運命の選択が見えるのですが、どちらを選べば幸せになれますか? ~私の人生はバッドエンド率99.99%らしいです~
「パッパラパッパッパーン!」
陽気な音を奏でるのはどの口ですか?
祝福の鐘を再現しているみたいだけど、こうも不愉快なのは生まれて初めてだ。
いいや……死んで初めてというべきか。
「おめでとうー! ついにコンティニュー三十回を突破だね~」
「……」
「これは中々の快挙だよ! 三十回も悲惨な最期を迎えたというのに、未だに魂を保っているのは君が初めてだよ」
「……」
彼女は軽快なリズムで私を称賛していた。
そう、彼女は褒めている。
褒めているのに……それがどうしようもなく腹立たしい。
なぜかって?
そんなの決まっている。
「お前が……」
「ん?」
「お前が全ての元凶か!」
「ぶっ!」
私は思いっきり彼女の頬をビンタした。
それはもう本気で、首を吹き飛ばしてしまおうと思ったくらい豪快に。
小柄な彼女は飛んでいき、そのまま地面なのか床なのかわからない白い縁にぶつかった。
「いったいなー! 女神のわたしをぶったね! 天使にもぶたれたことないのに!」
「うるさいわよ! 何が女神よ! 何がコンティニューよ! 全部お前が悪いんでしょ!」
「ちょっ、ちょっと落ち着こうか? 君ってまだ状況理解できてないでしょ? ほら、何でこんな何もない白い空間にいるのか、とか。女神って言ってるけどわたしは誰なのか、とか。そもそもコンティニューって、とかさ!」
「そんなのどうだっていいわ!」
確かに意味がわからない。
私はついさっきまでお屋敷にいた。
こんな何もない、ただ白いだけの空間なんて知らない。
目の前にいるうるさい女の子は誰?
綺麗な金色の髪に中性的な顔立ち、肌なんて見たことがないくらい白くて透き通っている。
とてもこの世の女性とは思えない神秘的な雰囲気で、ちょっと幼い容姿だけど、女神様とか天使様と言われたら納得してしまう。
コンティニューなんて言葉は知らない。
三十回という回数には心当たりがあるから、たぶんやり直しって意味だと思うけど。
そんなこと……そんな些細なことなんて知らない。
どうだって良い。
私が激しく怒っているのは――
「私にへんてこな能力を与えたのはお前か!」
「さっきから口悪いな~ 仮にも貴族の令嬢がそんなんじゃ駄目でしょ?」
「関係ないわよそんなこと! だって私はもう死んでるんだから!」
「あ、一応そこは覚えているんだ」
彼女は感心したように何度も頷く。
当然だろう。
自分が死んでしまったことくらい理解できている。
何度も見て、経験しているから。
「へんてこな能力ってのも勘違いだよ~ あれはわたしから君へのプレゼントさ。バッドエンドを回避して、唯一のハッピーエンドへたどり着くためのね」
「何がハッピーエンドよ……そんなのないじゃない! 私が……私が何回死んだと思ってるのよ!」
「だから三十回だろ? さっき祝福してあげたじゃないか」
「祝われることじゃないのよ! 人が何度も死んでるのに楽しそうに……他人事みたいに!」
頭に血が昇っている私は、怒りのままに言い散らす。
そんな私を見ながら、彼女は呆れたように笑う。
「他人事だよ。わたしには直接関係ないことさ。君が死のうと生きようと、結局のところわたしには関係ない。ただわたしは興味があるだけさ」
「興味……?」
「そう。君のハッピーエンドが見てみたい。ただそれだけだよ」
「何を言って……」
彼女の言葉に嘘はなかった。
何の根拠もなく、感覚的にそう思っただけなのに、私の怒りはふわっと消えていく。
燃え上がった炎が弱まって、荒々しくなっていた呼吸も落ち着いてくる。
そうしてようやく、状況の整理に頭が使えるようになってきた。
「私は……何度も死んで、やり直してきた」
「うん、ちょうど三十回目だ。記念すべき数字だから、ちょっとお話もしたくて君を呼んだんだよ」
「……これも貴女の力なの? 死んでやり直すなんて聞いたことない。何で私にこんな力が……」
