時は血よりも濃い
アレから1週間は過ぎた。
もう学校組の子供達も夏休み、皆それぞれ思い思い過ごし、そしてまた今回は友吉もやって来ていた。
現在理美は、ある部屋に友吉が居る事に警戒し近寄ろともせず、ただただ見ているだけだ。
本当なら少しでも慣れるべきと理美自身も分かっていた。
けれど、あの時爆発してしまって以来、どう嘉村家と話せば良いのか分からない。
だからと言って、このまま良いわけも無く、打開策も無いまま時が過ぎていった。
そんな理美を見て、冬美也が声を掛けた。
「どうしたの理美? あっ、もしかして友吉さん? 他の子達凄い気を遣ってるし、ビビってる……」
部屋に居た子供達が友吉にどう接すれば良いか分からず、相当気を遣っているのが見えた。
声を掛けられた理美は驚き、何故か転けた。
「うおあぁ‼︎ 冬美也か! びっくりした‼︎」
「なんか、ごめん。大丈夫?」
「う、うん、大丈夫!」
友吉が気付いて2人を確認しようとしたが、丁度晶の方が声掛けて来た為、2人に話しかける事はなく、理美も気付かずに冬美也を見る。
「理美、昨日抜糸したから、少し散歩しない? 気晴らしとか?」
その言葉に驚くも、確かに冬美也はここに来てから診療所に行き来して以来、外を出歩く事がまるで無かった。
なんとなく自分に合わせてくれる冬美也に感謝する。
「うん、良いけど? どこ行く?」
まだ午前中で然程暑くもなっていない。
すぐに戻れば良いだろう。
理美は、冬美也に決めて貰おうと思っていたが、冬美也には理美の行きたい場所ならと言われてしまった。
「理美が行きたい場所で良いよ」
「行きたいと言われてもなぁ……そだ、ちょっと山道だけど涼しい場所知ってるから行ってみる?」
「うん、行こう」
事務室へ行き、ディダとアダムに伝える。
「ディダ、アダム、散歩行ってくる」
「何処に行くんだい?」
理美は簡単に伝えると、ディダも知っている場所らしく、心配になった。
「あの涼しい場所」
「あそこか……ちょっと遠いよ? 理美ちゃん1人で?」
「ううん、冬美也と」
アダムは理美の全ての生き物に愛されし者によって、虫や様々な生物が噛んだり刺したりしないので、そこは別段気にしてはいないが、冬美也は別だ。
冬美也は格好の獲物となって、理美が追い払うもきっと隙を見て血を吸いにやってくるだろう。
「理美はともかく、冬美也君にはちゃんとした格好で行った方が良いな」
冬美也はその意図を知らずに不満を持つ。
「なんで理美はともかくなの?」
そういえば冬美也は管理者の事を知らない子供だと言うのをすっかり忘れて話していたのに気付き、取って付けたような言い訳となってしまった。
「いや、理美は蚊とか虫に刺されたりしないが君は刺されるとほら、総一さんが困るから」
「そうなんですか?」
ディダもアダムに賛同しながら、冬美也に合わせて理美もちゃんとした格好にする事にした。
「そうそう、一応理美ちゃんも冬美也君と同じようにしようね」
「うぃっす!」
元気よく返事をして、長靴と麦わら帽子に上着等を着せて、一応虫除けスプレーもしてあげた。
理美と冬美也はその涼しい場所へと向かうこととなった。
20分位は過ぎ、後10分位で着くだろうと理美が冬美也に伝えようとしたところで、冬美也は既にバテ気味でもう後ろで息を切らしている。
やってしまったと理美は慌ててすぐに戻った。
「ごめん冬美也、合わせてあげれなくて! 手を貸して」
「大丈夫……!」
冬美也は自分の体力の無さに嫌気が刺しただけで、理美に手を貸されたのが無性に恥ずかしいだけで手を払ってしまう。
嫌がられてしまったのではと冬美也は返ってモヤモヤが胸につっかえてしまい、何処で謝れば良いのかと考えていると、理美が慌てて走って来た。
