骨者、魔神アバドン(少女並)となる
前話のあらすじ:喰われた!!
.....∑ヾ(;゜□゜)ノギャアアーー!!
俺はまだ生きているのか。
闇の中を彷徨いながら、俺はその事だけを考える。
(ヒルコに喰われる寸前までは覚えてるが、その後はどうなったか分からん。こうやって考える事が出来るんだからあのままあっさりと死んだって事はねぇだろうが、何の証拠もねぇからそれも怪しい限りだぜ。……つか、漆黒のスケルトンの俺が生きてるだの死んでるだのって話も変だけどな!)
恐らくまだ俺は生きているのだろう。
その証拠に、こうやって思考する事が出来ている。
……スケルトンが生きてるか死んでるか云々は忘れてくれ。
あの時、ヒルコから変貌を遂げた恐ろしい化け物に俺は喰われた。
しかし改めて思い返してもあれは恐ろしい体験だった。
生きたまま蛇に呑まれるカエルの気分が初めて分かったぜ。
俺がスケルトンじゃなく生身の身体だったならば、恐怖のあまり、間違いなく糞尿を垂れ流して泣き叫んでいた事だろう。
金輪際、あの経験だけは味わいたくないものである。
(しかし、いつまでこうしてればいいんだ? 闇の中を歩き回るのも飽きたし、いい加減、どういう状況なのか知りたいもんだぜ)
闇の中をコツコツと歩きながら俺はそう考えるが、実際の所はこの状況を理解している。
俺が彷徨うこの闇は記憶の奥底、または精神の根底──言うなれば深層心理の中であり、だからこそあの呪いの激痛も今は感じない。
激痛を感じないからこそ、深層心理の中である証拠とも言える。
(いや、むしろ──ヒルコの深層心理を彷徨ってるのかもしれねぇな。その証拠に──)
闇の中にありながら、時おり眩く光っては消える星を俺は見上げる。
闇一色の中で、まるでその星だけが世界の全てを表しているかの様だ。
この状況だけを考えれば、月明かりの無い星が輝く神秘的な夜だとも言えるだろう。
だが、決して違う。
何故ならば、その星の光には憎くて堪らないあのクソジジイの顔が浮かんで見えるからだ。
(何を嬉しそうに笑ってやがる。そんなに俺の今の姿が滑稽か? お前にとって、叛旗を翻した俺が骨だけになった姿はさぞやお似合いに見えるだろうな。────いつまでも笑ってんじゃねぇ! 反吐が出るぜ!!)
その光の中ではイザナギが笑っており、ここがヒルコの深層心理の中だって言うならば、恐らくだが産まれたばかりのヒルコを見て喜んでいる顔なのだろう。
しかし俺には忌々しい顔にしか見えない。
(俺のままでも憎かったが、元のヤマトタケルに戻った事でクソジジイ……いや、クソオヤジに対する憎くさは百倍だな。さて……あの憎たらしい顔を見てても仕方ねぇ。この闇の出口を探してまた彷徨うか)
見上げていた顔を正面に向け、俺は再び闇の中を歩き始める。
闇一色で何も見えないから出口があっても分からないかもしれないが、じっとしてるだけだと発狂しそうになるから歩くのだ。
こうやって歩いていればその内何かが変わる事を信じて。
(それにしても、深層心理の中でも骨のままってのも変な話だよな。……クソオヤジの光に照らされても不思議と俺の身体は見えねぇが、漆黒の骨体だとは分かる)
しかも、元のヤマトタケルの魂に戻った時と同じく、関節部に靭帯が付いた状態だ。
そのおかげか、深層心理の闇の中とは言え歩くにも骨が鳴らずに済んでいる。
(テレスの野郎は俺の事を剣ヤマトの広間で待ち続けてるのか? 死ぬ事もねぇミイラだから構わねぇが、まさか俺が喰われたのも知らずに待ってると考えると少しだけ罪悪感が湧くな。──って、ん?)
