星空の占い師
星屑による星屑のような童話。
お読みいただけるとうれしいです
空にいくつもの星が瞬く、静かな夜のことです。
『キャロット占い ラビィ』
星空の片隅にひっそりとたたずむ、そんな名前の小さなお店に、ひとりの少年がやって来ました。
「いらっしゃいませ」
元気なあいさつとともに、背もたれの付いた椅子に座りながら、いつもの明るい笑顔で彼を出迎えたのは白ウサギのラビィでした。人間の小学一年生くらいの大きさで、つぶらな赤い瞳に長いひげ、キラキラと光る白い歯が特徴です。
そしてここは、星の世界にある占いどころ。
占い師のラビィが、ここにやって来る子どもたちの質問にキャロット占いで答えるのが決まりでした。
「やあ、健太君だね。いつもありがとう」
「うん……」
このお店の常連さんらしい少年の名は、健太。この店に来るようになって、三年がたちます。
学校でも『生きもの係』をしているほどの動物好きですから、この店に通うようになったころも、ラビィともすぐに仲良しになれたのでした。ラビィも、学校での出来事を面白おかしく話してくれる健太のことが『にんじん』と同じくらい大好きなのでした。
ところが、今日の健太はなぜか浮かない顔をしています。
いつもの健太なら、まずは楽しげに学校の様子を話し出すところですが、今日はちがいました。ズボンのポケットから一本のにんじんをいきなり取り出すと、「これで占いしてよ」とぶっきらぼうに言い放ったのです。そして、ラビィの目の前にある白布のかかった丸テーブルの上に、ごろんと転がすようにしてにんじんを置いたのでした。
そんな健太の様子に、少しとまどったラビィ。
でもすぐに気を取り直すと大きくうなずいて、その短い二本の腕でにんじんの細い方を持ちました。それから、長くとがった前歯を器用に使って、目にもとまらぬ速さでにんじんを薄く切り始めたのです。
たちまち出来上がったのは、サラダ料理でよく見るスライスにんじんのような、丸い形をしたたくさんの『キャロットカード』でした。
占い師とはいえ、やっぱりラビィはウサギでした。
テーブルの上に広がった大好きなにんじん――キャロットカード――を見たラビィの顔が、まるで春のお花畑のように輝いています。
でもやっぱり、いつもと様子が違う健太君のことが気になって仕方ありません。キャロットカードに今すぐにでもかぶりつきたい気持ちを必死におさえつつ、ラビィは言いました。
「どうしたの、健太君。なんか元気ないね」
「……この前、お母さんが病気で入院しちゃったんだ。明日、手術を受けるんだけど、どうなるのか心配で心配で」
「それは大変だね……。だったら今日の占いは、そのことかな?」
「うん、そう。お母さんの病気がこれからどうなるのかを占って欲しい」
「わかった。じゃあ、占ってみるね」
たくさん並んだキャロットカードの中から、えいやと一枚だけ選んだラビィは、すぐにそれにかじりつき、ぱりぱりと音を立てて食べました。でも、全部は食べてしまいませんでした。食べかけのキャロットカードをテーブルの上に置いて、そこについたギザギザの歯型をしげしげと眺め始めたのです。
キャロット占いは、にんじんについた歯型の形で占うからでした。
その歯型を見た、途端。
悲しい目をして、ラビィがうなだれてしまいました。そして、それ見た健太の顔が真っ青になっていきます。
「どうだったの? ねえ、占いはどうだったの?」
健太が、ラビィに早く話すよう急かします。
けれどラビィは、「オイラ、それだけは言えないよ。言いたくない!」とだけ言うと、食べかけのにんじんを口の中に放りこんで、ツンとそっぽを向いてしまいました。
「なんだよ、ラビィ……。言いたくないのなら、言わなくてもいいさ。もう占いなんて信じないから!」
「それなら、もう何も言わない。でも、残りのにんじんはいただいておくね」
「ああ、かまわない。そうしておくれ」
目を真っ赤にした、健太。
くるりと半転すると「もう二度とこない」とつぶやいて、お店を飛び出してしまいました。
しばらく何も言えずにいた、ラビィ。
やがて、声を絞り出すようにして言いました。
「あーあ、うまく話せなかったよ。健太君と話せる最後の日だったのに……」
星の散りばめられたような景色の広がる窓の外を、ラビィは溜息まじりに眺めました。その真ん中にあるのは、青く光る地球よりも大きな、黄色い月。ラビィの瞳から透明な涙の粒がぽろりとこぼれます。
「オイラ知らなかったんだよ、健太君。君の誕生日が明日だってことを」
そうなのです。ラビィは、言えなかったのです。
キャロット占いで、明日の夜に開かれる健太君の十歳の誕生日パーティの中、『手術がうまくいったから、もうすぐお母さんは退院できるよ』と、お父さんがにこやかに話している様子が見えたことを――。
健太からもらったにんじんで作ったキャロットカードをテーブル脇のクローゼットに大事そうにしまったラビィは、肩を落として言いました。
「十歳になったら、ここには来られない――それが決まりだからね。大人の階段を上り始めた健太君に、もうここは必要ないのさ」
その晩、月はラビィの涙の海の中でぷかぷかと浮かびながら、淡く暖かく光り続けたのでした。
【おしまい】
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