「ふふっ、ようやくお話を聞いてくれそうになったね」
彼女はニヤっと微笑んで、二つの椅子を生み出した。
何もない所に光が集まって、椅子の形に変化した。
普通にありえない光景だけど、驚きはしない。
今いる場所、私が経験してきた三十回の死、それら全てがありえないことの塊だから。
私たちは座る。
向かい合って腰を下ろし、彼女が話し出す。
「まず誤解を解いておこうか? やり直しに関してはわたしの力じゃない。そもそもあれは力というより定め……いや、呪いと言うべきかな?」
「呪い……」
彼女はこくりと頷き説明を続けた。
まず大前提に、君は悪くない。
君は何も悪いことなんてしていない。
君に罪があるから、わたしが意地悪をしているとかじゃないんだ。
悪いのは君のご先祖様だよ。
ちょうど千年前、君のご先祖様は大罪を犯したんだ。
内容は教えられないけどね。
それはそれはもう恐ろしいことをやってしまったよ。
人々は怒り、恨み、世界すら震えた。
そいつは罪人になって地獄に落ちたんだけど、人々の恨みは治まらなかった。
犯した罪の大きさ故か、そいつの死だけじゃ償いきれなかったんだ。
だから罪の償いは次の世代へと引き継がれた。
本人じゃ償いきれないから、そいつと縁が深い人が代わりに償えってね。
それでも足りなかった。
次の世代、また次の世代へと受け継がれている罪。
「それは今、君の代になっても消えていない。むしろ時間をかけすぎて罪がより濃くなってしまっているんだ」
「だ、だから何度もやり直して、罪を償わせようと……しているの?」
「そう。そして百回繰り返したのち、君の魂は地獄へ落ちる」
「……そんな……」
ご先祖様が犯した罪。
その清算のために、子孫まで呪われているというの?
「そんなの……そんなの――とばっちりじゃない!」
「その通りだよん」
私はまだ十六歳。
成人になったばかりで、人生はまだまだこれからだ。
と、思ってた時期もありました。
三十回も終わりを経験したら、そんな希望に満ちたような考え方なんて出来なくなる。
そう、私はすでに三十回死んでいる。
うち八回は病気で、十七回は他殺で、五回は事故で死んでいる。
一番最初は忘れもしない。
家族との食事中、私に出された飲み物に毒が入っていて、気づかず飲んでしまったが最後。
苦しみながら死んだ。
それと同時に、目覚めた私は驚愕した。
生きていることにではなく、その場面があまりにも印象的だったから。
それから三十回、私は死んだ。
どんな選択をしようと、変えようと努力しても死んでしまう。
安らかに死ねる結末なんてなかった。
苦しみながら、絶望しながら死んでいく。
私が一体何をしたのか。
何度も何度も自分に問いかけて、後悔しながらやり直してきた。
それが全部……
「そのふざけた先祖が原因ってこと!?」
「うん。君は先祖の罪を引き継いでいるのさ。だから呪いかなって言ったよね?」
「何が呪いよ! 完璧にとばっちりじゃない!」
「うん」
彼女はあっさりと頷き肯定した。
さっきも自分で言っていたけど、本当に他人事としか思っていない様子。
その態度は腹立たしいけど、今はそれ以上に先祖に腹が立つ。
「君はその呪いの所為で、普通の人生は送れない。人生には無数の選択肢があって、それぞれに終わりがある。その終わりには良い終わり方、悪い終わり方があって、大体半々くらいなんだけど……」
そう言って彼女は、右手の人差し指と親指で小さな丸を作る。
「君の場合は、良い終わり方がほぼゼロなんだ」
「ゼ、ゼロって……じゃあどれだけ頑張っても悲惨な終わり方しかないってことなの!」
「違う違う。言っただろう? ほぼ、ゼロなんだ」
「ほぼ?」
続けて彼女は右手人差し指をピンと立て、空中に数字を書いていく。
ピンク色の光で描かれた数字は……
「99.99%?」
「悪い終わり方、バッドエンドになる確率だよ」
「……は?」
「ざっくりいうとね? 君の終わり方って一万通りくらいあるんだ。そのうち良い終わり方、ハッピーエンドは一つしかない」
一つ……しかない?