そんな事を考えながらもしばらく歩くと、この闇の中で初めてとなる出来事に俺は遭遇した。
それは下……地面と言えば良いのだろうか。闇の地面に、仄かに光る卵を発見したのだ。
(卵……だよな? ヒルコの深層心理で何で卵があるのか分からんが、何となくこの卵が今の俺には必要な気がする)
卵の手前でしゃがみ、その仄かに光る卵をそっと手に持って眺める。
仄かに光ってはいるが、大きさは普通の鶏卵と同じである。
違う箇所と言えばだが、決定的に違っているのは卵の色だろうか。
いや、質感も違うな。骨の手なのに不思議と卵の質感が分かった。
仄かに光る卵の色は銀赤色をしており、その質感はまるで生肉そのものだった。
(何かの漫画でこんなのが出てきたよな。確かその漫画の中だと、こんな卵に変な顔が付いてた気がする。……これには顔なんてねぇよな?)
闇の中でもはっきりと見える卵を、矯めつ眇めつ見やる俺。
どうやら変な顔は付いてない様で安心した。
万が一変な顔がこの卵に付いていたら……うむ、俺は投げ捨てるだろうな、きっと。
そんな事を考えている内に、ある欲求が俺の心に生まれる。
その欲求とは──
(嘘だろ!? これを喰いてぇって俺は思ってるのか!?)
そう。
その欲求とは、食欲である。
この骨だけの姿となって早百十年。
その間、食欲なんてものは感じた事は無かった。
……胃が無い骨だけなんだから当然だけどな。
しかし今、俺は手に持つグロテスクな卵を見て食欲が湧いている。
しかも、一度その欲求を認めてしまえば無性に喰いたくなってくる。
それが明らかに喰っちゃダメだと思う卵でも、だ。
(だ、ダメだ……! やめとけって、俺!? きっと毒だぞ、これ! あぁ、ダメだ……ゴクリ。めちゃくちゃ美味そうに見えてきた……)
その原初の欲求に、思考の中ですら俺は唾を飲み込む。
一口だけ。
いや、舐めるだけでもいい。
舌が無いにも拘わらず、そう思わずにはいられない魅力が卵にはあった。
『う、美味ぇ! つか、何で味を感じるんだ、俺!?』
気付けば、俺はその卵を喰っていた。
味は鶏卵に似てるが、決して鶏卵とは違う。
言うなれば、卵が持つコクをより深くしたものに血の滴るレアステーキを足して何倍も美味くしたかの様な味わいだ。
その味を味わいながら、俺は自らの身体に起こった変化について驚いた。
思わず言葉にしたが、舌が無いのに味を感じたのだ。
それだけじゃなく──
「しかも飲み込める、だと!? ────ッ!! 声の質まで変わってる!?」
噛み砕いた銀赤色の卵を、俺はなんと飲み込んでいたのだ。
そう、無かったはずの食道が俺の骨体に復活していたのである。
変化はそれだけじゃなく、声帯及び手足の筋肉、そして内臓全てが俺の骨体に復活していた。
まさかの出来事に、おじさん、驚き過ぎて目玉が飛び出しそうになったよ。
「これも女神さんの力のおかげなのかな? 復活した内臓が半透明な黒銀色の膜に包まれてる。つか、そうじゃねぇと内臓が復活しても骨体の中から落ちちまうよな。それに……どうやら声帯だけじゃなく、目玉や舌、内耳とかも復活してるっぽいな。となれば、脳ミソも復活してんのか!?」
脳ミソはともあれ、身体の変化を確認した所で、俺は改めて周りを見やる。
すると闇一色に見えていた光景も、実は闇以外の物が存在する事に気付いた。
眼窩に燈っていた魔神気の黒銀光よりもはっきりと闇を見通せる本物の目玉の高性能さに驚くばかりである。
「これは……座布団に、丸い卓袱台か。あっちには箪笥や布団まで敷いてあるのか。……あーあー。テステス、マイクテストオーケイ? …………。何だか声が高ぇな!?」
闇の中だと思っていたそこは、どうやらどこかの部屋の中だと分かったのだ。
それも洋風ではなく、どこか大正浪漫を感じさせる時代の、である。
復活した声帯を慣らす為に声を出してその事を確認していたが、その際、俺は自らの声が高い事に気が付く。
