骨者と軍神(?)ゼリアルド
前話のあらすじ:スカルレギオン戦は骨身に沁みるぜ(°Д°)クワッ!!
百体ずつ土から這い出してくるスカルレギオンとの連戦を始めてからいったいどれ程の時間が経過したのか。
今もなお、スカルレギオンとの戦闘は続いている。
今までに、既に一万体以上のスケルトンを俺は屠っている。
いい加減に終わって欲しいところだ。
しかし、戦闘開始と同時に扉が閉まるというダンジョン特有のボス戦仕様の為、スカルレギオンを倒し切る、もしくは規定数を倒さなくては扉が開く事は無いだろう。
女神さんから与えられた力のおかげでスケルトンを吸収して俺の骨体が強化されるとは言え、無限湧きを願った当初の俺を殴ってやりたい気分である。
(戦闘開始から一日……って事はねぇだろうな。だが──よっと! アレ以上スカルレギオンが強化されなくて助かったぜ。……そりゃ!)
スケルトン達を複数相手取りながら、俺は流れる様に骨体を動かして次々と頭骨を砕いて倒していく。
もちろん、より進化を遂げたアドレア流総合戦闘術を使って、だ。
完全に総合戦闘術をマスターした俺に死角はない。
いくら強化されたスカルレギオンとは言え、複数のスケルトンを同時に相手にする程度ならば思考する余裕すらある程だ。
それに、俺の骨体もあれからかなり強化されてるから余計である。
ともあれ、俺の体感時間だと、スカルレギオンとの戦闘開始から現在までの経過時間はおよそ一ヶ月。
……まぁそれは言い過ぎかもしれんが、実際、一週間以上は戦い続けていると思う。
しかし、慣れれば慣れるものだよな。
死の恐怖を感じたあの時が懐かしいぜ。
(あらよっと! ん? とりあえず、コレで今回のスカルレギオンは最後か? ────うむ! 黒光りする俺の骨に異常無し! んじゃ休憩するか)
今回最後となるスカルレギオンの粒子を吸収し、光沢のある漆黒の骨にうっとりする俺。
正に黒檀の輝きとしか言いようがない。
いや、黒曜石か?
とにかくすんばらしいと言っておこう。
それはともかく、スカルレギオンは百体を倒し終えるといくらかの時間を置き、それから土から湧く事が分かった。
だから、次に湧くまではささやかな休憩時間って訳だ。
俺は広間の端に行き、カシャンと腰を下ろす。
心の中でふぅと一息ついた。
骨の体は疲れ知らずでも、精神はやはり疲れる。
適度に休憩を取らないと、俺は廃人になってしまうかもしれない。
……百年間に渡って激痛に耐えた精神力の事は棚上げしとく。
(しかし惚れ惚れするよな、この漆黒の骨。艶があると言うか、ブラックダイヤの輝きと言うか。とにかくすんばらしい。間違いなくスケルトン界一のイケメンだろう。それ程カッコいい漆黒のスケルトンな俺は、これから『漆黒の骨王タケル』って名乗っても良いかもしれねぇな)
…………。
(いや、無いな。さすがに厨二全開は歳を考えろって言われそうだ。……前世を合わせりゃ142歳だもんなぁ、俺。そんだけ歳取りゃ、誰でも骨にもなるって話だな。……俺、アースに転生する際すでに骨だったけど。──ん?)
厨二病の再罹患の危機に陥ってると、スカルレギオンの広間の中央部の地面がモコモコと盛り上がるのが見えた。
どうやら休憩時間は終わりの様だ。
俺は漆黒の骨体を軽やかに動かし、広間の中央部へ向かう。
神経を抉る様な激痛も慣れ親しんでいる為、歩くぶんにはなんて事はない。
(ホント……いったいいつになったらあの扉は開くのかねぇ。スケルトンの無限湧きなんて願うんじゃなかったぜ。……って、何だ? 今回は一体だけなのか?)
