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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

押入れの中のママ

作者: 鬼々




 四歳になった結菜は、自分の部屋で母親に叱られていた。結菜の母は言った。


「結菜。ちゃんとクマさん達を、おもちゃ箱にしまうこと。わかった?」


「え〜、面倒臭ーいよお」


「結菜、あなたはもう四歳でしょう?」

 

「ん〜。じゃー、わかった!」


「うん、いい子だね。ママはキッチンでお夕飯の支度をしなくちゃいけないから。またね」


 結菜の母はそう言い残すとにっこり笑い、部屋から出ていった。


「じゃ、お片付けしよーっと」


 結菜は面倒臭いと思いながらも、人形を手にして、一つをおもちゃ箱に仕舞い込もうとする。


 そのときだ。

 ドッ。

 

「ん」


 ドッド。


「……え?」


 部屋の押し入れから音がする。普段は布団などが収納されている場所だが、そこから鈍い音がする。


 ドッドッド。


「え、なっ、なに。なんなの!」


 素早い足取りで、結菜は押し入れから距離を取った。


「…………だ、誰かいるの?」


 ドッドッド。


「な、なに!?だ、誰なの!?」


 ドッドッド。


 瞬間。襖から、



「………………ココ、アケテ?」



 声がした。今はっきりと。女の声だった。


「きゃああああああああああ!!!!」


 結菜は叫んだ。落ち着け、落ち着け、と。何度も息もを吸って吐く。呼吸を少しづつ整え、徐々に冷静さを取り戻す。


「は、はぁ、ああ。そ、そうだ。きっと今の声は気のせい」


「………」


「ね?ね?そうなんでしょう?」


「………」


「そうだよね……?ね!ね!ほ、ほら!!やっぱり気のせい」


 ドッドッドッドッドッドッドッド!ドッドッドッドッドッドッドッドドッドッドッドッドッドッドッドドッドッドッドッドッドッドッドドッドッドッドッドッドッドッド。


 鈍い音が連続して刻まれる。低いくぐもった女の声が、襖の中から聞こえてきた。


「結菜、違う。違うんだよ。私は確かにここにいるの。あなたの妄想ではなく、確かにここに実在しているの……」


 わからない。だけど、この襖を開けてみれば少しは事情がわかるんじゃないか。今直面している謎が解けるんじゃないか。そう考え、


 スーッ………。


 結菜はゆっくりと襖を開けた。また叫ぶ。


「きゃああああああああっ!!!」

 

 ヌッと人間の顔が出てきたのだ。長い黒髪の女で、身体をロープで拘束されているみたいだった。


「お、おばさん誰なの!?」


「あっ、ああ!結菜、襖を開けてくれたんだね!おお、ありがとう!あなたの姿は見えないけれど、ちゃんとわかってるからね!」


「な、なんなの!?あんた誰!!どうしてウチの襖にいるの!!?」


 女は拘束の上、目隠しまでされていた。彼女は顔をこちらに向け、結菜にこう嘆願した。


「さあ、結菜。今度は私を引っ張ってちょうだい。ここから私の身体を引っ張り出して欲しいの」


「え!!で、でも」


「さっさとしてよ!ここ、すんごく痛いの!!」

 

「……その、えっと。よくわかんないから!!とにかくママを呼んでくるね!!」


 すると、女は強く叫んだ。


「やめてええええええええええええええええっ!!!!」


 女の叫びに、結菜は困惑する。


「は、はぁ、はぁ、なんなの急に?びっくりしたぁ。どうしてなの!?どうしてママをここに呼んじゃいけないの!?」


「それは」


 女はハッキリと言った。


「……私が殺されるから」


 意味がわからなかった。結菜は混乱しながら、女にこう質問した。


「殺されるってなんで!?どうしてあたしのママがあなたを殺す必要があるの!!」


「…………まだわからないの?」


 女は結菜の顔を睨みつけ、途端に強く叫んだ。


「結菜、しっかりしなさい!そうじゃないでしょう!」


「え」


 女は口元を歪ませ、こう断言した。


「私があなたのママよ」


 結菜は絶句した。女は甘い声を上げる。


「結菜、大好き。ずーっと会いたかったよ」


「な、なに言ってるの!そんなはずないでしょ!!」


「結菜ってば、ふふ。混乱してるんだね」


「違うってば!!ありえないよ!!なんで!!」

 

