと、もっと碌な行為をしたに違いない。

 ただしこれ以上脱線させる訳も行かないので、納得した上で話を進めてあげた。

「あぁなるほど、でも冬美也君は違うんだよね?」

「うん、冬美也は話を聞いてくれて諭してくれて、一緒に考えてくれて、嬉しかった。あの時つい怒って友吉さんに言ってしまった時、心配してくれてそれから……」

「家族になりたいと言っちゃったのか」

 理美も好きと言う言葉まで思いつく事が出来なかったのがそもそもの原因みたいだ。

「ごめん、もっと別の言葉が思いつかなくて出ちゃった言葉なの」

「うん、流石にね、でも凄い度直球な告白だよね?」

 そう言ったら、顔を真っ赤にして隠してしまう。

「もう言わないで!」

「ごめんごめん、そうか、説明するにもどっちにしろ起こりそうだもんね」

 理美としては、本当の意味を伝えたのと、話し合いを自分達だけでは多分解決出来ないのを知って、苦手だった大人に、ディダ達ならと信用してのお願いを言った。

「……うん、だから、せめて怒られても嫌われても良いから、ちゃんとお話して分かってもらえる内容が分からない」

「かなり勇気がいるね、よし! とにかく当たって砕けろ……はまずいけど、ちゃんとお話しよう。それに何かあっても良いように僕とマルスにアダム神父達にも掛け合って、きちんと落ち着いて話が出来る環境作ってあげるから」

「うん、ありがとう」

「よし、もう寝て、明日話をしよう。場を設けてあげるからその時に話しかけて、おやすみ」

「おやすみなさい」

 そうして、理美は自室へと戻った。

 部屋に戻ると眠っている冬美也を見て、ホッとする。

「良かった、ちゃんと寝てる」

 そう言って、隣のベッドへとダイブしてそのまま眠ってしまった。


 次の日の朝、冬美也が起きるとやはりベッドに理美が居た。

 流石に毎度毎度、寝ているのでもう慣れてしまった。

「おはよう、理美、朝だよ」

「んっ……おはよう、冬美也」

 理美は昨日話をした為、未だに眠気が取れない。

 朝の支度を済ませ、食堂へと向かう。

 ディダに話を済ませたので後は自身でちゃんと話さないと行けないのだが、ふと、どう言えば良いかをちゃんと話していなかったのを思い出し、凄く悩んだ。

 食事を取りながらどう冬美也に話せば理解出来るだろうかと必死に考えるも、何も思いつかない。

 やはりここは家族になりたい理由を話、その後から言えば全て丸く収まるのではと考えるも、どう始めれば良いのかと頭がぐるぐると回っている。

「理美? どうしたの? 起きてからずっとぼーっとしてて大丈夫?」

「んあ? 大丈夫、大丈夫!」

 心配され、我に返る理美は、とにかく当たって砕けろと言う精神と違う意味だと先に伝えようと決心した。

 ご飯も食べ終わった時、ディダが呼びに来た。

「理美ちゃん、ちょっと……」

 もう準備が整ったのかと焦るもすぐに返事をするも、どうやら違うようだ。

「な、何⁉︎  どうしたの?」

「理美ちゃんにいくつか質問したい事があって」

「どういうこと?」

 理美がどう言う意味かと訊ねていると、冬美也も一緒に行こうとした時、ディダが止めた。

「冬美也君はちょっと待ってて、今回は別件だから」

 そう言って、理美だけを連れて食堂を出た。


 大分離れた廊下で、ディダは他の気配が無いか確認している中、理美がどうしてここまで来たのかと未だに謎だ。

「ディダ、質問って?」

「んっ? ほら、動物が君に教えて変な子を探しているんだけど、なかなか見つけられなくて、今、他の人も応援を呼んでるんだ。で、流石に僕らも気配を探ったり、冬美也君と同じような香りを辿るも、見つけられなくて、それで、君の力を少し貸してほしいんだ」

