表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/39

正夢

 夕暮れ時の田舎町、雲も出て来て既にもう暗くなってしまった場所もある。

 重い雲のせいで真っ暗になってしまった道を走る少女は息を途切れ途切れにさせ、自身の家へと急ぐ。

 自宅に着いて息を整え、少女は息を飲み込み、緊張しながら扉を開けようとしたが開かなかった。

 少女は不思議に思いながらもインターホンを鳴らす。

「はーい」

 家の中から女性の声がした。

 少女は一歩下がり、戸が開くのを待った。

 すぐに女性は鍵を解き、戸を開けた。

 緊張しながら少女は声を出そうとした時だ。

 女性は聞いた。

「あなた……誰?」


 それと共に少女は自身のベッドで目を覚ます。

 二段ベッドの下に少女、理美が居た。

 理美の部屋は上のベッドで寝ている兄、才斗(さいと)と共同の部屋だ。

 まだ子供の2人は玩具や勉強道具を少々勉強机の上に乱雑に置いていた。

 理美は先程の生々しい夢に酷く怯えた。

「また同じ夢……」

 いい加減、もっと楽しい夢なら良かったのか、いっそ寝たらもう朝の夢を見ていない状態で起きたいと毎日願っては、ずっと同じ夢だ。

 ただの夢だと段々ゆっくりと落ち着く頃に、足音が近付いてくるのに理美は気付いた。

 前にある扉が勢い良く開き、誰かが入って来た。

「才斗! 理美! もう朝よ‼︎ いい加減起きなさい!」

 理美と才斗の母である真理(まり)だ。

 自身の名前を言ってくれる母、真理に安堵した。


 理美はまだ小学2年生で、髪は母と兄と同じ黒、しかし瞳は兄と同じ赤紫色だ。

 兄、才斗はその1つ上の3年生で、理美とは違ってかなり活発でそれでいて利発的だ。

 その分、友人も多かった。

 逆に理美はどこかのほほんとしていて、あまり運動や勉強が得意では無い。

 それでだろうか、あまり友人と言うべき友達が居らず、1人が多かった。

 母、真理は気が強く、活発で才斗の性格は母に似たのだろうと周りに言われ、理美はどちらかと言うと父に似たと言われた。

 しかし、父は現在居ない、どこに行ったのか、幼い頃に何処かへと連れて行かれた様な薄らぼんやりとしか覚えていない理美は、母に聞くもはぐらかされてばかりで、つい兄に聞いたら、兄までもはぐらかした為、怒って喧嘩になってしまった。

 勿論、母真理が仲裁と制裁により喧嘩は両成敗となったが、その夜、眠れなくて母の寝室に覗くと、母は父から貰ったであろうネックレスを握り締め泣いていたのだ。

 そこから、これ以上父の事や父がどこに行ったかを聞く事は無くなった。

 父が居ない家族3人だけと幼心から決めた。

 だが、だからと言って父を蔑ろにはせず、母にとって大事な人であり家族のままであると心の隅にそっと置いた。

 

 しかし、現実周りは余計な噂が物好きだ。


 家族3人、朝の準備と朝食を終え、出勤と登校の時間になった。

 母真理は、スーツの髪をアップにしていた。

「早くしないと遅刻するわよ……理美どうしたの? 具合悪いの?」

「……うん」

 理美の俯く姿に心配になった真理が額を手に当てた。

「熱は。無いみたいね? でもあまりむりしないで」 

 本来ならここで休ませても良いが、片親だけの状態で信用出来る身内もいない真理にはどうする事も出来なかった。

 理美は母である真理に言っていないが、イジメに遭っていた。

 元々兄才斗と違い苦手分野が多いだけでなく、人付き合いも苦手な理美は悪い意味で標的になってしまった。

 しかも片親と言う理由もあり、酷い噂も実際真理自身も聞いたことがあるものの、きっちり噂をする連中にはシメつつも自分以外の身内に危害を加えたら容赦しないというスタンスを取り続けた結果、それ以上の事をしてくる連中も少なくなったが、本当に少なくなっただけで、中々消えなかったのだ。

