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下界の支配者 沙百合   作者: ゆと
1/3

第一話 異世界転移の始まり

初投稿作品です

 本作品の主人公の名前は宮根 清楽(せいら)

高校二年生(17)、160cm、51kgのスペックを持つ小柄な一般学生だ。

容姿は、黒髪で男子高校生の標準的な丸い感じの髪型をしており、つり目。どちらかと言うと目立つ特徴がなく印象に残りずらい顔をしている。


 ....今日も退屈だなぁ...、と一言の呟きがあった。

その言葉の呟き主である沙百合(さゆり)(23)は住処としてる山奥の比較的綺麗な廃屋の床に両手を後ろに付いて身体を支える形で座りながら天井を見上げ、言葉通りの日々を過ごしていた。


 彼女には生れつきの特殊能力が二つ携えられている。

 一つ目は不死身

  その名の通り何をしても死なない。たとえ2年間飲食を一切してなくとも

 二つ目は現界と異世界を繋ぐ能力

  こちらも名の通りだ。自分や現世にある物を異世界へ転移させることが可能、逆も然り。

彼女の現在位置は現世。退屈を嘆くわりに異世界に移住しないのには理由がある。異世界だと自身の不死性が失われてしまうのだ。

勿論実際に試した訳ではなく「異世界の空気に肌が触れると、感覚的にそう感じる」が本人の根拠だ。だが、実際沙百合の直感は正しかった。


 彼女には活動する目的がなかった。なんせ死なないのだから食料も良好な生活環境も、それらを購入する資金も必要ない。

服は廃屋に移る前に住んでいた地域の人達から「不要になったから処分したい」という理由で譲られた物を着まわしてる。「住んでいた」と言っても河川敷でホームレス生活をしていただけだが。

風呂も洗濯も近くの川で済ましている。どんなに凍える真冬の夜に全裸で川に浸かっても凍死などしないのだから。


 彼女のホームレス生活が始まったのは10年前の小学校卒業直後、母親が原因不明の死(推定死因は病死)を遂げてからだ。母親の病気が特定されていないのは異世界からもたらされた全く未知の病原菌によって引き起こされたものだったからだ。

 その当時既に異世界転移能力で一人内密に遊んでいた沙百合には心当たりがあった。自分が現世へ運んできてしまったものだという事実に。

自身を引き取りにきた親戚には「父親の元で暮らす」と噓をつき、家を飛び出して上記の生活へと至る。


 沙百合は父親に会ったことがない。母親の話だと「まるで魔法が使えるかのように不思議で魅力的な人」らしい。なぜ今いないのか尋ねると「大事なお仕事があるから」と返ってくる。