広間の中央部辺りにて、もはや身体に染み込んだアドレア流総合戦闘術の構えを取りながら集中し始めると、今回のスカルレギオン戦はいつもと様子が違う事に気付いた。
いつもはそこら中から湧いてくるスケルトン達は現れず、今回姿を現したのは広間の中央部からの一体だけだったのだ。
しかもその一体のスケルトンは今までのスカルレギオンとは違い、やけに小柄な体型をしている。
骨の色も今までのスカルレギオンよりも濃いダークグレーだ。
(まさか小人って事はねぇよな? 小人族……ホビットって言ったっけ? そのホビットのスケルトン……って訳でもなさそうだ。つか、アイツ……戦闘する気がねぇのか!? 俺の事をじっと見つめてやがる。……目はねぇけどよ。──ん? おお! うむ、100点!!)
いつまでも戦闘の意志を見せないスケルトンを訝しんでると、ソイツは見事な……そう、本当に見事な土下座を見せた。
正に、扉のレリーフの中に見つけたあのスケルトンの姿そのものである。
思わず百点と思ってしまった俺を責める奴はいないだろう。
(しかしアイツ……いつまで土下座してるつもりだ? 参りましたってんなら、さっさと扉を開けたいんだがなぁ……。うん、アイツは放っといて、扉の所に行くか。もしかしたら、アイツを倒さなくても扉が開くかもしれねぇし)
などと考えた俺は、小人スケルトンを無視して扉へ向かおうと戦闘の構えを解いた。
戦闘の意志を見せない奴相手にいつまでも構えてるのはバカみてぇだからな。
そうして俺が扉に向けて歩き始めると──
『待たれよ、強き者よ。それがしの名はゼリアルド……恥ずかしながら、【軍神ゼリアルド】と巷では呼ばれておった。そのそれがしが指揮する我が軍をおぬしは全て倒してみせた。実にあっぱれである!』
──などと、土下座から顔だけ上げて宣い始めた小人スケルトン。
それがしって、お前はどこの戦国武将だよとツッコミたい所である。
……って、ちょっと待て。
なんであの小人スケルトン……ゼリアルドって名前か。そのゼリアルドは、なぜ声帯が無いのに喋れるんだ?
それに、音が聞こえないはずの俺にも奴の声が聞こえるってのも謎だ。
……コツでもあるのか? 骨だけに。
『うむ、おぬしの考えてる事は分かっておるぞ? それがしが──』
おお……!
俺が謎に感じてる事をゼリアルドは悟ったのか。
コイツは意外と賢い奴らしい。
ならば、骨の体での声の出し方や、なぜゼリアルドの声が聞こえるのかって事を教えてくれ。
特に声の出し方については詳しくレクチャーしてくれると非常に助かる!
カツカツカツと歯を打ち鳴らして俺は期待を表す。
早く、早く教えてくれ!
『──指揮するスカルレギオンが何故おぬしの戦闘術を使えたか、であろう?』
違う! そうじゃねぇ!!
……つか、それも知りてぇけどよ!?
と、とりあえず、落ち着け、俺。
ゼリアルドの話が終わってからでもツッコミは遅くはねぇはずだ。
『それはだな……それがしには【鑑定眼】と呼ばれる魔眼があるからである。まあ今はスケルトンゆえに擬似的なものであるがな。ともあれ、それがしの鑑定眼によりおぬしの技術を分析し、そして配下へと伝えたのである。しかし、誤算が生じた。それがしの鑑定眼ではおぬしの力を測り切れなかったのである。……ヒルコ様の瘴気で顕現させた魔眼は本来ならば生前よりも高性能なのであるが、おぬしの纏うその黒銀の光の前では効果は半分程しかなかった様であるな。しかし、黒銀の光を纏う、か……』
ゼリアルドは話の合間に何やら考え始めた。
その姿勢は依然、顔を上げた土下座のままである。
……普通に座ればいいのにと思う。
それはともかく、俺は固唾を呑んでゼリアルドを見つめる。
……骨だけに何も呑み込めないが。
しかし、まだか? まだ答えは出ないのか?
魔眼の話も気になるが、声に関する謎を知りたいぞ、俺は。
『……──ッ!! なるほど、おぬしがそうであったか!』
(──ッ!?)
