骨者改めアリス、スカルケルベロスを喰らう
タイトルを変更しましたm(_ _)m
前話のあらすじ:「∑(๑ºдº๑)!!無いのじゃ!(股間を見ながら」
…………。
「( T ^ T ) 無いのじゃ……(胸を触りながら」
脳内に浮かぶステイタス擬きに、わしはもう一度意識を向ける。
名前がハテナマークじゃった時は焦ったが、わしの名前がアリスとして固定された今は別の事が気になっておる。
♦♦♦♦♦
名前:アリス
性別:女
年齢:252歳
種族:魔神アバドン
状態:祝福(神)
魔神気:喰らえば喰らうだけ無限に増える
魔力:魔神気からの変換
強度:人間の少女並
権能:【冥獄】【天照(封)】【兇嵐(封)】【月輪(封)】【劫焰(封)】【大地(封)】【武神(封)】【神喰】
魔法:冥焉魔法 生命魔法 黒魔法 付与魔法 聖魔法 錬金魔法 輝煌魔法(封) 颶風魔法(封) 皇水魔法(封) 闇月魔法(封) 赫焰魔法(封) 崩土魔法(封)
技能:真贋一刀流剣術 アドレア式戦闘術 雷華流水拳 盾無双 鍵開け 罠技術 隠形術 暗殺術 仙流槍術 身体強化 杖術 棒術 短剣術 武神技(封) 悪食 食奪 食強化
異能:魔神眼←new 三種の魔神器←new
♦♦♦♦♦
以上が今現在のわしのステイタスなのじゃ。
魔神アバドンとして生まれたてゆえ、ステイタスにもある通りに人間の少女並の力しか持っておらぬ。
それは良いとして──まず分からないのは、何故に魔神アバドンのわしに神の祝福が与えられておるのか。
魔王よりも上の存在である魔神ならば、神の呪いを与えられはしても祝福なぞ与えられるはずがないのじゃ。
「ううむ。何故にわしに神の祝福があるのじゃ? 何となくじゃが、わしは呪われておった気がするのじゃが……」
『それは恐らく、アリス様が魔神アバドンとして誕生した事を神も祝福されてるのでしょう。つまり、世界はアリス様の物であると神が認めた証拠ですな。アリス様が呪われてるのであれば、この世の全ては呪われて然るべきはず……なので、アリス様がその様な事を気にする事はありませんな』
「……じゃと良いのじゃがな」
わしの小声の呟きにも律儀に答える動くミイラのテレス。
随分と見慣れたからか、今では細かな表情さえも分かる様になってきたのじゃ。
差し当って今は『少しでも主人に気に入られようと努力し、それを認められて嬉しい』といった顔をしておる。
……本当に分かる様になったのじゃぞ?
まぁテレスの顔の事はどうでもええわい。気にするだけ無駄というものじゃし。
祝福についてもそうじゃな。祝ってくれると言うならありがたく受け取っておこう。
わしのステイタスで次に気になるのが魔神気と魔力についてじゃ。
魔神気は『喰らえば喰らうだけ無限に増える』とステイタスには記されておるが、これは何を喰らえば良いのじゃ?
普通にご飯を食べれば良いのか?
魔神アバドンとして世界の併呑という目的はあるのじゃが、その字面をそのまま受け取ったダジャレなのじゃろうか。
わしの経験上、一人で悩んでも分からない時は人に訊くのが一番じゃという事は知っておる。
という訳で、さっそくテレスへと訊いてみるのじゃ。
「なぁ、テレスよ。わしの能力に魔神気というものがあるんじゃが、どうやらその魔神気が魔法を使う為の魔力に必要らしいのじゃ。しかも、喰らえば喰らうだけ無限に増えるとなっておるのじゃが、いったい何を喰らえば良いのかテレスは知っておるか?」
『ふむ、そうですな……。魔王アバドンと言えば、『世界の全てを喰らう者』と言い伝えられております。これは人間達の恐怖から来る喩えでしょうが、それよりも存在の次元が上である魔神アバドンのアリス様ならば、実際に全ての者や物を喰らう事で力へと変える事が出来るやもしれませんな』
うむ、テレスでもやはり分からぬか。
じゃが、テレスは本気でわしが全ての物や者を喰らえると思うておるようじゃ。
いくら魔神とて、無理なものは無理じゃぞ、テレスよ?