沙百合は自分の父親は異世界の住人だと確信している。その最重要根拠は当然自身の特異性。

おそらく、父親も次元移動能力を持っていて、母を殺した病気への耐性が自分にあるのも父親譲りだからなのだろう。

異世界に人間がいるのも確認済みだ。

そして、「大事な仕事」についても察しがついている。

 「だってあの世界はこっちと違って人間が...」

そう自分の半生を振り返って締めの一言をいいかけた時、廃屋の外から熊の足音が聞こえた。


 「来た!来た!」


熊の来訪に立ち上がって歓喜し今まで苛まれていた虚無感を一瞬で吹き飛ばし、テンション爆上がり状態で服を脱ぎ捨て全裸で廃屋を飛び出し熊の前に立ちはだかる。


 「今日も来たんだねセイゴウ、日々の唯一の楽しみだよ」


熊に向かって喋りだす沙百合。だが、熊からしてみたら沙百合はただの無限に(しょく)すことができる新鮮な生肉でしかない。獲物を見つめる目で見ている。

それでも沙百合は構わない。沙百合の楽しみ方は熊との格闘だった。

熊は沙百合に四足歩行でのそのそと近づききった後、立ち上がり、右前足で沙百合の顔面めがけて殴る。

爪が沙百合の頬の皮膚を切り裂きはしたが打撃自体はかわす。沙百合もパンチを繰り出すが熊に届くまでに手で叩き落とされる。


 そんな様子の攻防が8分続いた後、熊の殴りフェイントに引っ掛かり沙百合は腹を喰いちぎられた。


 「結構粘れたなぁ」


地面に横たわり腹を食われながら自身の戦績に感嘆する。


 「最初に食われたときはマジで痛かったなあ...。今は慣れたけど」


沙百合とこの熊の初戦は5年前に行われていた。そして沙百合は自身を鍛える為、セイゴウは腹を満たす為、その日以来二人はほぼ毎日交戦していた。


 「ムシャムシャ」 


セイゴウはどんどん沙百合の身体を食い進め、ついに内臓まで達する。

沙百合の内臓が激しく損傷し、一度生命活動が停止する。

が...それは沙百合の肉体再生が始まる合図であり、自己蘇生後セイゴウを押しのけ立ち上がった。


 「服も再生してくれたら全裸になる必要ないのになぁ...。異世界(あっち)に再生魔法が付与された服とかないのかな?」


そんな小さな不満を口にだす。


 「私って今どんくらい強いんだろ、あっちでも通用するかな?」


純粋な疑問が浮かび上がった。

まだ目の前で内臓を貪り食ってるセイゴウで試すことにした。


 セイゴウは戦闘終了後、倒れてる沙百合を食べるために四足歩行に戻っていた。その体勢を今も維持している。

そのセイゴウの腹部に向かってアッパーの要領で殴りつける。沙百合が戦闘後に攻撃をしてきたことは一度もないので、完全に無警戒、無防備の状態でクリーンヒットとなる。


 「グボウォッ!」


セイゴウの口から勢いよく沙百合の肉塊が吐き戻された。

慌てて逃げ出すセイゴウ


 「私の拳って上手くヒットさえすればこんな強いんだ!」


沙百合は己の強さを認識した。と、同時にそれを誇りに思った。


 沙百合には馬鹿げた夢があった。

 「この世界の支配者となる」

かつての河川敷時代にホームレス仲間だった高年男性が地元の若者集団に虐待され、死に至った時に...いや、もっと前、小学生時代にクラスメイトがいじめられて自殺したときに抱いた夢だ。


 「あんな弱い奴らでも人の命を終わらすことができるのだから自分にはそれ以上の権威がある」

沙百合の原初的な感情は常にこれだった。


 完全な強さを手に入れた今、この夢を叶えるために行動することを否定する理由等なかった。


 _これが宮根清楽の宿敵となる人物のプロローグだ。_



 「はあ...」


清楽(せいら)は教室内ででかい溜息をついた。

時期は中間テスト前である。だがテスト勉強は進まない。

清楽は学年トップの成績を誇る優秀者だ。進学予定先は人体研究学。彼の学問レベルに問題はない。


 (この教室は疲れる...)


彼がそう思うのも仕方がない。なんせクラス内で日常的に嫌がらせがあるのだから。


 (高偏差値学校でも人間の本質は変わらないか...)


嫌がらせのターゲットとなっているのはクラス内で最も立場が弱い生徒。「弱いものいじめ」だ。


 日々勉強に追われる思春期高校生たちのストレス発散として一人の高校生が嘲笑(わらい)者にされている。

清楽本人は持ち前の優秀な頭脳でこの攻撃性と悪意が跋扈する学年を1年以上上手く立ち回ってきた。

自分にトークスキルやギャグセンスがない以上基本は言葉を発さない、どんなネタやノリがこようとも空気を壊さず無難なリアクションをとる。かなり感情表現多めで。

自分の本心を捻じ曲げ、群れの中で多数派になるよう調整してきた。

すべては教室内で浮かないために。


 「宮根どうしたの?」


いじめグループの一人から溜息のことを聞かれた。


 「ん?勉強疲れ。昨日寝れてない」


当然本音なんざ言えないのでこう答えるしかない。


 「今回の範囲むずいよな、お前でもそうなるのほんとやってるだろあのクソだる教師」


 「確かに今回の範囲広げすぎだよね。俺もあの先生あんま好きじゃない」


 「だよな。あいつが授業進めるの遅いせいなのに」


また清楽の空気読みが始まった。


 正直に言うと溜息をついた理由のストレス内訳には嫌がらせ目撃よりも多くの割合を占めている巨大な悩みがある。勉強が進まないのもそれが原因だ。

清楽の知り合いが行方不明なのである。

その知り合いとは清楽が編集を務めるネット動画投稿者、鈴木圭太(けいた)(44)だ。


 清楽もまた沙百合と同様シングルマザー家庭だ。

理由は離婚。父親には多額の借金があった。どうやら闇金から借りた友達の連帯保証人になってしまったらしい。

その友達に逃げられ借金のみを肩代わりする羽目になった。

だか法外な利子で膨れ上がった借金を家族を養いながらまともに返せる訳もなくついに詐欺に手を出してしまう。ターゲットは富裕層の高齢者に絞っていて相手の生活に支障がでない範囲でだまし取っていた。