一万もある終わりの中で、幸せな最後は一つだけ?
「そ、そんなの……どうやってたどり着けばいいのよ。無理じゃない!」
「無理だね普通。だから君に力を与えたんだ」
私はその言葉にハッとする。
彼女が口にした力を、私は知っている。
これまで何度も目にして、選んできた。
「選択肢が見える……力」
「そうっ! いわば運命の選択肢! 選んだ選択肢によって君の未来は大きく変化する! わたしが与えたその力で、正しい選択肢を選び続けることが出来たなら、君は一万分の一の幸せを掴めるんだ!」
彼女は小さな身体を大きく見せるように、両腕を目いっぱいに広げて語る。
運命の選択肢。
正しく選び続けることで、唯一の幸せへたどり着けるかもしれない。
どちらにしろ確率的には変わらず、無理難題であることは確かだった。
それでも少しだけ、ほんのわずかに希望が見えた気がする。
「わたしからの説明は以上だよ。他に何か聞きたいことがないなら、三十一回目に挑戦してもらうけど良いかな?」
「え、あ、ちょっと待って! 今まで成功した人はいるの?」
「いるわけないじゃん! 大抵は百回まで精神が持たずに崩壊して、勝手に地獄へいく道を選ぶんだ。三十回越えられたのは君で二人目だよ」
二人……もう一人はいるんだ。
「それに選択肢が見える力も、普通は持ってない。君は特別、罪からちょうど千年経ちました記念でわたしが与えただけなんだよ」
「そ、そうなの?」
特別という言葉よりも、庶民の商店街で見かける売り文句みたいな理由にはイラっとする。
「記念って何よ記念って」
「ああ、言い方が悪かったね。これはチャンスなんだよ。普通は選択肢なんて見えないし、何度も死を繰り返すことで精神が摩耗する。そのどちらも覆せる君だけは、唯一罪の清算から抜けられる可能性を持っているんだ」
「でも、一万分の一で、あと七十回繰り返したら地獄行きなんでしょ?」
「そこは変えられないよ。恨みならご先祖様を恨んでね?」
彼女はそう言ってウインクをした。
一々あざとい身振り手振りには腹が経つけど、確かに恨むべきはご先祖様だ。
私が三十回……もしかしたらそれ以上に経験する死の苦しみは、全て遠い過去に馬鹿が犯した罪のせいなのだから。
本当にいい加減にしてほしい。
でも、そこから抜け出せる可能性があるのなら。
地獄になんて落ちたくない。
「ありがとう女神様。私にチャンスをくれて」
「いいのさ~ わたしだって見てみたいんだ。君たち罪ある者の末裔がたどり着く幸福が、どんな景色なのか」
「良いわ。私が見せてあげる」
まだ理解できない部分もある。
ただ一つわかったのは、彼女の言う償いは、ハッピーエンドにたどり着くことだ。
罪を犯し、償えなければ地獄に落ちる。
そのサイクルを抜け出せるのは、私自身が幸せな最期を迎えることだけ。
だから私はやり直す。
一万分の一を掴むために。
◇◇◇
やり直しには条件がある。
三十回繰り返すことで、私はそれを知った。
一つ、私の死を引き金にしてやり直しが発生する。
二つ、その死がどういう理由であるかは関係ない。
三つ、再開する地点は一番最初に選択肢が出現したところ。
この三つの事実が、今のところわかっているやり直しの条件。
もしかしたら他にも条件があるのかもしれないけど、今はこれだけしかわからない。
何もわからなかった最初より、随分と冷静に考える余裕が出て来た。
今の私は、まだ死んでいる。
暗い闇の中で意識だけが浮かんでいる状態だ。
いずれお迎えがくる。
死者の国へではない、生者が暮らす現世へ。
◇◇◇
「アイリス、君との婚約は解消させてもらえないかい?」
「……」