「百十年ぶりにちゃんと機能する耳で聞く自分の声だから女っぽい声に聞こえるのか、それとも、一度はクソオヤジ共に転生体を創ってもらったからこの声になったのか。……いや、骨になる前に一度だけ自分の声を聞いたがこんな高い声じゃなかった。あの声は確かにイケボだったはずだ」
声帯の復活した俺の声は、言うなれば第二次性徴期を迎える前の声と似ている。
口に出しても言っているが、要するに女っぽい声なのだ。
「…………。ま、いっか。別に死ぬ訳でもねぇし、内臓とは言え待望の肉体が何故か復活したんだから声が女っぽくても文句はねぇよ。つか、ここはいったいどこなんだ? 深層心理の中なのに古臭い部屋の中に居るし、卵の味は感じたし、更には肉体の復活も感じてる。ヒルコの力を得られたかは分からねぇが、それは置いとくとしても、後はここから何とかして出てぇんだがな……」
そこまで口にした所で、俺の視界に映る景色は劇的に変化する。
憎きクソオヤジの顔がアップで浮かび上がったと思えば、今度は愛しき我が女神であるイザナミの美しき乳房が浮かぶ。
それ以外にも、幻想的な森の景色や雄大な大海原、更には金色に輝く壮大な大平原の景色が次から次へと目の前に浮かび上がっては消えていく。
中には天空から流れ落ちる滝なんてのも見えた。
その浮かび上がっては消えていく立体映像を見ながら、俺はそれがヒルコが【奈落】に封印されるまでに見た風景や光景なのだという事に思い至った。
だからこそ、あの憎たらしいクソオヤジの涙を流した顔が最後に見えたのだろう。
涙ながらにヒルコを封印する、哀しみに満ちた伊邪那岐神の顔が。
「そんな顔も出来たのかよ、クソ親父……」
そう呟く俺の──イザナギの息子であるヤマトタケルとしての言葉が切っ掛けとなったのか、それとも、肉体の復活が切っ掛けだったのか。
もしかしたら、ヒルコの記憶を俺の心に刻んだ事が切っ掛けかもしれない。
ヒルコの深層心理にある部屋の中に居た俺は、自らの身体が浮上するのを感じた。
初めはゆっくりと、そして次第に速度を上げて浮上していく俺の身体。
薄暗かった部屋はいつしか無くなり、視界に映る色は次第に明るい色へと変わり始めると、それに伴って明るさも増していく。
気付けば、俺はヒルコが匿われていた魔神の間の中央にて倒れていた。
そう、ヒルコと邂逅したあの場所だ。
……ヒルコに喰われた場所とも言える。
「ふむ。不思議と快適な目覚めじゃな。身体を走る激痛の呪いも消えたのは、きっとヒルコの力を得たからじゃろう」
声帯などの肉体が復活した事の確認がてら、目覚めと同時に声を出してみる。
今まで身体を蝕んでいた呪いの激痛が無いだけあって、まるで生まれ変わったかの様なすこぶる気持ちの良い目覚めである。
しかし、何故に俺は助かったのか。
ヒルコの封印を解くにはイザナミの権能である【冥獄】が鍵として必要だったが、その鍵が機能するにはヒルコがイザナミの権能を取り込む必要があった。
だからこそ、封印を解く為にイザナミの権能を宿す俺をヒルコが喰ったのだ。
そこまでは確かに覚えている。
……恐怖体験の記憶なんぞ覚えていたくないがな。
記憶はともかくとして、喰われたのに俺が助かった理由が分からない。
それに、意識が戻るまで彷徨っていた闇の空間。
あそこは、まず間違いなくヒルコの……いや、わしの深層心理の中じゃった。
そこでわしは出口を求めて彷徨っておったのじゃからのぅ。
──ん?
わし……?
わしの一人称って、わしじゃったかのぅ?
……まぁええわい。
思考を続けるとしようかの。
そしてヤマトタケルの力でもある、魂に結び付いた三種の神器もそうじゃ。
あの力を使えば、わしは闇を彷徨う事なく意識を取り戻した事じゃろう。
……実は忘れていたというのは内緒じゃ。
三種の神器の事はともかくとしてじゃ。
もう一つ分からない事として、わしを喰らったヒルコは何処ぞへ消えたのか。
まさかわしを喰らった事で封印が完全に解け、そしてこの【奈落】を既に出ていった……なんて事はないじゃろうのぅ?