 理美はそう言うことかと納得した上で、廊下の窓を開けて誰かを呼んだ。 

「うん、良いよ。おーい、誰かいる⁉︎」

 イタチや狸の群れなのだろうか、何匹か何だ何だと顔を出す。

「どしたの?」

「ナニかようじ?」

「あのねは――」

 理美は一通りの説明をすると、イタチや狸が納得して手伝ってくれる事になった。

「ガッテン」

「わかったー」

 そう言って、ディダが持っていた最初に着ていた冬美也の服を理美に渡し、動物達に嗅がせ、すぐに走って行ってくれた。

「後、これだけ? 幾つかって言ってたけど?」

「うん、家族の事だよ。本当に良いんだよね。嘉村さんのお家に行くって?」

 ディダもこの話になってから誰かいないかと心配になって、かなり神経を使って見回す。

 理美も気になって辺りを見るも、気配も人もいない。

「はい」

「それじゃ、マルスにお願いして冬美也君を連れて来てもらうから」

 手を上げると一体いつから居たのか、マルスが気付いて、すぐに行動した。

 驚く理美だったが、急に緊張し始めた。

 こういうデリケートな話は普通本人同士だけで話すのではと思うも、どうしても1人で出来ない。

 相手を宥めれる程の力量なんて今の理美には無いのだ。

 無論、今後その先でそんな力量がつくかと言えば、難しいだろう。

 先の事を必死に思い出す。

 そんな中で、ディダが悶々と必死に考える理美を見て言った。

「理美ちゃん、そこまで深刻に考えなくても、先に冬美也君に言った意味を伝えれば良いんじゃないのかな?」

「う、うん、そうなんだけど……」

 マルスの声に驚き、理美の毛が逆立つまま振り向く。

「ディダ神父、冬美也君を連れて来ました」

 冬美也は何故呼ばれたのか分からず、どういう意味か困惑していた。

「ありがとうね、マルス」

「じゃ、俺、行きますので」

「僕は少し離れた場所に居るからちゃんと話すんだよ」

 マルスとディダも離れてしまい、2人きりになった。

 ちゃんと話さないとと思い、声を出そうとすると冬美也から疑問が飛ぶ。

「理美、今日何かあったの? 急にどっか行っちゃうし、ぼくも呼ばれたと思えば、理美が居るし、どういう――」

「あの、実はね! 家族って話についてなの」

 思い切って言葉を出す。

「それって前の?」

「うん、で、その、えと、冬美也にちゃんと言わないといけないの」

「な、何を?」

 理美は覚悟を決めて話し出すが、言い方を間違えた気がした。

「冬美也に言った家族になりたいは違うの、もっと違う意味でなり――」

 ここでちゃんときちんと説明しなくてはと話している最中に冬美也の顔色が変わり、血色が悪くなった後にゆっくり戻るも目つきがハッキリと敵意を示している。

「はっ……? 家族になりたいって嘘なの?」

「違う、そう言う意味でじゃなくて!」

「じゃあどういう意味なの? 家族になりたいって言ったのにどう違うの?」

「それは、えと、もっと違う形で」

「意味分かんないよ! ふざけないでよ!」

 遠くにいたディダも騒ぎになったのに気付き、間に入ろうとした。

「ごめん! でも、話をちゃんとさせて、冬美也」

「回りが言っていたの本当だったんだ」

 その言葉にディダはすぐに気が付き、間を取り持とうとするも、冬美也の不安定な気持ちがそうさせない。

「冬美也君、ちょっと落ち着こうか、理美ちゃんの言いたい事言うの苦手なんだ。君も分かるだろう?」

「なら、どうして今その話をするの? 嘉村家、晴菜さんの所に家族になるって素直に言えば良いじゃないか!」

 きっと離れていた時、回りがディダとの話し合いが嘉村家に行く話ではと言う噂が耳に入ったからではと憶測するが、誰も冬美也を見ていない為、実際には分からない。