「ありえない?そう?でも、本当のことだよ」


 女に対し、結菜はハッキリと言った。


「私のママは今キッチンにいるんだよ!!今、二人分のお夕飯を作ってくれているんだ!!」


 言い切った結菜を見て、女は重い溜め息をついた。


「…………あー、そっか、そっか。そうか。そういうことね。あー、最悪だね」


「……なんで」


「だって、物事の全部が悪い方向に進んでいるんだもの。キッチンにいるアイツだけじゃなく、あんたまで狂い始めてる」


「……」


「いい結菜、よーく聞きなさい。今この家のキッチンにいるあいつはね」


 女は結菜に向かって叫んだ。


「私達を誘拐した女なの」


 ……意味がわからなかった。女が今発した言葉の意味も。今女がここいる理由も、結菜にはわからなかった。


「は……?う、うそ、さっきから、な、なにを言って」


「つーまーり。今、キッチンにいる女はママそっくりだけど偽物。あなたの本当のママじゃない」


「にせもの?ままじゃない?」


「ええ、そして……あなたの本当のママはね、いとしのママはというとね、今こうして襖の中に閉じ込められている。つまり私なの!!」


 なにがなんだかわからない。一体なにを信じればいいのか。結菜は頭を抱えた。


「う、嘘だ、嘘だ!嘘だ!嘘だよ!!私のママはキッチンにいるんだって!あんたの話はぜーんぶ嘘だ!!」


「嘘じゃない!!」


「嘘だ!」


「嘘じゃない!」


「嘘だよ!」


 パチン。

 そのとき、テレビのスイッチがついた。

 誰もリモコンを触っていないのに。


『ニュースをお伝えします』


 アナウンサーが今日のニュースを伝え始める。


『母とその娘二人が行方不明となった例の誘拐事件ですが、警察は必死の捜査を敢行しているものの、未だ被害者の行方も、犯人の消息も掴めてはおりません』


 結菜は呆然とニュースを観る。


『速報です!たった今、速報が入りました!警視庁から目撃者の情報を元にモンタージュ画像が公表された模様です!』


 テレビに画像が映し出された。 


『この女です!驚きました!犯人は女!この女が今回の誘拐事件の犯人なのでーす!!!』


 テレビに表示されていたのは、母の顔だった。

 結菜はもうなにも考えられず、茫然自失とした。


「ほおら!ニュースを見なさい!私の言った通りでしょう!」


「……そんな」


「わかったら、早くママをここから解放して!」


「……で、でも、そ、その」


「なあに!?よく聞こえないんだけど!はっきり言ってよ!ホンットーにグズな娘!!あなたのママはこーんなに苦しんでるのに!まだ減らず口を叩くつもりなのか!!!!!」


「だって、これはなにかの間違いで、勘違いで、全部妄想で……それに!」


 結菜は女に向かって、強く叫んだ。


「あたしのママは今、夕ご飯を作ってるんだ!!あたしの為に!!優しくて頑張り屋なママなんだ!!そんなママが偽物なわけないでしょ!!」


 それを聞いて、女は呆れたように嘆息した。


「…………チッ、仕方ない子」


「……え……?」

  

「あんたはまだ四歳だから。正常な判断ができないのは仕方ないわ。だけど、これだけは理解して!私があなたの本物のママ!キッチンにいるのは偽物!」


「……」


「おい何度も言わせるなよ!!ガキなんだから大人である私の言うことに黙って従ってりゃいいの!ね!ね!ね!」


 女の言葉に気押され、結菜はただ黙るしかなかった。女は喋り続ける。


「だからさぁ〜、お願い結菜ちゃん。私をここから出してちょうだい」


「うん…………わかった」

 

「はあああ、正解!!いとしの結菜!可愛い結菜!大好きな結菜、それでいいの!私の言う通りにしていれば、それだけが正解なんだから!ママ、キスしちゃう!!」


 結菜は無言で女の身体を引っ張り出した。次に部屋に置いてあったカッターナイフを持ってきて、女の身体に巻き付いているロープに手を掛ける。


「ふぅ、助かるわ」


 ジャキジャキ、と結菜はロープを切りつける。


「本当にどうなることかと思ったよ!」


 ジャキジャキ。


「ね、ここを脱出したらさ、またパパと三人で楽しく暮らしましょう?」


「……」

 

 結菜は手を止める。

 そして、女に言った。


「……パパと三人で?」


「うん、そうだよ。それがどうかした?」


 瞬間、結菜は女の腕にカッターナイフを突き立てた。


「ぎゃああああああああああああ!!!!」


「お前は偽物だ!ママじゃない!」


「な、なにを!?結菜。何故、どうして!!」


「ふんっ!ふんっ!ふんっ!ふんっ!」


「ぎゃああああああ!!!ああああ!!!あああああ!!!ああああ!!!ああああっ!!!」


 カッターナイフは女の身体に何度も何度も突き立った。鮮血が辺りにパッと飛び散り、白い襖をマダラに染める。


「だって……あたしの味方はママだけだもん」


 襖の周りには血の池ができた。女は結菜が何度もカッターナイフで刺したから、もう二度と動かなくなった。


「それが、パパと三人で暮らそうだって?プッ!」


 結菜は吹き出した。


「パパが帰ってきたら、またあたしの背中に痣ができちゃうじゃん!そんなのもうこりごりだって、ママと二人で話したんだから」


 そのとき。


「結菜、どうしたのー!」


 さっきまでキッチンにいた結菜の母が、今度は血相を変えて結菜の部屋へと戻ってきた。


「今、物凄い音がしたけど。一体なんの騒ぎ!?」


「あ、ママ。今ねこの人が」


 指を刺した先には誰もいなかった。血の池も無かったし、テレビの電源も切れていた。


「なーんだ……やっぱり、全部あたしの妄想だったんだ!」


「一体どうしたの?」


「ううん、なんでもない!」


 結菜はそう言って笑うと、正真正銘の母に抱きついた。


「ママ、ママ。本物のママ、大好き!」


「もう、結衣ったら。フフッ、どうしたの急に?」


「なんでもないってば」


 結菜を見て母はしゃがみ込み、結菜の背中を両腕で包んでくれた。母は甘い声で結菜に囁いた。


「私も、結菜のことが大好きだよ」


「……ママ」


 あったかい感触。涙が溢れて止まらなかった。結菜は本当に久しぶりに自分の名前を呼ばれた気がした。




久しぶりに描きました。

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