 そのせいだろうか、最近才斗から別クラスから父の悪口を言われたと聞かされたのは……。

 もしかしたら、理美も言われている可能性もある。

 ただ、イジメのせいで心配かけまいと口を開く事は無かった。

 少し前にはランドセルが潰されてたり、怪我をしてたりもした。

 それでも、ただ転んだだけとか、自分で誤って潰しただけと笑っていた。

 心配になって幾度も理美の担任に相談したが、仲良くしているとかイジメなんか無いとまるで他人事の様に話して、一切話にならない。

 人間と言う生き物ならではと言えば良いのか、面倒臭い奴が教師をやっていると心底絶望した。

 今ここで理美が話してくれれば幾らでも戦えるのに、どうしたら言ってくれるのだろう。

 本気で真理が悩んでしまったが、その当人である理美は母、真理の様子がおかしい事に気付き返って心配してしまった。

「お母さん?」

「あっ……ごめんなさい! それじゃ行こうか」

「うん」

 いつもの大きな公園を抜けると、母、真理は会社へ、

才斗と理美は小学校へと方向が正反対だ。 

 実際、公園前から真理の会社は近いが、少しでも子供達と居たい為わざと通っていた。

「行って来ます」

「いってきまーす」

 子供達は手を振って小学校へ向かった。

 真理は子供達を見送ってから、別の方向で理美を心配していた。

「行ってらっしゃい! と言うか、理美ったら今日自分の誕生日って忘れてない?」


 5時限で終わる日だった為、思ったよりは早い時刻で下校していたが、兄、才斗は友人達と遊びに夢中で、グラウンドでサッカーをしていた。

 理美は一緒に帰りたかったが、いつも嫌がられていた為、1人で帰る事にした。

 正直、この時間だけでは無いが、非常に嫌な時間だ。

 前までは女子達共遊んでいたが、好きな子の話で、器用で何でも出来るのに優しい男子の話になった時、普通ではと言ってしまったから、一応公の場である教室では普通に接するも、実際距離を置かれてしまい、事実上1人になってしまった。

 理美にとって近しい兄もそんな感じだった為、普通と感じていたのも原因の一つだったが、まさか共感しなかっただけでこうものなるのかと心底落ち込むも、何故自身の意見を言っていけないのかさっぱりだ。

 そして公園前まで来た時、本当なら遠回りして帰ったり、近道と評してとんでもない所から帰ったりしたが、流石に近所の人に注意を受けてしまい、ここを通るしか無くなった。

 本当はこの帰り道が嫌で兄才斗待とうとも思ったが理美の異様なくらい鋭い直感があった。

「今日は、3時間過ぎないとここ通らないなぁ……」

 後3時間も過ぎないと帰ってこないのを知っていた為、そこまでいたく無かったので、渋々帰るしか無い。

 渋々大きな公園を通る事にした。


 半分公園を過ぎた辺りで、この時間だと下校途中の子供しかほぼいない。

 その為、ここで待ち伏せされる事が多く、非常に心が疲弊していた。

 しかし、神に祈ろうが仏に拝もうが結局平穏なんてモノは無かったのだ。

 理美が走って公園を抜けようとした時、イジメグループの男子達が待ってましたと隠れていた茂みから出て来た。

「よう、とろミじゃんかよ!」

「本当に足遅えな!」

 そう言って男子1人が理美のランドセルを蹴飛ばした。

 理美は転びそうになるも、必死に転ばないように走ったが、次の言葉に我を失う事になる。

「知っているか? こいつの親父、女作って借金押し付けて逃げ出したって」

「まじかよ、そりゃこんなばっちぃ奴捨てたくなるよな」

「確かに、でもクズ過ぎだろその父親、アハハハ!」

 笑うイジメグループの連中は心が腐っているように見えた。

 自分の親を最初に馬鹿にした奴は話を続けた。

「親父さんに捨てられて、コイツ母ちゃん体売って稼がなくっちゃいけなくって――」

 完璧にキレてしまった理美は思い切り体当たりして、突き飛ばした。

「私の事はどうでもいい! だけど、お父さんの事とお母さんを馬鹿にする事だけは許さない! お父さんは借金して逃げたんじゃねぇ! お母さんは普通の会社員だバカァ‼︎」

