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嘘つき《前編》

 理美と冬美也は食堂でご飯を食べ終わり、この後どうするか話し合っていた。

「冬美也、この後どうする? お風呂まで時間あるし」

「ぼくはほら、神父達と入るからもっと遅いし、勉強……はやめて、父さん帰ったかな?」

 勉強嫌いな理美が少ししょぼくれたので、勉強を止めて、父、総一が気になった。

 理美もまだ誰も玄関から出た音を聞いていない為、きっとまだいるのと総一が大事な話をすると口にしていたのを思い出す。

「まだ居るんじゃない? だって友吉さんも帰ってないみたいだし、ディダ達もなんか集まって話し合いしてるっぽいし」

「父さんに会いに行こうかな?」

 きっとこれからの話だと思うも、せっかくなのでとりあえず会いに行きたいと冬美也は思った。

 理美はそんな簡単に行って良いのだろうかと心配になって言う。

「大事なお話中に顔出して大丈夫? 大人の人だけ集めてるんだし」

「そうなんだけど、なんか気になって……」

「分かるんだけどね、なんか、嫌な感じするの」

「どうして? 嫌な感じがするならぼく1人で行くけど?」

「ううん、多分あまり良い話じゃないと思うの、だから大人だけでお話ししてるんだよ」

「そう、なんとなくは分かったけど、どんなお話しなんだろう? またぼくを置いていく話かな?」

「置いて行かないよ? 総一さん、冬美也の事大好きだし、お家で見たいけど見れないから、冬美也はここにいるんだよ?」

「分かってるんだけど、たまにズキって頭がね」

「大丈夫じゃないよ、眞子さんに言えば、総一さんを連れて来て――」

「ううん、ぼくが言いに行くよ」

 そう言って、冬美也は立ち上がって行ってしまう。

 理美も行こうとした時、窓から音がして振り返れば、狸がいた。

 この狸、あのタヌだ。

「リミー、ちょっとオハナシあるんですが、イイですか?」

「ちょっと、今取り込んでて……」

 理美が断って冬美也を追おうとするが、それを無視してタヌは要件を話し出した。

「いや、アトででイイんで、さいきん、またあのカワったナニカがこっちにナンニンもおりてきてて、リミにオネガイしたいんですよ!」

 あの時と一緒の話で、冬美也を見つけて一緒に暮らしているが一切変な感じも無ければ、至って普通だ。

「いやいやいや、それどころじゃないの、冬美也を追わないと、と言うか冬美也は普通じゃん? 何処が変わってるの?」

「わからないの⁉︎ そっかぁ、ニンゲンのセイカツになれてヤセイのかんかくをうしなったんですね、グスン」

 タヌからすれば、冬美也の変な感じはずっと続いており、動物からすれば危険な存在なのだろう。

 それに自分達で解決出来ないので、理美に頼るしかない。

 ただし、もう頼りの理美も変な感じに気付かない程人間の生活に慣れ、嬉しいような悲しいような感覚となり、涙ぐむ。

 そんなタヌを見て、理美は面倒な事を押し付けられ、眉間が自然と寄る。

「もう、分かったよ、とりあえずディダには話すからね! 他の子達に見られると行けないから早く山に戻って」

「えぇ‼︎ もっとヤバいのにいうの⁉︎」

「はいはい、じゃおやすみー」

 どうやらディダは冬美也より最もヤバい存在のようだ。

 別にディダもヤバい存在に見えない。

 寧ろとても良い存在とも言えた。

 とにかく先に行ってしまった冬美也を追う。


 冬美也は駆け足で廊下を渡る中、理美が追って来ないのに気がつく。

「あれ? 理美? 応接室の所に行ってれば来てくれるよね……?」

 そう言って、応接室前まで着き、声を掛けようとした時総一が大人の皆に話す。

「すいません、自分の事で友吉さんにもお願いして」

「いや、別に構わないよ。君のお願いなら」

 ジルまで呼ばれて、一緒になって聞く必要性があるのかとじるほんにんが不思議がるも、総一としては耳に入れて欲しいのだ。

「で、なんで俺まで?」

「一応、耳に入れて欲しいなって」

「そう? 別にアダムからでも良いのに?」

 アダムは総一がそう言うのならと思ってはいるが、万が一にジルが口を滑らしたらどうするのかと言うと、ジルですら言わない自信が無かった。

「それだけ、総一さんにとっても、冬美也君にとっても大事だと言う事だ。口滑らしそうで怖いがな」

「はぁ? 俺が……やるな! 俺ならやる!」

 アリスとしては口にすべきではないと黙ってはいるが突っ込みたいのは事実です。

『いらんところで自信満々にならないでよ』

 それでも、総一はどのみちいつか知る必要性があり、今は大人であるアダム達にまずは知っていてもらいたいと思って集めたのだ。

 総一はゆっくりと冬美也の現状を皆に伝える。

「遅かれ早かれ、なると思います。冬美也の記憶が戻った時、どうなるかを対応についての話なんです」

 アダムは総一の話が冬美也の記憶についてなのだと分かって、ホッとしたのと、戻る兆しを感じて喜んだ。

「と言うことは、冬美也君の記憶が戻りそうなのかい?」

 しかし、総一はアダム達と違って冷静に言う。

「えぇ、ですが、記憶と言うのはとても繊細で過去の記憶が戻っても今の記憶を失うと言う話があるんです」

 その内容でディダは理解出来、こう言う事かと話す。

「……なるほど、記憶が戻ってもどうしてここにいるか分からないと言った話と、理美ちゃんが戸惑ったりパニックになったりした時大人達で対応してもらいたいんだよね総一さん?」