「あっ! そこは気を付けて!」
「どうし……うえぇ⁉︎」
冬美也はどう言うことかと尋ねようとした直後、そこは小さな湧き水が溢れこぼれ落ちて、川のようになっているせいで、滑りやすい場所だったのが原因で、すっ転んでしまった。
「冬美也、大丈夫? 怪我ない?」
間一髪で理美が冬美也の頭を守ったが、返って2人はずぶ濡れになってしまい、これでは涼しい場所に行けない。
「ぼくは無事……って! 理美がずぶ濡れだよ‼︎」
「ほんとだぁって、冬美也もずぶ濡れだね」
つい、お互いずぶ濡れであるのに笑ってしまい、このままだと行けないので、帰ろうと思い、冬美也が声を出そうとした時だ。
「このままじゃ、アレだから、帰……!」
頭の中に荒い画像のように何かが動く。
見知らぬ知らない赤髪の少年がこちらを見て笑っている。
「どうしたの?」
「頭が……痛い!」
川だろうか、そこで手を貸してくれて、起きあがろうとした時、その勢いで一緒になって転んでしまうそんな風景だ。
自分の名前を呼んでくれる少年は一体誰なのか。
しかし、どこか懐かしい。
必死に思い出そうとするも頭の痛さが増し、冬美也は気を失ってしまった。
理美は必死に起こそうとするも、気を失った冬美也は起きない。
「冬美也! 起きて冬美也! だ、誰か、誰か助け……!」
動物達が居ないか、誰か気付いてくれるか分からず必死に声を上げた時、何かがこちらに向かって来た。
理美は驚くも、すぐに誰か分かった。
一体いつまで眠っていたのか分からないが、冬美也は漸く目を覚ます。
「……うぅ……ここは?」
まだ視界がぼやけて、辺りがよく分からない。
「理美? どこ?」
翼園に戻って来たのかと、理美に聞こうにも近くに居ないのがはっきり分かる。
「ディダ? マルス?」
他の人を呼ぶも誰も来ない。
徐々に視界がはっきりして来て、辺りが見えた。
広い部屋、壁には絵画が幾つも飾られ、棚や暖炉に骨董品が並ぶ。
そして頭もしっかりして来て状況理解出来た。
「ここどこなの?」
冬美也は知らない場所に居たのだ。
向こうにある扉が急に開くのに気が付き、一気に血の気が引くのが冬美也自身分かった。
『嫌だ、来ないで! 怖い……』
恐怖で体が震え、声が出せない。
泣きそうになった時だ。
「良かった! 冬美也起きた!」
理美と後から絆がやって来た。
冬美也は理美だと分かった瞬間、ベッドから飛び出し抱き付いた。
「理美! 理美! 怖かったよ! 何処にも行かないで!」
泣きじゃくりながら抱きしめて来るので、理美は冬美也を宥めるのに必死だ。
「ご、ごめんね! 一緒に居なくて! もう大丈夫だよ!」
実はこの時、絆だけでなく、扉越しで優しい微笑みで麗奈と颯太、そして晴菜も見ていたのに冬美也は気付いていなかった。
広い庭園の東屋、とても高価なティーセットに優雅な紅茶が注がれ、ケーキに軽食まで飾られていると言う言葉が似合うほど綺麗に置かれている。
現代で言えばアフタヌーンティーだ。
そんな言葉があるとは知らない理美は、その綺麗に飾られているケーキや軽食に目を輝かせた。
ただ、それを見て過ごすなんて冬美也には出来なかった。
ずっと恥ずかしく不貞腐れっぱなしの冬美也を見て麗奈と颯太は堪えるも笑いっぱなしだ。
「いやぁ、可愛いねぇ、青春だねぇ」
「流石に、無理だぁ」
それを止めるのは母、晴菜だ。
「あなた達良い加減にしなさい」
冬美也は恥ずかしくも、とにかくここは何処かを尋ねた。
「だーかーらー! ここは何処なんですか‼︎」
「ここは私達の実家よ。嘉村家のお家」
どうやら嘉村家の家だ。
颯太がここに来た経緯を教えてくれた。