わしが何でも喰らえるのかはともあれ、魔神気の可能性については未知数じゃ。
ついては、色々と試して検証せねばなるまいて。
「……わしのこの小さな口と体で本当に色々と喰えると思うておるのか? まぁ、その辺は追い追い検証するしかない様じゃな。ともあれ、まずは魔神気を使えるかどうかを試す事が先決か。────ふぬッ!!」
そう独り言ちたわしはテレスから少しだけ離れ、さっそくとばかりに魔神気を身体から放出してみる。
うむ、身体の周りにうっすらとだけ黒銀光の膜の様なものが見えるのじゃ。
恐らくこれが魔神気なのじゃろう。
ちなみに魔神気を放出する感覚は大きい方を踏ん張る感覚に似ておる。
何も口にしておらぬゆえ今回は出なくて幸いじゃったが、魔神気の放出に慣れるまでは催してる時の戦闘に注意が必要じゃな。
汚い話はさておき、わしの身体をうっすらと覆う魔神気を見ながらテレスは口を開く。
『それが魔神気というものですな。確かに魔力や闘気などとは違う気配を感じます……! しかも瘴気よりも禍々しいのに、神々しさを感じるのは不思議ですな。しかし、私の身体にも力が漲って来るのは何故でしょう? アリス様の臣下ゆえに、でしょうかね』
わしの臣下はともかく、魔神気に触れてもいないのに力が漲るとテレスは言いおった。
わしがテレスに祝福でも与えておるならば分かるが、忠誠を誓っただけでそんな影響があるなどと言う馬鹿な話はさすがにあるまい。
とは言え、もしやそんな事もあるのじゃろうか?
じゃがそんな事を言うテレスの顔を眺めてみれば、確かに幾分かは肌に張りが戻って来ておる気がするわい。
……まぁ、テレスは動くミイラゆえに張りが戻ったと言っても微妙じゃがな。
しかし何故かと思い目を細めて良く見てみれば、わしの魔神気からテレスの身体へと細い糸の様なものが伸びて繋がっておる。
これも魔神気かのぅ?
とすれば、先程テレスめからローブという名のボロ切れを渡された時じゃな。
あの時テレスめがわしの身体に触れたゆえに紐付けされたという訳じゃの。
──ん?
待てよ?
閃いたのじゃ!
魔神気で相手と紐付けされるのであれば、そこから相手の力を吸い取る事も可能やもしれぬ!
となれば──
「となれば、じゃ。紐付けされておれば魔神気にて力を与える事が可能なのじゃから、その逆もまた然りな筈じゃ。今は何も考えずに魔神気を放出したゆえ、テレスに力を与える結果となった。ならばそこに力を奪う、または力を吸う──喰らうというイメージを加えればどうじゃろうか。────うむ、何となくじゃが出来そうじゃ! 良し……喰らうイメージ、喰らうイメージ……──これでどうじゃ!!」
──一度言葉に出して再確認した後、僅かながらも放出されておる魔神気に、わしは力を喰らうというイメージを加えてみる。
すると──
『な、何と!? 千年以上ぶりに戻った肌の張りが、見るも無惨な乾燥ミイラに逆戻り! ……よりも酷いですな!? あ、アリス様! これ以上はお止め下され! 私が消滅してしまいます!』
「お、おぉ!? す、スマン! 今すぐ魔神気を引っ込めるわい!」
──わしの目論見通り、魔神気にて相手の力を喰らう事が可能と分かったのじゃ。
それに、テレスから力を吸い上げた事で僅かながらもわしの力が増した事も分かったのじゃ。
つまり、わしの力の源とは魔神気という事じゃな。
魔神気が増えれば、人間の少女並となっておる強度も恐らくは増えるという事じゃろう。
となれば、人間の少女並の力しか持たぬ今のわしが力を高めるには、先ず喰らうべき相手を弱らせる必要があるという事じゃな。
今のわしは身体から数センチ程度しか魔神気を放出出来ぬゆえ、元気満々の魔物などを喰らおうと不用意に近付けば、あっさりと返り討ちにあってお終いじゃろう。
魔神アバドンとして生まれて、何もせずに力尽きてこの世を去るのはさすがに情けないのじゃ。
せめて歴史に名を残す程度には頑張りたいと思うのはわしのエゴかのぅ?