ああ、戻ってきた。
私にとってのスタート地点。
貴族や王族が親交を深めるために催されたパーティー。
そこで私は、婚約者であるウェールズ様から、突然の婚約破棄を申し出されたんだ。
「婚約の……解消ですか?」
「そうだよ。君の婚約者になって三年、長い付き合いになったがそれも今日までにしたい」
ウェールズ様は淡々と語る。
男なのに肩まである長い髪をさらっとなびかせ、芝居がかった口調や振る舞いは、貴族の中でもちょっぴり格好付けが過ぎている。
それでも私の婚約者。
良い所もたくさん見つけてきた。
だけど……
三十回も見せられたら、さすがに恋も愛も感じなくなる。
最低で酷い男だ。
こんな大勢の一目がある中で、平然と婚約破棄を申し出てくるんだから。
それも慣れてしまえば、ああこの程度かと思ってしまうけど。
「さぁ……」
そろそろ出てくる時間だ。
【運命の選択肢】
①食い下がって理由を問い質す。
②潔く受け入れる。
私の目の前には今、二つの選択肢が浮かび上がっている。
黄色く四角い枠に書かれた十数文字。
どちらかを選ぶことで、この先の展開が大きく変わる。
制限時間は約一分(前に数えた)。
時間内にどちらかを選択しなければ、強制的に死へ繋がる。
一度選ばなかった時は、その場で心臓が苦しくなって倒れた。
浮かんでいない選択肢は選べない。
選んでいる間、世界の時間は制止し、私だけが考え動くことが出来る。
「どうしようかな」
一つ前の時は、選択肢②を選んだ。
この選択一つで生死が決まるわけじゃないけど、片方を選べばもう片方の可能性は消えてしまう。
どういう風に選択肢が次へ繋がっているのか定かじゃないから、ここの選択次第でハッピーエンドが不可能になることだってあり得る。
慎重に、深く考えて選びたい所だけど……
「うーん、結局どっちも失敗してるのよね……」
「じゃあ前回と逆で良いんじゃないかな?」
「それもそう……え?」
不意に隣から声が聞こえた。
私以外は干渉できない時間、そして見えていないはずの選択肢。
どうしてという疑問は、視線の先に答えが見つかった。
「やっほー!」
「あ、貴女はさっきの女神様!?」
「そうだよ~ そういえば名乗ってなかったね? わたしはヘルメス、よろしくね?」
「よろしくお願いします……じゃなくて何で?」
どうして彼女がここにいるの?
しかも何だか身体が小さい。
私の顔よりも少し小さいくらいの背丈で宙に浮いている。
「いや~ せっかくだし近くで見届けたくてさ~ って、それより早くしないとバッドエンドだよ?」
「え、ちょっ」
残りは大体十秒くらい。
選ばなければそのまま死んでしまう。
私はわけのわからないまま、疑問を抱えたまま①を選択した。
止まっていた時間が動き出す。
「どうしてですか? なぜ急に婚約解消なんて……理由を、理由を説明してください!」
私が選んだ①は、突然の婚約解消に動揺して、彼に理由を問いただすというもの。
選んだあとは勝手に口が動く。
身体も動く。
すでに知っていることでも、私の口は問い質してしまう。
そして、次に彼が何と答えるかも当然知っている。
「理由は単純だよ。君と僕の間に愛がなかったからだ」
「愛が……」
「そうだろう? なぜなら僕たちは、家同士が勝手に決めた婚約に従っていただけ。王族の血を引く君と、五大貴族の家に生まれた僕。確かに肩書きだけならお似合いだ。でもそこには愛がない。僕は将来結ばれる相手は、貴族としてではなく一人の男として選びたいんだ」
ウェールズ様は熱く語っている。
けれど、私はもう知っている。
その言葉のほとんどが、嘘で塗り固まっていることを。
愛?