ようやく答えが出たのか、土下座のまま何かを察し、土下座から正座に体勢を変えてから掌をポンと叩くゼリアルド。
ドクロだけに目は無いが、俺の方に顔を向けて何やら興奮している。
そのゼリアルドの様子に、俺はドキッとする心臓の音を幻聴した。
どうやら俺は緊張してるらしい。
そんな俺の緊張を知ってか知らずか、何かを察したゼリアルドは更に話を続ける。
『さすれば、アリストテレス殿が言うておったのはおぬしの事であろうな。……ならば! それがし、喜んでおぬしの糧となろう! さあ! それがしを倒し、その屍を乗り越えて行くが良い!!』
(──ッ!!)
一人(?)で何かを察し、そして解決したゼリアルド。
だが、結局声の出し方やなぜ聞こえるのかについては教えてくれない様だ。
期待していただけに非常に残念である。
しかし、アリストテレスか。
アリストテレスと言えば、カイン達の記憶の中に出てきた動くミイラ──つまりリッチの事だ。
そのリッチの名前がゼリアルドからも語られた。
って事は、どうやらカイン達をこの【奈落】に縛り付けていた原因の一つはアリストテレスにありそうだ。
もしかしたら、そのアリストテレスがヒルコの行方も知ってるのかもしれねぇ。
もしもヒルコが見付けられなければ、アリストテレスを探す事が一番の近道になるかもしれねぇな。
まぁ、アリストテレスの事はとりあえず置いといて、ゼリアルドは魔眼の事も語っていたな。
気になると言えば、やはり気になる。
だが、魔眼は完全に厨二的なもんだよなぁ。
……そりゃあ、異世界転生したら欲しい能力ベスト10には入るけどよ。
出来るなら欲しい。
だが、ゼリアルドを倒してその粒子を吸収したとして、それで俺も魔眼が使える様になるとは限らねぇ。
もし使えるんならそりゃあ嬉しいが、どうせ魔力を必要とするんだろう。
そうなると、魔眼は当然使えねぇ。
となれば、糧は糧でもせめて俺の骨の強化の為の糧となってくれ。
俺はゼリアルドに近付き、そのダークグレーの頭骨目掛けて手刀を構えた。
気分は介錯をする武士である。
一方で、俺の糧となる覚悟を決めたゼリアルドは再び土下座の体勢となり、先程から地面に顔を伏せている。
首を俺に晒す事で命を奪えって事だろう。
(……てい!)
ともあれ、俺は手刀をゼリアルドに落とした。
当然、首をはねても倒せないので頭骨に、だ。
『ぐわぁあああッ! ヒルコ様……どうか、どうかその悲願が成就されます事を……!』
(──ッ!? な、なんか、すまねぇ……!)
ゼリアルドだけがシリアスという不可思議な展開に終止符を打ち、なんともやるせない気持ちとなった俺に、ゼリアルドだったダークグレーの粒子が吸収される。
と同時に、ゼリアルドの記憶と能力が俺の中へと流れ込んで来た。
カイン達十体のスケルトンズで慣れたからか気を失う事は無いが、しかし、なぜスカルレギオン達一体一体のスケルトンの記憶が流れ込んで来なかったのかに疑問が残る。
──が、スカルレギオンの疑問よりも、俺はゼリアルドから得られた能力に意識が持っていかれた。
得られねぇと思ってた魔眼をまさか得られるとは思わなかったからだ。
カイン達から得た能力は、あくまで記憶を読み解き、本人達の経験を追体験する事で得たものだった。
だからこそ、ゼリアルドから魔眼が得られるとは思わなかったのだ。
しかし、魔眼を得られたのは、正に僥倖。
きっと、俺の日頃の行いが良かったからだろうな。
(ゼリアルドからは〈魔力眼〉と〈鑑定眼〉の魔眼、それと用兵術か。──おッ! 魔眼は今の俺にも使えるみたいだな。えーと、何なに? 〈魔力眼〉は、目で捉えた相手の魔力の大きさや量、更にその動きを捉え、その動きから魔法などの行動を予測する能力で……んで、〈鑑定眼〉は、その名の通りあらゆる物、そしてあらゆる者の本質を見抜く能力か。ゼリアルドの性格はともあれ、今の俺にも使える能力を得られたのはありがたいな。ついでに声の出し方も分かれば良かったんだがなぁ……)
そう、なんと魔眼は、俺の骨の体でも使える能力だったのだ。
しかもめちゃくちゃ使える魔眼ってんだからたまらねぇ。
これは間違いなく、この先のどんな戦闘に於いても大いに役立つこと請け合いだろう。
一週間以上にわたってスカルレギオンと戦い続けた甲斐があったってもんだぜ。
……とまぁそんな事よりも、今は魔眼の検証だ。
(〈鑑定眼〉って、俺自身にも使えるのか? 試しに使ってみるか。何なに、〈鑑定眼〉を使うには……調べたい物や者を見ながら『アナライズ』と唱える、か。見ながらって……両腕と胸から下の骨が見えるだけだが、それでも鑑定出来るのか? つか、唱えるって事は、声を出してって事だよなぁ。……声出せねぇぞ、俺。……ん? マジか!? さっそく試してみるぜ!)