まぁ、魔神気についてはこれで良いじゃろう。
次は魔神気を魔力に変換についてじゃが、これは何となく感覚で分かるのじゃ。
この世界……つまりアースに生きる全ての者は魔物を含め、体内に魔力器官というものを持っておる。
魔法とは、その魔力器官に蓄えた魔力から使用する魔法に応じた魔力を取り出す事で自然の理に干渉し、そして術者の思う通りに作用を及ぼす事を言うのじゃ。
まぁ、今は魔法の事は置いとくとして、じゃ……通常、魔力器官に魔力を蓄えるには細胞から微弱に生まれる魔力を練り上げる必要がある。
そして練り上げた魔力を魔力器官にて一定期間寝かせる事によって、魔法のエネルギーである【マナ】へと昇華させておるのじゃ。
ゲームなどで言うMPとはつまりマナポイントの事じゃな。
じゃがわしの場合は違う。
どうやらわしは、魔神気を直接魔力器官へと流し込み、そこで魔力を寝かせる必要もなくマナとして変換する事が出来る様なのじゃ。
つまり、通常の者が魔法を連発した挙句の果てにマナ切れを起こす所を、わしは魔神気を魔力器官にて直接マナに変換する事によってマナ切れを起こさずに魔法を放ち続ける事が可能という事じゃ。
それでも、仮に魔神気が底をついたのであれば例え魔神であるわしでも魔法を使う事は適わん。
しかも、今はその魔神気も限りなく零に等しい訳じゃ。これでは魔法を使おうにも使えんという事じゃな。
そこで、わしの力の源と言うべき魔神気を増やすという話に戻るのじゃ。
魔神気が増えれば、わしの強さ……つまり、強度も増す。
そして魔神気が増えるならば、魔力も自然と増える事を意味する訳じゃ。
ちなみにじゃが、魔力を蓄えてマナに変えるのが魔力器官ならば、わしの魔神気はどこに蓄えておるのかと言うと、魔神気はわしの心臓にてある程度を蓄え、それ以外は体内を血液と共に流れておる様じゃ。
当然、骨の中にも流れておる。
この小さな身体じゃ魔神気を蓄えたとしても高が知れとる、じゃと?
そこは安心するが良い。
何故ならば、魔神気は凝縮する事も可能ゆえにそれなりの量を蓄える事が可能じゃ!
魔神気の極限量がどれ程かは未だ分からぬが、魔神気とマナの関係を重さで例えるならば、魔神気1gをマナに変換するとおよそ1t相当になるはずじゃ。
つまり、魔神気1=1,000,000マナとなる。分かり易く表記すれば100万マナじゃな。
そして100マナ=神級魔法一発分と換算すると、わしの魔神気の量がそれ程蓄えられなくても充分じゃと言えるはずじゃ。
ちなみに何故わしがそんな事を理解しておるかと言うと、不思議と分かるのじゃ。
これは恐らくアレじゃ。
なんと言うたかのぅ……?
…………。
──ッ!!
おぉ、そうじゃった! アカシアの記録とかアカシックレコードとか言われとったアレじゃ!
そう、つまりはそのアカシックレコードから不思議な力が流れて来た結果、わしは詳しく理解出来たっちゅう事じゃな!
…………。
うむ、嘘じゃ!
…………。
魔神気からマナへの変換についてじゃが、本当の所は何となく理解しておると言った所かのぅ。
本能的に理解出来た、が恐らく正解じゃ。
ともあれ魔神気と魔力、それに魔神気を増やす為に喰らう事は何となく理解したのじゃ。
これでわしのステイタスについての考察は終了かの?
……ん?
「なんじゃと!? どういう事じゃ、コレは!?」
『どうしましたかな、アリス様? 魔神気の放出をやめて下さってから神妙な顔付きで何やら考え事をしていた様ですが、今度は何について驚いておいでで?』
脳内に浮かぶステイタス擬きの考察に見落としがないかを確認した所、最後の異能欄にてそれを発見した。
わしの記憶が確かならば、さっきまでそこには『三種の神器』とだけ記されておったはずじゃ。
しかし今気付いたのじゃが、その異能欄には何と『魔神眼』と『三種の魔神器』の二つが記されておったのじゃ。
その事に驚いてわしは声を出してしまった訳じゃが、さすがはテレス……わしの第一の臣下と豪語するのは伊達じゃないわい。すぐに声をかけてわしを落ち着かせてくれおる。
「う、うむ。わしの能力についての考察を終わりにしようと思うておったのじゃが、最後の最後で気になる事があったのじゃ」
『ほう。して、それはいったいどの様な?』
「わしの能力に『三種の神器』があった事はテレスも知っておるな? その『三種の神器』が『三種の魔神器』となっておったのじゃ。となれば、じゃ。これは詳しく調べてみんとどうなっておるのか分からぬという事じゃよ」
わしは先ず、テレスにそう説明した。
魔神眼については恐らく今のわしの目玉についての事じゃろうから今回は省くとする。
いずれは魔神眼の検証も必要になって来るかもしれぬが、現在は特に気にする事もあるまいというのが本音じゃな。
魔神眼はさておき、三種の神器の能力については何故か詳しく分かっておった。
神器と言うだけあって、〈天叢雲剣〉〈八咫鏡』〉〈八尺瓊勾玉〉の三つの道具が元になっておる。
それぞれがわしの魂と深く結び付き、今では道具としての形は無く、その能力の行使だけとなっておった。
先程わしの姿を確認した鏡の様にの。
『なるほど。その『三種の魔神器』の力を理解しておかねばいざという時に困る、と。さすがはアリス様ですな。備えあれば憂いなしとも言いますし、その検証も兼ねて、さっそく魔神の間を出て【スカルケルベロス】を喰らいに行きましょう』
ぬ? 何を言うておるのじゃ、テレスは?