「はい、ディダ神父の言っている事そのままです」

「冬美也君の記憶戻るにしても万が一、先の話が起きた時を考えるべきと言う事か」

 ジルはあえて教えるべきではと考える。

 彼らだってパニックにはなっても考える力はあり、受け入れる時間を早めに設けてあげた方が、最悪が起きても準備出来ている為、傷も深くはならない。

「なら、早いうちにアイツらにも言うべきじゃないのか?」

 勿論、ジルの言っている理由も分かる総一だったが、彼らは幼いのだ。

「大人なら言いますよ。でもあの子達はまだ幼い、下手に拗れてしまうよりは――」

 急にディダが動き出し、扉を開けた。

 ディダはやってしまったと言う顔を片手で覆う。

「あっ……ちゃぁ」

 そこに居たのは、今にも泣きそうな冬美也だ。

 失敗した、まさかこんな近くに居るなんて思っても見なかった。

 どう声を掛ければ、冬美也は納得するのか分からない。

 いや分かっている。

 何を言っても納得はしないのだ。

 だけど、落ち着かせて話を聞いてもらわないと行けない。

「冬美也、少し父さんと――」

「ぼく、記憶思い出したら、今の記憶が無くなっちゃうの?」

「それは可能性であって断定じゃないんだ。ただ万が一あったら……」

「嫌だ! 記憶が戻る位、戻らない方が良い!」

 ここで漸く理美がやって来て、状況がよく分からないまま、総一に尋ねる。

「どうしたの? 総一さんももう終わったの?」

 総一は理美にことの事情を話そうとしたが、先に冬美也が泣き出し、理美を抱きしめる。

「理美! 嫌だ! 思い出したくない! 思い出したら忘れる位ならこのままがいい!」

「どういう事なの?」

 本当に一体どういうことなのか分からないまま、この話は終わってしまった。


 結局、冬美也はずっと泣き続け、疲れて寝てしまう。

 総一は冬美也が泣き疲れて寝た後に、ディダとアダム達に冬美也を改めてお願いした。

「ディダ神父、アダム神父本当にすいませんでした。もし本当に記憶が戻った時はよろしくお願いします」

「いやいや、仕方がないよ。万が一起きても良いようにしたい気持ちは誰でもある。今回は理美も言っていたように、父親に声を掛けに来ただけでしたし」

「とりあえず、僕は一度理美ちゃん達の様子を見に戻ります。きっと覚えていたいと言う気持ちが強くなり過ぎただけだと思うので気にしないで」

「……はい」

 総一の反応はあまり良いものではない。

 それもそうだろう、自分のミスで余計な負荷を掛けてしまったのだ。

 このままだと、あの時の様な事になるのではと不安が募る。

 冬美也を大事な息子として接していくのは難しい事だ。

 記憶が無くても息子として接し、記憶が戻りつつある兆候に喜びもあるが、そこで余計なお世話をしてしまったと後悔が否めない。

 ディダは総一に声を再度かけた。

「総一さん」

「は、はい⁉︎」

 驚くあまり、声が裏返る。

「気にしないで、彼らもまた人なんだから」

 そう言って、ディダはそのまま理美達のいる部屋へと向かった。

「人かぁ、難しい事を仰る人だ」

 友吉は総一を車で送ると申し出る。

「まぁ、あの人の方が人生経験豊富だから仕方がないよ。私の車で送りますよ?」

「いえ、少し風に――」

 気持ちの切り替えも必要で、少し夜風に当たりたかったものの、慌ててマルスが総一を歩かせるのは危険と判断した。

「流石に蚊に刺されますよ! 最近、野生動物の熊も出ますし!」

「そう言うことだ。車で送るからほら」

「すいません、よろしくお願いします」

 最終的に、友吉の車で総一は送られて行った。


 ディダが理美達の部屋に入ると、ベッドの1つで理美にくっ付いたまま離れず眠ったままの冬美也がいた。