「そうそう、絆さんがたまたま散策してくれたから、すぐ見つけてくれて良かったじゃないか」
運良く絆に助けられたのだ。
「理美ちゃんずっと泣いてたんだぞぉ」
麗奈の言う通り、起きない冬美也を心配して、理美は泣いていた。
「それで、母さんが目を覚ますまで何か簡単に出来るお菓子作りに誘って、絆さん監修の元、出来たのが」
「こちらになります」
絆がトレーで運んで来てくれたのは、クッキーやパウンドケーキだ。
「えっとね、なかなか起きないからその、作ってたの、クッキーやえ、えと……」
パウンドケーキがなんて名前だったか思い出せず、理美が必死に思い出そうとしていると、絆がそっと耳元で答えを教えてくれた。
「パウンドケーキですよ」
「そう! パウンドケーキ! ありがとう絆さん」
「いえ、大したことはしてませんよ」
絆はそう言って一歩離れて立った。
パウンドケーキが生地から作り焼き上がるまで、大体約1時間は最低でも必要だし、冷ますまで25分以上は必要だろう。
クッキーと同時並行ならもっと時間が掛かると考えると、冬美也はかなり眠っていた。
麗奈は理美の凄いところを話す。
「理美ちゃん凄いんだよ。時間見てないのに殆ど言い当てて」
この時一緒に見ていた颯太と晴菜、そして絆も驚きの特技で、その後も色々な事して過ごしていた。
「パウンドケーキとクッキー焼いてる間、ちょっとした時間クイズして盛り上がってたし」
「何より、冬美也様が起きそうと言って部屋に戻ったのもあの時ですから」
冬美也はそういえば少し前にそんな話をしていたのを思い出す。
3日前位だ。
時たま、理美は後2分後にディダとアダムが帰って来ると口にした2分後に本当に帰って来た時があった。
最初驚いてしまったが、理美自身は不意に言ってしまった事を後悔していたのだ。
寝る前に部屋で理美と先の話す。
「ねぇ、理美? お昼の時にディダとアダムが帰って来るって言ってた話なんだけど?」
「ごめん、気持ち悪かったでしょ? 今度から言わないように気を付けるね」
この話は理美にとってあまりして欲しくなかったのか、ずっと塞ぎ込んでしまう。
だからこそ、冬美也はそう言う意味無いと凄いと言うも、誰かが理美にやっていけないと言っていたようだ。
「ううん、驚いたけど凄いよ? あれって予言って言うのかな?」
「違うよ。予知みたいなものだって前に言われたのと、当たり過ぎれば気味悪がるし外れると今度は嫌がられるって……って誰に言われたっけかな? あれぇ?」
相当昔らしく、本人も誰に言われたか覚えていなかった。
「それ以外なら何が出来るの?」
「うーん、なんとなくだけど、今の時間を当てれる位? 今は午後8時58分12秒過ぎたとこ」
理美の所が使っているベッドには時計が何故か無い。
慌てて窓側のベッドにある棚に置いてある時計を見ると本当に午後8時58分過ぎだ。
「なんとなくじゃないよそれ?」
冬美也は驚いてしまう。
「後、今から正確に測るってなると最大でも3分位までかな? 疲れるんだよね、測るって考えると」
理美からすれば正確に測ると考えると疲れるのか3分が限界だ。
その話を聞いて、冬美也はつい笑ってしまう。
「カップラーメン出来るね」
「そだね」
漸く笑ってくれてホッとしたのを未だに覚えている。
それを思い出して、冬美也はつい理美に言ってしまうも、颯太が余計な事を言い出した。
「正確に時間測るとカップラーメン出来る時間までなら言えるよね?」
「それはノーマルか? ノンフライ、うどんだと時間変わるぞ」
「ノーマルだよ」
一度、スマホに入っているタイムウォッチアプリで測って貰おうと颯太が取り出すも、晴菜は止めた。