 ただ、この時の理美を冬美也は見ていないだろう。

 あまりにも悲痛な顔になっているなんて気付いてもいない筈だ。

 ディダはつい強めの口調で冬美也を宥めた。

「冬美也君、お願いだからちゃんと話を聞きなさい!」

 しかし冬美也は止まらず話し続ける。

「さっき回りが話してた。前はあれ程嫌がってたのに、どうしてなのさ、なんで今さらそっちに行くの⁉︎」

 理美はその話を後から説明するつもりでいた。

「それは……」

 続きの言葉が喉をつかえて出てこない。

 冬美也の目からボロボロ涙が溢れ、声を張り上げ走り出す。

「う、そつき、嘘つき! 理美なんか大嫌いだ‼︎」

 ディダが冬美也を追いかけ、理美だけになる。

 理美はまたやってしまった。

 せめて、きちんと説明してから嫌われるべきだった。

 最近不安定な冬美也に理美は少々恐怖も感じてはいた。

 それでも、自分をちゃんと見てくれた唯一の友人だ。

 何も出来ないまま、自ら嫌われたまま、それで良いのだろうか。

 放心状態の理美をアースが背中を押す。

「理美! しっかりしなさい! このままでいいの⁉︎」

「アース……でも……」

 戸惑い失敗した後悔で何も出来ないでいる理美に喝を入れる。

「このままお別れしても良いの⁉︎」

 本当にそれだけは嫌だった。

 せっかく初めて出来た友であり大切な存在だ。

「嫌だ!」

「なら、追いかけて、急いで!」

「は、はい!」

 理美は冬美也を追いかける為に走り出す。


 まだ園内に居た冬美也は、誰も信じられなくなり、飛び出そうとしていたが、ディダが追いかけ、マルスも万が一に備えて、玄関先で待ち伏せていた。

 マルスはすぐに冬美也を捕まえる。

「冬美也君、一回落ち着こう。何があったのかな?」

 だが、冬美也は答えず暴れた。

「嫌だ! 離せ!」

「マルスそのまま!」

 状況的に、話は上手くいかなかったのは明白だ。

「はい、誰も信じられなくなるのは本当に理解出来るけど、まず落ち着かないと話出来ないだろ?」

「うるさい!」

 冬美也はそう言ってマルスの手を振り払う瞬間、マルスの頬を触れた気がした。

 マルスを見ると、頬からスッと切れて、そこから血が垂れている。

 1番驚いているのは間違いなく冬美也だ。

 寧ろマルス本人は気付いていない。

 ディダに言われて初めて気がつく。

「マルス、頬」

 頬を触ると血が付き、痛みは綺麗に切れたせいもあるのか殆どない。

 冬美也は自分の手を見ると、血が付いているのに気付く。

 みるみる冬美也の顔色が青白くなる。

 一体どう言うことだ、自分は一体何者なんだ。

 怒りで我を忘れ、気が付けば、子供の自分が大人にこんな傷を付けれる程、安易なものではない。

 マルスは冬美也を宥めながら言った。

「大丈夫大丈夫、こんなのすぐ治るし、冬美也君が傷つけたものじゃないから! ほら、ちょっと落ち着こう」

 だが、実際、冬美也の手にはマルスの血が付着している。

 怖くなった冬美也は逃げ出した。

「ご、ごめ、ごめんなさい……!」

 裸足で逃げ出した冬美也を後を追おうにも、マルスを放置出来ず、アリスを呼ぶ。

「冬美也君! アリス! ちょっと来て欲しい!」

 アリスとしては廊下で騒動を起こしているので、理美に続いて、またやらかしたのかと、呆れ半分、お怒り半分で、顔を出すとマルスの頬から血が流れて驚いた。

「またあんたら、余計な……ってちょっと血‼︎」

「アリス、マルスの手当てを」

「わ、分かったわ」

「マルスは手当て受けてて、こっちですぐ見つけるから」

 ディダは冬美也の後を追った。


 必死に走って息を切らして足を止め、冬美也は改めて自身の手を見た。

 こびりつく黒くなった血はやはり見間違いではない。