借金の返済自体はできたもののすぐに足がつき逮捕となる。

その前に罪を妻に打ち明け、清楽の経歴に傷があまり残らないよう素早く離婚する形となった。


 だが、父親を犯罪で失った収入低下はかなり痛手で、不幸なことに体を悪くした祖母の医療費と介護費が重なり宮根家の生活は困窮した。

現在は母親が家にも帰らず仕事に付きっきりで稼いでいる。

それを見かねた近所で付き合いの深い圭太がアルバイトと称して清楽を編集者に雇ってくれた。

が、その圭太が屋外探索企画で超常現象が多発するとの噂がある近所の「白屋山(しろややま)」での生配信中に突如として画面から消えそのまま行方不明なのである。


 (本当に嫌気が差す...屑共には滅んで欲しい。...それって俺や父さんも含まれるのかな...?)


いじめっこと逃げた父の友人、闇金への憎悪を募らせていく。


 「ドカ!!」

突如教室のドアが勢いよく開く。


 「おい、クズ共!いい加減にしろよ」


清楽の心象を代弁したかのような鋭い怒声が教室全体の空気を揺らす。清楽には聞き馴染みのある声だった。

ドアの前に立っていたのは別のクラスの清楽と仲の悪い幼馴染。

名前は句崎(くざき)公平


 「急にどうしたんだよ公平」


すかさずいじめっこから突っ込みがはいる。


 「全部らいから聞いたよ!何西奈のこといじめてんだよ!」


 「なんの話?」


話が上手いいじめ女子が対応しようとする。


 「今、お前らが西奈にしてたことだよ!」


 「え?西奈君と遊んでただけだよ...?」


確かに明らかに嫌がってる様子の西奈のことを一方的にいじり倒して馬鹿にしていた。


 だが、それじゃいじめの犯行現場としては弱い。

西奈が「嫌だった」と素直に打ち明けても「ごめんね...次からは気をつけるね...」で片づけられてしまう。

こいつらは普段からあえて人目のつくところで西奈のことをいじり表面上は仲が良く見えるよう取り繕う。

教師たちから怪しまれず、徐々に西奈が相談しづらい空気感を作り上げる。

知能が中途半端に高い故の(たち)の悪さだ。


 そして公平は既にミスを犯している。

らいの名前を出したこと。西奈から直接相談を受けたのは1年の時同じクラスで、交流もそれなりにあったらいだろう。


 (らいの名前出す必要なかっただろ..!闇雲にこいつらの攻撃先候補を増やしてどうする!)


清楽は頭を抱えた。


 「話になんねえ!西奈、正直にいってやれ!()()()って!」


 「.....」


西奈はいじめのエスカレートを恐れて沈黙している。


 「西奈君、別に嫌じゃないみたいだよ...?」


 「西奈、らいに相談したことが本音なんだよな?もうそんな奴らのサンドバックになる必要なんかないぞ!」


 「...えっと..その..」


たじろぐ西奈


 「おい!清楽!美瑠斗(みると)!」


西奈がしばらく明言を躊躇っている時、突然公平から指名が入った。


 「なに黙ってんだよ!お前ら前から知ってたんだろ?なぜずっと助けなかった?!」


 「え?!」


突然槍玉にあげられた清楽は驚く。


 「別に私には関係ないから」


美瑠斗は座ったまま顔すら動かさず冷静に答えた。

公平は見て見ぬ振りを数か月間続けていた清楽と美瑠斗にも怒っていた。


 「けっ、相変わらず冷血な奴だな!」


美瑠斗からは予想通りの反応が返ってきた公平も、普通の言葉で返した。


 「でも清楽!てめぇはそんな奴じゃねぇだろ!これ以上黙認するなら、()()と捉えるぞ!!」


清楽には脅迫文が届いた。


 公平は勉強はできるが頭が悪い。そして国内トップ10に入る身体能力を持った戦闘強者だ。どんなに暴れようともこいつを敵に回す愚者はこの学校にはいない。

それ故に、公平は弱者の気持ちを理解できない。清楽が公平を嫌う理由の一つだ。


 (俺が助けに入ったところでいじめ被害者が増えるだけだろ...)