 本気で怒鳴ったのは初めてだったが、びびったと言うより何か違った。

 突き飛ばした男子の手から血が出ていたのだ。

 理美はすぐに謝罪をしようとした。

「ごめ……」

 しかし、イジメグループの取り巻き達が威嚇し、理美だけを悪者として見た。

「てめぇ」

「ブスのくせに舐めやがって」

 理美は言い訳もする気はさらさら無いが、この状況では自分自身が不利であるのは明白だ。

 イジメの話をした所で、自分の落ち度だと周りから言われるだろう。

 それに今、ここで残って大人を呼ぼうにも、追求されて怒鳴り散らし話を聞いてくれる程の要領なんて無い。      

 ここに残っていれば、どのみち殴られ蹴られのは目に分かっていた。

 ただ普通に謝るべきだったが、恐怖で頭がまっしろになり、逃げ出してしまった。

「待て!」

 追いかけようとしたが、怪我した男子が痛がってもがいた。

「痛い痛い!」

 流石に追いかけるのを止めて、連れて帰るしかなかった。


 理美は家に鍵で開け、入ってすぐ座り込んだ。

 血の気が一気に引き、どうすれば良かったのか分からず、ずっと頭の中をぐるぐる考えるしかなかった。

 逃げださなければ良かったのか、否暴行を受けてしまうし、先に怪我させたからとか言われて終わるだろう。

 何をすれば正解だったのか、大人しく兄才斗と共に帰るべきだったのだろうか。

 しかし、それでは何も解決もしない。

 最初からちゃんと話せば良かったが、母真理は仕事と家事で手一杯だ。

 これ以上負担を掛けたくなかった。

 だが、怪我させてしまったせいで、負担を増やしてしまった。

 そのまま我慢すれば良かったのか。

 このまま、ずっと我慢すれば良かったのか。

 先生に相談しようにも、ただ謝らせて終わり、ただ自分の悪い所を1人ずつ悪口の様な公開処刑されて終わりだったのに、今更だ。

 黙っていれば良いとも悪い気持ちになりもしたが、どうせバレるのだ、先に言って母、真理に謝り、その日に一緒に怪我させてしまった子に謝罪をしようと考えた所で、まさかの事が起きてしまった。