三種の神器はわしの奥の手とも呼べる力じゃった。
それが三種の魔神器なるものに変わっておったからこそ詳しく検証し、いざという時の為に備えようとしておるのに、テレスはその事を分かっておるのかの?
敵を斬ろうと〈天叢雲剣〉の力を行使した結果、敵がパワーアップしたなどという事があってはならぬのじゃぞ!?
「のう、テレスや? わしの話を聞いとったかのぅ? わしはこの場で検証をしようと思うておったのじゃが、テレスはわしの意見は聞けぬと申すか?」
『ですから、私がサポートしますゆえ、スカルケルベロスを相手に検証致しましょうと申し上げているのです。こう見えて私、実は不死の王と呼ばれる程の魔物……種族名リッチなのです! 私のサポートがあれば、例え古代竜だろうが七大魔王だろうがアリス様を勝たせる事も容易いのです! という訳で、さぁ! 行きますぞ、アリス様!!』
文句を言うわしに対し、テレスはそう言うなり近付いて来おる。
スカルケルベロスの所に行くにしてもじゃ、テレスや。わしはまずは検証が必要と思うてそう言っておるのに──
──ッ!?
「うわっ!? ちょ、ちょっとま、待ってくれい……って、ぬおおおお!!?」
枯れ木の様な身体のどこにそんな力があったのか、テレスはわしを小脇に抱えると、颯爽とわしの居間から出て転移陣のある神殿入口へと向かいおった。
しかも、凄まじい程の移動速度で、じゃ。
わしの神殿の廊下を、いくらわし自身が真っ直ぐに創ったとは言え、わしの居間から神殿入口までは歩きで小一時間はかかる。
そこをテレスはわしを抱えながらも僅か五分程で移動したのじゃから、その際のわしの悲鳴も分かるというものじゃろう。
『転移陣に乗りますゆえ、アリス様は決して暴れぬ様にお願いします。アリス様が暴れて、それでもしも私がアリス様を離そうものならば、もしかしたらアリス様だけとんでもない場所へと飛ばされてしまう可能性もございますので。……そう、例えるならば、溶岩が溢れる火山の火口の中、とか』
「ひぃっ!? は、離さぬ! それに大人しくもするゆえ、テレスもわしを決して離すでないぞ!?」
『ほっほっほ、お任せなさいませ。では、参りますぞ!』
わしの神殿の入口である転移陣の前でテレスに脅されたわしは、リッチゆえの枯れ木の様なテレスの体にしがみつく。
わしが確としがみついた事を確認し、転移陣の上に歩を進めるテレス。
すると紫光が転移陣より迸り、次の瞬間には、迷宮【奈落】の最下層の小部屋へと移動しておった。
『さ、着きましたぞ、アリス様。この魔神の神殿への転移陣がある小部屋から出て真っ直ぐ進み、突き当たりを左に向かえば、そこがスカルケルベロスの間となっておりますな』
転移陣の紫光が消えた後、小脇に抱えておったわしを床に降ろしたテレスは説明する。
うむ、何となくじゃが、わしもそれは知っておる。
そして、そのスカルケルベロスの間の扉がとんでもなく重たい事もじゃ。
『そうそう。アリス様はこの【奈落】の申し子なので、どの扉も手で触れるだけで簡単に開きますぞ? 但し、その際に声に出して『開け』と一言お願いします。あ、それともう一つ、間違っても力で開けるなどとは思わぬ事です。力でも開けられますが、その為には尋常ではない力が必要です。それに……何でも力で解決するなんて事は脳まで筋肉と疑われますからな』
「う、うむ! そ、それくらい知っておるわ!」
……何となく心が痛いのは気のせいかの?