一人の男として?
そんなのは全部嘘で、適当に作った理由に過ぎない。
彼が私との婚約を解消したいのは、彼に言い寄ってきた一人の女性と結ばれるため。
その女性が、彼の後ろから顔を出す。
「僕は彼女を、君の妹のシーラを選んだんだ」
「ごめんなさいお姉さま。どうか怒らないでください」
「シーラ……」
彼女は申し訳なさそうに顔を伏せる。
それも演技だと知っているし、これまで見てきたから何とも思わない。
ただ何度経験しても、憐れみを含んだ周囲の視線には慣れない。
「本当……最悪の始まりだわ」
私は小さな声でぼそりと口にした。
聞こえていたのは、私の隣で浮かんでいるヘルメスだけだろう。
彼女はニヤニヤしながら、落ち込む私を見ていた。
◇◇◇
グリムドーナ王国。
世界最大の人類国家であり、歴史上もっとも長く続いた国でもある。
人口、軍事力、文明、どれをとっても他国に並ぶ者なし。
その理由の一つは、種族や生まれに関係なく、知恵と力ある者たちを受け入れてきたからだ。
故に王家の血にも、人間ではない種族の血が混じっている。
別名自由の国。
私の父は現国王だ。
国王は多くの妻をめとり、その間に子を成した。
全員で八人。
そのうちの一人、王女としては二番目、子としては六番目に生まれたのが私アイリス・グリモア。
男女交えて生まれた順番通りの序列によって、第六王女という風に呼ばれている。
王族と言っても、他の貴族より少しだけ高貴な立ち位置というだけだ。
特別な待遇を受けたり、崇められたりすることもない。
だからこそ、今みたいな状況も容易に起こりえる。
「ごめんなさいお姉さま、もっと早くにお話をするべきでした」
「シーラは悪くないさ。僕が話すのを躊躇って、今日まで先延ばしにしてきたんだ。責めるなら僕を責めると良い」
「ああ、ウィリアム様。なんとお優しいのでしょう」
「君こそ、僕のためにありがとう」
私は一体、何を見せられているのだろうか。
たった今婚約破棄を言い渡した男と、実の妹がイチャイチャしている。
もっとも、シーラと私は母親が違うから、腹違いの姉妹ということになるけど。
そして彼女は第八王女。
国王の血を引く子供の中では末席だ。
「お二人は……いつから?」
知っているけど、一応流れとして聞いておく。
ウェールズ様が答える。
「半年ほど前からさ」
「そんなにも前から……私のことを謀っていたのですか?」
「謀った……か。確かにその通りだよ」
彼は否定しなかった。
潔いといえばそうだが、半年もの間浮気をしていた事実は変わらない。
どちらかといえば開き直ったのだろう。
「どちらが先に……お声をかけたのです?」
「それ以上は答えられない」
別に答えなくても知っている。
最初に声をかけたのはシーラだ。
彼女は昔から、私や他の姉弟に強い対抗意識を向けていた。
事あるごとに張り合って、私の持っている物を奪おうとすることもあった。
今回のことだって、彼女にはまだ婚約者がいなくて、私にはウェールズ様がいた。
ウェールズ様は五大貴族の一人、相手として申し分ない。
シーラが当初、他の五大貴族に声をかけていたことも知っている。
それを全て断られたから、私から奪う選択をしたんだ。
「もう良いかな? 君と婚約者として会うのは、今日が最後だよ」
「ま、待ってください!」
私は手を伸ばす。
待たなくても良い。
ただの演技だから。
「さようなら、アイリス」
「ウェールズ様!」
さようなら。