せっかく凄いのに勿体無いと嘆く麗奈に対して、絆が話に入る。
「3分ね、でもそんな凄いのになんで隠す必要――」
「どんなに人間でも、隠すものです。時に自身の命を護る為として大人が言って身を護らせていたのでしょう。それでもまだ理美様は子供なのでつい出てしまう。最近まで、私や多分ディダ達も気付いていませんでしたから、きっと気が緩んで来た証拠でしょう」
理美はその話に全く興味が無く、せっかく作ったお菓子が勿体無いので、早く食べたかったし、冬美也にも食べて貰いたかった。
「それよりも、食べよ! これ、私も作ったの」
パウンドケーキを指差すので、絆が切り取って皿に盛り付け皆に配る。
「これ?」
冬美也が聞くと理美は恥ずかしそうに、尚且つ笑顔で答えた。
「そうなの」
緊張しているのも良く分かる。
冬美也の口に合うか、分からない、だからこそ緊張してしまう。
もちろん、冬美也もその状況には緊張してしまうが、パウンドケーキを一口サイズに切って頬張った。
「はむっ……美味しい!」
とてもシンプルではあったが、口にとても合った。
「良かったぁ」
一気に気が抜ける理美の顔はなんとも言えない位、とても朗らかだ。
冬美也はそんな理美を見れて嬉しくなって笑顔を見せる。
麗奈と颯太はその2人の様子を見て優しい顔でずっと見ていたので、晴菜に突っ込まれた。
「見てないで、あなた達も食べなさい」
皆、一通り食べ、少しだけ用意された軽食やケーキが残っただけ、そろそろ帰るべきかどうかと言う空気になった時、麗奈が理美にある事を聞く。
「そういえば、どうして理美ちゃんって家族欲しくないの?」
「また唐突に、配慮無いのか姉さんは」
「いやぁ、どうしても知りたくて」
「……別に」
理美の曇る顔を見て、冬美也は心配になって、声を掛けようとした時だ。
颯太から意外な言葉が返って来た。
「別段、家族が居ても別に忘れなくったって良いだろ? 俺、交通事故で家族亡くしてるし、勢いのまま家族に迎えられちゃったし」
普通に話すので、固まってしまう冬美也と理美をよそに、麗奈も笑いながら話す。
「そうそう、その後大変だったのよねぇ」
「あなたもよ? 引き取った時から酷い夜泣きで悩まされたものよ。息してるかずっと心配してたのが懐かしい」
晴菜からも麗奈に対して引き取ったと言う言葉を使っていることから分かるように、麗奈と颯太は養子だ。
理美が何も言えず固まっていると、颯太が訳を話してくれた。
「本当はゆっくり話していくつもりだったけど、丁度良いタイミングだったし、姉さんと話し合って話そうってなってね」
晴菜はこの時の事を鮮明に覚えており、あっさりと答えるも表情から、かなり苦労したようだ。
「もちろん、簡単では無かったけど、色々あり過ぎたわね」
苦虫を齧った顔をしつつも笑いながら颯太は自身が養子になるまでの経緯を話してくれた。
「いきなりだったから仕方がなかったんだけど、全てが急だったのもあって、親亡くして、心も体もヤバい状態なまま入院中に親族も財産相続だけ持っていって逃げやがって、人間不信状態なまま得意先でもあった母さん達が引き取ってくれたんだけど、そもそも学校も都心部の私立だったから母さん達とほぼほぼ会うことないから完全に悪に走りましたよ」
紅茶を啜りながら、懐かしそうにしている颯太に対して、悪とはどういう意味なのか分からず、つい理美が言葉に出す。
「ワル?」
「そう、暴走族」
正直、笑い事にならない所まで進んで行ってしまっていた。
この時の麗奈の感想はこれだった。
「死語だと思ったけど? あったのよねぇ特にあの都心部に」
「今となっては絶滅危惧種だからねぇ」