…………。
うむ、まったく分からんわい。
ともあれ、こうしてわしは目覚めた訳じゃが、謎がいくつも残っておる事に頭が痛くなってきそうじゃった。
「まぁええわい、その内謎も解けるじゃろうし。ともあれテレスの所に戻るとするのじゃ」
という訳でヒルコの間を後にし、わしはテレスが待つ剣ヤマトの広間へと戻り始める。
やはり骨だけの身体よりも肉体の方が素晴らしいわい。
歩く時に骨が床に当たるコツコツ音が鳴らずに済むだけでも感動出来る程じゃな。
ヒタヒタと肉の足での感触を楽しみつつ黒青色の大理石の廊下を歩き、わしは剣ヤマトの広間の扉の前へと立つ。
「こんな事にも感動出来るとは思わなんだのぅ。ふむ、魔力の使用も難なく出来るのも重畳じゃ! テレス、今戻ったぞ!」
剣ヤマトの広間の扉にわしは手で触れて魔力を流し、そして扉を開いて中に居るテレスへと声を掛けた。
骨だけじゃった頃よりもすんなりと魔力を流せる事も、今のわしにとっては感動も一入じゃわい。
『タケル殿……なのか? いやしかし、その姿はまるで……』
剣ヤマトの広間でテレスは約束を守って待っておった。
何故か呆然とわしを見つめるテレス。
それは良いのじゃが、何やら奴めがわしをわしとは思うとらん様じゃ。
……もしかしてボケたのじゃろうか?
「何を言うておる、テレスや。わしはわしじゃ! この魔神の間にて、わしとテレス以外に存在する奴はおらんじゃろ!」
『……語調は違えどその無遠慮な感じはタケル殿で間違いなさそうじゃが……もしかしておぬし、自らの姿が以前とは違う事に気付いておるか?』
姿が以前とは違う?
うむ、確かに違うじゃろう。
靭帯があるとは言え骨だけじゃった身体に内臓が復活したし、更には目玉や舌に内耳、それに僅かじゃが声帯などの筋肉までもが復活したのじゃ。
骨だけの姿の以前とは天と地ほどの差があるじゃろうて。
『その様子じゃと、どうやら自らの変化に気付いておらぬ様子。確かおぬし……百年前に儂に経緯を説明した時に言っておったのぅ、ゼリアルドの魔眼を受け継げたと。今こそその魔眼──〈鑑定眼〉で自らを鑑定する時じゃないか?』
「百年前……? もしかして、わし……百年間もあそこで寝てたのかのぅ? 前例があるだけに否定はせんが、そうなると待たせてしもうたテレスには申し訳ない事をしたのじゃ。──待たせてスマンかった、テレスや! ……しかし、〈鑑定眼〉? おぉ、そうじゃったそうじゃった! 確かにわしはゼリアルドの奴めからそれを受け継いでおった! それに、ヤマトタケルが宿しておった三種の神器も使えば、わしの容姿もしっかと確認出来るじゃろうて。……どれ、まずは〈鑑定眼〉からじゃな──『アナライズ』!」
百年前という言葉に軽く驚きつつも、わしはテレスに言われて思い出した〈鑑定眼〉にて自らを確認する。
内臓と一緒に魔力器官も復活したからなのか、どうやらわしは魔力を使用して〈鑑定眼〉を発動していたらしい。
その証拠としてか、貧血に近い感覚を覚えたのじゃ。
魔力はともかくとしてじゃ。
え〜と、何なに……?
────ッ!?
な、なんじゃと!!?
♦♦♦♦♦
名前:????
性別:女?←new
年齢:252歳
種族:魔神アバドン
状態:祝福(神)←new
魔神気:喰らえば喰らうだけ無限に増える
魔力:魔神気からの変換←new
強度:人間の少女並←new
権能:【冥獄】【天照(封)】【兇嵐(封)】【月輪(封)】【劫焰(封)】【大地(封)】【武神(封)】【神喰】←new
魔法:冥焉魔法 生命魔法(魔力不足) 黒魔法(魔力不足) 付与魔法(魔力不足) 聖魔法(魔力不足) 錬金魔法(魔力不足) 輝煌魔法(封) 颶風魔法(封) 皇水魔法(封) 闇月魔法(封) 赫焰魔法(封) 崩土魔法(封)
技能:真贋一刀流剣術 アドレア式戦闘術 雷華流水拳 盾無双 鍵開け 罠技術 隠形術 暗殺術 仙流槍術 杖術 棒術 短剣術 鑑定眼 魔力眼 武神技(封) 悪食←new 食奪←new 食強化←new
異能:三種の神器←new
♦♦♦♦♦
「な、なんじゃ!? なにゆえ、わしの名前がハテナになっとるのじゃ!」
〈鑑定眼〉を使った事で脳内に浮かび上がったステイタス擬きを確認し、驚きのあまり叫んでしまうわし。
当然じゃろう、何せ──名前がハテナマークに変わっておって分からなくなっておるのじゃからな。
しかもそれだけじゃなかったのじゃ。
新たな権能として【神喰】というのが増えとるし、使える魔法に変化はないが技能欄に〈悪食〉〈食奪〉〈食強化〉とかいうのが増えとった。
まぁ魔力欄が出来たのは僥倖と言えば僥倖じゃが、そんな事よりも気になる事が二つある。
「呪いが祝福に変わっておる!? しかも──わしが女? じゃと!? いくら多少の肉体が復活したとは言え、まだ骨ばかりのわしの性別など分かるものか! ちゅうか、わしは男じゃったはずじゃ!!」
そう、呪いが消えたのは喜ばしいのじゃが、何故にわしの性別が女?となっておるのかが不思議でしょうがないのじゃ。
ちゅうか、女の後のハテナマークに納得がいかん!