テレスに言われて気付いたのじゃが、わしはスカルケルベロスの間の反対方向に向かい、そこでカイン達と出会った気がするのじゃ。
しかしカイン達と出会ったのははるか昔。わしがまだわしではなかった時の事じゃ。
──ん?
はて? 何故にわしはこんな事を考えておるのかの?
カイン達とは、わしの〈冥焉魔法・骸〉にて召喚する英霊の事じゃぞ?
今は魔神気が少ないゆえにマナに変換したとてマナが足りず、例え無理してカイン達を召喚してもスケルトンじゃろうがな。
何やら大事な事を忘れておる気がするのじゃが、まぁええわい。
それよりも『三種の魔神器』の検証および、魔神気にて相手の力を喰らい、本当に魔神気が増えるかの確認が先じゃ。
「扉に触れて──『開け』。おお、力を込めずに開くのは便利じゃのう! では行くぞ、テレスや! わしについてまいれ!!」
『アリス様の初陣ですな。サポートはお任せを!』
九つの頭を持つ龍のレリーフが彫られた魔神の間の扉……転移陣の間の扉を開き、わしはテレスを引き連れスカルケルベロスの間へと向かう。
わしの神殿とは違い、【奈落】の通路は壁や床、それに天井などが石造りな上に仄かに光っており、わしの魔神眼にはやや眩く感じられる程じゃった。
「ちゃんとした足で歩く事が出来るとは、ほんに幸せな事じゃのぅ」
『む? 何か言いましたかな?』
「んむ? わし、何か言ったかのぅ?」
『いえ、歩く事が幸せとかなんとか、と……』
「そんな事をわしが言う訳あるまい! ──と、どうやら着いた様じゃな。……『開け』」
幸せがどうとかテレスと話しながらも、わしの魔神眼には眩い通路をヒタヒタと素足の感触を確かめながら進み、突き当たりの分岐路を左に曲がる。
程なくして、わしらはスカルケルベロスの間の扉へと着いたのじゃ。
そして、躊躇する事なく扉を開くわし。
うむ、すんなり開く扉の何と気持ちの良い事よ。
スカルケルベロスの間の扉は石造り特有のゴリゴリという何かを削る様な音を起てて上へと上がって開いたのじゃった。
「ここの広さはかなりのものじゃの。だいたい100m四方くらいか。どれ、スカルケルベロスとやらは────ほう? 確と犬らしく伏せておるではないか! ……スカルと種族名の頭に付くゆえに骨の犬じゃがの。しかし、かなりの大きさじゃのぅ、スカルケルベロスは。体長はおよそ5mといった所かの?」
スカルケルベロスの間へと入り、ぐるりと中を見回してからわしは呟く。
スカルケルベロスの間の中央には頭が三つある巨大な犬の骨の魔物が伏せておった。
骨だけとは言え、ケルベロス、か。
確かケルベロスとやらは、地獄とか魔界とかの門番を務める頭を三つ持つ犬の魔物として有名じゃったな。
頭が三つ以外の特徴を挙げるとするならば、尻尾が毒蛇となっておる事と、種族特性としてその巨体が炎に包まれておる事じゃろうか。
それ等の特徴から、ケルベロスは正に地獄の門番に相応しき姿をしておると言えるじゃろう。
三つも頭があるならば、どの頭が身体を動かすのか気になるじゃと?