「どう? 冬美也君の調子?」

「眠ったままだよ、全然起きない」

 今ちゃんと話すべきだと思って、ディダは意を決して理美に話しかける。

「そうかぁ、さっきの話の事なんだけど」

「何?」

「記憶って意外ととっても繊細で脆いんだ。冬美也君を見てれば分かるよね?」

「うん」

「過去を思い出すと今の事を忘れる人が実際いてね。それが万が一起きたら、理美ちゃんを苦しめてしまう。君を覚えていない冬美也君が君を傷付けてしまうかもしれない。だから……もしかして理美ちゃんは冬美也君に自分の事話たのかい?」

 ディダは説明中に、ある事に気付き、過去の事を話たのか理美に問うと、最初黙っていたがゆっくり頷いた。

「……うん、話した」

 漸く、あの泣き出して理美にくっ付いた理由が分かって、ディダとしてはスッキリするが、同時に彼らしい優しさだったようだ。

「そっかぁ、だからか、君の為に覚えておきたかったんだね」

「どう言う事?」

「そのままの意味、君を忘れたら、君をひとりぼっちにさせてしまうだけじゃない。理美ちゃんの心の傷をまた開いてしまうと思ったからだよ」

 理美もここで余計な事をしてしまった感じてしまうも、ディダはそんなつもりもなく、成長として喜ばしい事であると同時に冬美也がこう見えて気を遣って、1人にさせたくない強い気持ちが今回の騒動を招いたとも言えた。

「あっ……ごめんなさい、話したばっかりに」

「ううん、辛かったのを話せるようになったのは良い事だよ。ただその分慎重にね。冬美也君は良い子だから、誰にも言わないし信じてくれてる。その分、記憶を取り戻したら忘れちゃうのが怖かったんだろうね」

「ごめんなさい、そこまで考えてくれてたなんて」

 ディダはもう1つ、理美にある事を聞く。

「でもね、もし、これからどうするかは君が1番考えないと、それとは別で聞くけど、もしかして心揺れてる?」

「うん、実は――」

 理美はディダに嘉村家であった事を話しながら家族について相談をした。

 ディダにならある程度話せるので、気持ちも楽になる。

 そして決して聞き流さずにきちんと返してくれるのだ。

 ただ、冬美也になんて説明すれば喜んでもらえるかは分からない。

 あの時の話もしておいた方が良いのだろうかと、理美は思うも、ディダにそこまで話すべきかと悩み口を紡ぐ。

 それから、あの話もしておこう。

「――それでねディダ。私明日、山に行きたい」

 勿論、ディダはこう答えた。

「だーめー、今日は冬美也君も倒れたって聞いたし、あの時たまたま運良く絆が見つけてくれたから良かったんだよ?」

 答えはいいえ、理由もしっかりとしていて反論の余地がない。

 しかし、理美はあの時言われた話をしておかないと、今後野生動物達が山から降りてしまうのも分かっていた。

「でも、タヌ達が変なのがいるからって……」

「変? どんな?」

「冬美也を拾った時も、クマ達が変なのを連れて行って欲しいって言われて連れて行ったでしょう?」

「あぁ、それで行きたいって言ってたのか……それは僕達がやっておくから、理美ちゃんもお風呂まだでしょ? 僕が見ておくから入っておいで」

「うん、分かった」

 理美はディダに冬美也を託し、風呂場へと向かった。

 それを見送ったディダは1人で先の話について考える。

 家族になりたいと考えつつあるのなら、とても良い事だろうが、言わない部分、伏せた部分を考えると、きっと冬美也の事だ。

 それに、変な件については何回も見回りして、坂本の方でも連絡で何人か保護をしているが、実際何処までの子供達がいるかは把握が難しく、とにかく乗れるだけ乗り、逃げたと言う子達の話だ。