『おぬしの元々の性別は確かに男じゃったのぅ、ヤマト様が男じゃったし。しかし今のおぬしの容姿はめんこい少女のものじゃぞ? 先ほどおぬしも言うておったが、確かヤマト様の三種の神器が一つ、【八咫鏡】には何でも反射する鏡を創り出す事が出来たはずじゃ。それを用いて自らの姿を確認すれば良いと儂は思うのじゃが?』
「それじゃ! 冴えておるのぅ、テレスや。さっそく試してみるのじゃ! ──『全てを写し、全てを映す八咫鏡よ。わしの意に従い、その姿を顕現せよ!』…………た、確かにテレスの言う通りじゃった……」
テレスに促され、さっそくとばかりに〈八咫鏡〉を呼び出すわし。
手の平を下に向けた右手を頭上の斜め前へと掲げ、手の平を上に向けた左手を腰の下前方に構える。
すると、右手と左手の手の平の間に空間の歪みが発生し、次の瞬間にはその歪みが鏡へと変わった。
向こう側が透けて見える、〈八咫鏡〉の顕現である。
顕現した〈八咫鏡〉をわしはその能力を用いて空間に固定し、そして鏡から少し離れて全身を映す。
その半透明の鏡に映るわしの姿を見てみれば、そこには確かに少女としか言い様のない姿が映し出されておった。
腰の辺りにまである烏の濡れ羽色の美しい髪に、イザナミ譲りの美貌。
身長は150センチと少し低いが、無駄な贅肉の無い締まった身体付きをしておる。
しかし、特筆すべきは『目』じゃろうか。
スケルトン時代のわしの目の代わりは魔神気が補っておったが、その魔神気の黒銀光の色が目玉に反映されておったのじゃ。
つまりわしの目は黒であり、瞳は銀色となっておる。
ん? よく見れば、瞳孔の周り……つまり、銀色の瞳に赤い六芒星の模様があるのじゃ。
おぉ、なるほど。これが魔眼持ちである証という訳じゃな。
中々にかっこ良さげではないじゃろうか。
うむ、気に入ったのじゃ!
と、そこまではまぁ良いのじゃが、やはり気になるものは気になるのじゃ。
漆黒のスケルトンじゃったが為に何も身に付けてはおらんが、確かに女?とステイタス擬きに示されていた理由が分かったのじゃ。
鏡に映るわしの下半身に目を向ければ、男じゃと思っておったはずのわしの股間にイチモツは無く、代わりに小さな割れ目が出来ておったのじゃ。
……確かにこれでは、女?とステイタス擬きに表示されてもしょうがあるまいて。
「転生体ゆえ女となるのも仕方ないが、なにゆえに胸がぺったんこなんじゃ!? これではあまりにも切ないのじゃ……」
身体付きについてはともあれ、胸が無い事に落ち込むわしへとテレスが問い掛けてくる。
しかし……何故に胸が無いのじゃ!?
誰ぞの陰謀を感じるのじゃ!