ゼリアルドの記憶を読み解く中で、俺は遂にそれを見付けた。
『あ”ーあ”ー。テステス……アーイエーチェケラッチョ! 我が名は漆黒の骨王タケル。何人も我の前にひれ伏すがいい! ……地獄の底から響いて来るみてぇな声だが、やったぜ! 俺は声を出せる様になったぜぇッ!!』
そう、声の出し方を俺は学べたのだ。
同時に、なぜ聞こえるのかも分かった。
声の出し方は、喉の骨同士を震わせて発生した振動をイメージと共に瘴気に乗せて言葉として発声するらしい。
俺の場合は瘴気じゃなくて魔神気だな。
そんで、なぜ聞こえるかと言うと……実は凄く単純な理由だった。
なんと、骨伝導で聞こえてたらしい。
思い返してみれば、俺は扉の閉まる音を確かに聞いていた。
カイン達最強スケルトンズとの戦闘前然り、今回のゼリアルドを含めたスカルレギオン然り。
他にも、自らの骨体がカチャカチャとぶつかり合う音もだな。
……正に灯台下暗しってヤツだ。
しかし疑問も残る。
俺に脳があるならば、骨伝導で聞こえた事を理解するって事も納得だ。
だが、今の俺には脳が無い。
正に、オーノー! ってヤツだ。
俺はいったいどこで思考し、骨の体を動かす為の魔神気もどうやって操作してるのだろうか。
──実に不思議だ。
(いくら考えても俺自身の謎は解けねぇなぁ。……脳の代わりに魂の宿った核的な物があるのかもな。ま、いっか。まさか頭を割って調べるのも嫌だし、気にしたら負けだな。それはともかくとして、骨の体で話せる様になったのはデケぇよな。意思のある奴相手には言葉が有効だってのは前世の営業で学んでるからな。つか、さっそくアナライズと唱えてみるぜ!)
声を出してしばらくはしゃぎ、落ち着いた所で〈鑑定眼〉を自らに使ってみる。
はしゃいでる最中、実はアニソンを歌っていたのは秘密だ。
『──『アナライズ』! おお……! なるほど、魔力が無くても魔眼が使えるってのはこういう事か!』
どうやら、俺が骨の体に纏う魔神気が魔力の代わりになる様だ。
若干だが、体が怠くなった気がする。
恐らくだが、魔眼を使って体が怠くなるのは魔神気を使って骨の体を動かしているからだろう。
使い過ぎると動けなくなるから使用には注意が必要だな。
……っと、それよりも、
(鑑定出来るって言っても、詳しいステイタスは見れねぇんだな。ラノベやゲームみたいに数値がはっきり分かるステイタス画面が頭の中に展開されるってのを期待したが、そうは上手くいかねぇみてぇだ)
そんな事を考えながらも、俺は自らを鑑定した結果を頭の中で確かめる。
数値は分からねぇが、ステイタス画面擬きがイメージとして頭の中に浮かんでいる。
俺の鑑定結果は以下にまとめる。
……ふざけた表示だと言われても責任は取らねぇからそのつもりで。
♦♦♦♦♦
名前:ヤマトタケル
性別:男?