「ただいまー、理美早いわね。また才斗の奴友達と遊んでるわね」

 母、真理が帰って来たのだ。

 驚いてしまい、理美はつい何食わぬ顔で返答してしまった、

「お、おかえり、あれ? 思ったより早かったね!」

「あぁ! やっぱり、理美自分の誕生日忘れてるわね」

「へぁ?」

 驚いた顔を見てやっぱりだと笑ってしまうも、自身のカバンから一つ子供の片手でも持てる紙袋に包まれたプレゼントを渡した。

「はい、これ、誕生日プレゼント、他にもあるんだけどとりあえずこれ、あなたに」

 理美は母、真理の嬉しそうな顔を見て、罪悪感しか湧かず、喜べなかった。

 それでも無理して喜ぶふりをしようとした。

 しかし、それも不可能だ。

 電話が鳴った。

 こう言う時の直感は本当に何故か当たる。

 間違いなくカンカンに怒ったあの突き飛ばした男子の母親だ。

 母、真理は不思議そうに電話を取った。

「こんな時間に誰から? はい、嘉村です?」

 電話の主はやはりその母親だった。

「もしもし、山本ですが!」

 かなり憤怒していて、真理もよく分からず尋ねた。

「山本さん? どうかなさいましたか?」

「お宅の娘にいきなり突き飛ばされたんですが!」

「はっ? どういう――」

 内容を聞こうとしたが、言葉を遮る程の怒りが(あら)わになっていた。

「どうもこうもじゃないわ! 大事な息子が何もしていないのに突き飛ばされ、手に傷を負ったのよ!」

 電話の奥からその息子の声がした。

「そうだよ! アイツがいきなり後ろから突き飛ばしたんだ」

 真理は理美を見る。

 酷く青ざめ怯えているのが分かると同時に、逃げようとしていたので、理美を逃さないよう肩をしっかり掴むしかなった。

 坂本の母親は最後にこう言った。

「これから、病院に連れて行きますので、今後の話もしたいので逃げないで下さいね」

 真理は実際見ていない状態でどこまでなのかも分からないままでは話し合いにも出来ないので、謝罪と共に伺う事にした。

「分かりました、娘と共に謝罪しに向かいますので、怪我の状態等も教えてください」

 決して微動だにせず、怯える様な仕草や恐怖心も無く、堂々とした口調に余計に腹を立てる坂本の母親は、怒りながら電話を切った。

「ふん、絶対に来て下さいね! ――!」

 母、真理はどうして理美が人を傷付けたのか、なんとなく分かってしまった。

 相当我慢していたのが遂に爆発してしまったのだと、だからこそ聞かなければいけなかった。

「理美、山本さんから息子さんを怪我させたって本当?」

「……」

 話たくは無いだろうが、事実であるならば怪我させた方が悪い。

 だけれども、何らかの理由もある筈だ。

 真理自身、理美からちゃんと言葉にしてもらわないと、謝罪以外でも今後の対応もきっちりと話さなければいけないのだ。

 理美は恐る恐る口にした。

「だって……お父さんの悪口言ったから」

 漸く突き飛ばした理由を言ったが、本当にそれだけの為にやったのかと疑った真理はつい強い口調で聞く。

「それだけで!」

 ただ理美からすれば母の怒りに触れ、本当の事を話してもどうせ信じてくれないと言う態度で感情が昂り、大声で言い返す。

「それだけじゃないもん! 嘘ばっか言って、あっちから蹴って来たり、人の事馬鹿にしたり、なんであっちの言うことばかり信じるの⁉︎」

 別にあちら側を完全に信じてはいないが、どうも理美は母、真理があちらの味方の様にしかみえない。

 真理は理美が怪我をさせたのだけを知りたかっただけで、これ以上の話をしても今は無理だろうと判断した。

「あっちが悪くてもやったのは事実なんでしょ? 今から謝りに行くわよ!」

 とりあえず、謝罪をした後、改めてちゃんと話し合おうと考え連れて行こうとした。

 しかし、理美はもう母、真理も敵と見なして話を聞く気もなくなった。

「やっぱり、お母さんもアイツらの言う事ばかり信じるんだ! お父さんの事、愛人作って借金して逃げたって言ったんだよ! だから――!」

 興奮しているは分かっていたが、あまりに理美の言葉が身勝手に見え、自身が何をやったのかを身をもって教えなければいけなかった。

 本当は虐待と言われても仕方がないものの、今の理美には必要な事だった。

 母、真理は理美の頬を叩いた。

 最初訳が分からず、少しずつ痛みが脳に伝わり、漸く母、真理に叩かれたのだと理解し涙が溢れ流れていく。

 結局信じてもらえなかったとさえ感じた理美は叫びながら言った。

「お母さんなんか大っ嫌い! 話すんじゃなかった!」

 母、真理の手を払い、理美はランドセルを投げつけて家を飛び出してしまう。

 真理も追いかけようとしたが、何度も蹴られ踏まれてしまったのだろう後で凹んでしまったランドセル、その上にはくっきりと足跡が残っていた。