晴菜も暴走族自体何処かの地方にしかない程、もう見掛けない絶滅危惧種レベルとして見ているが、颯太からすれば、時代に合わせて変わって来た気がして言う。
「集団に群れる意味や場所と言い方変わったからじゃないか? 知らんけど」
「知らないんですか?」
冬美也の少し強めな問いには笑いながらも、同意して話を進めた。
「あぁ、元々10人足らずの小さな暴走族で、面倒見の良い先輩に促されて入って、俺が話すのも得意だからって、上手く色々取り込んだり傘下に置いていったら、すげー人数になったもう覚えてないけど、元々プログラムとか得意で、その族だけのアプリ制作してloinとかでのやりとり一切無しにすることで、下手に取り締まり受けてもシラ切れる様にしたんだよね」
理美は知らない単語に反応する。
「プログラム?」
「パソコンのコンピューターの基礎部分の指示や手順とか組み立てるのって言えば良いのかな? 他にも色々出来たんで、それの悪用しましたわ」
颯太の笑いは笑いになっていない。
悪質が認められれば本来警察沙汰であり、刑務所いや若ければ少年院だろう。
ただ、そういうのも含めて打算的に考えているに違いない。
悪い意味でも良い意味でも颯太は相当頭が回る方だろう。
冬美也はこの時この瞬間、颯太を敵に回してはいけない、そう察した。
まさに颯太は危険なタイプだ。
そんな颯太を見て、麗奈は思った事を口にした。
「これ、会社で応用した保護プログラム作ってもらってんだけど、ハッカーに地雷式組み込んでるって噂なってるのは本当なの?」
「やだなぁ、まだハッカーに反撃出来る法律が出来るか出来ないかの話だぜ? 防御しか出来ないんだから、でも、こっちは何にもしていないのに勝手に墓穴掘る方が悪いよねぇ」
どんどん悪い顔で笑う颯太に対して、理美は思った。
『やっぱりワルだ』
「まぁ、その都度、会いに来てくれた両親からすれば、前の両親に申し訳立たなかっただろうし、それでも喧嘩したり暴言吐いたり、すげぇ事したな自分」
色々思い出してきて、かなり酷い事を次から次へとやらかしていたのを思い出す。
絆も何かを思い出し話し出した。
「確か、集会の情報を手に入れて晴菜様、友吉様と共に連れ戻しに行った事があり、かなりの人数でして、大変でしたよ?」
軽く回想すると、ある河原で違法改造のバイクや車が違法に駐輪駐車して騒ぐ中、情報を手に入れて絆と共に晴菜と立って歩く友吉が流石に剛を煮やし、暴走族と縁を切らす為、連れ戻しに来た。
あの時、暴言、罵声、威嚇、危険な行為で脅して来る連中をかき分け、颯太を探す中、本当に殴ろうとして来た者も居たが、その時は全て絆が薙ぎ払い、ナイフを持っていた者にだけは、本気で容赦せずに殴り飛ばし、本当に吹っ飛んで行く。
颯太は今もその暴走族のメンバーとまだ付き合いがあるようで、絆に対して絶対服従と言うか敬意を払っているらしい。
「絆さんはあの後、皆から怖がられて今でも元メンバーから姐さん呼びされてるから」
「懐かしいですね。あのひよっこジャブ程度、私が避けれない訳ないでしょう?」
絆の笑顔がとても怖く、理美も冬美也も口に出さなかった。
『こっちは魔王だ』
『帝王だ』
ただ絆もあの時の晴菜の言葉には今になっても未だに耳を疑ったままだ。
「この時、その状況で、晴菜様はこれが“厨二病と言うやつね!”っと申していて……大分違うような違わないような」
どうして厨二病なのかと颯太も呆れた。
「アレには全員固まった。全然違うのに、右腕疼く訳ないのに」
「でも、自分には秘めたる力があるから集まってやってるのだから厨二病の1つでしょう?」
考え方がおかしいものの、これ以上突っ込めないので、麗奈も絆も呆れる。
「お母さんも大概よね?」