そう思った清楽だったが、自分で自分のことをナチュラルに弱者扱いしていることに気づいた。そして、その気づきによって清楽のプライドは傷ついた。


 清楽は決断した。自身のプライドの損傷が後押しとなって。


 「俺も明らかに西奈は嫌がってると思う。流石にお前らもわかるだろ?西奈が全然笑ってないことぐらい」


 「.......」


急に教室全体に沈黙が訪れた。


 「確かに...西奈の気持ち全然考えてなかった...」


先程清楽に教師の愚痴を言っていたじめっ子が口を開く。

清楽が指摘したことによって「お前が言うなら...」という空気感に包まれた。

清楽は案外いじめ集団の中で発言権が強くなっていたことを認識した。と、同時にそれを気持ち悪く思った。


 「流石清楽だな!お前は人の気持ちを考えられるいい奴だ!」


公平からありがたい言葉を貰う。

でも清楽は喜べなかった。逃げるのも立ち向かうのも結局は行動原理が自分のため。


 (嫌気が差す、やっぱ俺は屑側の人間だ...公平とは違って...)


 「で、美瑠斗、お前はほんとにそれで良かったのか?...だって.」


 「おい、公平。」


 「んあ、(わり)ぃ」


公平が言いかけた言葉を取り消させる清楽。

美瑠斗は五歳のとき、いじめによる自殺で小学5年生の姉を亡くしている。

まだ清楽達は知らないが、後の宿敵となる人物の友達でもあった姉だ。


 「明日の例の待ち合わせ、遅れるなよ」


公平から少し声のボリュームを下げて確認される。


 「俺は一度も遅刻したことねーよ」


不要な心配だと告げ、その日の会話を終わらす。


 次の日、清楽は待ち合わせの場所へと向かう。

今日は土曜日だ。学校はない、だが待ち合わせ時間は夜となる。

場所は白屋山の麓にある小さな公園だ。


 「お、来たな!」


 「おせーぞ!昨日釘刺したじゃねーか!」


合流地点では既に公平と丸田らいがいた。


 「何が遅いんだよ。まだ予定時刻の5分前だろ」


 「普通は15分前に来るだろ、らいなんか30分前からいるぞ!」


 「知らねーよ、何のための予定時刻だよ!」


また清楽と公平の軽い言い合いが始まる


 「これで、後は美瑠久(みるく)を待つだけだな」


美瑠久が来たのは、らいのその言葉から18分後だった。


 美瑠久は、美瑠斗の双子の弟だ。

清楽より小柄で中性的な顔立ち、桃色の髪色をした非常に可愛い双子の兄にそっくりな容姿をしている。双子揃って男女両方から人気が高い。

だが中身は、勉強も運動も優秀で頭も良く多才で一人でなんでもこなす兄とは真逆だ。周りからの助けがなければ生きていけないレベル。

口下手でそもそも無口、無表情で内向的ではあるが、人と関わることを拒絶してる美瑠斗とは違い人懐っこい性格でもある。


 美瑠久が小走りで駆け寄ってくる。


 「待った...?」


 「そんなに」  


らいの気遣いが発動する。


「一体どうしたんだ?」


公平は清楽以外には甘い。


 「女子に見間違えられたの...ナンパされてね...それでね...時間かかった」


美瑠久にしては饒舌。

「大変だな」という慰めで締めて早速本題に入る。


 「んで、ちょうど一週間前、この山でこの時間帯に失踪した圭太さんの捜索だが...」


リーダーは公平だ、会議の進行役も務める。

なぜ、圭太捜索に公平達が加わるのかというと、公平もらいも美瑠久も圭太の動画チャンネルの出演者だからだ。

公平とらいは圭太と一緒にマルチサバイバルゲームの実況をしていて声だけの出演だが、美瑠久は実写動画で顔出しまでしている。出演頻度はかなり低いが。


 「まずは圭太さんが最後にカメラに写っていた場所まで向かうぞ」


第一捜索地点は予め決まっている。

圭太が画面内に映っていたにも関わらず音も光もなく消え、カメラだけが地面に落ちていた場所だ。


 「二か月前からだっけ?この山で超常現象が目撃されるようになったのは」


山道を移動中、らいが口を開く。


 「ああ、未確認生物を見ただの野生動物が突然消えたのだの、登山客からの報告が絶えない」


清楽が答える。


「未確認生物も怖いがこの山でそれより怖いのが例の熊だ、正直俺はこの捜索に反対してる、危険すぎる」


清楽は続けて自身の心配を打ち明けた。


 「だから圭太さんも俺たちも夜に来たんだ。その熊が夜に活動していたという報告はないだろ?」


公平の反論が入る。


 「それが安全だという証拠にはならないだろ...夜の方が活発で目撃者が全員殺されてる説も念頭に置いておけ、この山は失踪者が多すぎる」


だが清楽の心配事は消えない


 「その為の俺だろ?」


公平にはその熊を素手で殺せる自信があった。

 