 どう考えても蹴られた後だ。

「……分かってるわよ、理美……どうしてこうなっちゃうんだろう、あなた」


 理美は感情任せに走り続け、大きな公園の突き飛ばした場所へと辿り着いた。

 少しだけ感情が落ち着き、若干血が落ちてはいたが、どこも傷付けるような物も無く、ましてや尖った石すら無かった。

「どこにも怪我するようなもの無いじゃん……っい!」

 触ってみようと手を伸ばした直後、意識が反転したような感覚が起きた。


 目を覚ませば、真っ白な空間に驚く中、誰かが理美の隣に居た。

 見ると真っ白なワンピースを来た長い金髪の女性が座っていた。

 理美はその女性に聞いた。

「ここは? お姉さんは誰?」

「良かった目を覚ましたのねお嬢ちゃん、私はアース。この世界はあなたと私だけ」

「全然分からない」

 言っている意味すら分からないままだ。

 理美は先ほどまで公園に居たのは覚えている。

 しかしあの時無いものに触れたと言う感覚だけが手に残っていた。

 母、真理を思い出し、早く母の元へ帰らなくてはと立ち上がった。

「そうだ! 早く、お母さんの所へ――」

「待って、そう慌てないであなた、お母さんと喧嘩したんでしょう?」

 何故、アースが理美と母、真理と喧嘩したのを知っているのかと疑問に持つだろうが、今の理美にはそこまで頭が回ってこなかった。

 それどころか、先ほどの言葉で喧嘩しているのを思い出し、怒りが込み上がってきた。

「だって、お母さんが私の事信じてないから……」

 アースはそれに対して諭す。

「まずは最初に謝った?」

「ううん」

「まずはあなたが悪い事をしたのをきちんと認めるの」

 理美はイジメグループに虐められ、蹴られ酷い言葉を浴びせて来た。

 その前も、もっとその前もだ。

 なのにどうして味方になってくれないのかと非常に腹正しく、つい声を荒げてしまった。

「でもアイツらが!」

「その前に謝った?」

 全てを言わせる前に、アースがあの時に謝罪はしたのかと問われ、苛立ちで顔が歪むもゆっくり時間を掛けて考え、答えを出した。

「……言っていない」

 アースは優しく理美に寄り添い、抱きしめてあげながら言った。

「その事が原因かもね。そこまで大ごとになってしまったのは」

「うん」

 未だ苛立ちが治らず興奮していた理美も、抱きしめられたお陰か、少し落ち着きを取り戻す。

「私もあなたに謝らないといけないわ」

「なんで?」

「ごめんなさい、あの坊やの怪我の原因は私なの」

 一体どういう意味か分からなかった。

「えっ? 嘘、居なかったじゃん」

 現にアースはあそこに居ないし、突き飛ばした場所にも鋭利な刃物や尖った石も無かった。

 なのにどうして謝罪し、原因は自分とアースが言ったのか分からず仕舞いだ。

 アースは答えた。

「居たわ、そしてあなたは私に触れたからここに居る」

 話が全く見えてこなかった理美だったが、もう一度必死に考えるとある事を思い出した。

「どういう……? あの時そうだ! 無いモノに触れた感触があった!」

 触っている内に、何かに触れたのだ。

 何も無い場所に、何かがあった。

 漸く気が付いてくれたと嬉しそうにアースは微笑んだ。

「それが私よ」

「うぇ?」

「私はあなたの住む世界、自然界や歴史等で凝縮し濾過され生まれた天然の賢者の石よ。そして私はあなたに決めた」

 そっと人差し指を理美の口元に持っていった。

 理美にはまだ分からない事ばかりでもっと話を聞こうした。

「それってどういう――」

 何かを感じ取ってアースは話を遮った。

「あら? もう夕暮れ時ね、そろそろ帰らないと家族が心配しちゃうわ」

 このままだと話が終わってしまうと理美はもう一度聞いた。

「ねぇ、どうして私なの? 私は理美、あなたは?」

「自然界から生まれた天然の賢者の石はとっても気まぐれだけど、一度決めたらとっても頑固、その一度決めた相手があなた、理美よ。そして私の事はアースと呼んで」

「また会えるアース?」

「勿論、いつでも会えるわ。本当にごめんなさい、私が原因でこんな事になってしまって」

 理美は頭を横に振り、自身の罪を認めた上でイジメられた話をすると決意した。

「ううん、私が突き飛ばしたのがそもそも原因だから、ちゃんと謝ってくる。んで、ちゃんとその理由お母さんにちゃんと話すよ」

 モヤモヤも自身の苛立ちも話している内に気持ちが落ち着き、きちんと向き合い母にもきちんと謝罪と説明をし、山本親子にも謝罪をしようと決意した。


 はっと目が覚めるとアースが言っていたように本当に夕方だが、分厚い黒い雲が幾つか流れていた。

「あれ? さっきのは夢だったのかな? そだ、お母さんに謝らないと!」

 今は足取りも軽く、きちんと謝罪も出来る気がした。

 理美は家へと急いだ。

 