「ぼくが……やったの……?」

 酷く体が震え、必死に摩っても止まらず、誰かを求めたいと思っても、誰にも言えなかった。

 恐怖で心が押し潰される。

 しかし、先程自分が嫌いと言った相手が自分を探しにくる筈がない。

 また頭の中で映像が流れ始める。

 今度は薄暗く衛生面としては最悪な環境にいた。

 同じように黒髪の少年の頬を傷つけてしまう。

「やだ、いやだ……怖い、誰か……理美……」

 頭の激痛で泣き出すも、もう誰も来ない。

 あの時、ちゃんと話を聞いていれば、きっともっと違う理由があるのかもしれなかった。

 ただただ後悔だけが残る。

 誰かの気配を感じ後を見た瞬間、防護服の連中が立っていた。

 逃げようとするも、いきなり拳銃で殴り飛ばされ、気を失う。

 ――数分後。

 ディダが冬美也を追った後、確かにここに居た形跡だけが残っていた。

 ほんの少しだけ血痕が落ちているのを見て、険しい顔になる。

「やばいな、他の匂いもある……まだ遠くに行っていないはず……最近変な匂いのせいで嗅覚鈍って最悪なんだけど」


 理美はと言えば、誰もいない事を良いことに勝手に飛び出して、山の中に入る。

 辺りを見渡すも、誰の気配もない。

 動物達に聞いても、苦手な虫に聞いても、冬美也を見かけていないそうだ。

 段々、自分がやってしまった後悔で泣きそうになった。

「冬美也! どこ! ごめんね! 辛かったのに、気遣ってくれたのに……」

 そんな時、小さな物音に気付く。

「冬美也⁉︎」

「冬美也か⁉︎」

 汚れた黒髪の少年が草叢から飛び出す。

 初対面の2人は同時に言った。

「誰⁉︎」

「誰⁉︎」

 深呼吸して再度言うも重なる。

「冬美也知らない⁉︎」

「冬美也知らないか⁉︎」

 どっちも冬美也を探しているのは分かったと同時に、どっちも冬美也が居ないのに絶望した。

「知らないのかぁ……」

 ここで漸く別々の内容で話し出す。

「仲間と逸れるし……冬美也じゃないし……てか、お前も探してるの冬美也?」

「そうだよ? 私は理美、てか君誰?」

 黒髪の少年が紹介を兼ねて話そうとした瞬間、クマが立ち上がって理美に言った。

「リミ! タイヘンだよ! ヘンなのよりもっとおかしなニンゲンたちが‼︎」

「ぎゃぁぁぁぁ‼︎ 熊⁉︎ 熊でいいんだよな⁉︎」

 熊を初めて見たのか腰を抜かす黒髪の少年に対して、理美はどういう意味で言っているのかと疑うも、すぐにクマに冬美也の事を聞く。

「何言ってるの? どこから見てもツキノワグマじゃん? それより冬美也知らないクマ!」

 クマとしては避難して欲しかったが、冬美也を探していると言われると断るに断れず、背に乗せる為体を低くした。

「あぁぁぁ、だよねぇぇ。さっきそれでヒナンさせるつもりだったのに、しかたがないね。ツレていってあげるよ」

「ありがとう、クマ!」

 理美がクマの背に乗った時、黒髪の少年は理美に頼んだ。

「俺はゼフォウ、頼む! 俺も乗せてくれ! 俺も冬美也を探しているんだ」

「分かった来て!」

 ゼフォウに手を差し出す。

 クマの毛が逆立つ、ゼフォウを乗せたからだろう。

 それでもクマは割り切って走り出した。

「あーもう、ケッキョクこうなるんだもんよ! フりオとされるんじゃないよ」

 皆それぞれ冬美也を探す為、別の方向から向かう。

 

 同時刻、ここから更に深い山奥の森林、岩に苔が生える程の誰も入って来ない場所に、絆が立って何かを見ていた。

 小さな祠が壊れていたのだ。

「一体誰だ? 我を怒らすのは……!」

 絆は怒りを露わにし、何処かへと消えてしまった。

 

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