 ディダはきっとこの近くまで来た子供達がいる筈と考える。

「まだ、保護しきれてない子達がいるって事か……一応、アダム神父経由で話を通してもらう」

 このまま下手したら村まで来て騒ぎになっても困ってしまう。

 運良く捕まらず、尚且つその変なと言っているモノに動物達が襲う事より逃げる選択してくれてる分、良い方だ。

 だが、下手すれば気温差や食料等で体力が限界にきている筈だ。

 明日からではなく、今夜から少し見回りをした方が良い気がした。

 

 理美が戻ってから、事務室に戻って早々マルスに頼んだ。

「マルス、ちょっと良い?」

 頼む時は大体碌な事が起きない現れで、嫌な顔になった。

「いきなりなんです?」

「僕、ちょっと見回り増やすよ、だからちょっと園の見回りをやってもらっていい?」

 今まで、動物の他にも何か探し回っているのは知っていたが、夜までする必要があるのかと疑問に感じた。

「またなんで?」

「理美ちゃん、後から来たでしょう? あの時、動物から変なのが居るからなんとかしてって言われたからなんだ。流石に冬美也君が来てから1週間過ぎてる、子供達の体力だって本来ならもう……でも万が一無事でもね」

 ディダの話を聞いてマルスは、こんな山に囲まれた土地にまだ子供達がいると言っており、本当に碌な事だったと頭を抱えるも、仕方がないと納得をしてしまった。

「分かりましたよ。いつもの事だから、良いよ。無茶しないで」

「うん、ありがとう、じゃあちょっと行ってくる」

「歳なんですから無茶しないでよ」

「はいはい」

 ディダは外へ出て、とりあえず冬美也に近い匂いを頼りに探す事にした。


 それから数日が経つ――。

 野生動物は相変わらず何かに怯え、人里に降りる事が多くなったと、住人達が口にした。

 だからこそ、冬美也と同じ子供達を保護しなくてはいけない。

 が、結果としてディダは思うように出会う事が出来ずにいた。

 

 今日、冬美也と理美はいつもの図書室で一緒にいた時だ。

「理美、最近外出ないけどどうして?」

「冬美也倒れたでしょ? それになんか最近野生の動物達が活発だから危ないってディダに言われたし」

「そう……」

 理美は少しづつ嘉村家に歩み寄る姿勢が見え、心を許し始めて、今日も来てくれると話が出ていたので、来たら一緒に遊ぼうと言おうとしたが、冬美也は拒絶する。

「そういえば、麗奈さんと颯太さん来るらしいから、一緒に――」

「嫌だ!」

 冬美也はあの日以来、少し固着が強まっている感じがし、総一に対しても警戒を増している気がした。

 最近の冬美也に理美は少し怖くなっていた。

「冬美也……最近変だよ? 大丈夫? やっぱり私の……」

「ちが、ごめん、最近モヤモヤが募っていて当たっちゃったみたいで」

 このままでは理美の心が離れてしまうのが怖かったとは言えず、尚且つあれ以来記憶が戻ると忘れるかもしれない恐怖で色々頭の中がごちゃごちゃになっていた冬美也はどう答えれば良いのか分からずにいた。

 理美は落ち込む冬美也を見て、自分に出来る事はないかと聞く。

「私、冬美也みたいに上手く言えないし、上手にお話も出来ないからさ、どうしたら冬美也の為になるか教えて?」

「じゃあ、一緒に居て今日は……」

 本当なら理美は麗奈と颯太と冬美也と皆で遊びたかったが、今の冬美也はこの前、ディダと話した事で少し理解出来、きっと今は心の整理が必要な時と判断し笑顔で答えた。

「うん、良いよ」

 今日は2人きりでいる事にし、何かあればあちらから呼ぶだろうと考え、一緒に本を読む。

 今回も適当に選んだ本で、冒険もののようだ。

 けれども、決して最後は幸せな終わり方ではない。

 最後は主人公も取り残され、戻れずに終わる話だ。

 だが、考えされる話でもある。

 冬美也は呟く。

「これきっと、自分で考え残ったんじゃないのかな?」

「どう言う事?」

「主人公は、帰る事だけ考えてたけど、仲間と話したり、戦ったり、最後のボスとは和解も出来る状況まで持って来ていた。だから、本当に帰るのならボスも帰すだろう? だけど、帰ってしまえばこの世界は終わってしまう。だからやるしかなかったんだよ」