年齢:142歳
種族:漆黒の骨
状態:呪い(神)
魔神気:ほぼ満タン
権能:【冥獄】【天照(封)】【兇嵐(封)】【月輪(封)】【劫焰(封)】【大地(封)】【武神(封)】
魔法:冥焉魔法 生命魔法(魔力不足) 黒魔法(魔力不足) 付与魔法(魔力不足) 聖魔法(魔力不足) 錬金魔法(魔力不足) 輝煌魔法(封) 颶風魔法(封) 皇水魔法(封) 闇月魔法(封) 赫焰魔法(封) 崩土魔法(封)
技能:真贋一刀流剣術 アドレア式戦闘術 雷華流水拳 盾無双 鍵開け 罠技術 隠形術 暗殺術 仙流槍術 棒術 杖術 短剣術 身体強化 鑑定眼 魔力眼 武神技(封)
♦♦♦♦♦
な? 言った通りだろ?
見るからにチートステイタスって感じだが、強力だと思われる権能が封印状態な上、種族が骨に状態が呪い。
唯一封印状態じゃねぇ権能が【冥獄】ってのは、きっと女神さんから与えられたからだろうな。
魔法に関しては魔力器官がねぇから封印状態でも構わねぇが、スケルトンズから得た魔法が使えないのは悲しい限りだぜ。
…………。
ッ!?
今の俺にも使える魔法……だと!?
その名も冥焉魔法!
…………。
初めて聞く魔法だ。
ラノベにも載ってなかったし。
当然、どんな魔法なのか全く分からん。
冥って事は、冥府とかの冥って事だろ?
つう事は、そこからイメージすると死霊系の魔法って事になる。
いわゆるネクロマンシーってヤツだ。
しかしネクロマンシーならば、霊体なども呼び出して使役出来るはずだ。
つか、そもそもが冥焉魔法ってなってんだからネクロマンシーとは違うよな。
ネクロマンシーなら死霊魔法って表示されるだろうし。
次に、冥焉の焉ってのを考えてみる。
焉という字となると、思い付くのは終焉の焉だ。
となると、命の終わりとかって意味もあったはずだ。
──冥府の冥に終焉の焉で、冥焉魔法。
そこからイメージすると、ヤバい感じの魔法って事になるな。
つか、骨の体で魔力器官が無ぇのに、この冥焉魔法ってのは使えるのか!?
魔法ってのは魔力を使用した超常的現象をもたらす法則の事だろ?
魔力が使えねぇ時点で俺には無理なはずだ。
……教えて鑑定眼先生!
俺は頭の中に浮かんでいるステイタス画面擬きの冥焉魔法の項目に更に意識を集中させる。
すると、薄ぼんやりだが詳細的なイメージが俺のより深い記憶領域に流れ込んで来た。
それによると、冥焉魔法とは【伊邪那美】という女神から加護を与えられた者だけが使える魔法らしい。
効果は、親しい者を犠牲にした上で、その対価に効果を発動するというもの。
正に狂気の魔法だ。
(親しい者を犠牲に!? そんなの狂った奴にしか使えねぇじゃねぇか! それか、親しき者を犠牲にした上で恨みを晴らし、その後自分も死ぬって奴くらいだな。……結局、死に魅入られた奴にしか使えない魔法って事か)
狂気を孕んだ冥焉魔法に、骨の体がカチャリと鳴る。
冥焉魔法を実際に使った奴の行く末を思い、俺は知らずに拳を握っていた。
(だからあの女神さん……イザナミが言ってたのか。妾の権能は死を司る権能だと。それを模した魔法ならば冥焉魔法の効果も理解出来るぜ。
しかし、美しき女神のくせにえげつねぇ権能だぜ。まぁその権能のおかげでクソジジイへの復讐の道が開かれたんだけどな。ともあれ、冥焉魔法が使えるって言っても親しき者が俺には居ねぇから、どっちにしろ使えねぇって事だな。──ん? いや待て……まだ何か説明的なものが流れ込んで来やがるぞ……)
更に流れ込んで来たイメージに俺は集中する。
冥焉魔法にはまだ何かがあるらしい。