この別れの言葉を、私はあと何回聞けばいいのだろうか。
◇◇◇
第六王女である私は、王城の敷地内にある別宅で暮らしている。
王城内で暮らしているのは、お父様とお母様だけ。
子である私たちは、それぞれに屋敷を与えられ、専属の護衛や使用人たちを暮らしていた。
屋敷の自室に戻った私は、ベッドの端に腰掛ける。
「はぁ、疲れたわ」
「本当にお疲れだね~」
「で、説明してくれるのかしら?」
私はギロっと彼女を睨んだ。
「おー怖い怖い。女神のわたしを睨むなんて、それだけで罰が当たるよ?」
「今以上の罰なんてあるのかしら?」
「それもそうだねっと」
彼女はくるんと空中で一回転して、初めて会った時と同じくらいの身長に変身した。
「うーん! 小さい身体も新鮮だけど、こっちのほうが落ち着くね」
「そんなことは良いから説明して」
「もうせっかちだな。仮にもお姫様がそんなんでいいのかい?」
「良いのよ。そういう国だから」
もちろん人前ではお姫様らしく接するし、言葉遣いだって整える。
だけど、生き方は自由に決めて良い。
何を選ぶも本人次第。
それがこの国での生き方で、私たちはそれに従っている。
「わたしは自由過ぎるのも良くないと思うけどな~」
「いいから話してよ。どうしてヘルメスがここにいるの?」
「いきなり呼び捨て? まぁいいや、さっきも言ったけど、君の選択を近くで見たくなったからだよ」
「それだけのためにわざわざ?」
仮にも女神さまが、一個人に興味をもって見に来てしまう。
どっちが自由なのかわからなくなる。
「もちろんそれだけじゃなーい! 君に伝え忘れたことがあったんだよ」
「え?」
「やり直しのルールについてさ。一番大切なことを伝え忘れていたんだよ」
「一番大切なこと? 何よそれ」
私が尋ねると、ヘルメスはもったいぶるように間を空ける。
大きく長く息を吸いきって、長く吐き出してから口を開く。
「君がやり直していることは、他の誰にも話してはいけないよ?」
「どうして?」
「もし話して、相手が信じてしまったら……君の運命にその人も巻き込んでしまうからさ」
ヘルメス曰く、私は本来の運命から逸脱した位置にいるらしい。
だからヘルメスも見えるし、話も出来る。
存在からずれている私を知り、真実を知ってしまった場合、その人もこちら側に引き込まれる。
つまり簡単に言えば、その人は私と一心同体みたいな関係になってしまう。
「君が不幸になれば、その不幸を共に受ける。たとえその人に関係ない事柄であっても、知ってしまえば巻き込まれる」
「私が死んだら、その人も死んでやり直すってこと?」
「そう。そして最後は共に地獄へ堕ちるんだ。まぁ別に、それでもいいなら話していいよ。さっきは禁忌みたいな言い方をしたけどさ? 相手がそれでも良いと受け入れるなら、わたしは止めない」
「そんなの……」
受け入れるわけない。
無関係なのに、何度も死んで、何度もやり直して。
低すぎる確率を目指して、失敗すれば地獄に落ちる。
そんなことを受け入れるとしたら、よほどの愚か者か……あるいは。
「わかったわ。私は一人で乗り越えないといけないのね」
「そういうこと!」
何だ。
それなら別に良いじゃないか。
最初から……私は一人で挑む覚悟をしていた。
運命に。
ご愛読ありがとうございます。
もし面白い、続きが気になると思ってくれたなら、ページ下部の☆☆☆☆☆から評価を頂けると嬉しいです。
作者頑張れ!っという方もぜひ!