 理美ではない声が質問する。

「へぇ、でもさ、これ読んだ事あるけど、これだと矛盾にならない? だって、ボスは世界を滅ぼそうとしたんじゃなくて、世界を直そうとして返って滅ぼす核になっただけじゃないの?」

「それこそ矛盾だよ。だって、別にここの世界の為に戦ったんじゃなくて、主人公はただ帰りたかったから旅をしてたわけで……ってなんでいるの?」

 麗奈がいた。

 冬美也が持っていた本をちょっと貸してと言いながら、その本を捲り、懐かしそうに話す。

「アリスから、いつもの場所にいるって聞いたから、てか良くあったわね、この本。昔はただただ理不尽な本だと思ってたけど、旅して色々経験積んだから今があるって事よね? 帰してくれるだけなら世界なんてどうでも良いってなるし、主人公なりに考えて仲間とこの世界を守ったのよね」

 理美の感想はこれだ。

「でもやっぱり理不尽だよ。だって帰りたいなら帰して欲しかったな……」

 多分、自分と重ねて考えての答えだろう。

 冬美也は確かに理美の言う通り、帰れれば帰りたかった筈だ。

 理美だって帰れるチャンスさえあれば帰りたいだろう自分の家に、そう思って冬美也は理美を撫でてあげてると、麗奈が理美に抱き付いた。

「理美ちゃん優しー!」

「ふぐっ!」

 冬美也は麗奈のこういうところが苦手で、凄い眉間に皺を寄せていることすら気付いていない。

 そして、麗奈はそんな冬美也を面白がっているのだ。

「ところで何しに来たんですか?」

「んっ? だって遊びに行くって言ったじゃない。序でに君らが本読んでるから、こっちはクッキー焼いてひたすらクッキー焼いた」

 一体どういう意味でクッキーをひたすら焼き続けたのかと、疑問視して聞くも、麗奈は理美を抱き上げ、そのまま連れ去ろうとした。

「どう言う意味ですかそれ?」

「ふふふ、ならば見せてあげよう、ほらほらおいでおいで」

 理美はもう成す術もなくただただ、振り回され、冬美也が離すよう言うと麗奈から意外な言葉が返って来た。

「いや、理美を離して!」

「どんだけ、君は理美が好きなのだね?」

 急にそう言われて、色々一気に考え情報が溢れ出し、思考が宇宙へと飛ぶ。

「へっ……へっ?」

 そんな冬美也を見た麗奈はこれは面白い事になったと心の中で感じ、余計に振り回す。

『おやおやおやおやおや?』

「ほらほらおいでおいで」

「あーもう!」

 仕方なく、冬美也は麗奈を追う事になった。


「うわぁ、本当にクッキーがいっぱいだぁ!」

 理美と冬美也は食堂に着いて早々、大皿にこれまた大量の様々な種類のクッキーが乗せられていた。

「本当に焼くだけ焼いたんだ……」

 あまりの量に冬美也は引いた。

「おうよ! ほらほら、図書室で引き篭もっててもつまらないでしょう? 少し気晴らしに食べて遊びなさいな」

 冬美也と麗奈は嘉村家の実家の件以降、本当に仲が悪いと言うべきかなんと言うべきか揶揄われ対象になっている事に、冬美也が全然気付いていない。

 理美はただただそれに対して、仲の良い人達と思っており、麗奈と颯太の度が過ぎない程度の大人の余裕すら垣間見れ、それ以来あまり気にしてすらいない。

 山盛りのクッキーを取って食べると、サクサクで美味しった。

「おいひい!」

「でしょでしょ」

 眞子が顔を出し言った。

「大量のホットケーキミックスをこれまた全部クッキーに変えちゃってまぁ」

「いやぁ、賞味期限ギリギリ買い込んでたのお母さんが思い出してさぁ、どうせなら何か作ってあげてって」

 あまりの量をここぞとばかりそれだけに使い切る麗奈をある種尊敬の意まで行く。

「全く、何処ぞの主婦か」

 冬美也ですらこんな大量のホットケーキミックスを手に入れるなんて何処に言ったらあるんだと、怪訝な顔で聞くと、麗奈は楽しそうに言った。

「寧ろ、どこにあったんですか、そんな大量のホットケーキミックス?」

「トストス!」

「あぁ、駅から3つ離れてるあの」