「そうですね……」
「ただ、連れ戻されても、すぐ逃げ出して、仲間の元へ戻ったけどね」
普通にダメじゃんと軽く理美に言われるも、冬美也にはある疑問が湧いた。
「なら、どうしてここに?」
もう普通の格好でもう悪さもしている様子もなく、どう抜けるきっかけになったのか知りたくなった。
「んー、やっぱり父さんが乗っていた車が事故って、母さんや姉さんから何度も電話があって、最初無視していたら今度はloinで来て、中身見てからパニック起こして動けなかった時に先輩が病院何処か聞いてくれて、車で連れて行ってもらったんだ」
今だから話せる内容と言うべきだろうが、子供に聞かせても良いものかと考えてしまうが、晴菜は事故の状況を話す。
「あの時の事故は悲惨だったわよ。止まらない車が対向車からはみ出して追突、運転手は救出してくれた人達がいて車から出れたんだけど、あの人の場合頭も強く打っていて、足も車体と椅子の間に強く挟まっていた状態で、出せずに救急隊が来るまで待つしかなかったそうよ。運が良かった方って言われたわよ。下手すれば引火して爆発してもおかしくなかったって言われたから」
話を聞いていた理美はその事故で友吉が車椅子なのかと言うと、晴菜が笑って答えた。
「それで、友吉さんは事故のせいで、車椅子になったの?」
「下手すればここに居なかったかも知れないし、救急隊の方々がなんとか足を切断せずに運んでくれて、でも1番は君んとこのお父さんが執刀医してくれたことかな?
かなりの大手術だったし、足の神経は無事だったんだけど、あの圧迫影響で歩くのもかなり難しくて今では車椅子がメインなったわ」
「でも、お母さんも言っていたように、何時間も掛かる大手術だったけど、総一さんが執刀医してくれたお陰で、助かったんだぞぉ」
麗奈は言いながら、冬美也の頬を突くので、突かれた本人である冬美也がその手を払う。
それを見て、笑いながら颯太は続ける。
「山場もかなりやばいって言われて、正直どうすれば良いか分からなくても、先輩が側にいれば良いからって言われて、その後は色々ぐるぐる頭で考え続けて、反省、はしたんだけど、流石に今までのツケを払うべきだと考えたし、ケジメで族を抜けて、それから、父さんが目が覚めたのを聞いたから、謝罪しに行ったら、怒られると思ったけど、お前は大事な家族だから気にするなって言われてから、高校もほとんど行っていなかったし、これを機に高校は海外にして、今は大学生だよ」
「あれ? 族抜ける時ってケジメと言うなのタコ殴り無かったの?」
何故、その様な話を知ってるのか、少々引いたが、実際結構仲間内で解散の話が出てたようで、たまたまそれをきっかけに族は解散となった。
「理美ちゃん、なんのドラマか漫画か知らないけど、あの時は、先輩含めて全員辞めるからって話が実際何度もあって、これを期に解散したんだ。でも、誘ってくれた先輩が参加連中にも筋通す必要あるからと、連絡断ち切り、音信不通になって、アプリも使えなくした」
「でも、どうして暴走族になんて入ったの? やっぱりお家の人居ないから? それとも寮に入れられたから?」
「うーん、正直の話、かもって欲しくて、酷い曲がり方したと言うべきか……今思うと誘ってくれた先輩が他の悪い大人達から守ってくれてはいたんだって最近分かって来たんだよね。悪い事するけど、あくまで犯罪になる事は基本しなかったし、まぁ本気で怒られるだろうし、少年院待ったなしだっただろうな」
「本当にこのまま帰ってこなかったら、亡くなった御両親になんて報告するべきだったかって毎度悩んでいたのよ。本来なら暫く家にって思っていたけど、こっちはこっちで、麗奈がねぇ」