 「馬鹿!猟師35人、()()()8人殺されてんだよ!遭遇したら全員自分のことだけ考えて逃げろ!」


()()()とは、熊と素手で格闘し討伐する猟師と格闘家を掛け合わせた職業であり、資格取得には相応の試験が課される。

熊狩りが熊に殺害される等、「まだ兎に殺されてる可能性の方が高い」と言われる程に異例中の異例であり白屋山の知名度を一気に世界クラスに押し上げた現在進行形の事件だ。


 「なんでそんな熊がいるこの山が超常現象を発現させちまったんだ!みんな来ちゃうじゃねーか!」


らいが軽く絶望する。

山の少し深いところまで来た時のこと、四人が歩いてる道の脇の茂みに未確認生物が顔を出した。

最初に気づいたのは一番後ろを歩いていた美瑠久


 「ねぇ...なんかいる..」


か細い声で報告する。

他の三人が美瑠久の指が差した方向を見る。


 「うおっ!!たてがみ!?なんだ?!」


らいが驚いて咄嗟の声をだした。


 生物の見た目は、草むらの茂みに覆われるくらいには小さいが奇抜で目立つデザインをしていた。

基調カラーは黄色と紫、ライオンのようなたてがみが生えており、胴体は哺乳類のような体毛で覆われていたが、顔は爬虫類のような鱗で構成されていて、目元にはフェイスペイントのようなうねうねとした柄がある。

そして自分の姿が視認されたことを認識した未確認生物は、胴体の黄色の毛を逆立てて、バチバチと音を立てながら発光させる。


 「...っ攻撃体勢だ!」


公平は即座に危険を察知する。

その二秒後、生物の逆立てた体毛から電撃が放たれた。

公平は超人的な反応速度とカンで、すぐさま身に着けていた貴金属の腕時計を引きちぎり雷獣の後方へと投げた。

雷撃は雷獣の後方の宙を舞っている腕時計へと吸収され、四人には届かない。


 「身に着けている貴金属をすぐさま捨てろ!木々の中に飛び込め!木を壁にして電撃を防げ!川には絶対入るな!」


雷獣の攻撃方法を確認した直後、いまだ混乱中のらいと美瑠久に荒めの声で指示を出す清楽。

清楽も公平も()()という存在に動揺することは後回しにし、自分達の命を守るための思考だけに集中した。


 「いや、俺の傍から離れるな。」


公平が清楽の指示を無視するよう、らいと美瑠久に伝える。

その言葉を発声している最中、既に公平は右拳を握って雷獣に飛び掛かっていた。殴り掛かる直前である。

しかし、公平の肉体が今まで歩いてきた補修された山道と、深緑生い茂る草木との境界線を空中で飛び越えた時、公平は音も光もなく消えた。


 その須臾の出来事の目撃時、清楽は二つの記憶を思い出した。

 一つ目は圭太が消え去った瞬間の詳細

  圭太の姿が公平と同じく道の脇に身体を差し込んだ、と同時に消えた映像が鮮明に再起される。

 二つ目は未知の言語を話す遭難者が発見、保護されたという話

  この白屋山でどの民族の言語にも当てはまらない言葉を話し、鎧を装着してる浮世離れした格好の人間が、登山客により発見され警察に引き取られたという噂じみた話


清楽はある仮説を立てた。

目の前の雷獣に目を向け直すと、再び放電の構えに入っている。


 「あの獣がいる目の前の茂みに飛び込め!攻撃が来る前に!」


自分の仮説が真実だと信じ、賭けにでた。


 以外にも先に行動したのは美瑠久の方だった。

圭太、公平と同様茂みに飛び込んだ瞬間に消える。

美瑠久と違い自分の頭である程度は考えてしまっているらいは、まだ混乱から抜け出せていない。

清楽より頭の回転が遅く、公平より反射神経が遅いらいには、他の三人の行動に思考が追い付かない。

 

 言葉で伝える猶予はないと判断した清楽は、らいの腕を掴み強引に茂みへと引っ張った。

らいは身長175㎝、体重83kgのガタイの良い男子学生だが清楽の腕引きに抵抗するという考えを絞り出す脳のリソースはもう残ってなかったため、難なく茂みに引き込むことができた。


 「俺の考えが正しければ!この山は別世界への出入り口となっているはずだ!!」


 らい、というより自分に言い聞かせるような形で叫びながら茂みに飛び込んだ。

目前の景色が一瞬で全く別のものへと変わる。


 明るい草原であった...

四人が異世界転移した場所は。



   つづく






読んでいたたぎありがとうございます!

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