すると、冥焉魔法の真の効果が判明した。
イザナミの加護ではなく、権能が俺に与えられたからこそ冥焉魔法の全てを鮮明に理解する事が出来た様だ。
明らかとなった事を改めて整理すると、イザナミの加護を得た人間が使用する通常の冥焉魔法は前述の通りだ。
通常と言っても、狂気を孕んだえげつない魔法だが。
しかし、イザナミから神の権能を与えられた者──まぁ俺しか居ないが、俺は親しき者を犠牲にする事なく冥焉魔法を発動出来るらしい。
しかも〈冥焉魔法・躯〉ってのは、権能を与えられてから現在までに倒して吸収した冥獄に連なるモノ達を、俺が纏っている魔神気を通して召喚して使役する事が可能だとか。
つまり────剣神カインを初めとする十体の最強のスケルトンズや、何万体と倒したスカルレギオンとそれを束ねていた軍神ゼリアルドを、魔神気を使って俺は召喚出来るって事だ。
(す、すげぇ……! 骨の体になって絶望してたが、むしろ骨の体になったおかげで超激レアな魔法が使える様になった! ……さっそく試してみるぜ!)
冥焉魔法を知った当初の落ち込みはともあれ、明らかになった真の効果に俺は年甲斐もなくワクワクしていた。
なんと言っても、初めての魔法だ。
ワクワクするなと言う方が難しいぜ。
おっと、いかん。
集中、集中……!
(む? 普通の加護持ちは長ったらしい呪文が必要らしいが、俺は詠唱が必要ねぇみたいだな。それに……カイン達を召喚するにしても、名前で喚ぶ訳でもねぇんだな。【黄泉軍】、【剣神】、【勇者】ってのが頭に浮かんで来たぜ。まぁいい、とにかく初めての魔法──それも俺にしか使えねぇって〈冥焉魔法・躯〉ってのを使ってみるぜ!)
俺は意識を冥焉魔法の発動に集中する。
すると、俺の体を覆っていた魔神気が膨れ上がり、更にその黒銀の光が色濃く明滅した。
(喚ぶのはカインにするか……)
初めての〈冥焉魔法・躯〉の行使において、俺はカインを選択した。
なんと言っても、転生してから最初の戦闘相手だし、そして初めて吸収した記念すべき相手でもある。
ゆえに、敬意を持って召喚したいと思ったのだ。
──礼を述べたいって気持ちもあるけどな。
ともあれ、俺は更に集中し、そして唱えた。
『〈冥焉魔法・躯〉──黄泉帰れ、【剣神】!! ──ッ!? ぐぁああああッ!! ────ぁ』
カインを召喚しようとした刹那、明滅していた魔神気は突如として霧散し、結果──骨体を維持出来なくなった俺の体はその場でバラバラに崩れる。
その影響は激痛の呪いにさらなる追い打ちをかけるものでもあった。
今までは神経を抉る様な激痛だったものに、全身の皮膚を剥がされる様な激痛が更に加わったのだ。
覚悟が無けりゃそんな二重苦なんぞ耐えられる訳がない。
それによって激痛メーターは一気に振り切られ、一瞬の内に俺は気を失っていた──
☆☆☆
『異質な気配を感じた故に久方ぶりに訪れてみれば、見知らぬスケルトンが紛れ込んでおる。異質な気配の正体はこやつで間違いあるまい。じゃが、この気配は何じゃ? カインとかいう剣士に、それ以外にも儂が厳選した者共の気配をこの黒きスケルトンから感じる。いったい何者か……』
(──誰だ? だが、どこかで聞いた事のある声だ。どこだったか……? そうだ、確かカイン達の記憶を読み解いてる時に聞いた声だ。って事は、アリストテレスってミイラがここに来てるのか……)
意識を取り戻すと、俺の傍でアリストテレスってリッチの声が聞こえた。
ミイラ特有のしわがれた声だ。
喉が干涸らびて、声帯がひび割れた様な感じの声質だな。