三つある頭の内でどの頭が身体をメインで動かすかと言うとじゃな、それは中央にある頭じゃ。
中央の頭がリーダーとして身体を動かし、左右の頭はリーダーからの攻撃司令を忠実に実行する軍の隊員的な役割りをこなすとの事じゃ。
中央の頭が失われた場合は残りの頭の内どちらかが身体を動かす権利を受け継ぐらしい。
つまりケルベロスを倒すには、面倒な事に全ての頭を落とさねばダメという事じゃ。
まっこと難儀じゃよ。
──と、ケルベロスについての考察をしていたわしに、テレスはゴホンと咳払いしてから口を開く。
『アリス様。骨だけとは言え、スカルケルベロスはケルベロスよりも上位の魔物となります。身体を形成する骨は魔力を帯びているため非常に硬く、普通のケルベロスが纏う炎よりも厄介な防御力を誇ります。攻撃面でも、やはり通常のケルベロスよりも厄介でしょう。ほら、喉元を見て下さい。喉元の骨にそれぞれ三色の【魔石】が見えると思います。スカルケルベロスはその魔石により豪炎を吐き出したり、吹雪を吐いたり、石のつぶてを飛ばしたりします。ケルベロスならば全ての頭が炎しか吐かない事を考えれば、それだけでもスカルケルベロスの厄介さが分かると言うものですな。倒し方は、三つの頭もしくは三つの魔石を同時に破壊する事。後は、アリス様にだけ可能な事ですが、喰っていただく事のみでございます』
どこぞの学校の先生よろしく、人差し指を立ててわしに説明するテレス。
眼鏡をかければより先生らしくなるのじゃが、如何せん、テレスは動くミイラゆえに似合う事はないじゃろう。
……学校? それに先生、じゃと?
わしはいったい何を言うておるのじゃ? そんな言葉は知らん!
さっきから何かが変じゃ。何故に知らん言葉や事柄がわしの口をついて出てくるのじゃ?
わしはこの【奈落】の最奥にて先程生まれたばかりじゃぞ?
…………。
まぁええわい。いくら考えても答えの出ぬ事よりも、今はスカルケルベロスに集中するのじゃ。
初めから分かっていた事じゃが、スカルケルベロスは人間の少女並の力しか持たぬ今のわしでは全く手に負えん。
となれば、やはりテレスが言っていた通りに頼むのが一番じゃろう。
「なるほどの。テレスのおかげでスカルケルベロスの特性は分かったわい。じゃが今のわしは人間の少女並の力しか持たぬ。スカルケルベロスを喰らうにも力不足じゃ。じゃから、テレスはわしがスカルケルベロスに近付いても大丈夫な程に弱らせてくれい」
『分かりました。では手筈通りに私がスカルケルベロスめを押さえ付けましょう。『右手より生ずるは戒めとなる茨! 左手より生ずるは万物を貫く蒼雷! 我が魔力よ……理を伴いマナとなれ。マナとなりては世界に干渉し、我が意を隈無く示す法となれ! ──〈蒼雷の茨! ライトニングソーン!!〉』』
わしの要請に従って呪文を唱えるテレス。
枯れ枝の様なその両腕からは禍々しい魔力が迸り、それがスカルケルベロスの足元へと集約していく。
すると、スカルケルベロスを中心にして蒼黒く光る幾何学模様の魔法陣が床一面に浮かび上がり、次いで、その魔法陣から夥しい数の蒼雷で出来た茨の蔓が飛び出したのじゃ。
『ッ!!』
『ほっほっほ、もう遅いですな、スカルケルベロスよ。私の結界からは逃げらませんよ?』
骨ゆえに反応が遅れたのか、それともテレスの魔法構築が速かったがゆえに反応が間に合わなかったのか。
スカルケルベロスがテレスの魔法に反応しその場から飛び退こうとしたが時既に遅く、テレスの言葉通りにその骨だけの身を蒼雷茨の蔓が雁字搦めに縛っておった。
──ジュル……
(んむ?
何故にわしはテレスを見て涎を垂らしておるのじゃ?
じゃが、わしの腹が減っておるのは確かじゃ。
たまたま腹が減って涎が垂れたタイミングでテレスを見てしまっただけじゃろう。
第一、テレスは動くミイラ、言うなれば干物じゃ。それも骨ばかりの。
喰らう事が出来たとしても、テレスなんぞは喰ろうても腹の足しにもならんわい!)
──と、そんな事を思考するわしにテレスはドヤ顔で視線を寄越す。
『骨だけとは言え、私特製の結界は効くでしょう? 人間程度ならば一瞬で死ねる蒼雷で出来た茨の棘の結界は。この魔法は一瞬だけとは言え神でさえ拘束出来るのですから、スカルケルベロス如きに逃げられるはずもございません。──さぁ、アリス様。あの茨に触れなければ問題ないので、いくらでも三種の魔神器の検証をなさって下さい』
「う、うむ。さ、さすがじゃの、テレスや! わしの第一の臣下を豪語するだけはあるのじゃ!!」
(しかし、なんちゅー恐ろしい魔法をあっさりと使うのじゃ、テレスは!? あんな魔法をわしが受けたらと思うと…………テレスは怒らせん方が良いな。じゃないと、わしの命が幾つあっても足りんわい)
ひび割れた口角を吊り上げるテレスを褒めそやしながらも、内心ではそんな事をわしは考える。
わしは魔神であるゆえ死なんとは思うが、スカルケルベロスのあの姿を見るに、とんでもなく痛そうじゃし、それに痺れそうじゃ。
うむ、テレスの機嫌には気を付けるのじゃ!