「颯太よ、申し訳なかった。姉的にもこっちはこっちで血縁関係無くって喧嘩しとって、下手すればもっと修羅場にする訳にいかなかったのだよ」
「あっ、ここで麗奈さんの話になるのか」
「そうなのだよ、親知らない赤子の時に貰われたから知らないけど、夜泣きのひどい子だとよく言われたもので」
絆はずっと表情を変えずに懐かしそうに思い出す。
『というか、ディダの奴が1ヶ月寝ずに過ごしてたから強引に引き取ったのがきっかけとは黙っておきますか』
その時の晴菜も思い出す。
『翼園は乳児園じゃないからって、半ば強引にこっちで引き取ったなんて言ったらまたグレそうだから黙っておきましょう』
屍累々の翼園の惨状は今でも思い出させ、その為、二度と乳児を入れない方針となった。
颯太にとってはまだ姉の麗奈のグレ方が可愛いと感じて言うが、麗奈的には色々家でやらかしていた様だ。
「姉さんの話はグレるのはまだ可愛かった方だろ?」
「そう? めっちゃ暴れて喧嘩してたけど?」
冬美也も颯太と麗奈の話を聞いて、よくここまで修正出来たと感じた。
「良くここで仲睦まじくなってるね」
ただその当事者でもある晴菜は本当に気が気では無かったみたいで、どんな暴れ方をしたのかも知っている為、疲れた顔になり、当時を振り返る。
「誰かが麗奈に話したらしくって、本来なら大人になってからって決めてたのに、思春期の時、暴れたらしくて寮には置けないって、とりあえず戻って来てからの修羅場で」
理美と冬美也は言葉に出さず、心に留めた。
『本当に修羅場が重なり過ぎて』
『地獄絵図だ……』
今は笑っていられる麗奈だが、思い出すだけでも、非常に腹立だしく、未だに許してもいない。
「でも、未だに笑いながら話した奴を許した事はないし、今何してるか調べ上げ、今度こそ――」
知ってからはここぞとばかり、颯太もノリノリだ。
「姉さん、それなら俺がやるぜ!」
「やらないの! もう、そっちは既に話つけたから!」
晴菜はすぐに終わった話と言っているが、実際どのように終わらせたのか、麗奈自身知らないのが先の話でよく分かる。
流石に子供である冬美也は気が引けて言葉が出なくなっていた。
が、意外と理美はすぐに聞く。
「ねぇ、どうしてそんな状態で仲直り出来たの? 皆、大嫌いからどうしたら仲良く出来る様になったの?」
その言葉は本当に純粋な質問で、皆は微笑んで答えくれた。
「私の時は神父が言ってくれたからなんだよねぇ……でも忘れちゃった。なんて言ったんだろう? 凄く突き刺さると言うかなんというか――」
「どんなに時が流れようが刻まれた思いと絆は、決して忘れられないものです。血は水よりも濃いと申しますが、時を紡いだ思いもまた血よりも濃いものになるのです」
「それ! ……って絆ちゃん居たっけか?」
漸く思い出せたと思っていたが、何故絆がその言葉を知っているのかと疑問になるも、すぐに答えが分かった。
「居ましたよ。家出先が翼園で、マルス園長から連絡あったので、晴菜様とご一緒に」
麗奈はバツが悪そうに笑う。
「あはははは……そうでした」
一体どう言う意味なのかと理美が訊ねると絆が説明してくれた。
「それってどういう意味なの?」
「家族関係、親族関係でよく用いられる言葉で、血は水よりも濃いと言うのですが、簡単に言えば子供を産んで育てた家族がそれに当たるのです。ですが、今回のアイツが言いたかったのは同等の築き上げた時の方です」
「築き上げた時?」
「そう、家族の形が違うくても、沢山の経験や関係によって紡いだ時も関係もまた、血よりも濃いものになるのです。結構難しい言葉ですし、まぁアイツなりに築き上げたから出た言葉と申しますか……」