 一度、理美はマルスに聞いた事があり、超が付く大型販売店で、山を越えた先にあると思い出す。

 麗奈は楽しそうに経緯を話してくれた。

「そうそう、ほら、お母さんが前に買い込んで翼園で使おうとして忘れてたんだって」

「良かったよ、大惨事にならなくて」

 理美は毎度聞く度に、晴菜のクッキングスキルが如何に酷いかコレだけで悲惨さが伝わる。

 途中で颯太もやって来た。

「おっ、おぉぉぉ本当にやりやがったウチの姉」

 山のクッキーを見て呆気に取られていた。

「颯太さんは何をしてたの?」

「晶達の進路について、別に本人意思で構わないんだけど、やっぱりせめて高校かもっと学びたいなら大学まで行くよう説得」

 この間、晶と加奈子が緊張と怯えで顔が引き攣っていたのは、友吉に進路を聞かれ答えるのにかなり苦労してたからで、決して怖がらせたくて言っていた訳ではない。

 理美もこの事は前から聞いていたので、知っている。

「晶兄は、元々中卒ですぐ社会に出たいって言ってたもんね」

「そう、だからうちらの会社にある奨学金返金無しあるからって詳しくな? 元々はお節介役な親父からの依頼で、話すハメになったんだけど」

「でもそれってその会社に入るのが大前提って無かったですか?」

 冬美也の質問内容に良く知っているなと笑いながら颯太は自身の会社のメリットに付いて教えてくれた。

「んまぁ、そうなんだけど、ここの出身の子達は簡単な書類審査で通るから細かな事も書かなくて済むし、そういう社員結構いるから気心知れた間柄にはなるな」

「でも、出来る子だけでしょ? 私みたいなのは居ない」

 やはりこういうのは、器用に生きていける子や出来の良い子ばかり選ばれ、不器用な子はそういうのは無縁だと理美の不貞腐れた顔を見た颯太が言う。

「あまいなぁ、そういう子だから気に入られる場合もある」

「そうなの?」

「良くも悪くも、好きな事を続けられるってすごい事なの、好きな事を続けさせたいからこういうの設けて、その後献上してくれれば尚のことねぇ?」

「社会貢献してもらえればだからねぇ」

 颯太と麗奈の言葉に大人の事情らしき笑みが混じっていて少々怖い。

 冬美也は全て諭して突っ込む。

「結局それじゃん」

「だけど、うちのお母さんは、もっとのびのびして欲しいってのもあるから、心のゆとりを持たせたいのよ」

「ふーん、良く分からないや」

 眞子はクッキーだけだと喉に詰まると思い、わざわざ皆にジュースを持って来てくれたと同時に、理美がどうしてあそこまで拒否っていたのかとつい聞いてしまう。

「あんた一体どの辺で強情張っていたんだい?」

「えへへ」

 それに対して理美は、笑って誤魔化していた。

 大分、理美の笑顔も柔らかくなっているのが共に過ごしている眞子でも分かる程、心を許しているのが伝わり、ただ冬美也はと言えば、自分に向けてくれない表情に嫌な顔をしているのに気付いていない。

 まるで奪われたくないそんな気持ちだ。


 夜、理美と冬美也が一緒に話す。

「明日はどうする? また図書室行く?」

 理美の問いに、冬美也はどの道、他の人や皆が来るので、明日はもっと違う場所に行きたいと思って言う。

「ううん、少し違うのが良い」

「珍しいね……でもないか、明日も晴れるし庭で遊ぼう」

 前も違う場所に行くと言っていたので、それもそうかと考え庭なら大丈夫だろうと理美が笑うも、冬美也は実際あまり乗り気でないのが伝わって来そうで、嫌な自分だと塞ぎ込む姿を見せたくなくて、素っ気ない態度を取ってしまった。

「……もう眠くなっちゃったから寝ていい?」

「うん、おやすみ冬美也」

「おやすみ」

 明日はちゃんと向き合って、嫌がるような態度を取らないようしないとと冬美也は思って瞼を瞑るも、もっとちゃんと素直になっていれば、あの時言われた言葉に対してちゃんと考えてればと思う頃にはもう戻れないと今更気付く事になる。


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