…………。
取り乱したのじゃ。
……テレスや、存分に問い掛けるが良い。
『じゃからこそ女? と表示されたのではないか、タケル殿……で良いのかのぅ? 儂の記憶もおぬしのステイタス擬きに引っ張られておるのか曖昧になってきておる。──うむ、おぬしは初めから女であったのぅ。それで、じゃ。おぬしの名前を知りたいのじゃが、このアリストテレスに教えてはくれんかのぅ?』
「なん、じゃと!? どういう事じゃ? なにゆえテレスがわしのステイタス擬きに影響を受けるのじゃ!? と、とにかく、わしの名前はヤマト……タケ、ル……じゃったか? いや、ヒ、ルコ? ……でもないのじゃ。わしはいったい誰なのじゃ!?」
胸が無い事に落ち込んどる場合じゃなかったのじゃ。
何とテレスはおろか、わしまでもが何故かわしの名前を思い出せんかったのじゃ。
これは非常に由々しき事態であるのじゃ……!
『もしかしておぬし、自らの名前すら名乗れんと言うのか? いくら温厚な儂とて、礼儀知らずな者にいつまでも甘い顔をするとは思わぬ事じゃ……!』
中々名を名乗らぬわしに業を煮やしたテレスは、その言葉の通りに臨戦態勢を取り始める。
どこから出しおったのか、先端に禍々しく輝く宝石の様な物が付いた長杖を右手に持って構えるテレス。
同時に、テレスの身体からはおぞましき魔力が噴出し始めておった。
これは明らかにヤバい展開なのじゃ。
じゃが、こういう時こそ落ち着いて考えるのじゃ。
死んだ祖父殿もそう言っておったし。
……うむ、嘘じゃ。
「待て! 少し待つのじゃ、テレス! 名乗りたくとも、わし自身が名を思い出せぬのじゃ! 少しだけで良い……ほんに待ってはくれんかのぅ?」
わしは誠意を込めてテレスにそう答えた。
話の分かる、動くミイラであるテレスならば、誠意を込めて訴えかければ必ずや聞き届けてくれるはずじゃ。
『ううむ……。確かにおぬしの言う通りじゃな。名乗らぬからと腹を立ててばかりいても仕方ない。それに、記憶喪失なども考えられる訳じゃから、もう少しだけおぬしを信じて待つとしよう』
「ありがとうなのじゃ、テレス。もし良かったら、テレスも一緒に考えてはくれんかのぅ? 一人よりも二人で考えた方が良いとわしは思うのじゃが」
『なるほど……それも一理あるわい。分かった、おぬしの相談に乗ろう』
何とかテレスの気を鎮める事には成功したわしじゃが、しかしどこから考えれば良いのか見当もつかん。
……今一度〈鑑定眼〉でステイタス擬きを脳内に浮かべてみるのじゃ。
そうしてわしはステイタス擬きを脳内に浮かべた状態でテレスと色々と意見を交わし合う。
『まずはおぬしの種族についてはどうなんじゃ?』
「うむ、種族ならば漆黒の骨じゃったはず……────ッ!?」
『どうした、急に変な顔をしおって? 腹でも冷えたか? 用を足すならば隅の方に行ってくれい。……そう言えば、おぬしの様なめんこい少女がいつまでも裸というのも気が引けるのぅ。少し待っておれ。何か羽織る物を見繕って持ってくるわい』
「あ、あぁ、分かったのじゃ。ちゅうか、変な顔とは失礼なミイラなのじゃ! いくら温厚で有名なわしとて変な顔と言われれば腹も立つのじゃぞ!? まぁええわい。テレスが戻って来るまでにわしもそれなりに考えておくのじゃ」
わしの言葉を背に受け、テレスは剣ヤマトの広間から出ていく。
その際、テレスは背中越しにヒラヒラと手を振ったのじゃが、その仕草の何と似合わぬ事か。
思わずポカンと口を開けてしまったわい。
……うむ、所詮ミイラはミイラという事じゃな。
さて、そんな事よりもわしの事じゃ。
わしの種族は確かに漆黒の骨じゃった──百十年前に剣ヤマトと融合する前までは。
更に言えばじゃが、わしは剣ヤマトと融合を果たし、そして元のヤマトタケルとしての記憶と力を取り戻したはずじゃ。
しかし、今のわしは自らをヤマトタケルだと名乗る事を心が拒否しておる。
ヤマトタケルであってヤマトタケルでは無い。
となれば、わしの名前が分からなくなった原因はやはりヒルコの封印を解く為に喰われた事なのじゃが、その後の深層心理を彷徨うておった時にはまだわしはヤマトタケルじゃったと思う。
「あの時……と言うてもついさっきの出来事としかわしは認識しておらんが、ともあれ、あの時深層心理の闇の中にてわしは銀赤色の生肉の様な卵らしき物を喰ったのじゃが、もしやアレが原因かの?」
思い返してみれば、あの怪しげな卵を食してからわしは変化し始めたと思うのじゃ。
確実にそれだと言う確証は無いがの。
まぁそれは追い追い調べるとしてじゃ、それよりも種族の事じゃな。
以前の種族は確かに漆黒の骨じゃったが、今の種族は【魔神アバドン】となっておる。
つまり、え〜と…………どういう事じゃ?