 重い雲のせいで真っ暗になってしまった道を走る理美は息を途切れ途切れにさせ、自身の家へと急ぐ。

 自宅に着いて息を整え、理美は息を飲み込み、緊張しながら扉を開けようとしたが開かなかった。

 理美は不思議に思いながらもインターホンを鳴らす。

「はーい」

 家の中から女性の声がした。

 少女は一歩下がり、戸が開くのを待った。

 すぐに母、真理は鍵を解き、戸を開けた。

 緊張しながら理美は声を出そうとした時だ。

 母、真理は聞いた。

「あなた……誰?」

 その言葉に瞳孔が一気に縮こまり、最初何を言われているのか分からなかった。

 あまりの事だったので、気が動転しそうになるも、きっと母、真理が怒ってわざと言っているに違いないと無理矢理そう思い込む事でなんとか平常心を保とうとした。

 とにかく謝ってきちんと言わなくてはと口を開くも声は震えていた。

「お、お母さん? 何言っているの? そう、そうだ謝ってないからだよね? 逃げ出してごめんなさい、だから許して、お願い!」

 だが、それも虚しく真理は眉間に皺を寄せ、全く意味の分からないと言った顔だ。

 丁度その後ろから兄、才斗も出てきて、真理は聞いた。

「ちょ、ちょっと何言ってるのこの子? 才斗この子知ってる?」

 必死に助けを求めようと理美は兄、才斗に眼差しを向けるも現実は無常だった。

「し、知らない、誰?」

 ここに来て、漸くあの悪夢と同じだと気が付き、理美は夢なら覚めてと願うが、刻々と秒が刻むのを感じ取り、これは夢ではないと嫌でも気付かされ、それでも嘘であって欲しいと願い、涙を溢しながら真理に飛びつき訴えた。

「お母さん! 私だよ、理美だよ! お母さん! お母さん‼︎」

 理美は真理に必死に娘であることを伝えるも、真理からは見知らぬ子が自身の子と訴える姿は不気味そのもので、返って怖がらせ、警察を呼ぼうとしてきた。

「ちょっと、何この子⁉︎ 才斗、電話! 警察に連絡して!」

 真理はとにかく警察に保護させようと考えての事だったが、理美からすればもうここには居られないと言うのが分かってしまった。

 それに真理の手は引き離そうとする力強さがあり、理美を抱きしめる気もない。

 理美はもう逃げ出すしか無かった。

「……っ!」

 引き離すのに必死だったせいで、捕まえていなかった為逃げ出されてしまい、真理は手を伸ばすも届かず、必死に止めようと走るももう姿がなかった。

「ちょっと待ちなさい! あなた、本当に、誰なの⁉︎」

 才斗もどうすれば良いのか分からないまま電話を持ったままただ呆然と立ち尽くす。

 既に分厚い黒い雲のせいで辺りは暗く、1人の子供なんて歩かせるのが心配な時間に、理美は必死になって自身を知っているであろう人間に片っ端に会いに行った。

 だが現実は非情である。

 1人も誰も理美を知らないのだ。

 イジメグループもクラスメイトも近所のおじさんおばさんも、ましてや学校の教師達にも、理美は忘れ去られていた。

 必死に訴える理美を全員不気味な存在として見る目はとても恐ろしく、とにかく逃げるしかなく、優しくしてくれる人も居たが、警察に保護を求める内容を耳にして、すぐさま逃げ、隠れるしかなかった。

 本来なら保護されれば解決しそうな気もしたが、小さな理美にはそこまでの知恵が無くただの恐怖しかなかったのだ。


 そうして、走り回り逃げ回った足は疲れ果て、今や歩くのもやっと、もう民家もない道を1人歩いていると真っ暗な雲からポツリポツリと雨粒が落ちて来た。

 民家は無くとも古い外灯が1つ煌々と理美を照らす。

 ふと、寒く感じてポケットに手を入れた時、何かが当たった。

 取り出してみると、あの時母、真理から貰ったプレゼントだ。

 開けてみると、小さなクマのぬいぐるみとバースデーカードが付いていた。

【誕生日おめでとう理美♫】

 母、真理の手書きのバースデーカードだった。

 あの時まで幸せだった時間が蘇り、涙が止めどなく流れると同時に雨足も強くなる。

 まるで雨もまた少女がいる事さえ気付かずに振り続けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