アリストテレスはさておき、とりあえず体の調子を確認しねぇとな。
万が一アリストテレスと戦闘になっても体が動かねぇんじゃ一方的にやられて終わりだ。
意識を体に集中すると同時に、骨の体を苛む激痛を感じた。
うむ、いつも通りだ。
更に俺は骨の体に意識を集中させる。
俺が唯一使える魔法、〈冥焉魔法・躯〉を唱えた時の痛みが消えてるかを調べる為だ。
どうやらいつもの神経を抉る激痛だけになったらしい。
(今までの激痛に慣れ親しんでも、別のタイプの激痛はやっぱ嫌だよな。つか、魔神気は復活したのか? ……目の前にボロいローブを纏った動くミイラが見えるから魔神気は復活してるな)
バラバラになった全身の骨を魔神気で元通りに整え、俺はその場で立ち上がる。
そして手を握ったり開いたり、腕を曲げ伸ばししたり、体がちゃんと動く事も確認した。
(骨体の調子はよし。んじゃ、アリストテレスに声をかけてみるとするか)
骨体の調子は良好。
俺はいつ戦闘になってもいい様に心構えをしつつ、アリストテレスと思われる動くミイラへと声をかけた。
『あーあー、テステス。本日の天気は晴れ。気分は上々、運気も上々。さて……俺の名はヤマトタケル。死がないただの骨者だ。おたくはどちらさん? 敵か? それとも味方か?』
(さて、どう応える?)
『何じゃと!? おぬしの名はヤマトタケルと言うのか! じゃからここに来たという訳か。……スマンのぅ、少々取り乱したわい。儂の名はアリストテレス、かつては世界一の賢者であった者じゃ。そして今は不死の王であるリッチに進化を遂げた者でもある』
俺の名乗りに目を見開く動くミイラ改め、不死の王リッチとなったアリストテレス。
その言動から俺の名前に驚いたとは思うが、如何せん、ミイラなので表情が乏しい為に本当に驚いてるかは疑問だ。
……と言うか、俺の名前って有名なの?
『俺の名前に驚くって事は、何か理由でもあるのか? それと、敵か味方かどっちだ? 戦闘するにしても、神の呪いで死ねねぇ俺にアンタは勝てるか?』
『ッ! やはりか。そうじゃの、先ずは敵か味方かについてじゃが……それについては味方と言っておこうかのぅ。そしておぬしの事は良く知っておる。いや、おぬし本人から詳しく聞いておるゆえ知っておったのじゃが、まさか黒きスケルトンとして現れるとは思わなんだ』
『俺から聞いた!? 俺とアンタは会ったばかりだぜ!? まさか未来からアンタは来たってのか? 冗談も程々にしとけよ!?』
俺の質問にようやく答えたアリストテレスだが、その内容に俺は驚く。
何と、俺の事を俺から聞いて知っていると言うのだ。
ふざけてるとしか思えない。
だいたい、ついさっき出会ったばかりなのに俺から聞いたって……俺をからかってるか、馬鹿にしてるかのどっちかじゃねぇか。
しかし……ここで馬鹿にされたと喧嘩をしてもしょうがない。
俺も142歳のいい大人だ、話は最後まで聞いてから判断するぜ。
『おぬしの言いたい事も分かっておる。ともあれ、じゃ……儂の話を信じてもらうには見てもらうしかないのぅ。儂に着いてくるのじゃ、案内しよう。そこでおぬし本人で確かめるがよい』
『…………罠、じゃねぇよな? 分かった、着いてくぜ』
こうして俺は、アリストテレスの後に着いて行く事にした。
もちろん、話の真偽を俺の目で確認する為だ。
しかし、アリストテレスが語る俺本人とはいったい誰なのか。
その事に頭を悩ませつつも、俺はアリストテレスの後をコツコツと歩くのだった。
……骨だけに。
お読み下さりありがとうございます!