わしがヒルコの力を得たというのは【神喰】という権能を得た事で分かる。
しかし、それにしても何故にわしの種族が魔神アバドンなどと訳の分からんものに変わるのじゃ!?
『戻ったぞ、めんこい少女よ。ほれ、これを着なされ。見た目はボロじゃが、裸よりはマシじゃろう。下着は…………ここから出た時にでも考えればよかろう』
わしの種族について悩んでおったら、テレスがローブらしき布を持って戻って来おった。
「お、おお、何はともあれ、ありがたく着させてもらうぞ! …………。……一応大事な所は隠れておるが、見る者が見れば欲情しそうな格好になったのぅ……」
『仕方あるまいて。それに、今は儂とおぬしだけゆえ我慢せんか』
「分かっておるわい! じゃからこそ礼を述べたではないか!」
テレスが持ってきてくれたローブは所々に穴が空いており、胸と股間は辛うじて隠れておるが、それ以外はスカスカな状態じゃった。
まぁ何も身に付けてない状態よりはマシゆえ素直に着たが、この【奈落】を出る事になったら早い段階で服を手に入れねばの。
「さて、テレスよ。わしの種族が魔神アバドンとやらに変わっておるのじゃが、テレスはそんな種族を聞いた事があるじゃろか?」
わしがローブという名のボロ切れを着終わり落ち着いた所で、テレスにそう問い掛ける。
前世において哲学者という、わしよりも賢人であったテレスに訊けば何かしらは知っておるじゃろうと思うての事じゃ。
『な、なんじゃと! すると、ヤマト様……とは誰じゃったかのう? いや、そんな事よりもおぬしの種族じゃったな。実はこの【奈落】というダンジョンは【魔王アバドン】が誕生する予定の場所と言われておったのじゃ。しかし儂の知るアバドンは魔王であって、おぬしの種族である魔神アバドンとは少しばかり違うのじゃ。もしもおぬしが魔王アバドンであったならば、儂はおぬしに仕える為に【奈落】に住み着いていたのじゃが……まぁよい、今から儂はおぬしに仕えよう』
魔神アバドンと魔王アバドンとの違いはともかく、テレスはわしの種族を聞いた直後にそう申してわしの臣下になりおった。
恭しく片膝をつき、まるで何処ぞの騎士様かの様な臣下の礼を取るテレス。
話の速さについていけず、わしは呆気に取られるばかりであった。
「ちょ、ちょっと待てい! わしの名前すら分からんのに、いきなり臣下になるとはどういった了見じゃ!? それに、剣ヤマト……じゃったかの? とにかくヤマトとやらの名前をテレスが忘れるとはどういう事なのじゃ! テレスはヤマトとやらの為にカイン達をスケルトンとして仲間にしたのではなかったのか!?」
『ヤマト……いや、知らぬな、そんな名前の者は。それにカイン? アバドン様、いくらあなた様に仕えるこのアリストテレスとて、さすがに知らぬ者の事を訊かれても答える事は出来ませんぞ?』
何ぞ、これ!?
何故か分からんが、何かしらヤバい事がわしとテレスに起こっておる!
「なんじゃと!? わしはテレスからヤマトとやらの話を聞いたのじゃぞ? そのおぬしが知らぬとは……! ちゅうか、わし自身と深い関わりがあったはずのヤマトとやらをわし自身が忘れるとは! まるで記憶が塗り替えられておる気分じゃ!!」
記憶が塗り替えられる?
────まさか!?