まだ幼い理美には少し分からない所もあっただろうが、その言葉はとても感慨深かった。
晴菜は最後に締めくくるようにこう話す。
「大事な血を無くす訳でも、ましてや未来の為に過去を忘却する必要も無い。もっとこれから考えていかない? 颯太も回りに回って、ここに居てくれてる。麗奈もあの後は不貞腐れてたけど、少しずつ心をまた開いて学校行けるようになったし」
だが、ここで麗奈はある事を思い出し口に出した直後、皆固まった。
「そういえば、話した奴ぶん殴ってやろうと意気揚々と学校行ったら、いつの間にか引っ越してたわ」
「えっ?」
「えっ?」
「怖っ⁉︎」
颯太が晴菜を見て言うので、晴菜は全否定する羽目となった。
「違うわよ! そんな財力と繋がりなんて無いわよ!」
絆は明後日の方向を見て言うのだ。
「ホントウドウシテナンデショウネェ?」
ここで気が付いた冬美也はとりあえず黙っておこうと悟った。
その時、使用人が誰かを連れてきた。
「すいません、お話中に、お客様、総一様をお連れしま――」
「冬美也がこっちで倒れたって聞いて来たんですが⁉︎」
総一は多分話を聞いて、ずっと走って来たのだろう汗だくだ。
内容が相当端折られており、随所随所聞いていなかったのかと、絆は頭を傾げる。
「いえ、怪我等ではなく、気を失っただけでしたので、こちらで暫く様子を見ると言ったのですが、どこかで話がおかしくなったようですね」
冬美也は父、総一に駆け寄ると、絆も一緒について来た。
「父さん! ぼくは大丈夫だよ。ごめんなさい、心配かけて」
「本当に危なかったら、診療所へ運びますので」
絆の言葉で確かにそうだと納得した総一は一気に緊張が抜け、座り込んでしまう。
「そうですよねぇ……はぁ……良かったぁ」
「お茶飲みます? それともスポーツドリンクの方が良いですか?」
先程の使用人に絆が飲み物を持ってくるよう指示した。
その様子をずっと見ている理美はまた嫌な気持ちが湧いてきて、押し込めようと手をぎゅっと拳にしてなんとか抑えようとした時、晴菜が理美を抱き寄せる。
「良いのよ、そうだよね。理美ちゃんにも家族居たからこそ、その感情があるのは普通よ。理由は聞かない。言いたくなるまでは絶対に、だから少しでも良いから甘えても良いの」
晴菜の言葉に申し訳なく、あの時言った事を謝罪した。
「……! ごめんなさい、酷い事言って」
「それは今翼園にいる夫に言ってほしいな、あの人も分かってくれてるから」
「うん、分かった……ありがとう」
理美はそのまま晴菜の腕に身を委ねた。
それと同時に、総一は近付いた冬美也を座ったまま抱きしめると、冬美也がある事を聞く。
「そうだ、父さん?」
「どうした?」
「ジャンって知ってる? 一瞬だけどなんか髪の短い赤髪の男の子なんだけど……父さん?」
とても嬉しい兆候であるが、それはある種の分岐する可能性があったからだ。
総一は知っていたが為に素直に喜べず、ただだ固まるしかなかった。
ここから離れた別の場所、何処かで沢山の画面が付いており、防犯カメラや衛生カメラからの映像が映り、その1つに冬美也が映っていた。
その画面と場所の特定が出来たのを確認した白髪の男は言う。
「まさか、GPSを頼りに探しても辿り着けず、漸くどこに潜伏してたのか分かった……連れ戻せ」
どうやら、GPSが上手く起動しなかった或いは表示が違う方へと出ていたのか、冬美也に辿り着けずにいたが、運悪く衛生カメラで映った。
軍服を纏った人がすぐに準備に取り掛かろうとした時だ。
「はっ、直ちに」
「いや、わたしも同行しよう、この目できちんとみておきたいからな、ちゃんと、当人かを」
そう言って白髪の男は歩き、部屋を出た。