──と、それよりも三種の魔神器の検証じゃな。
わしは脳内にステイタスを浮かべ、三種の魔神器の項目に意識を集中する。
……?
はて?
何故にわしは『アナライズ』と唱えずに自らを鑑定出来るのじゃ?
ふむ……恐らく魔眼が魔神眼とやらに統合および格上げされたからなのじゃろうが、便利になったからよしとするかの。
♦♦♦♦♦
・三種の魔神器→〈災禍血霧鎌〉〈虚無鏡〉〈阿迦奢勾玉〉の三つからなる魔神アバドン専用の力。神器と付くのは、かつては道具であった頃の名残り。
・〈災禍血霧鎌〉
災禍なる血霧の鎌とは、いわゆる巨大な戦闘用の鎌である。全ての者や物を斬り裂き、その刈り取った命を魔神アバドンへと捧げる。
・〈虚無鏡〉
虚無の鏡とは、魂を映す鏡である。その鏡面に映った物や者の魂を弱体化させる。また、盾として使えば全ての攻撃を相手に倍にして返す。
・〈阿迦奢勾玉〉
阿迦奢の勾玉とは、いわゆるアカシックレコードと呼ばれる神々の記録庫の鍵である。魔神アバドンに必要な知識を齎す。
♦♦♦♦♦
以上が三種の魔神器の項目に意識を集中した結果分かった事じゃ。
それぞれ三種の神器同様、武器、鏡、勾玉の名称となっておるが、その能力は言うなれば三種の神器の上位互換となっておった。
「先ずは〈災禍血霧鎌〉じゃな。ふむ、念じるだけで良いとは重畳。じゃが──名前に血霧と付いておったからまさかとは思うたが、やはりわしの血が刃に変化するものじゃったか」
テレスの結界に縛られるスカルケルベロスへと近付きながら、三種の魔神器が一つ〈災禍血霧鎌〉をわしは右手に顕現させる。
念じた瞬間、神経を抉る激痛と共にわしの右腕から何本もの漆黒の骨が飛び出し、それと同時に血が霧の様に噴出していく。
そして何本もの漆黒の骨が長柄を形成すると、血霧がその骨の長柄の先端に集まり、やがて血色の湾曲した鋭き巨大な刃を形作った。
災禍なる血霧の鎌の顕現である。
その魔神の鎌の柄を既に復元が完了した右手で掴むわし。
真紅と言うか、深紅と言うか。その緋色の輝きを放つ魔神の鎌の何と美しき事よ。
魂が吸い寄せられる程のその魔神の鎌の美しさに、わしはしばし見惚れてしまったのじゃ。
『三種の神器だと、武器は確か剣だったはずですな。それも、純白に輝く両刃の剣。おや? なぜ私は見た事もない剣の事を知ってるのでしょう? まあそれはどうでも良いでしょう。しかし、美しい大鎌ですな。アリス様の美貌によく似合っておりますよ』
スカルケルベロスの結界を維持しながらテレスがそう言う。
本来であれば魔法に集中しなければならぬのに、事も無げに話し掛けてくるとは恐ろしい奴じゃ。
「この鎌であれば、テレスの命さえもあっさりと狩る事が出来るそうじゃ。とは言え、テレスは第一の臣下──つまり、わしの初めての配下じゃ。そんな事はせんよ」
深紅の魔神の鎌を両腕を使ってクルクルと回しながら、テレスに向けてわしは応える。
うむ、わしの身体より生じた鎌であるゆえに、刃渡り2mもあるのに重さを感じぬわい。
『アリス様……! と、いつまでも喜んでばかりもいられませんな。そろそろその鎌の性能をお試しなさって下さいませ』
感触を確かめる様に、いつまでもクルクルと鎌を回すわしに苦言を呈すテレス。
せっかちな奴じゃわい。
「分かっておるわい! スカルケルベロスめはテレスの結界で縛られておるんじゃ、為す術なんぞないじゃろうが」
『確かに動きは封じました。しかし、口から吐く豪炎や吹雪、それに石礫は封じていません。なので、スカルケルベロスの正面には立たぬ様にお願いします』
「な、何じゃと!? ──ぬおおおお!!? 〈虚無鏡〉よ、わしの盾となれい!!」
テレスの結界に安心しておったわしはすっかりその事を忘れておった。
スカルケルベロスの身体は確かに蒼雷の茨によって縛られており動きは封じられておる。