「テレスよ! おぬしの大事な記憶、これだけは忘れてはならぬ記憶を覚えておるか?」
『儂の大事な記憶、ですかな? もちろん覚えておりますぞ。儂は魔王アバドンに仕える為にリッチへと進化を果たし、その願いが叶った今、遂に地上の人間達を殲滅するが為に立ち上がろうという事ですじゃ』
「おぬしの大事な記憶と言うか、忘れてはならん事は神への復讐じゃったはずじゃぞ! それを忘れたと言うのか!?」
『神への復讐……? その様な事を考えた事はありませんな。人間を滅ぼした後に神へ挑むのならば話は別でしょうが、今現在、儂らは力を付けて【奈落】から出る事が先決でしょう』
神への復讐の為にリッチになったテレスがそれを忘れるとは……これは由々しき事態じゃ!
この事でわしは確信を持ったのじゃ。
わしの名前が無くなるという事も大問題じゃが、何とわしとテレスの記憶が薄れておる事が分かったのじゃ。
しかし何故にわしとテレスの記憶が薄れていくのか。
いや、もはやこれは記憶の改竄と言えるかもしれぬ。
必要の無い知識を消去し、世界が上手く回る様に修正する────まるでシステムエラーを修正するデバッグが行われている様にわしには感じられたのじゃ。
「もしや……! これも、わしの名前が無くなった影響やもしれん。となれば、急速な記憶の改竄を止めるにはわしの名前を定義する必要があるのじゃ。しかし、わしの名前か……」
直感じゃが、記憶の改竄を止めるにはわしの名前を定義する事が条件じゃと分かった。
じゃが、名付けなんぞ前世はおろか、生まれてこの方した事が無いのじゃ。
……前世では童貞じゃった上、アースに転生してからも骨じゃったし。
ともあれ、わしはテレスの顔を見やる。
うむ、何度見てもミイラじゃな。
『儂の顔をまじまじと見つめてどうしましたかな?』
そう言って、可愛らしく小首を傾げるテレス。
ミイラがそんな仕草をしても、やはりまるで可愛くはないのじゃ。
しかしテレスか。
テレスの本名はアリストテレスのはずじゃ。
うむ、どうやらこの記憶は改竄されてはおらぬな。
そのアリストテレスという名前が長いと、テレスと短く愛称呼びをしたのが確かわしじゃったのぅ。
つまり、アリストテレスのアリストの部分が余ってるっちゅう事じゃな。
──ッ!!
「そうか! 閃いたのじゃ! テレスや、おぬしの名前の一部をわしがもらうぞ!」
『儂の名前を!? 主君に名を提供出来るとは至上の喜び。して、どの様なお名前になりましょうや?』
「うむ。わしは今、おぬしをテレスと呼んでおる。つまり、アリストの部分が余っておるという事じゃ。そのアリストの部分をわしがもらうのじゃが、アリスト……じゃとこの身体ゆえ似合わん。となれば、リストかアリスになる訳じゃが────うむ、今日から……いや、たった今からわしの名は【アリス】じゃ! これからわしはアリスと名乗るのじゃ!!」
『おお! アリス様とは! ──む!? 思い出しましたぞ、アリス様! 儂……いや、私はテレス。アリス様に仕える為にリッチとなり、そしてアリス様の為に神への復讐を誓った者。改めてよろしくお願い申します!』
「何じゃ、テレスよ? おぬしの名はアリストテレスじゃぞ? しかも言葉遣いも変わっておるぞ?」
『いいえ、アリス様。私の名前は初めからテレスにございます。口調の事を仰られましても、これも初めからとしか申し上げられませんが?』
わしがアリスと名乗った矢先、テレスの口調が執事の様なものに変わりおった。
……まぁわしの口調と被っておったゆえ、今の丁寧なテレスの口調はありがたいのじゃがな。
「ふむ、それならば仕方ないの。改めてじゃが、わしの名はアリス。魔神アバドンとしてこの地に誕生し、いずれは世界を併呑する者じゃ。そして、わしにとって初めてとなる下僕はリッチであるテレスじゃ。わしの目的の為、おぬしに苦労はかけるがよろしく頼むのじゃ」
『恥ずかしながらこのテレス、アリス様に仕える事が出来る喜びを噛み締めております。これからはアリス様の為に粉骨砕身して如何様な命令にも応えてみせましょう。──して、まずは何から始めましょうか?』
うむ、わしの目的も、曖昧じゃった記憶もはっきりしておる。テレスもどうやら記憶が固定された様じゃ。
何かしら大事な事を忘れておる気もするが、ともあれ、わしの名前を定義した事で記憶の改竄は止まり、わしとテレスはこれからの事についての話を始めるのであった。
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