しかし正面を向いた三つの頭、すなわちその口は縛られておらず、となれば、その口からは攻撃の為のブレスを吐く事が可能となるのじゃ。
そんな重大な事を忘れておったわしもわしじゃが、テレスも初めに言っておれば良かったものを。
ともあれ、スカルケルベロスの真ん中の頭の口より吐き出された豪炎のブレスを、咄嗟にも〈虚無鏡〉を創り出して倍にして跳ね返したわし。
直径1mの豪炎球は倍の直径2mとなり、スカルケルベロスの真ん中の頭へと吸い込まれていく。
次いで起こる爆発。
少しの間を置き辺りに立ち込める爆煙が晴れると、スカルケルベロスの真ん中の頭はその爆発によって見事に砕け散っておった。
「ぶはぁー、ぶはぁー! お、驚いたのじゃ……! テレスや! そういう事はもそっと早う言わんか!!」
『いえ、聡明なアリス様ならばそんな初歩的な事は理解してるはず。なので、差し出がましい事は省いたのでございます』
「ぐぬぬ! た、確かに知っておったわい、そんな事!」
わしの可愛らしい失態はともあれ、〈災禍血霧鎌〉に続き〈虚無鏡〉もわしは顕現させる事が出来たのじゃ。
ちなみに、〈虚無鏡〉もわしの血によって顕現しおった。
それも、やはり神経を抉る激痛と共に噴き出した血によって、じゃ。
まぁ神経を抉る激痛は慣れておるから構わんが、それでもその痛みを覚悟してなかったゆえに少しばかし出たのは仕方あるまい。
……出たと言っても、ほんの少量じゃぞ?
恐らく一滴にも満たんはずじゃ。
『何やら足をモジモジしてますが、どうしました? ……と、そんな事よりも、最後の三種の魔神器の検証はどうしたんでしょうか?』
「うむ。最後の〈阿迦奢勾玉〉はわしに必要な知識を授けてくれる魔神器なのじゃが、これは恐らく既に使っておった。わしが思考中に何度か知らない言葉が出て来おったのじゃが、それが〈阿迦奢勾玉〉によって齎された知識じゃと今気付いたわい」
『なるほど。道理で時おりよく分からない言葉を呟いてたのですな。それよりも、そろそろ真ん中の頭も復活しますし、スカルケルベロスを喰らう事の検証をした方が良いのでは?』
「おお、確かにそうじゃな! どれ……っと、正面がダメならば後ろからと思うたが、後ろは後ろで、骨じゃが蛇となっておる尻尾が邪魔じゃな。となれば────ッ!? び、ビリビリしたのじゃ!!」
真ん中の頭が再生中とは言え、左右二つの頭が残っておる正面を避けてスカルケルベロスの中間付近の胴体へと触れるわし。
スカルケルベロスのあばら骨を触れた拍子に、どうやら一緒にテレスの結界に触れてしまった為、わしの身体にもビリビリと電気が走った。
『さすがはアリス様。私の最強の攻撃性結界魔法に触れたにも拘わらず、ビリビリしただけで済むとは。ともあれ、魔神気との紐付けが出来たのならば、さっそくお試しを』
「酷い目にあったのじゃぁ……。しかし! それをも糧に、スカルケルベロスを喰らってやるわい!」
テレスに言われるまでも無く、わしは魔神気へとスカルケルベロスを喰らうイメージを加える。
あ、テレスめに付いておった紐付けは解除しておるぞ?
じゃないと、スカルケルベロスと共にテレスまで喰らってしまうからの。当然じゃ。
わしがスカルケルベロスに触れた所からわしの身体に向かって伸びる魔神気の紐。
わしが喰らうイメージを加えた瞬間から魔神気の放つ黒銀光が強くなり、魔神気の紐で繋がるスカルケルベロスの巨体をあっと言う間に黒銀光で包み込む。
すると、魔神気によってスカルケルベロスを喰らい始めたのか、わしの身体に膨大な力が湧き上がって来るのを感じたのじゃ。
その状態は体感時間にしておよそ十分程続き、やがて光に溶け込む霧の様に、スカルケルベロスを包む黒銀光は粒子となりわしの身体へと吸い込まれていったのじゃった。
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